横暴
ほんの一瞬前まで、床に倒れていたはずのレナさん。その彼女は今、リリアさんに剣を向けていた。
「そ、そんな馬鹿な! 不死鳥の力は、私が全て吸収したのよ!? 何故動けるの……?」
全くもって信じられないと、彼女は目を見開いて言った。
「ふん。 私の蘇生の力は、お前如きに全て吸収されると本当に思っていたのか?」
「ま、まさか。 自分の力を、この短期間で再生したとでも言うの……?」
「……」
レナさんは何も答えなかったが、それこそが答えだった。
「……っ」
リリアさんはぎゅっと唇を噛みしめ、レナさんに睨みをきかせた。対するレナさんは、静かにリリアさんを見ていた。
「お前には聞きたいことが、色々とある。 丁度良い機会だ、ここで捕えるぞ、水龍」
「――え、あ、はい!」
僕ははっとして、だらんと下げていた武器を慌てて構え直した。
「――くっ!」
リリアさんは悔しそうな一瞬表情を見せると、ふっとまた妖艶な笑みを浮かべて言った。
「また、会いましょう」
そう言って彼女は、パチンと指を弾いた。途端――その姿は煙と化して、僕達の前から消えてしまったのだ。
「……逃げられました」
僕は目の前で起きたことがまだよく飲みこめないまま、レナさんにそう言った。
「――チッ。 まあ良い、水龍、近くに寄れ」
「……え?」
「早く!」
「は、はい!」
僕は慌てて、レナさんの側に寄った。すると彼女は、目を閉じて剣に力を込め――。
「ミラ、レナ様、イザム兄様、エント……」
外で待っているブリリアントは、完全に炎に包まれようとしている屋敷を前にずっと祈りを捧げていた。
「……」
オルもまた屋敷を見つめ、何か変化が起きないかじっと目を凝らしていた。すると、それは突然起きた。
「……ブリリアント!」
「――オル兄様!」
バケツリレーのかいなく燃え続けていた屋敷が一瞬、縮んだ気がした。そして次の瞬間。
「――!?」
「……!?」
外にいた人間は全員、突然起こった爆発に思わず頭を手で覆ってしゃがみこんだ。それ程、その爆発の威力は凄まじかった。
原型を留めていた屋敷は半壊し、屋根が吹っ飛んだ。その地響きは村全体を揺らし、鳥という鳥が空へと飛び立った。そして……後に残ったのは、黒い残骸だけだった。
「……エント……」
それまで気丈に立ち続けたブリリアントは、後に残った屋敷――すなわちエントを見て、ついに床に膝をついた。そんな彼女を見て、泣きだす村人もかなりいた。
「……レナ、……イザム」
爆発の衝撃で火事は完全に消え、ただ黒い煙だけが天へと昇っていた。あの中にいて、生存するのはもはや不可能だと誰もが思った。その場が絶望に、支配され様としたその時……。オルが、その場にそぐわない明るい声をあげた。
「……見ろ! 二人が帰ってきたぞ!!」
「……え?」
皆が見守る中――。ひしゃげた正面玄関をはねのけるようにして現れたのは、大股で歩くレナと、イザムだった。
「レナ様、イザム兄様……」
ブリリアントにはもう、立ち上がって二人を迎える元気は残ってはいなかった。茫然と二人が近づいてくるのを、地に伏したまま眺めていた。
レナさんの取った消火の方法は合理的で、余りにも乱暴だった。彼女はなんと、屋敷に残っていた空気を全て燃やすことで解決しようとしたのだ。
「水龍、我らの周囲に水で結界を貼れ」
「はい。 ……結界!?」
「――行くぞ。 3、2、1!」
何の躊躇いも無く術を発動させたレナさんによって、屋敷は完全に燃え尽きた。僕が張った結界は、どうにか間に合わせることが出来た。
「行くぞ水龍」
「――は、はい!」
自分達が無事であることに頭がいっぱいだった僕は、レナさんに置いて行かれそうになって慌ててその後を追った。
燃やす時に何らかの原因で爆発が起き、屋敷の中は滅茶苦茶だった。しかしレナさんは、原型すら留めていない何かを剣を振ることで文字通り道を斬り出していた。
最後にレナさんは、ひしゃげた正面ドアを面倒だと片足で蹴り飛ばした。そうして僕達はやっと、屋敷の外へと出たのだった。
屋敷の人達はどうやら、全員無事だった様だ。皆が皆、僕達を信じられない目で見ていた。
――当然と言えば、当然でしょうか。
オル君とブリリアントもまた、夢の続きを見ているかの様な顔をしていた。レナさんはつかつかと二人の前まで歩いて行くと、じっと彼らを見た。
「……無事、だったんだな」
最初に口を開いたのは、オル君だった。
「当たり前だ。 私を、誰だと思っている?」
「……!」
オル君もそこで、レナさんの変化に気付いた様だった。
「ふ、不死鳥様……?」
ブリリアントは、レナさんを見上げ驚愕に目を見開いた。
「……ミラはどうした?」
「それが、その……。 彼女は、炎の悪魔だったんです」
「……!」
「――ミラが……?」
流石にショックを隠し切れない二人。特にブリリアントは、しゃくりあげるように泣き始めてしまった。
「いつまでそうしている。 さっさと立て!」
ついにレナさんはそう言って、ブリリアントの手を取って強引に引っ張った。
「お前にはまだ、やるべきことが残っているだろう」
「で、でも! 私にはもう、力は使えません。 だって、もうエントは……」
レナさんの声にブリリアントは泣きながら、屋敷を見た。
――僕達が生きているのが、不思議なぐらいなんです。 それを、直接爆発の影響を受けた彼は……。
「私が力を貸す。 再生させろ」
レナさんはいとも簡単に、そう言ってのけた。
「――!」
ひくっとしゃくり上げたのを最後に、ブリリアントは泣きやんだ。そんな彼女の肩を後ろからがっちりと持ち、レナさんは屋敷の方を向いた。
「お前の思い描く通りに、精霊を再生させる。 行くぞ」
僕は二人が一体となり、力が伝わって行くのを感じる様だった。黒焦げだった屋敷に残っていた、一かけらの生命力。それにレナさんの力が届いた瞬間――劇的な変化が起きた。
黒い地面から一本の木の芽が出たと思うと、それはたちまちのうちに高く、太く、大木へと成長していった。完全に元の太さになるのに、十分もかからなかっただろうか。
生命力を取り戻したエントの姿を見て、レナさんはブリリアントの肩から手を離した。ブリリアントはそのまま、エントが屋敷へと形を変えるのを手伝い……力を使い果たしたのかふらふらっとオル君に寄りかかった。
「ふむ。 まあ、こんなものか」
レナさんはかなりの力を使った直後にも関わらず、顔色一つ変えずにそう言った。
「お前……精霊の花嫁」
「は、はい!」
びくっと肩を震わせ、ブリリアントはレナさんの方を見た。
「二週間やる。 旅立ちの準備を整えておけ」
「……え?」
ポカーンと口を開けたブリリアントは、慌てて聞き返した。
「旅立ちの準備とは? わ、私も、ご一緒するということですか!?」
「当然だ」
それだけ言って、レナさんはすたすたと新しく立て直した屋敷へと入って行ってしまった。残された僕達は、顔を見合わせることしか出来なかったのだった。




