旅は再び
レナさんが言った二週間は、僕達には余りにも短すぎた。炎の悪魔がいなくなったことで歓喜に沸く精霊の村は、突然の精霊の花嫁の出立宣言に悲しみに覆われた。一時は一目ブリリアントを見ようと屋敷に押し寄せてくる村人を前に大パニックが起きかけたが、そこはギーヤさんが上手く収めてくれた。
「一年も二年も村をあけるわけではないですし、ギーヤがいればこの村には何の問題もありませんわ」
業務に忙殺される傍ら、僕とオル君と共に話し合う時間をしっかり作ってくれるブリリアントはお茶を片手にホッと一息ついた。ここは僕の部屋で、主にレナさんについての話し合いが行われていた。
ちなみに当のレナさんは、ずっと剣を片手に一人で練習をしていたので僕達の話し合いには一度も参加していなかった。
「レナさんは、リリアさんを見て“白蛇”と呼びました。 白蛇とは……白の国の求神であった、“白蛇の巫女”のことでしょうか」
「私も、過去に直接お会いしたことは無いのですが……」
「……能力から見て、間違いないだろうな。 しかし、そうすると分からないことだらけだ。 カムイの術式は確かに、リリアが使う白の力と同じだった。 ……カムイとリリアは、グルなのか?」
「カムイという人自体が、リリア様が作り出した幻影という可能性もありますわね」
「確かに……」
話すにつれ段々頭がこんがらがって来て、僕達は一旦落ち着こうとお茶を啜った。
「……それで。 結局、レナはどうなったんだ?」
本当は最初から話したかったのだろうか、オル君がそう切り出した。
「不自然な程に、性格が変わりましたよね……。 リリアさんとの話し合いで、何かあったのでしょうか」
僕は当時のことを思い出しつつ、そう言った。
「あの……。 これは、推測にすぎないのですが」
ブリリアントがどこか思いつめた表情をしながら、恐る恐る切り出した。
「もしかしたらレナさんは、一度お亡くなりになったのかもしれません」
「……は?」
「――え?」
僕達は驚いて、彼女に注目を向けた。
「その……。 オル兄様は御存知だと思われますが、今のレナ様は、前代の不死鳥様にそっくりだと思われませんか?」
「……言われて見れば、確かに」
肯定するオル君に、ブリリアントも一つ頷いて言った。
「肉体と魂が別々の物であるのは、以前ご説明した時にご理解頂けたと思います。 あくまで可能性ですが、煙にまかれた時に、レナ様の身体と、魂までもが酷い損害を受けたのではないでしょうか。 その際に、現在のレナ様の人格が破壊され……。 前代の不死鳥様の人格が、代わりに現れたのではと」
「……」
「……」
――そんなことが、本当に……?
ブリリアントの説明は決して理解出来ないことでは無かったが、認めたくないことではあった。何故なら、それが本当ならば“レナ”という人格は完全に死んだことになるからだ。
「す、すみません! 私ったら、なんてことを……」
「……否。 決して可笑しなことは言っていないと思う」
「――ええ」
僕はそう言って、出来るだけ自然に笑おうと努力した。しかしどうにも上手く行かず、僕達の間には気まずい沈黙が下りてしまった。
――レナさん……。 あなたは、どうしてしまったのでしょうか。
僕は両手を組み、黙って頭を垂れた……。
出発が近づくにつれ、僕達はこれからの旅についてレナさんも交えて皆で相談した。
「次の目的地は、どこになるのでしょうか?」
レナさんは自ら僕達とほとんど行動を共にしたがらなかったので、そんな基本的なことも分からないままだった。
僕の問いかけに、レナさんは椅子に腰かけ腕を組みながら言った。
「行先は隣国、紫の国だ。 白蛇の目的は恐らく前と同じだが、前回とは違い何らかの協力者がいると見て間違いない」
「……協力者とは、カムイのことか」
「前と同じ、とは?」
レナさんはオル君の言葉に頷き、僕を見てこう言った。
「前と同じ……。 つまり、この世界にある八つの国を滅ぼすつもりだ」
――……。
レナさんがそう言った瞬間、僕は急速に血の気が引いて行くのを感じた。彼女が冗談を言うような人では無いのは分かっているが、どうか嘘であって欲しいと心から思った。
「……」
「……」
祈るような気持ちでオル君とブリリアントを見るが、二人は黙って俯いていた。
――本当、何ですね……?
「……リリアさんは、何のためにそんなことを?」
「覚醒さえすれば、自ずと思い出すだろう」
「……」
「……」
レナさんはさらりとそう言うと、瞬時目を伏せた。しかし次の瞬間には、きりりとした意志の強そうな瞳で空を睨みながら言った。
「そんなことより今は、自分のことだけを考えておけ。 今回の旅はこれまでとは打って変わって、厳しい物になるだろうからな。 ……ついてこれない者は、途中で棄てていく」
「……」
「……」
「……」
重々しく冷徹なその言葉に、その場にはどんな小さな物音さえも響いてしまいそうな程の沈黙が訪れた。レナさんはそれさえ気づいていないと言う様に、変わらぬ表情で腕組みをして目を瞑っていた。
――レナさん……。
その三日後、僕達は精霊の村を出発した――。
第四章完。
76話中、実に39話が第四章という超アンバランス。
テンポ良く進むのが売りだったはずの不死鳥の乙女ですが、如何だったでしょうか。
もし良ければ、評価・感想お願いしますm(__)m




