オルの外出
その日の夕食時。昨日と同じ様に私たち三人と、ブリリアント、ギーヤを含めた五人は同じ食卓に着いていた。にこやかに話す私たちの会話を、唐突にぶった切ったのはオルの一言だった。
「……ブリリアント、明日屋敷の外に行きたい」
――オル!?
私はフォークを握っていた手を止めて、彼を見た。
「それは構いませんが……どうされたのです、オル兄様?」
あっさりと外出を認めたブリリアントに驚きつつも、私はオルの返事の方が気になってしまった。
「……特に用は無い。 ただ、人を見てみたいと思ったからだ」
「人を見るって言ったって……」
――どういうこと……?
首を傾げた私だったが、ブリリアントは納得したように頷いただけだった。
「分かりましたわ。 それでは、お手数ですが髪色が露見してしまわない様にだけご注意お願いします」
「……ああ」
オルは再び、何も無かった様にスープを飲み始めた。
「イザム様はどうされるのですか?」
そう聞いたのはギーヤだった。
「僕は力を付けたいと思いまして」
「僭越ながら、私がご一緒することになりましたわ」
ブリリアントが、うふふと笑いながら言った。
「それでレナさんは、どうするんですか?」
「んー。 私は……」
脳裏に過ったのは、突如部屋を訪れてきたあの少女との約束だった。
「……お茶して、トランプして、スゴロクして……」
「まあ」
「それは……」
「……楽しそうだな」
指を折って数える私に、皆は静かに突っ込んだ。
「とにかく、皆さんやることが決まって良かったですわ。 屋敷の中は全て、好きに使って頂いて結構です。 有意義な時間をお過ごし下さいませ」
ブリリアントの言葉で、一同解散となったのだった。
翌朝――。朝食後に早速屋敷を出たオルは、村をぶらぶらと歩いていた。ブリリアントに言われ、帽子を深く被っているとはいえその下の髪は黄色。彼は彼なりに気を付けて行動しているつもりだった。
まず彼が訪れたのは、狂犬に遭遇したのとは別の大通りだった。彼の目的は人を見ること。危険とは言え、人通りのあるところに行かない訳にはいかなかった。
彼はそこで、店に並ぶ商品を見定めしているふりをしながら人々の声を拾っていた。
「やあ兄ちゃん、今日は良い物が入ってるよ!」
店頭に並んだ果物を見ていると、案の定八百屋の店主が声を掛けてきた。
「……そうだな。 それ、貰えるか」
オルは適当に、橙色の果物を指さした。
「毎度あり! このまま食べるかい?」
「……ああ」
どうぞそこに座ってくれと言われるままに、オルは店先に出ていた椅子に腰かけてその果物に齧り付いた。
「……うん。 上手いな」
「そりゃそうだ! やっと出回り始めたばかりのカキキだからな」
ケラケラと笑って、店主はまた別の客の相手を始めた。
オルはその間、自分の目の前を通っていく人の足を見ながらその会話を聞いていた。言うまでも無く、炎の悪魔が捕まったという大事件はすでに村中に広まっている様だった。それをふまえて人々は、一時的に安心感を得た物のやはりまだ不穏な空気は拭い去れないと言った状態だった。
「……やはり、一日や二日ではそう変わらないか」
『まだブリリアントが姿を現してないもんな』
屋敷の外でも勿論一緒である麒麟に話し掛けつつ、彼はふっと見たことがある様な靴を見て嫌な予感がした。
「あ……あんた!」
「……ん」
聞き覚えのある声に嫌な予感が一気に現実を帯びていく。
「おまえ、このまえの……!」
『あーあ。 こりゃ不味いな』
「……ピア、ラリー……」
仁王立ちで彼を見下ろしていたのは、大柄美女とその連れ。つまり、彼が最も会ってはならない人達の一人だった。




