オル様
「ああ、オル様だ!」
「オル様―! こっち向いてー!」
「オル様、こちらにも恵みの手を!!」
鮮烈な“求神”デビューを飾ってからというもの。やっとフード無しで村に出ることが出来る様になったオルは、行く先行く先で熱烈な歓迎を受けていた。
『大した人気じゃないか』
「……現金な物だ」
麒麟に憎まれ口を叩きつつ、前髪の奥でオルは無意識に微笑んでいた。
「オル様、今日はどちらに?」
「……いちょう通りの辺りを――」
「聞いたか皆の者! オル様をいちょう通りにお連れするぞ!!」
「……おい、俺は――」
オルは案内なしで行けると言おうとしたのだが、誰も彼の言葉など聞いていなかった。あれよあれよと言う間に彼の回りは人で固められ、まるで祭りの山車の様にオルは担がれていった。
「皆―! オル様だぞー!!」
「オル様―!」
「オル様万歳―!!」
最早逃げることも叶わず、オルは皆の注目を浴びながらその力を出し切ったのだった。
『……オル』
「……逃げるぞ」
その後ようやく地面に下ろされたオルは、今度はうちの家に来て下さい、いやうちの家にとわいわい騒ぎたてる村人を前にこっそりと姿をくらました。
へとへとになりつつ、やっとオルが辿り着いたのは通い慣れたピアの家だった。
弱々しくその扉を叩いたオルに、中から出て来たラリーは驚いた顔をした。
「うわ、オル様!」
「……勘弁してくれ」
呻くように言うオルに、ラリーは冗談だと笑いながら言った。
「良く来たね、オル」
いつもの様にピアに家に招き入れられたオルは、ソファにぐったり座り込んだ。
「ふふふ、お疲れ様」
彼の前にどかりとクッキーの山を置いて、ピアはそろそろかなとカップに琥珀色の液体を注いでいく。
「……すまん」
遠慮なく淹れたての紅茶を片手に、さくさくと星形のそれを口に運んでいくオル。彼は二杯目の紅茶を飲み干した頃、ようやく口を開いた。
「……疲れた」
「お、おう」
「見たら分かるよ!」
どんだけ消耗してるんだよと呆れつつ、二人はくすくすと笑った。
「……何だ」
「いや、振れ幅が凄いなと思ってな」
「……振れ幅?」
「“オル様”って呼ばれてる時と、そうやって甘い物を貪り食べてる時と」
「……そうか」
意識したことも無かったなと呟くオルに、ピアはさらに突っ込んだ質問をする。
「どうなんだい、祭り上げられる気分は?」
「……」
オルはしばし、黙り込んだ。それは不機嫌になったと言うよりは、じっと考えている様だった。ラリーとピアはそんなオルにももうすっかり慣れっこで、雑談しつつ彼が再び口を開くのを待っていた。
「……正直なところ」
迷っているかの様に目を泳がせつつ、オルはゆっくりと言葉を紡いでいく。
「……良く分からない」
「――は?」
思わず声を漏らしたラリーを、ピアがどついて黙らせた。
「……正直なところ良く分からないが、意外と、嫌ではないんだ」
「へえー。 すっかり目立ちたがり屋になったってことかい」
「……いや、そうではなくて」
上手く当てはまる言葉を探し、オルはとつとつと思いを述べていく。
「……人が笑っているのは、良いことだと思うんだ」
今まで彼が見て来たのは笑顔どころか、恐れ、憤り、疑いの表情だった。まるでそれを塗り替える様に、村の人々は彼に良い笑顔を見せた。
生まれながらに期待され、勝手に失望され、騙されたとまで言われ……。まともな生活を送る事すら無かった彼はここで初めて、“普通の”人と接することが出来た。その結果彼が抱いた感情は、どこか不思議で暖かい物だった。
「そういうあんたも、良い顔してるよ」
「……え」
にやにやしながら、自分の頬を指すピア。言われるまま自分の顔を触ったオルは、そこで初めて自分が笑っていたことを自覚していた。
「最初会った時はいけすかない奴だと思ったけど……。 お前、良い奴だと思うぜ」
「……!」
すかさず何言ってんだよと、ラリーをどつくピア。
「……お前らも良いコンビだと思う」
「――はあ? 何言ってるのよあんた!」
「……すまない」
ピアに凄まれ、すごすごと引き下がるオル。
「それは良いとしてさ、オル。 今日は何の用なんだ?」
何だかんだ言って、用も無くここへ来るわけではないことを知っているラリーはそう言った。
「……大したことじゃないんだが。 ミラのことで、聞きたいことがあるんだ」
ようやく本題を切り出した彼に、二人は怪訝な顔をした。
「……ミラ?」
「誰だい、それ?」
「……」
お互いの顔を見やる、三人。
「……」
「……」
「……」
小さな部屋は、沈黙に包まれた。




