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不死鳥の乙女  作者: ren
麒麟の申し子
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「……命を大切に……か」


 一人残ったオルは座り込んだまま、“その時”を待っていた。遠くを見つめる瞳と、薄ら微笑む口元――。それはおよそ鬼とは程遠く、“少年”らしいあどけなさの欠片も無かった。


 言うならば少年は、すでに満足してしまっていたのだ。今日だけで、一生分の会話を優に超える程に口を動かした。生まれて初めて他人と対等に話し、感情をぶつけあうことが出来た。それで、十分だったのだ。


「……変な奴らだった」


 オルはその時、素直な笑顔を浮かべていた。少年が感傷に浸っている間にも、その周囲には続々と村人が集まって来ていた。それこそが、少年の悲願だった。


「……もし、このままーー」


 少年の意識は突然に、ガンという鈍い音と共に途切れた。それは村人の一人が、少年の頭を思い切り棍棒で殴り倒した音だった。


「……」


「……」


「……」


 骨の芯まで凍えそうな冷たい視線が、動かぬ少年にいくつも刺さっていた。




「イザム……」


「はい、なんでしょう」


「やっぱり戻ろうよ」


「……」


 どうしても嫌な予感が拭えず、私は彼にしつこく繰り返していた。しかしイザムは、そんな私をはぐらかすばかりだった。


 ――イザム、なんか変……。


「例えば……」


「え?」


「例えばある村に、傍若無人な村長がいたとして。 ある日突然心を入れ替えると宣言したら、レナさんはどう思いますか?」


 イザムを説得する方法を考えていた私は、急に例え話始めた彼に面食らったものの正直に答えた。


「どうって……。 信じられない。 宣言しただけじゃ、本当かどうかも分からないし」


 速足で歩く彼に置いて行かれない様、若干息を切らしながら私は答えた。


「普通、そうですよね」


「それがどうし……ってまさか!」


「ええ。 オル君が明日から村の為に頑張ると言ったところで、村人が信じるでしょうか?」


「……信じない」


「それどころか、良い機会であると反撃するかもしれません」


「……! じゃあオルは、最初からそうなることを分かっていてーー」


 イザムは怖い顔をして、宙を見ていた。それは今すぐオルの元に戻りたい自分を、必死で抑えている様だった。


「なおさら戻らなきゃ、イザム」


「……」


 彼は黙ったまま、足をピタリと止めた。


「イザム?」


「本当に良いのでしょうか」


「……何が?」


 私には、イザムの逡巡の理由が分からなかった。だからこそ、語気を強めてこう言った。


「私は一度死んだつもりだった。 でも、イザムと出会って、生きてて良かったって本気で思ってる。 ……どれだけ過酷な運命でも、死んだ方が良いなんてことはない!」


「――!」


 ハッとした様に、イザムは初めて私を見た。


「ならば、僕たちが取るべき行動はーー」


 決意に満ちた表情で、彼は宣言した。


「――このまま歩き続けることです!


「――ええっ!?」


 再び歩き出した彼に、私は結局ついていくしか無かったのだった。




「……うっ」


 オルは意識を失った時と同様に、突然目を覚ました。なんのことはない、頭から冷たい水を浴びせられたのだ。


 自分が丸太にくくりつけられ、手足の自由が利かないことをオルは確認した。


「……ふっ。 まるで、麒麟村の再現だな」


 棍棒を持った村人達に周囲を取り囲まれているにも関わらず、少年は落ち着いていた。


「ぜ、全部聞いてたんだぞ。 これで雷はもう出せないんだろ!?」


「お前なんか、こうしちまえばただのガキだ!」


「やっちまえ!」


 興奮している村人達に何を言っても無駄だと、少年は悟っていた。だから無抵抗に、殴られるのに身を任せた。勿論逃げ出そうと思えば、どうにでも出来ただろう。だがーー。


「……ぐっ」


 顔を手加減無しに叩かれ、少年は口の中に鉄の味が広がるのを感じた。堪らず吐き出した唾は、紅い塊となって地面を汚した。


『……オル』


 それは、少年の内側に潜む声だった。


『……良いのか』


「……すまない」


『……気にすんな』


「……ありがとう」


 この会話を最後に、オルはもう、何も考えることが出来なくなった。霞んでいく視界と、徐々に遠ざかっていく痛み。悲劇的な状況にも関わらず、少年は確かに幸せだった。


「……ありがとう、麒麟、レナ、イザム」


 静かに微笑みながら、オルは眠る様に意識を手放した。




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