イザムの策
私たちの髪の色が変わってしまったのは、イザムが配合した不思議な薬のせいだった。
「明日一日、僕に預けて下さい。 そうすればきっと、上手くやって見せますよ」
あの日の夜、そう言ったイザムは部屋に戻ると荷物の中から七色にてらてら光る茸を採り出した。
「――あ! それって……」
「レナさんが採って来て下さった茸です。 まさかこんなところで役に立つとは」
「……確か、マジックトリュフといったか」
久しぶりに見たそれをしげしげ見ながら、私は綺麗だなーと。オルは気味が悪い……とそれぞれ感想を口にした。
「それで。 これでどうするの?」
「……まさかこの茸で、薬でも作るのか?」
私たちの質問にイザムは満面の笑みで、そうですと答えた。
「実はこの茸、色変薬には欠かせない物なんです!」
「……色変薬?」
「……なんだそれは?」
聞いたこともない薬に首を傾げる私たちに、イザムはつらつらとその薬について述べた。要約すると――。
「つまりこの薬を飲めば、体の内側から髪の色を変えることが出来るんです。 ですから僕たちは簡単に、緑色の髪を手に入れ――緑の国の住民になりすますことが出来るんです」
まあこの薬の最大の欠点は、マジックトリュフが希少過ぎてなかなか手に入らないことなんですけどねと彼は笑顔のまま言った。
「――凄いじゃない!!」
「……確かに! だがその薬、すぐ作れるのか?」
私とオルは顔を見合わせて喜び、そしてイザムに聞いた。するとイザムは、待ってましたとばかりにこう言った。
「勿論です! 一日あれば十分ですよ」
次の日イザムは、一日中部屋に籠って何やら怪しげな作業を行っていた。そして――。
「こ、これが色変薬……!」
「……おえっ」
私たちは出来上がった薬を見て、思わず尻込みしてしまった。それはあの気味の悪い茸をそのまま液体にした様な、非常に毒々しい物だった。
「はい! 今からこれに、“緑色の物”を加えます」
しかしイザムはあくまで達成感に満ちた顔で、“緑色の物”――カメレオンを、三つのコップに注がれた色変薬に投下した。すると色変薬はシュウシュウという嫌な音をたてて、綺麗なエメラルドグリーンへと色を変えた。
「ね、美味しそうでしょ?」
「……」
「……」
――出来たら、カメレオン入れるところは見たくなかったかなあ……。
いよいよぞぞっとしながら、私はコップの中身を一歩遠い位置から細目で見た。
「……これ、本当に飲むんだよね」
「……俺はレナと違ってゲテモノ好きではないんだが」
「ちょっ! 誰がゲテモノ好きよ!」
「……大体あってるだろ」
私たちが飲みたくなさに漫才をかましていると、何も気づいていないイザムが笑顔で言った。
「さ、乾杯しますか!」
「……うん」
「……ああ」
イザムはイキイキと、私は渋々、オルは青ざめながらコップを掲げた。
「――乾杯!」
「……乾杯」
「…………乾杯」
私はコップの中身を極力見ない様にして、一思いに流し込んだ。その途端――。
「――ぶっ!」
飲んだ途端、冷たい液体が喉を通って身体の内部に浸透していくのが分かった。
そして次の瞬間、強烈な吐気が湧きあがってきた。
「……な、なんなのよこれ!?」
私の身体の中で、二つの勢力がせめぎ合っている。熱いのに寒い、寒いのに熱い。初めてのその感覚に、私は口を押えながら膝を震わせた。
「――くっ……」
遠くのほうでオルが、なんだ案外普通じゃないかと言っているのがかろうじて聞こえた。
――飲む前はあんなにびびってたくせに、なによ……。 というか、二人は何とも無いの……?
堪え切れずに思わず膝をついた私に、ようやく二人が気が付いた。
「レナさん、レナさん!?」
「……おい、大丈夫か?」
ともすればそのまま気を失ってしまいそうになる中、私はどうにか目を開けて前を見た。
「……イザム……オル……」
翳む視界で見た二人の髪は、すでに綺麗な緑色に染まっていた。
「凄い……緑色だ……」
「ええ、まあ……」
「私もちゃんと、染まってる?」
「……え、ええ」
「……染まってることには……染まっている」
私はオルの微妙な言い方に、ふらつく頭をあげた。
「……何? 何なの?」
「……」
「……」
しかし二人は何故か気まずそうに、視線を逸らして目を合わせようとはしなかった。
「え? ……何?」
「……その……」
「……色が……」
口ごもる二人に、私ははっと自分の髪を確認した。私の髪は、赤色だった髪は、今や汚い土色になっていた。……主張する赤色に、無理やり緑色を混ぜたらこうなるのだろうか。とにかく赤色では無いにしても、緑色とは程遠い残念な髪色に変わり果てていたのだった。
「……さ、最低……」
見ているだけでも吐気を催しそうな髪に、私はついに意識を手放した。目覚めたら全部夢だった、というオチに期待しながら。
その後、結局私はまる一日寝込み続けた。悔しいことにイザムもオルもピンピンしていて、ぐったりしているのは私だけだった。
「――レナさん、お粥持って来ましたよ!」
「……またカメレオンとか入ってないでしょうね?」
「あ、当たり前じゃないですか!」
「……レナ、少しはましになったか?」
「――ぜーんぜん!」
「……元気だな」
「……」
そんなこんなで無事に回復した私は、二人と共に精霊の村入りを果たした。村に入るまでの間は、急に髪色が変わったことを知られては色々とまずいため帽子を被っていた。それも一度入れば必要ないわけではあるが、私は絶対に脱ぐ気は無かったし、イザムとオルも空気を読んでそれについては何も言わなかった。それなのに、それなのに――!
「――私だって好きでこんな色になったんじゃないのよー!!」
たくさんの人の前で帽子を脱がされ、荒れ果てた私は心の声は思いっきり外に漏れていた。あわわわといった表情のリーダーは、そんな私を前に右往左往している。
「そ、そういうつもりじゃ……」
「……やってしまいましね」
「……レナ、相当髪色気にしてたからな」
ひそひそと会話するイザムとオルの声が、リーダーを追いつめていく。
「――ちょっとあんた! 何やってんのよ!」
ここに来てさらに、リーダーを追い込む人物がやってきた。なかなかに大柄な、気の強そうな美人。彼女は既に帰ろうとしているギャラリーの流れに悠々と逆らう
と、のしのしとこちらにやって来た。
「どういうことなの、ラリー!?」
「え、ええと、これはそのー……」
「こんな可愛い女の子泣かせて! 恥ずかしくないの!?」
彼女の怒声は迫力があり過ぎて、彼女を中心に半径五メートル以内の空気がびりびりと震えた。私は泣いていたのも忘れて、びっくりして彼女を見た。
「す、すまん!」
「私にじゃなく、この子に謝りな! ほら、あんたらもだよ!!」
彼女が腰に手をあてて命令すると、リーダー以下悪そうな少年達はしゅんっと縮んで頭を下げた。
「「「「「すみませんでした!!」」」」」
「――い、いや、そんなにみんなで謝らなくても……」
「……ははっ」
「……」
逆に後ろめたい私たちは、微妙な顔でその場に佇むしか無かった。
「ほら、あんたら行くよっ!」
大柄美女は、さっさと少年達を連れて去ろうとしていく。
――この人なら、もしかして……。
私は去り行くその背中に、思わず声を掛けた。
「あ、あの――!」
「……ん? まだ何か用かい?」
大柄美女に見下ろされながら、私は言った。
「良ければお話、聞かせて貰えませんか?」




