寂しい目覚め
「――ん……」
私は暗闇の中、ゆっくりと目を開けた。まだ晴れきれない意識の中で、自分の胸が軋むのを感じている。それが直前まで見ていた夢のせいだと分かっているのだが、どうしてもその内容は思い出せない。もやもやした気分を抱えたまま、私は背中から伝わってくる冷たさに無理やり現実に引き戻された。
無意識に手の平で辺りを触っていた私は、そこで初めて自分の置かれた状況がおかしいことに気付いた。
――ここ、どこ……?
宿屋のベッドではなく、野宿中の地面でもなく、それは全く知らない石の床だった。私はようやく回り始めた頭で、意識が途切れる前のことを思い出そうとする。確かラリーとピアの話を聞いて、いよいよ精霊の花嫁に会わなければと思ったものの野犬が現れて――。
――そうか、私、髪の色が戻ったせいで……“炎の悪魔”と間違われて……!
そこまで考えた瞬間、私ははっとして上体を起こした。
「ここは……」
暗さに順応した目に写ったのは、正真正銘――人を閉じ込めるためだけに作られた空間、地下牢だった。
――……やっぱりそう来たか……。
私は立ち上がり、目の前の鉄格子に恐る恐る触れてみた。
「――冷たっ」
思わずあげてしまった声が、予想以上に大きく、淋しく響いた。それはここにいるのが私一人なのだと感じさせるには、十分すぎる程だった。
――……イザム……オル……。
私はここにはいない二人に、思いをはせた。ここにいないからといって、二人が無事という保証はどこにもない。むしろ、最後に聞いたイザムの声からすると二人も捕えられている可能性が非常に高い。
「――もうやだー!!」
私はもうこれ以上何も考えく無くて思わず大声で叫び、冷たい床にぺたりと腰を付けた。するとその時、遠くの方でギギーという古い扉が開く様な音がした。
――え、何なの!?
はっと我に返った時にはすでに遅く、一人分の足音がこちらに近づいてくるのが分かった。全く心の準備が出来ていなかった私は、急な展開に今更の様に焦り出した。
――どうしよっ! 寝たふりしようかな!? でもさっき大きい声だしちゃったし……どうしよどうしよ!?
必死で考えている間にも、足音はどんどん近づいてくる。
――どうしたら良いの!?
例え本当のことを話したとして、自分が“炎の悪魔”ではないと信じて貰えるかどうかは分からない。意識を手放す前に聞いた、村の人々の叫び声が再び耳の奥から蘇ってくる様だった。
――最悪の場合、このまま“炎の悪魔”として裁かれるってこともあるんだよね!? そんなの――。
どうにも気持ちの整理は着きそうにも無かったが、足音は私が落ち着くのを待ってくれるはずも無かった。一定のペースで歩み続けたその人物は今まさに、私のいる牢屋の真ん前で立ち止まったのだった。
「……」
その人は下げているランプで、黙って私を照らした。それと同時に私も、相手が男性だということが分かった。
「……」
「……」
互いに無言のまま、私たちは牢屋の中と外とで見つめあっていた。私はどうにか冷静である様に見せようと必死だったがその実、心臓は男に聞こえそうなぐらいに脈を刻んでいた。
気まずすぎる沈黙の末、男が口を開いたのはそれから一分以上も立ってからの事だった。
「……貴女が“不死鳥の乙女”ですか」
「違いま――ってええ!? なんで!?」
てっきり男が“炎の悪魔”かどうかを聞いてくるだろうと思っていた私は、その質問にあっけなく翻弄されてしまった。
完全に“不死鳥の乙女”だと認めてしまったも同然の私の前で、男はランプを地面に置くと懐から鍵を取り出してあっさりと牢を開けた。そして状況に全くついていけない私に、ただ一言こう言った。
「ようこそ、精霊の村へ」




