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不死鳥の乙女  作者: ren
不死鳥の乙女
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 今から遡ること、約三カ月前――。私の、十五の誕生日。


「レナ、起きなさい! レナ!」


「ふぇえ……?」


「今日は大事な日でしょ! いつまで寝てるの!?」


 いつもの様に母さんの大きな声で目を開けた私は、寝ぼけたまま状況を確認し――慌てて跳ね起きた。


「母さん、日の出まであと何分!?」


「十五分も無いわ」


 ――大変! 寝坊した!


 即座に寝間着を脱ぎ捨て、私は昨日用意しておいた晴れ着に手を通した。適当に髪を梳かせば、それで準備は完了だ。


「いってきます!!」


 大声でそう言い残し、私は家を飛び出した。向かう先は、村長のヒトおばあ様の家だ。なんとか夜明けまでに到着した私は乱れた息と髪を整え、鶏の鳴き声が聞こえると同時に戸を叩いた。


「――おはようございます」


「入っておいで」


 ――失礼します、と断って私はおばあ様の家へと踏み入れた。玄関先で床に手をつき、定められた口上を述べる。


「カツキとサラの娘、レナが参りました」


「待ってたよ、レナ。 あがりなさい」


「はい」


 おばあ様はいつもの様に、真夏でも絶えること無く燃えている囲炉裏の前で正座して私を待っていた。私もゆっくりと、それに倣った。


「ふふふ。 そんなにかしこまらなくても良いよ」


「あ……ありがとうおばあ様」


 あっさりと足を崩し、あぐらをかく私を見ておばあ様は笑った。


「それで良い。 これから話すのは、少しばかり長い話だからねえ」


 さて、とおばあ様は真剣な表情になって私を真っ直ぐに見つめた。


「おまえさんは今日、ここに何をしに来た?」


「えっと……私が生まれた日のことを、聞くため?」


 成人を迎えた特別な日、私たちは必ずおばあ様の下を訪れる。おばあ様はとても優秀な産婆であり、全ての村民の名付け親だ。


「その通りさ。 ……人は皆、この世に意味を持って生まれてくる。 赤子がこの世で初めて泣き声をあげた瞬間、私にはその人生が見えるのさ」


「……人生が、見える」


 私は思わず、ごくっと唾を飲みこんだ。


「ああ。 おまえさんの時も、私の目にははっきりと映ったのさ」


 おばあ様は今や白く濁ってしまった眼で私を捕えると、誰も知らない話を始めた――。


 十五年前、不死鳥の村は混乱の渦の中にあった。発端は、南西に位置する橙の国の指導者が交代したことだった。新しい指導者であるクダの統治は非常に好戦的で、それまでの国の在り方を否定するものだった。当然治安は乱れに乱れ、遠く離れたこの村にまで影響を及ぼしつつあった。


 当時橙の国に国境を開いていた赤の国は、やむなくこれを封鎖することを決定した。ところがこれが、クダの逆鱗に触れてしまった。彼はなんと、遥々この国まで兵を差し向けて来たのである。


 赤の国としては当然、これに屈する訳にはいかなかった。各々の村から武器を持った男達が集まり、赤の軍が結成された。


 赤の国最南端の村を出発した戦士達が、ついに国境の大きな川を挟んで敵軍と睨みあっている。そんな緊迫した状況の中で、母となるサラは大きなお腹を抱えてヒトの家を訪ねていた。


「ヒト様……。 こんな大事な時に、申し訳ありません……」


「何を言うか、サラ。 こんな時だからこそ、皆は赤子の誕生を待ち望んでいる。 しっかり丈夫な子を産むのだ」


「はい……」


 実はサラの出産は、一カ月後の予定だった。しかも昨日までは生まれる気配など微塵も無く、ごく普通の経過を辿っていた。それがいざ戦が始まろうとした瞬間、急に産気づいたのだ。


 ヒトは段々と陣痛の間隔が短くなっていうサラの手を、そっと握った。ただでさえ不安な初めての出産と、夫であるカツキの参戦、急すぎる身体の変化。せめて赤子だけでも、無事に産ませたかった。


 痛みに喘ぐサラを懸命に励ましつつ、実はヒトも限界寸前だった。ただでさえ眠る暇も無い程の激務の中、つい昨日に長年の友人を看取ったばかりだった。


 甲斐甲斐しく働きながらも、ヒトは時折囲炉裏の方を伺っていた。その炎はヒトにとって、村の内外の情報を教えてくれる大切なものだった。――今にも両軍がぶつかる。そう読み取った時、ついにサラのお産が始まった。


「うぅ……あぁぁぁぁ……」


「ほらサラ、気をしっかりせい。 教えた通りに息を吐くんだ!」


「うぅぅぅ……」


 サラのお産は、なかなかに進まなかった。声を掛けたり、擦ったり、汗を拭ったりしながら、ヒトは長年の経験から少し焦りを覚えていた。


「……ヒト様」


「どうした?」


「戦は……戦は始まりましたか?」


「……まだだ。 まだ始まってはいない。 お前さんは、自分のことだけに集中しなさい」


「はい……あぁっ」


 痛みの波が引く僅かな間、サラは必ず戦の状況を聞いた。その度にヒトは囲炉裏を見たが、どういうわけか炎には何の変化も映らなかった。


「おお! もうすぐの辛抱だぞサラ! ……サラ?」


 ようやく赤子の頭が見え始めた時、サラは突然に意識を失った。


「――サラ!? しっかりせんか! サラ!」


 母のいきむ力が無ければ、子がお腹の外に出ることは無い。まさに母子共に危険な、最悪の状態だった。ヒトは必死で、サラに呼びかけた。


「サラ、サラ――!」


 それでも一向に、サラの意識は戻らなかった。ヒトはついに、目を閉じて神に祈った。


 ――不死鳥神、どうか、サラに力を貸して下さい――!!


 一瞬の空白の後、ふいにヒトは頬に熱い風を感じてハッと顔をあげた。


「ふ、不死鳥神様――!」


 ぐったりと横たわる、サラのお腹の上。そこに、炎を纏った不死鳥神の姿があったのだ。


『生まれてくる子には“レナ”と名付けよ』


「――!」


 不死鳥神がそう言うのを、ヒトは確かに聞いた。驚いて腰を抜かすヒトの前で、不死鳥神は静かに消えた。それはまるで、お腹の中に吸い込まれていくかの様に……。


 茫然としていたヒトは、サラの呻き声で我に返った。


「……生まれる、生まれるわ……!」


 いつの間に、意識を取り戻していたのだろうか。慌てて立ち上がったヒトはその直後、無事に赤子を取り上げていた。


「おめでとう、サラ。 元気な女の子だ」


「私の、子……」


 毛布にくるんだ赤子を、ヒトは母の下へと優しく戻してやった。


「お前さんの子供だよ」


「可愛い……可愛いです、ヒト様」


 サラは涙ぐみながら赤子を見つめ、その日初めての笑顔を見せた。


「ヒト様、何と呼べば良いでしょう?」


「名は、レナじゃ」


「レナ――! ヒト様のご友人と、同じ名前を授かったのですね」


 サラはヒトに笑いかけ、噛みしめる様にその名を何度も口にした。そしてカツキさんにも早く報告しなきゃ……と言って、ハッと血相を変えた。


「ヒト様! 戦は? 戦はどうなりました!?」


「――戦は……!」


 その日の晩、村は喜びに溢れていた。いち早く国中に伝わった知らせによると、赤の軍は歴史的大勝利を収めたのだという。


 戦が始まる前、橙の軍は大きくざわついていた。


「どうしたっていうんだ……?」


 対するこちら側は首を傾げつつも、そのまま両軍はぶつかった。後から入った話によると、昨日の未明頃、あちらでは国全体を揺らす大地震が起きていたらしい。被害の程は、計り知れず。クダの命令を遵守しなければならない指揮官と、急いで国に帰ろうとする兵士達。この時既に、橙の軍は崩壊していたのだ。


 そこへ二度目の偶然が、重なった。戦いの最中、突然に強い北風が吹いたのだ。それは赤の軍が持つ松明の火を大きく膨れ上がらせ、橙の軍を襲った。


 元々士気が下がっているうえ、化け物の様に迫ってくる炎に橙の兵士達は這う這うの体で逃げ帰って行った。画して、赤の国の平和は守られたのだった。


「これが、おまえさんが生まれた日の話だ」


「……」


 私は黙っておばあ様の話を聞いていたが、その実かなり驚いていた。橙の国と戦をしていたことぐらいは知っていたが、後はほとんど初耳だ。


「不死鳥神様のこと、母さんは知ってるの?」


「いいや、サラは何も知らん。 このことを知っているのは私と、おまえさんだけじゃよ」


「そう……なんだ」


 何故だか分からないが、私は少し安心した。


「その……。 不死鳥神様が来ることって、良くあるの?」


「いいや。 長年お産に立ち会っているが、あれが最初で最後だろうよ」


「……。 何で……」


「おまえさんには生まれつき、不死鳥神様の御加護があるということさ」


「不死鳥神様の、御加護……!」


 思わず繰り返した私に、おばあ様は意味深に頷いた。


「ではおまえさんの、生まれてきた意味を伝えようか」


「――!」


 ついにこの時が、来た。私は慌てて姿勢を正し、唾を飲んでおばあ様の言葉を待った。


「時は満ちた。 白い巫女と共に、おまえさんは新しい世界を見るだろう」


「……。 え、終わり?」


 私はなんとも言えない気持ちで、茫然と口を開いた。おばあ様の言葉は抽象的過ぎて、何のことか全く伝わって来なかった。


「白い巫女って誰?」


「それはリリアだ」


「――リリア!?」


 思いがけずあっさり返ってきた答えに、私は目を剥いた。しかし、おばあ様の言葉はこれで終わりでは無かった。


「リリアはいずれ、私の後を継ぐだろう」


「えー!?」


 それはつまり、村を背負っていくということか。この時点で私は、自分のことよりもリリアの未来で頭がいっぱいになっていた。


 ――あのリリアが、村長!?


「これって本人は――」


「レナ、良い人生を送れ。 それが私からの祝辞だ」


 最後の質問は、おばあ様に遮られてしまった。慌てておばあ様に深く頭を下げたものの、私は危うく叫びそうになっていた。


――リリア、このことなんで教えてくれなかったのー!?

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