三人旅
砂の村を出てから一カ月半、私たちは緑の国に向かって旅を続けていた。思えば水龍の村を出てからすでに十週以上も、私はただ進むだけの日々を過ごしていることになる。こんな生活を送ることになるなんて、昔の自分に言ったらきっと信じないんだろうなと空想しつつ私は前方を歩く二人を見た。
一人は勿論、“水龍の遣い”ことイザムである。彼は心優しい青年で、頼れる薬師でもあった。その人柄と知識はこの当てがある様で無い旅において、驚く程に威力を発揮していた。そして――。
私はイザムとの間を歩く、小柄な少年に視線をやった。彼の名前はオル。最初は敵として、そして今は仲間として共に過ごす“麒麟の申し子”である。彼はその秘めた力故に、その年にして既に世の辛酸を舐めていた。そのためかどこか斜に構えたところがある彼だったが、一緒に旅をするうちに徐々に少年らしさを取り戻していた。私たちはそれが嬉しくて、ついついオルに構い過ぎてはうざがられる毎日だった。
私、イザム、オル。出会うはずもなかったのに、私たちはいつのまにか誰が欠けてもやっていけないほどお互いがお互いを大切にしあっているのを感じていた。
――何も考えずにただ村の風習に従って、無難に結婚して女らしく生きるっていう未来しか無いと思ってた。でも……。
私は二人の背中に向かって、こっそり微笑んだ。
――今の生活が、一番私にあってる。 ……ううん、むしろこれが”私”なんだ。
「――あれ、今レナさん何か言いました?」
先頭を歩いていたイザムが、ふっと後ろを向いた。
「……どうかしたのか?」
続いてオルも、怪訝そうな顔で私を振り返る。
「なんでもない! なんでもないよ!」
慌てて私がそう言うと、二人は顔を見合わせてふっと笑った。
「緑の国も近いですからね」
「……どうせシャワーのことでも考えているんだろ」
二人はどうやら勘違いをしている様だが、私はそうそうと適当に返事をしておいた。実際のところ、今超えている最中の山が終われば緑の国はもうすぐなのだ。久しぶりにちゃんとした町に入れると思えば、私だけでなくイザムもオルも自然と早足になっている。
――よーし! 今日中には緑の国に入っちゃおうよ!
私がそう言おうとした、その瞬間――。
「うわあ! 凄いですよこれ! 二人とも、来て見てくださいよ!!」
――……最早何度目になるのか分からない、イザムのキラキラした声によって立ち止まらざるを得なくなるのだった。
「……今度は何の薬草なの?」
私はどうにか溜め息を堪えつつ、いつのまにか遠くの方でしゃがんでいるイザムに声を掛けた。これは長所であり同時に短所でもあるのが、彼はちょっと珍しい薬草を見つけるとたちまち虜になってしまうのである。
「……どうせまた、いつものやつだろう」
そう呆れながら呟いたのは言わずもがな、オルである。彼は最初の方こそイザムの薬草採集を興味津々に見ていたのだが、こう度々やられてはさすがに……といったところに違いない。
しかしイザムは若干引き気味の私たちに気付いてもいない様で、満面の笑みを浮かべてこう言った。
「違いますよ! 茸ですよ茸!」
「……え?」
「……茸?」
イザムの今までとは違う返しに、私とオルは首をひねった。すると待ちきれなくなったのか、彼はがさごそと枝を掻き分けながらこちらにやってきた。
「ほら! 見て下さいよ! この山は茸の宝庫なんですよ!」
そう言って、両手いっぱいのそれを私たちに見せつけるイザム。
「――えー! 凄い!!」
私は今まで失礼なことを思っていたのも忘れて、色とりどりの茸を見て歓声をあげた。イザムが採ってきたのは実に様々種類の茸だ。私が知っているだけでもタマゴタケタケにアンズズタケ、マススタケタケにツガツガタケまであるではないか。
「ね、イザム! 今夜は茸三昧に決まりね!」
「勿論です! あっちの方にもまだまだいっぱい生えてましたから、お腹いっぱい食べれますよ」
「やったね、オル!」
「……」
私はきっとオルも喜んでいると思って、彼を見た。だが――。オルはふに落ちないという表情を浮かべ、黙りこんだままである。
「……もしかしてオル、茸苦手?」
恐る恐るそう尋ねると、彼は少し考えた後にこう言った。
「……いや。 そもそも茸って食べれるのか?」
真面目にそう聞かれて、私は思わず面食らってしまった。言葉をなくす私に、オルはぼそぼそと言葉を続ける。
「……今まで茸といえば、白くて細い日の当たらない部屋に生えているはつだけだった。 イザムが採ってきた茸が白くないし細くないから、逆にびっくりした」
「……」
「……」
なんとなく状況を理解して、私とイザムはいよいよ何も言えなくなってしまった。オルが語った茸はおそらく、地下牢に生えていたものなのだろう。
しかしオルはそんな私たちを気にするでもなく、イザムの手の中にある茸をしげしげと眺めていた。そして黄色い茸――アンズズタケを掴み、クンクンと匂いを嗅ぐとそのままパクリと口に入れてしまった。
「――え、ちょっと……!」
「ま、まあ毒は無い……ですけど!?」
あたふたする私たちの前で、オルは三人の誰も経験したことのなかった生茸を味わっている。
「……」
果たして、その結果やいかに……。固唾を飲んで見守る中、見事食べきってみせた彼は一言こう言った。
「……悪くない」
「――……」
思わず心から溜め息を吐く私。その横でイザムは、オルに優しく語りかけている。
「生でも食べれるのは食べれますが、やはり茸といえば鍋に限ります! 夕食までにもっと集めたいと思
うので、オル君も手伝ってくれますか?」
「……ああ。 もう茸の匂いは覚えた。 問題無い」
オルはかなり茸が気にいったらしく、先ほどの茸を掴んでいた手を嗅ぎながら早くもやる気満々だ。私はそれを見ながら、ふふっと笑いが込み上げてくるのを感じた。
――たまにはのんびり、茸狩りしちゃっても悪くないよね。そうと決まれば……。
「よーし! じゃあ誰が一番美味しい茸を採って来るか勝負しよう!」
「ええ! 薬師として、いや一人の男として絶対負けませんよ?」
「……俺も、その勝負のった」
こうして私たちは、日が暮れるギリギリまで茸を求めて山の中を走り回っていたのだった。ちなみに勝負の結果は……やはりというべきか、イザムの独壇場だった。そして気になる二位はオルで、一番駄目だったのは私だった。敗因はタマゴタケタケと間違えて、毒茸の代表であるベニテングタケタケを大量に採ってしまったこと。この茸、毒自体は少量らしく勿体無いので生のまま全部自分で食べてしまったのだが。……癖になりそうな味だったとだけ言っておこう。
「大体“毒が見える”イザムと“毒を嗅げる”オルが相手じゃ、最初から勝てっこないじゃん!」
散々な結果に終わってしまい、少々不貞腐れ気味の私はそう呟いた。
「……そ、そういえばそうでしたね」
「……今頃気付いたのか」
はははっと苦笑いするイザムと、本当に馬鹿にして言っているようにしか見えないオル。
「――もうっ!」
ちょっと拗ねていた私。しかしこの直後にイザムが特製茸汁を差し出すとたちまち上機嫌になり、またオルに呆れられてしまった。……まあオルも、憧れの茸汁に珍しく子供らしく笑っていたからおあいこということにしておこう。
「あ、そういえばね! 多分毒茸だと思うんだけど綺麗なのがあったから取って来たんだ!」
夕食も終わり、みんなお腹いっぱいになって横たわっている時。私は急にそれの存在を思い出して、荷物に手を伸ばしながら言った。
「……毒茸をわざわざ採ったのか」
「う、うるさいな!」
オルの正論を勢いで抑えながら、私はそれを二人に見せる。
「――ね、綺麗でしょ?」
「れ、レナさん――!」
「……なんなんだ、これは――?」
私はイザムとオルの驚いた表情に満足しながら、嬉々としてそれを見つけた時の様子をこと細かく説明するのであった。




