焦り
一人一人になった三人は、それぞれ違ったやり方で夕食までの時間を過ごしていた。私は不死鳥の剣を抱いたまま、ベッドで爆睡。イザムは部屋に備え付けの風呂で、シャワー中。そしてオルは――。
「……」
『……』
彼は、決して一人などでは無かった。彼の側には、生まれた時から片時も離れない相棒――麒麟がいた。
オルは部屋に入ると、すぐに部屋の中央にあるテーブルに置かれた自分の荷物を目で見た――が。確認もせずに、椅子をガタガタと引くと膝を抱えて座った。そして麒麟も、その隣の椅子を引いて同じ様に座った。
「……」
『……』
無口なイメージが定着しているオルだが、麒麟といる時は実は饒舌な面があった。それが今、二人の間には沈黙が漂っている。
「……」
『……』
彼は今、深く深く悩んでいた。そして麒麟には、それが手に取る様に分かっていた。だからこそ彼はただ黙って、一定の距離を保ちながら相棒に寄り添っていたのだった。オルが彼に話しかけたくなった時に、いつでも答えられる様に。
そしてオルはかっきり三十分後に、口を開いた。
「……本当なのか」
『……ああ』
「……」
『……』
オルはオル自身が求神であることを、全く受け止められてはいなかった。それどころか自分が常ならぬ力を持っていることすら、分かってはいなかったのだ。
幼少期から人と接する機会がほとんどなく、麒麟と一緒に過ごしていた彼にとって“力”を持っていることは当然のことでしかなかった。その上で村人から“呪いの子”と忌嫌われさらにカムイから良い様に使われ続けた過去は、オルに自らの真価を見失わさせるには十分過ぎる程だった。
だからこそ彼は、悩んでいた。求神とは何なのか。人とは何なのか。そして、己とは何なのか。
全てを知るにはまだ、彼には何もかもが不足していた。
「……俺は……誰なんだ?」
「イザムー、オルー、ご飯の時間だって!」
「はーい!」
「……ああ」
二時間程も休息しただろうか。私たちは再び、廊下に集結した。
「あれ、オル君、何かありました?」
「――え?」
イザムの声に、私はオルを見た。
――いつも通り、だよね?
オルはイザムをチラリと見たが、すぐにこう言った。
「……別に、何も無い」
「そうですか」
イザムは少し首を捻ったが、それ以上何も言わなかった。
メリッサさんに導かれ私たちが訪れたのは、豪華なシャンデリアが輝く大広間だった。中ではすでに、ブリリアントとギーヤさんが待っていた。
「お会いしたかったですわ! お兄様方!!」
イザムとオルを見るなり、先程とは違うドレスを着たブリリアントが駆け寄ってきた。
――……お会いしたかった、って程離れてないし……。
私は心の中でそう思いつつ、服を着たままベッドに寝転がったために皺が寄ってしまった服の裾をさりげなくひっぱった。
「あら、オル兄様、何かありましたの?」
「……別に、何も無い」
――え?
私は思わず、立ち止まってオルを見た。彼は心なしかいつもより、返事をするタイミングが早かった気がしたのだ。
――オル……?
彼が変わったと思って見ると確かに変わった様な気もするし、やはり変わっていない様な気もする。つまり結局は、何も分からないのだ。
――私だけ、オルの変化が分からないっていうの……?
イザムはともかく会ったばかりのブリリアントですら見抜いたかもしれない事実に、私は言いようのない焦りを覚えた。
――……私――。
「レナ様も、御席にどうぞ」
「――!」
気付けばとっくにイザムやオルはブリリアントに導かれて席に付き、私の側にはギーヤさんが立っていた。
「……あ、すみません……」
私は慌てて、ブリリアントの向かいの席に着席した。そしてギーヤさんが私の右隣に座り、お茶会と全く同じ配置で晩餐は開始されたのだった。




