根
――皆様、ついてきてくださいませ。
そう言ってブリリアントは、私たちをお屋敷の地下へと続く階段へと誘った。
「ここ……私がいたとこよりもよっぽど深いね」
蝋燭を手に先頭を歩いていくブリリアントに、私は呟いた。
「ええ。 これはお屋敷の深層部へと続く階段、ですから」
「深層部……」
ブリリアントの言葉の通り、階段はまるで終わりがない様だった。室内から始まったはずの地面はいつしか、土の物になっていた。
「何だか落ち着きますね」
「……ああ」
イザムの言う通り、ここは私たちに取って心地よい場所だった。湿った地面を踏みしめ、どこからともなく響いてくる水の滴る音を聞く。まるで視覚以外の五感が、全て研ぎ澄まされていく様だった。
これからどこに向かっているのだろうと思っていた私は、唐突に話し始めたブリリアントにハッと注意を向けた。
「“求神”の力とはすなわち、自然の力そのもの。 人間には到底、手におえる物ではないのです」
「……!」
「自然は時に雄大で、牙を向く。 そして人は時に小さく、脆く儚い。 この二つの調和を取るのも、私たちの大切な役目なのです」
「……」
私たちはいくつもの巨大なアーチを越え、ブリリアントの声に耳を傾けながら下へ下へと進んで行く。
「ですから私たちにとって強さとは、いかに自然の力と一体化出来るかによって決まります」
「自然と、一体化……」
丁度階段の一番最後に着いたブリリアントは、そのまま数歩進んでそこに備え付けられていた柵の先を見つめた。
「ここは……緑の国の、始まりの場所……。 エントの巨大な根によって出来た、地下空間なのです」
「根……!?」
私は先程から何度もくぐり抜けた、アーチを思い浮かべた。するとあれは、全部が根だったというのか。
茫然とする私の横を、イザムが前に出てブリリアントと同じ物を見つめた。
「あれは、まさか……」
「……エントか」
――エント……。
ようやく私は、ブリリアントが見つめる物が何なのかに気が付いた。それは巨大すぎる木の、家を丸ごと飲み込めそうな程に太い根だったのだ。
「あれ……。 この位置に根があるってことは――」
「そうですわ、レナ様。 あのお屋敷は全て、エントが姿を変えた物なのです」
――お屋敷、全部……!
驚く私に、続けて彼女は言った。
「エントの根は国中に張り巡り、土台からこの国を支えているのです。 そのお蔭でこの国の土地は肥え、人々の暮らしは豊かになりました」
――!!
「しかしそれと同時に、この力は悪用すれば国を転覆させる事など容易いのです。 例えば私が、この街の草木の成長速度を異常な程に速めたら……? この国はすぐに、森に飲み込まれてしまうでしょう」
「……」
黙り込む一堂を振り返り、ブリリアントはこう言った。
「勿論これは、お兄様方が“力”を完全に使える様になってからの話です。 まずは、それだけの力がご自身の中に存在するということを、感じて下さい。 自分が常に神と隣り合わせに生きているということを、感じて下さい。 ……それが私の言える、“求神”としての強さですわ」
「……自分の中に」
「……水龍様が」
「……力がある」
それは私たちの中に、風が生まれた瞬間だった。




