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不死鳥の乙女  作者: ren
精霊の花嫁
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不死鳥は蘇る

 ハアハアと荒い息をし、階段を駆け上がっていた僕はすぐに異変に気付いた。レナさんが飛び込んでから、もっと言うなら火事が起きてからすでにかなりの時間が経っているというのに、屋敷の中にあまりにも火が回ってなさすぎたのだ。


 ――これも全部、仕組まれたことなんですね……。


 僕はレナさんの身を案じつつ、先を急いだ。





 ミラを知っているはずの住民を探しに、村の外れを訪れた僕は、現れた住民達に違和感を感じた。そして……。


「イザム、何すんだ!?」


 ラリーさんの制止にも応じず、僕は武器を掲げ――住民たちの周囲を走って回った。


「――!?」


「――!?」


 僕は何も、彼らを刺そうとしたのではない。ただ、彼らに掛けられていた術を解こうとしたのだ。


 彼らの腕に巻きついた、心の眼を通してのみ見える白い綱の様な物。それはカムイが使ったものと酷似した、幻想を抱かせるための術式だった。


 僕がそれを断ち切ると、住民達の行動には明らかな変化が出た。


「……俺は……?」


「あれ、何してたんだっけ……?」


「んん……?」


 皆が皆、夢から覚めたようにハッと動きを止めたのだ。 それを見て当然、ラリーさんとピアさんは首を傾げた。


「おいおい、どうなってんだよ」


 僕はその問いには答えず、もう一度住民達にこう尋ねた。


「火事があった日の事を、教えて頂けませんか?」


 結局――。ミラが住んでいたとされる家は、倉庫だったらしい。火の手があがるはずのない、人の住んでいるところから離れた場所で起きた火事の発見は当然の様に遅れた。


 住民たちは総出で、その火を消そうとして……そこからの記憶ははっきりとしないそうだ。


 つまり、ミラという人物はそもそも村に存在していなかったのだ。


 ――これはカムイが仕組んだ罠なんでしょうか? それとも、他にもカムイと同じ様な術を使える人が……?


 何にせよ、ミラが鍵を握っていることには間違いなかった。自分の意思で屋敷に来たのか、誰かに送り込まれたのか。彼女に聞けば、はっきりするはずだ。


「ラリーさん、ピアさん、僕はすぐに屋敷に戻ります。 それからこのことは、他言無用でお願いします!!」


「お、おう」


 かくかくっと首を縦に振る二人を残し、僕は屋敷に向かって疾走した。その途中、屋敷からの使者が向こうから走って来て……僕は、今まさに屋敷が燃えていることを知った。


 そこから先はもう、必死だった。レナさんを追って屋敷に飛び込んでくれた僕は、全速力で道を駆け抜けた。敵はきっとレナさんをおびき寄せようとしているため、通路を焼け残していた。それは今となっては、僕という侵入者をも進みやすくさせることになっていた。


 ついに僕は、最上階へと辿り着いた。そこは……不自然な程に焼け残っていて、罠が張られているのは疑いようが無かった。


  きっちりと密閉されたドアに耳をあててみるが、中の様子は一切伺えない。危険すぎるのは、分かっていた。


 ――それでも、行くしかありません。


 僕は手に力を込めて、ドアを思いっきり開いた。


 ――! 何ですかこれは……!


 内開きのドアから、尋常ではない量の煙が溢れだしてきた。僕は慌てて、自分の口元を覆った。


 ――不味い。 少し、吸ってしまった……。


 目以外を覆って、僕は壁をつたいながら身をかがめて進んで行く。二歩先が見えない、白い闇の世界……。僕はようやく窓を見つけ、慌てて閉められたそれを開放した。


「げほっ、げほっ」


 部屋の入口と、部屋の中の窓。空気の通り道が出来たことにより、部屋の中は急速に換気が進み、煙は晴れ……。僕は床に倒れているレナさんの姿を捕えた。


「――レナさんっ!」


 僕は慌てて、レナさんに駆け寄った。彼女はすでに意識は無く、僕が大声で呼びかけてもぴくりとも動かなかった。


 ――大変です! すぐに、外へ運ばなければ――。


「誰かと思ったら、あなただったのね」


「――!」


 レナさんに気をとられていた僕は、そのすぐそばに佇んでいる女性に気付かなかった。その女性はレナさんと同じ様に、真紅の髪色をした、妖艶な人で――。


「ミラ……ですか?」


「うふふ。 さすが、私の術を破るだけあるわね」


 彼女は腕を組み、妖しく微笑んだ。


「私の本当の名は、リリア。 レナがお世話になったわね」


 ミラ――いやリリアさんは、僕の顔を真正面から見下ろしてそう言ったのだ。


「……リリア? それではあなたは、不死鳥の村の――」


「うふふ、良く知っているのね」


 余裕の表情を浮かべ、彼女は僕に言い聞かせる様に言った。


「私とレナは、昔からの付き合いなの。 ぽっと出のあなたに、大事な友達を任せるわけにはいかないでしょ」


「……友達、ですか?」


 僕は彼女の迫力に飲みこまれない様に、きっと目に力を込めた。


「お友達なら、どうして、レナさんを傷付ける様なことばかりするんですか!」


 僕の問いかけに対し、彼女は笑って答えなかった。


「……何が、目的なんですか。 レナさんに、近づかないで下さい!」


「あなた、もっと賢い人だと思っていたわ」


 口元は笑ったまま、冷たい目で彼女は淡々と言う。


「私は今、全盛期の不死鳥の乙女と同じだけの力を持っているの。 つまりこの屋敷どころか、精霊の村全体を燃やし尽くすことぐらい朝飯前なのよ」


「……!」


 部屋の中はとても暑いのに、僕は背筋が凍る思いがした。


「でもね、このままレナを私に返してくれるなら、私はこれ以上力を使うことは無い。 どう、悪くないでしょ?」


「……それは、出来ない相談です。 あなたは今、僕が止めます」


 僕はゆっくりと、武器を握りしめながら立ち上がった。


 レナさんを諦めることも、精霊の村を燃やすことも、決して認めてはならないことだった。リリアさんの実力は僕を遥かに上回ると、肌で感じていた。しかし相性は悪くないのも、また事実。万に一つ、やらないわけにはいかなかった。


「本当に残念ね。 あなたのくだらない意地のせいで、精霊の村は滅びるの」


 彼女はそう言って、組んでいた腕をほどいた。


「さあ、始めましょうか」


 その姿は見る者に、畏怖すら感じさせる程に神々しかった。僕は巨大なブナの木の前に立つ、かまきりよりも小さな存在なのだと、思い知らされた。


 ――それでも、やるしかないんです。 例えここで死のうとも、僕はリリアさんを止め――。


「――邪魔だ、水龍。 そこをどけ」


「――!」


「――!」


 対峙する僕とリリアさんの間に突然、第三者の声が割り込んだ。


「……え?」


 僕は間抜けにも敵であるリリアさんに背を向け、後ろを振り返った。


「久しぶりだな、白蛇」


 その人は僕の良く知る声で、姿そのもので、ゆらりとそこに立っていた。


「……嘘」


 リリアさんが、呆然と呟いた。何故ならそこに立っているのは――。


「……レナ、なの?」


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