力の代償
「イザムー!」
コンコンとノックしながら、私はイザムの部屋を訪れた。
「あ……レナさん。 すみません、本当」
「何言ってんのよ」
私は笑顔でそう言いつつ、持っていたお盆をベッドのサイドテーブルに置いた。
花嫁復活を宣言したあの日――。イザムとオルは、全ての力を使い果たしそのまま倒れる様に眠ってしまった。翌日にはオルの方はすっかり元気になっていたが、イザムはまだ全快とは言えない状況だった。そこで今日一日は、部屋で休息を取ることにしていたのだ。
オルとブリリアントは別々に村へ、ブリリアントとギーヤさんは仕事中。暇な私は、メイドからお盆を受け取ってイザムの部屋を訪れていたのだ。
「でも僕……。 今まで寝込んだこと無かったので、ベッドで食事を取るなんて新鮮です」
「イザムもそうなんだー」
自分もベッドに腰掛け、一緒に昼食を取りつつ私は言った。
「でもそれだけ、頑張ったってことなんだよね」
「ええ、まあ。 頑張りました」
照れつつ言うイザムは、私から見るときらきら輝いて見えた。
「でもさ、癒す力を使える様になったってことは……。 薬、作らないで良いってこと?」
「それは……」
イザムはパンを千切る手を止めて、私を見た。
「今のところ、僕の力では少し元気になった様な“気がする”程度なんです。 だから実際の怪我や病気には、薬の方が……」
「気がする程度でも滅茶苦茶凄いと思うんだけど……」
謙遜しているのか自慢しているのかよく分からないイザムに突っ込みつつ、私はスープを口に運んだ。
「でも……ブリリアントも初めは倒れたって言ってたし、そんなもんなんじゃないの?」
「そうだと良いんですが……」
何回も倒れるのはちょっと、と言うイザム。
「慣れだよ、慣れ」
私は軽くそう言って、溜め息を吐くイザムを笑い飛ばした。
「へー。 そんな子がいたんだな」
「……どういうことだ。 何故、お前達が知らないんだ」
ミラの知り合いを探そうと、ラリーとピアに聞いたオルは唖然としていた。今まで情報通だと思っていた二人が、少女のことを何も知らなかったからである。
「……お前達が、ミラのことを教えてくれたんじゃなかったのか」
「うーん。 俺達はただ、あの日焼けた家から小さな女の子が助け出されたってのを知ってるだけなのさ」
「うちの家からじゃ、あそこは遠いからね。 知り合いを探すなら、近くまで行った方が良いんじゃない?」
「……それもそうだな」
ピアの提案を受け、オルは早速立ち上がろうとして……ふらつき掛けてもう一度ソファに座り直した。
「今日は止めときなよ。 ふらふらじゃんあんた」
「……忘れていた」
『忘れんなよ』
思わずと言うように突っ込んできた麒麟に、やはりまだまだ修行が必要だなと呟いたオル。
『まあ最初からそんだけ出来てたら十分だけどな』
「……“前”の時も、出来ていたのか?」
『ああ』
「……そうか」
何か思うことがあったのか、オルはふっと黙り込んだ。
「……なあ」
『俺もそう思うぜ』
「……そうか」
オルの考えを先読みしていた麒麟にそう言われ、オルは口を閉じた。彼が言いたかったのはつまり、自分が生まれながらにこの力を有していたならば、自分は村を出ていなかっただろうかということだった。
「……オル?」
「……!」
ピアに心配そうにのぞきこまれ、オルははっと顔を上げた。麒麟との会話は、レナやイザムなど他の“求神”には聞こえるが、普通の人には聞こえないらしい。だからラリーやピアには、オルはずっと黙り込んでいた様に映っていたのだ。
「……そろそろ帰るとする」
「大丈夫かい。 もうちょっとゆっくりしていったらどうだい?」
「何なら送って行こうか?」
気を使って色々と言ってくる二人を制し、オルは一人で屋敷へと歩いて帰ったのだった。




