⑧
「オル、起きて」
「オル君、起きて下さい」
「……」
私たちの声に、オルは僅かに睫毛を揺らした。
「オル!」
「……ん」
まるで現実などもう懲り懲りだとでもいうように、少年の意識はなかなか浮上してこなかった。
「オル、もう起きても良いんですよ」
「オル君ー」
「……うるさい」
必死に呼び続ける、私たちに。少年は迷惑そうに唸りながらも、ついに完全に目を覚ました。
「気分はどうですか、オル君?」
「……最悪だ」
オルは顔をしかめて、私たちに言った。それもそのはず、少年は全身骨折だらけで、包帯でぐるぐる巻きにされているのだから。だが原因は、それだけでは無かった。
「……俺は死に損なったのか」
ゆっくりと現実を受け入れながら、少年は呟いた。
「当たり前よ!」
「お節介は承知の上で、僕たちがあの村から君を連れ出しました」
「……」
笑顔で答える、私たちに対し。苦い顔をしながら、少年は唸った。
「……村人は黙っちゃいないだろう」
「ぶっちゃけて言うと、オルのことを気にしてる余裕も無いのよ」
「彼らもまた、餓死寸前でしたからね」
「……だが、どうやって……」
納得出来ないオルに、私たちは至極簡単に説明した。
「稲の村に助けて貰ったんです。 目一杯のおにぎりを持って、僕たちは再び卵の村に向かいました」
「凄かったよ、皆。 あんまり食べたらお腹壊すからって、止めるのが大変だったんだから」
「……そうか」
オルはホッとした様な、悔しそうな顔を見せた。
「……それで、ここはどこだ?」
立派な木目の天井を見上げながら、少年は聞いた。
「稲の村の、村長さんの家の座敷です」
「……それは、不味いだろ」
オルの言う通り、状況は非常に悪かった。世間的には稲の村が、鬼に支配されていた卵の村を救ったこ
とになっている。その村長の家にこっそり鬼が匿われていることが分かれば、オルも、私たちも、協力してくれた村長夫婦も窮地に陥ってしまう。
「一応、オルの目が覚めるまで、って約束なの」
「夜が明けるまでに、ここを離れなくてはなりません」
まるで盗人みたいですね、とイザムは笑った。
「……」
オルは何か言いたそうに口ごもった後、無理やり起き上がろうとした。
「ちょっと、まだ寝ていないとーー」
「……問題ない」
私は慌ててその肩を押さえようとしたが、少年はどうにか上体を起こしてしまった。
「……何故だ」
「え?」
「……何故そうまでして、俺を助けた?」
低い声で、凄むオル。私たちは思わず顔を見合わせた後、笑いながら理由を語った。
「オルと一緒に旅をしたかったから……かな」
「白い男を追う為には、オル君と一緒にいた方が良いと思いまして」
「……」
あくまでも自分本位の話をする私たちに、少年は言うべき言葉が見つからない様だった。そんな少年に、イザムが駄目押しをした。
「今度こそ、一緒に来てくれますね?」
「……好きにしろ。 どのみち、他に行く当ても無い」
そう言って、そっぽを向くオル。今度はイザムが、少年をそっと抱きしめた。
「君に生きて欲しいと願った僕たちには、責任があります」
「これからは私たちに頼って良いんだからね!」
「……」
少年は何も言わなかったが、僅かに頷いた気がした。
――出会い方は最低だったけど……。
私は、心の中で安堵の溜息を吐いた。
――私たち、きっと上手くやっていける。
それは直感であり、確信であった。理由は説明できないが、イザムと会った時にも似た感情が芽生えていたのだ。まるで長年連れ添った友と話している様な、安心感が。
「……それで、俺たちはどこに行くんだ?」
ほんのり赤くなったオルは、自分からイザムを剥がしつつ言った。
「僕たちが目指すのは、緑の国です」
「じゃあ早速、準備しなきゃね」
私がそう言いながら立ち上がると、イザムとオルは、顔を見合わせて笑った。新しい旅の始まりは、もうすぐそこで私たちを待っているのだった。




