荒廃した村
朝――。一人部屋で目を覚ました私は真っ先にぼさぼさの髪を梳いて一つにまとめ、隣の村で買った毛糸の帽子の中に入れた。そうして眠い目をこすりながら、部屋の外にある洗面所に向かう……。これが私の、精霊の村での一日の始め方となっていた。
「おっはよー!」
仕度が終わり階下の食堂に下りていくと、既にイザムもオルも揃っていた。
「おはようございます、レナさん」
「……おはよう」
朝の挨拶を交わし、私たちは朝食をとり始める。大きな食堂はがらんとしていて、貸切状態だ。
「今日はどうする?」
「そうですね……。 昨日いけなかった南の方に足を延ばしてみますか」
「……ああ」
あまりの静かさに私たちの声も段々小さくなり、口数も少なくなってくる。三人が三人共、早くここを出たくて急いで朝食を掻きこんでいた。
「お客さん、良かったらデザートもどうぞ」
そんな私たちに、厨房から出て来た宿屋の御主人が声を掛けてきた。
「あ……ありがとう、アスナさん」
それはオルと同じ、明るい緑色のゼリーだった。
「良いってことよ。 どうせあんたら以外、誰も来ないんだからな」
そう言ってアスナさんは、ははっと自虐的に笑った。
「しっかしあんたら、こんな時に来るなんて――センスないんじゃないか?」
「……そうかもしれません」
イザムは苦笑しつつ、その言葉を肯定した。今回も私たちは、薬師一行としてここに来たことになっているのだ。
「昨日は売れたのかい? 薬?」
「……いや。 相手にもされなかった」
意外と甘い物好きであることが判明したオルは、早速アスナさんに貰ったゼリーにぱくつきながら答えた。
私たちは昨日一日、薬を売り歩きながら村のあちこち――主に炎の悪魔が出たという家を見て回っていた。しかし村に突然現れた私たちと接触したがる人はおらず、代わりに野犬が近寄ってきて大変だったのだ。
「だろうな」
大方そんなところだろうよ……とつぶやき、アスナさんは空になった皿を持って厨房に戻ろうとして思い出した様に言った。
「あ……かみさんがお礼を言っといてくれってさ。 あんたに貰った薬のお蔭で、あかぎれすっかり治ったんだとよ」
「――! ありがとうございます!」
笑顔になるイザムに片手をさっとあげて、今度こそアスナさんは戻って行った。
「――アスナさん、淋しそうだね」
「普段ならここは、人気の宿のはずですからね」
「……さて、行くとするか」
「うん!」
「ごちそうさまでした」
私たちは軽く手をあわせると、人気の絶えた村に向かって一歩踏み出して行った。
「……やっぱりここも、変わらないね」
「……ええ」
「……」
今日も今日とて、誰に声をかけても避けられるという憂き目にあって私たちの心は早くも折れそうだった。実のところ昨日までに全ての事件現場は回ってしまっていたため、少しでも村の人の話を聞いて情報を集めようと思っていたのだが……。これでは到底出来そうになかった。
「……どうする?」
「……一度宿に戻って、別のやり方を考えましょうか」
「……異議なし」
これ以上ここにいても無駄に違いないと、私たちは早々に回れ右をした。その時――。
「おい、まてよ!」
今まで一切声を掛けてくる人などいなかったのに、突然背後から声がした。どんな物好きなのかと、私たちが振り返るとそこにいたのは――。
「おまえらが最近のこのこやって来たっていう薬売りの奴らか?」
いつのまに集まったのか。見るからに柄の悪い少年達が、5、6人程も私たちを睨み付けていた。
「のこのこって――!」
思わず反論しかけた私を、イザムが腕をさっと出して止めた。そして一歩彼らに向かって踏み出し、堂々と言った。
「いかにも、僕達は薬を扱っている者です。 どうされました? 薬ですか? それとも――」
「皆騙されるな! こいつら、赤の国の人間だ!!」
イザムの言葉を遮る様に、突然その集団のリーダーらしき人物が大声をあげた。その声は、散っていた人々を呼び集めるには十分だった。
「――なんだって?」
「今、赤の国って言ったのか!?」
「他の国のやつらは立ち入り禁止なはずだろ!?」
口々に叫びながら集う、村の人々。ハッと気づいた時には、私たちはものの見事に周囲を囲まれていた。
「ど、どうなってんのよこれ?」
「やられましたね」
「……最初からこれが目的だったのか」
焦ったり悔しがったり納得したりしている私たちに、リーダーは唸るように言った。
「おまえら、いったいここに何しにきやがった」
「なにって、私たちは薬を……」
「黙れ。 お前の正体はもうばれてるんだ」
「――!」
私はまさか、自分が”不死鳥の乙女”だということが知られてしまっているのかと思い思わず青ざめた。それを見たリーダーはやっぱりと呟き、芝居ががった動作で腕を上げて私を指さして言った。
「こいつが、俺らの敵――”炎の悪魔”だ」




