①
それはまだ、旅を始めて間もない頃の話だった。
「ええーっ! 空いてないの!?」
私はとある宿屋の受付で、思わず絶叫した。
「すまんなぁ、お嬢ちゃん。 今日はたまたま客が多くてな……」
私は本当に済まなさそうな顔で言う宿屋の主人の言葉に、傍らに立つ仲間を見上げた。
「――どうしよ、イザム」
「困りましたね……」
私たちは水龍の村を出てから二番目の村、紫陽花の村に入ったばかりだった。この村は規模が小さく、ちゃんとした宿屋は一つしかない。しかも辺りは夕焼けに包まれていて、さらに隣の村まで進む時間配分無い。つまりここで断られた、後がないという分けである。
私の脳裏に浮かぶ、野宿という単語。最早覚悟を決めるしか無いのかと思った時、イザムが口を開いた。
「あの……馬小屋をお借りすることは出来るでしょうか?」
「――えっ、イザム?」
私はどういうことかと口を開いたが、そう思ったのは私だけではなかったらしい。
「馬小屋ったってあんた……」
困惑気味に言った主人に、イザムは切羽詰まった表情で言った。
「どこでも良いんです、一晩過ごせる場所があれば! 壁と天井があれば問題ありません! お願いします!」
「……んー……」
がばっと頭を下げるイザムに、主人は顎に手を当てながらそんなに言うなら……と渋々といった様子で言った。
「――良いんですか!?」
「いや、うちは無理だ。 だが……。 始めに言うが、おすすめはしない。 何が起きても責任は取れない。 それでも良いなら壁と屋根と、ついでに食事も出る場所を教えてやるよ……」
主人の言葉に、私とイザムは顔を見合せ――声を揃えてお願いしますと言った。
「……分かった」
主人は自分で言い出したにも関わらず、溜め息をつきながらさらさらっとその場所の住所を書いたメモを渡してくれた。
「ありがとう、おじさん!」
「本当に助かりました!」
私たちはそう言って、完全に日が暮れてしまう前にと急いで宿屋を出た。だから主人が、私たちの背中を見ながらこう呟いていたのを聞くことは出来なかった。――頼むから無事でいてくれよ、と。




