目覚め
「この中で一番、覚醒に近いのは……」
侍女に持って来て貰ったお茶を片手に、私たちは闘技場の観客席に腰掛けていた。一息ついたところで、ブリリアントは先程を振り返っての話を始めた。
「オル兄様ですわ」
――まあ、そうなるか。
私もイザムもブリリアントに触れることすら出来なかった中でオルの攻撃は、ダメージこそほぼ無かったものの数回ほど彼女に届いていた。
「麒麟様との連携技、見事でした。 基礎的なことは既に習得されている様ですし、思い出されるのは時間の問題かと」
「……そうか」
オルはたった一言そう言うと、ぐびっとお茶を呷った。私はそんなオルを見つつ、またブリリアントの話に耳を傾けた。
「イザム兄様とレナ様は、互角と言ったところでしょうか」
「――!」
「僕が、レナさんと!?」
ぴくりと動いた私の横で、イザムは心底驚いた様に言った。
「単純な戦闘能力なら、剣の扱いに長けてらっしゃるレナ様に軍配があがるかもしれません。 ですが求神の力という点においては、お二人は同じであると言えるかと」
「……」
「……」
「……なるほど」
それぞれ納得した様に黙る一同に、ブリリアントはカップを横に置いて言った。
「お二人は、ご自身の求神様の姿を見られたことはありますか?」
「無い……」
「一度だけなら……」
顔を見合わせてそう言う私たちに、ブリリアントは訝しげに口に手を当てた。
「私たちの力は全て求神の力によるもの。 それなのに、その肝心のお姿を見ることが出来ないということはどういうことかしら……」
「――!」
「言われて見れば、確かに。 オル君と麒麟様は常に、一緒にいますもんね」
「……ああ。 そういえばブリリアントはどうなんだ? お前の求神はまだ見ていないが」
「私の精霊――エントは、私が力を失った時より姿が見えなくなりましたわ」
「んんん。 それって、どういうこと?」
「私にも分かりませんわ。 この様なこと、前例がありませんもの」
納得できない顔をしながらも、ブリリアントはこの話を終わらせることにした様だった。
「とにかく、お兄様方には求神の力を目覚めさせることから始めなければならないことは確かですわ」
「目覚めさせると言っても、どのように?」
「まずはご自身の力を、見つめることからですわ。 そうすれば自ずから、目覚めの時はやってくるはずです」
「……目覚め」
低くそう言ったオルの言葉は、私たち全員の心境を表しているかの様だった。
「……なあ麒麟」
『どうした?』
皆と別れ与えられた自室へ戻って来てから、オルはまた一人で何かを考えていた。いつも通りそれを見守っていた麒麟だったが、ついに来たかと内心身構えながらもそちらに顔を向けた。
「……知っているんだろ?」
『ああ、知っている。 お前が知らないお前自身のことを俺は知っている』
「……そうか」
『……』
するとオルは、座っていた椅子から立ち上がり真っ直ぐに麒麟のもとへと来てこう言った。
「……なら教えてくれ。 俺が思い出すべき、全てを」
『……』
麒麟には、オルがそう言ってくることが分かっていた。しかし彼にはまだ、それを言うべき時ではないとも分かっていた。だから彼はオルの言葉には答えず、逆にこんな質問をした。
『なあお前、人間は好きか?』




