メリッサさん再び
「どうしてって言われても……」
私は思わず、口ごもってしまった。この国に来たのはただ単にカムイの手がかりを得るためで、もしかしたら自分達と同じ力を持つかもしれない精霊の花嫁に会いたかったからなのだ。それはこうして屋敷に招かれ、国の始まりについての話を聞いた後にはあまりにもちっぽけな理由だった。
「……」
「……」
「……」
一様に黙り込んでしまった私たちに、それまで口を挟むことなく一同を見守っていたギーヤさんが助け舟を出してくれた。
「ブリリアント様、皆様は過去の記憶が戻られていないのですから、急に色々なお話をされてお疲れになっているのではないでしょうか」
「――まあ、そうでしたわね! 私としたことが……。 ギーヤ、部屋の用意を」
「すでに出来ています」
「ふふ、いつも通り早くて助かりますわ」
そう言って、ニコリと笑うブリリアント。完全に取り残された私たちを代表して、イザムが口を開いた。
「あの、お部屋とは……?」
「あの騒ぎの後では、イザム兄様達、お屋敷の外に戻るのは無理がありませんこと? 私としては兄様達ともっとお話しさせて頂きたいですし、しばらくこのお屋敷に滞在して貰えませんか?」
「――!」
それは私たちにとって、願っても無い申し出だった。
「何から何まで本当に――」
そう言ってお礼を言うイザムに、ギーヤさんは笑ってこう言った。
「この国は“求神”によって成り立っているといっても過言ではありません。 ですから、本来なら国をあげて歓迎したかったのですが……」
何しろ状況が状況なので、と言って立ち上がりながらこう続けた。
「少なくともこの屋敷の中では、レナ様方は“炎の悪魔とその仲間”ではなく、“求神”としてお過ごし下さい」
ギーヤさんはそう言って微笑むと、パンパンと手を叩いて合図をした。するとそれに答えるようにしてどこからともなく現れたのは、先程お世話になった侍女頭のメリッサさんだった。
「改めまして、私、侍女頭を務めさせて頂いておりますメリッサと申します」
緑色の髪をきっちり一つにまとめた彼女は、これまたきっちり九十度にお辞儀するときりっとした目で私たちを見た。
「皆様のお世話は、このメリッサが全てさせて頂きます。 なんなりとお申し付け下さいませ」
「あ、ありがとうございます……」
なんとなくこちらもきっちりしなければいけない気がして、私は慌てて頭を下げた。
「ではメリッサ、お兄様方をお部屋に案内して差し上げて貰えますか?」
「承知いたしました。 皆様、こちらへどうぞ」
メリッサさんの声に、私たちはブリリアントにお茶会のお礼を言って立ち上がった。入って来たのと同じ重い扉が開かれると、扉の外にはずらりとメイドさんやら衛兵やらが立ち並んでいて、正直なところ私は気圧されてしまった。しかしメリッサさんはそれが当然というように、人と人との間を堂々と進んで行く。
私たちは顔を見合わせた後、腹を決めてメリッサさんに続いた。すると予想通り、メイドさん達は一斉に頭を下げて私たちを見送ってくれたわけた。
――……なんだか、こういうの慣れてないっていうか、なんていうか……。
余りの境遇の違いにむず痒さを覚えた私は、これからの生活を思って心の中で溜め息をついた――が。メリッサさんが案内してくれたのは豪華絢爛の客室ではなく、こじんまりとした雰囲気が漂う廊下だった。
私たちが思わずホッとして表情を緩めていると、メリッサさんは心なしか先程よりも母性に満ちた顔でこう言った。
「ここはお屋敷の中の、カントリーのフロアと呼ばれている階でございます。 皆様のお部屋は、こちらにご用意させて頂きました。 奥からレナ様、イザム様、オル様のお部屋でございます。 お荷物はすでに、宿からこちらに運んでおります」
「……あ! じゃあ私の剣も……」
「はい、こちらに置かせて頂いております」
――良かったぁ!!
私は心からの溜め息を吐いた。
「それでは皆様。 再び夕食の際に御呼びに参りますので、どうぞお部屋で御くつろぎ下さいませ。 私はこれで失礼いたします」
「ありがとうございました!!」
私たちはメリッサさんを見送り、廊下で顔を見合わせた。
「じゃあ、せっかくだし」
「そうですね。 また夕食の時にということで」
「……ああ。」
私たちは廊下で別れ、各自の部屋へと入って行った。その時の私は不死鳥の剣のことで頭がいっぱいで、ただでさえ静かなあの少年の変化に気づく余地などなかったのだった。




