ミラ
翌朝――。私たち三人は最高級のベッドでたっぷり睡眠を取った後、晩餐とはまた違った部屋で朝食を取っていた。
「あー! 蜂蜜トーストがある!」
「良かったですね、レナさん」
「……朝から騒がしいな」
三人だけとあって、私たちは良い意味でゆったりとした時間を過ごしていた。
「しかし……。 これからどうしましょうか」
「んー?」
食後の紅茶を楽しんでいた私は、急に真面目な声になったイザムに目を向けた。
「どうするって?」
「カムイの手がかりは無い様ですし、この国は“炎の悪魔”のことでお忙しいわけですから……長居するのは迷惑かなと」
「あ……」
私ははっとして、カップをテーブルに置いた。
「そうだよね……。 元々ここにいるはず無いんだもんね、私たち」
「……俺は――」
オルが何か言いかけた時、部屋のドアが急にバタンと開いて誰かが飛び込んできた。
「――!」
「――!」
「……」
驚いて立ち上がった私の膝にその誰か――少女は、思いっきりぶつかって止まった。
「……きゃっ」
「――あ、あなたは昨日の――」
何事かと少女を見た私は、彼女が昨日狂犬に追われていたあの少女であることに気付いた。
「――ミラ!」
少女に引き続き、ドアから入って来たのはブリリアントだった。
「あ、ブリリアント様!」
ブリリアントが入って来た途端、少女は彼女の後ろに隠れてしまった。ブリリアントは勝手に走り出しちゃ駄目じゃないと言いつつ、背後の少女を私たちに紹介した。
「こちら、この屋敷で預かっておりますミラと言います」
「……み、ミラです」
「は、はあ……」
私にはただ、そう言う他なかったのだった。
「先程は申し訳ありませんでしたわ、レナ様」
少女を連れて一旦出て行ったブリリアントは、今度は一人で戻ってくると丁度食後のお茶を飲んでいた私たちと合流した。
「まさか、ここに住んでる子だとは思わなかったよ」
「ミラとレナ様が会っていたなんて、知りませんでしたわ。 あの子を助けて下さってありがとうございました」
丁寧に頭を下げるブリリアントに、いやいやと手を振りつつ私はほっと溜息をついた。
「しかし、どうしてミラはここに?」
「……」
イザムの質問に、ブリリアントは俯いてしまった。
「ブリリアント?」
「あの子は――あの子の両親は、炎の悪魔の犠牲者なのです」
「――!」
「――!」
「……!」
ブリリアントの言葉に、私たちは衝撃を受けた。
「犠牲者ってことは、つまり……」
「最後の事件で襲われた家に住んでいた、ということでしょうか」
ブリリアントは私たちの声に頷くと、その夜のことを語り始めた。
「あの忌々しい事件が起こった日、私は燃え盛る家に飛び込みました。 そこで見たのは――一面の火の海と、あの人……炎の悪魔でした」
「……炎の、悪魔」
「炎の悪魔は私を見て……何もしませんでした」
「え、何もしなかったの?」
何か恐ろしいことが起きたのではと思っていた私は、ブリリアントの言葉に思わず聞き返した。
「はい。 何もせず、ただじっと私を見て笑って……。 それはとても、恐ろしい時間でした。 あの人に見つめられている間、私は目をそらせなかった。 何も聞こえなかった。 何も考えられなかった……」
「――っ」
「やがてあの人は、ふっと笑うと、掻き消す様にその場から消えたのです」
「……消えた……」
「ええ。 その時初めて、私はミラに気付いたのです。 目の前で家を燃やされ、両親を殺され……体を震わすミラに」
そう語るブリリアントは、まるで目の前に炎の悪魔がいるかの様にガタガタと震えていた。
「燃え盛る家は今にも崩れ落ちそうで、私は慌ててミラを抱えて脱出しようと思いましたが運悪くそこに柱が倒れてきて……」
ブリリアントは己の手で、顔の左半分を押さえた。
「消火が終わった後、屋敷の物にミラの家を隈なく探させました。 しかし手がかりは何も無く……ミラの両親も、見つかりませんでした」
「――そ、そんな」
「それに私自身も怪我を負ってしまっていて……。 傷が癒えたのは、本当に最近の事なのです」
「……それで、ずっと屋敷に籠っていたのか」
「それもありますが、それ以上の問題が起きたのです」
「これ以上、まだ問題が起きたのですか!?」
イザムの声に、ブリリアントはぎゅっと口を真横に結んだ。そして、無理やり絞り出すという様にこう言った。
「私は――求神としての力を、失ってしまったのです」




