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不死鳥の乙女  作者: ren
精霊の花嫁
52/87

それぞれの時間

「右、左、右――」


「イザム兄様、その調子ですわ!」


 今日も闘技場では、イザムとブリリアントの元気な声が響き渡っていた。イザムに足りなかった物――体力、技術力、経験――その全てを手に入れるために、ブリリアントは良い教師であった。


 戦闘能力を身に付けるのに、成人という年齢は遅くは無かったが決して早くも無かった。そこでブリリアントはイザムに、徹底的に防御の技を指導していた。卓越したセンスを要する攻撃よりも、相手の動きを読み取る頭脳を必要とする防御の方が彼には向いているからだ。


「……精が出るな」


「――オル君!」


「まあ、オル兄様」


 二人の声が響き渡る闘技場に、ふらりと現れたのはオルだった。イクスパイを振る手を止めて、イザムは汗を拭きつつ笑顔で話しかけた。


「オル君も体を動かして行きますか?」


「……否、俺は村に出る。 ラリー達に会う約束をしているんだ」


「そうでしたか」


「イザム兄様も、たまには外に出られては? 村には、緑の国名産の果物や野菜も多くありますわ」


「うーん。 僕はもう少し、練習したい気分なので」


「うふふ、熱心ですのね」


 にこにこと笑うイザムとブリリアント。オルはそんな二人に背を向けて、さっさと出口に向かって歩き出した。


「……珍しい物があったら、ついでに買ってくる」


「ありがとうございます、オル君」


「いってらっしゃいませ、オル兄様」





「今日もイザムは稽古、オルは外出……。 勤勉ね」


「お姉ちゃんも行きたいの?」


 部屋の窓からミラと二人、外の空気に当たりながら私たちは屋敷の庭を見下ろしていた。秋から徐々に冬に変わろうとするこの季節、外に出るのは絶好の時かもしれなかった。元々家の中より外にいる方が好きだったはずの私はしかし、どうにもそんな気分にはなれずにいた。


「……ミラは行きたい、外に?」


「うーん。 ミラは別に良いやあ」


 ミラはそう言って、私のベッドにダイブした。


「ふああ、眠くなってきちゃった」


「そうだね。 私もちょっと、昼寝しようかな」


 私も欠伸をしながら、ミラの横に寝ころんだ。カントリー調とは言え客間であるこの部屋のベッドはとても大きく、二人横に並んでも全く苦にならない程の幅だった。


「ねえ、ミラ」


「何―。 お姉ちゃん」


「ミラ、あのね」


「……」


 はっと気づくと、隣からはすでに規則正しい寝息が聞こえて来ていた。


「――はあっ。 また聞けなかった」


 私はそれ以上ミラに問いかけをするのを諦め、ごろりと体勢を変えてミラに背を向けた。


 ――ミラ。 ミラはずっと、ここにいて良いの?


 ブリリアントによると、ミラは屋敷に引き取られてからずっとふさぎ込んでいたと言う。誰にも心を開かず、与えられた部屋に引き籠っていたらしい。見かねたブリリアントがたまには村に出掛ける様(勿論保護者付きで)促すとしぶしぶ、しかし一人でならという条件で屋敷の外に出たという。


『私も、いずれはミラを元の場所に返さなければならないと思っていました。 レナ様が来られてから、ミラは驚くほど元気さを取り戻しましたわ。 今なら、彼女に重要な選択を任せても良いと思うのです。 お姉さまから一度、聞いて貰えないでしょうか』


 ――ブリリアントの言う通り……。 このままじゃ、駄目なのかもしれない。 でも……。


 ミラからは見えない様に、私はぎゅっと拳を握った。


 ――もしミラが元の場所に帰ってしまえば、私が部屋の中にずっといる理由もきっと無くなる。


 私はとっくの昔に、気づいていた。自分が外に出たくないことも、外に出たくない理由も。皆の前では威勢よく宣言したものの、さすがに夜な夜な悪夢にうなされていては認めないわけにはいかなかった。


 夢の中で私はいつも、緑の国の人々から追いかけられていた。そして、必ず袋小路に追いつめられて罵られるのだ。――炎の悪魔めと。


『や、やめて! 私は炎の悪魔なんかじゃない!!』


 私は必死に叫ぶが、人々は聞く耳を持たなかった。私を潰さんばかりに詰め寄って来た彼らに、私は思わず目を瞑って顔をそむけた。すると彼らは私の腕や肩を掴み、耳元でこう叫ぶのだ。


『――お前が不死鳥の乙女か』


『――!?』


「お姉ちゃん、大丈夫!?」


 はっと気づくと、ミラが心配そうに私を見下ろしていた。


「ミラ……」


 どうやら私は、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。しかし息は乱れ、まるでどこかを疾走してきた後の様だった。


 ――よりによって、あんな夢を見るなんて……。


 ミラの前で……と思うのに、私はなかなか現実に戻れずにいた。


「お姉ちゃん、ミラはどこにも行かないよ。 だから安心して」


「……!」


 溢れだしそうな涙を堪えて、私は手を伸ばして少女の頭を撫でた。


「ありがと、ミラ。 でもね――」


「お姉ちゃんとずっと一緒にいたいの。 ねえお姉ちゃん、良いでしょ?」


 純真な瞳で言われて、私はそれ以上の反論をすることが出来なかった。ぎゅっと彼女を抱きしめ、私は心に誓った。


 ――何が起きても、ミラだけは守ろう。


 この時の私は、この時の決意が思わぬ結果を招くことを知る由も無かったのだった。


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