⑤
「イザム、しっかりして!?」
イザムが私を庇って、少年に刺されたのは明らかだった。
――どうしよ、私のせいで、イザムが……!
「これぐらい、大丈夫です……それより少年達は……」
腹を押さえつつ、真っ青な顔でイザムは言った。
「……ううう」
少年に付着しているのは、恐らくイザムの血だ。それにも関わらず、少年は頭を抱えてその場に座り込んだ。
「……おい!」
私の背後から、苛々とした声が飛んでくる。
「……何やってんだ」
「……すまない」
「……お前はもう、休んでろ」
「……悪い」
そう言い残し、血まみれの少年はポンという音を残して私たちの視界から消えた。
「何が、どうなってるのよ!?」
私はイザムを支えつつ、少年に叫ばずにはいられなかった。しかしそれに答えたのは、俯いたままのイザムだった。
「……血、ですよ。 麒麟は本来、穢れを嫌う生き物……。 血を浴びるなど、耐えられるはずがありません」
あくまで冷静なイザムに、少年は神経を逆なでされた様だった。
「……それがどうした?」
「二対二が、二対一になりました……。 これは、大きい……ですよ」
「……二対一? 笑わせるな。 お前はもう、動けない」
「ふふ。 これくらいの怪我、すぐに治してーー」
「もう良いよイザム、喋らなくて良いから!」
私は、涙ながらにそう言った。頭の中は、後悔と混乱で一杯だった。しかし彼は、無理に笑って見せるのだった。
「問題ありません……。 レナさん。 これで勝機はこちらに……」
「そんなのどうだった良いよ! 私は、イザムさえ無事ならーー」
「――良くありません!」
突然イザムが、大声を出した。私はびっくりして、思わず口を閉じた。
「どうか落ち着いて、レナさん。 もう、あなたがやるしか、無いんです!」
「――!」
――私がやるしか、無い……!
イザムの言葉は、私の頭に直接響いた。
――そうよ。 ここで狼狽えている場合じゃ、無い。
ゆっくりと、朝日が昇って行く様に。私は今ようやく、心が追い付いてくるのを感じた。
「イザム、教えて」
「――!」
私は不死鳥の剣を持つ手に力を込め、彼に言った。
「あの子を、止める方法を」
――もう、迷わない。
決意を込めた目でイザムを見ると、彼は青白い顔で力強く私を見つめ返した。
「勿論、です」
そう言って彼は、取っておきの秘策を私に囁いた。
「イザム、これってーー」
「大丈夫、です」
血の気の引いた、青い唇でそう囁いたイザム。私は彼をそこに残し、静かに立ち上がった。
「……お前もすぐに、水龍の元に送ってやる」
口元を歪めて笑う少年に、私は涙を拭いて叫んだ。
「そんなことはさせない! 二人であなたを倒す!!」
そのまま、私は自分から少年に向かって突っ込んでいった。
「――うおおおお!」
「……!」
振り上げた剣は、当然の様に少年に受け止められた。しかし、これで終わりではない。
「――解き放たれよ、炎の矢!」
「……!」
手加減無しで放たれた技に、少年は真後ろに回転しながら距離を取らざるを得なかった。
――炎は、弱くてもあの子に怪我させちゃうから出せなかった。でもーー。
「……やっと本気になったという訳か」
「――喋ってる余裕あるのかしら!?」
私は少年に休みを取らせる間も無い程、激しく剣を振るった。少年は簡単に受け流している様に見えて、その息が段々乱れてくるのを私は見逃さなかった。
「――これで終わりよ!」
少年が私の剣をはじくのが、少し甘くなった瞬間。私はとどめを刺すべく、剣を大きく振りかざした。
「……孤高のーー」
「――押し流せ、轟音の濁流!」
後ろで倒れていたはずのイザムが、技を放った。横に飛びのいた私に対し、それをまともにくらった少年は、背中から吹っ飛んだ。
「ありがと、イザム!」
「どういたしまして……」
荒い息ではあるが、イザムは私にしっかり微笑みかけた。先の耳打ちは、これを仕掛けるためだった。
「麒麟君が雷を出そうとしたら、僕が水を出します。 レナさんは水しぶきが掛からない様、逃げて下さい。 ……例え麒麟君と言えど、全身ずぶ濡れでは自分も感電してしまいますからね」
「これでもう、雷は使えない。 そしてーー」
「……」
巨大な水たまりの中心で、今まさに立ち上がろうとしている少年。私はそこに向かって、大きく剣を振った。
「――沸騰させよ、火山の炎!」
「――飛び出せ、山林の鉄砲水!」
私たちの技は少年に向かう間に合わさり、そこからは大量の蒸気が生まれ出た。
「……熱っ!」
蒸気の波に襲われ、少年は腕で顔を覆った。そこに、技を出してすぐに走り出した私が襲い掛かる。
「――うらあああ!」
「……!」
私はもう、剣など使っていなかった。ただただ助走をつけて飛びあがり、少年の額を左足で思いっきり蹴った。
「……うぐっ」
少年は吹っ飛び、地面に後頭部をぶつけて動かなくなった。
「決まったよ、イザム!」
「さすがです、レナさん!」
私は少年を放って、慌ててイザムの元に駆け寄った。
「あんなに無理して、大丈夫!?」
「ええ。 もう、力を出し惜しみしなくて済みますしね」
「――え?」
「うう……。 癒せ、水龍の光」
イザムがそう言うと、彼の手からはじんわりとした光が漏れだした。
「幸い、臓器には達していませんし。 今はこれで、どうにか」
「とりあえず良かった……」
良く分からないが、イザムがそう言うなら信じるしかない。私は彼の腕を肩に回して立たせ、仰向けに倒れている少年に一歩一歩近づいて行った。
「……うっ」
少年は、すでに意識を取り戻していた。しかし額という急所を突かれており、簡単には動けない様だった。
――吟遊詩人さん、ありがとう。
ここにはいない誰かに感謝しつつ、私とイザムはゆっくりと少年の近くに腰を下ろした。
「……くっ。 さっさと、とどめをさせ……」
「そんなことはしません。 ですが、少しお話しましょう」
呻くことしか出来無い少年に、イザムはニッコリとほほ笑んだのだった。