④
一方のイザムは、初めから窮地に陥っていた。
「うわっ、ちょっ、待っ」
「……つまらん」
イザムは元々、刀を握る習慣など無かった。旅を始めてから軽く手合わせぐらいはしていたものの、少年はそんな付け焼き刃でどうにかなる相手では無かった。
「……孤高の雷!」
少年はさっさとけりをつけたかったのか、戦い始まって早々に雷技を繰り出した。
「――っ」
寸でのところで直撃を躱したイザムに、少年はピタリと動きを止めた。
「……お前、俺の雷が見えているのか」
「ええ、まあ。 ……ギリギリですが」
額の汗を拭きつつ、イザムは答えた。
「……流石、水龍の遣いと言ったところか」
少年はそう言って、愉快そうに笑った。
「それは否定出来ませんね」
「……ふっ」
それが合図だったかの様に、少年はイザムに突進した。
「あ、待って下さ-――」
「……馬鹿か」
いくら良い目を持っていても、相手の動きについていけなければ意味が無い。イザムは防戦一方で、次第に息も上がって来ていた。
「……ふふ。 こんなところか」
「――っ」
少年の短剣が、少し重くなった。たったそれだけで、イザムはよろけた。
「……孤高のーー」
「――浴びよ、陽気な水遊び!」
少年の雷が飛んでくる前に、イザムは今まで一番早口で技を繰り出した。小刀から迸った少量の水は、少年を頭からずぶ濡れにした。
「……」
「雷は、そう簡単には出させませんよ?」
そう言いながら、イザムは小刀を握り直したのだった。
「イザム、どうしよ!?」
「はい!?」
それぞれに同じ少年と戦っていた私たちはいつの間にか、背中合わせになっていた。すでにイザムが肩で息をしているのを感じつつも、私は叫ばざるを得なかった。
「――あの子、雷使うの!」
「――はい」
「――私が不死鳥の乙女って知ってるの!」
「――でしょうね」
「――てことは、あの子の正体ってーー」
一呼吸置いて、私たちは同時に叫んだ。
「――鬼!」
「――麒麟!」
少年達はそんな私たちを見て、一時動きを止めた。
「……」
私は思わず戦いそっちのけで、イザムにくってかかった。
「あの子が麒麟な訳ないでしょ!? だって、麒麟って、優しくて、慈悲深くて……争いごとは嫌いなんじゃないの!?」
「色々不可解ではありますが……。 雷を出せる人なんて、そうそういませんよ?」
「え、でも、鬼って雷を操るんじゃなかった?」
「あの少年は麒麟であり、鬼でもあるんです!」
「え……!?」
イザムの説明は最早理解の範疇を超えてしまって、私は頭が痛くなってきた。そんな私の目の前にいる少年は、溜息を吐きながら言った。
「……話は終わったのか?」
――そうだ、途中だった……!
「まずは、この状況を打破することが先決です!」
「う、うん!」
改めて私は、意識を少年達とイザムに向けた。
――イザムは多分、そろそろ体力的に限界。 私は……本気で命を取りに来ている相手に、このままズルズル勝負するのは危険過ぎる。 ならばーー。
「――イザム、協力しよう!」
「それ、僕も言おうと思ってたとこです! まずはーー」
「……孤高の雷!」
「――!」
「――!」
私の正面、イザムの背後から飛んできた雷は、私たちがまさに立っていた地面を直撃した。
「……いつまでも待たせるなよ」
「くそっ!」
私は堪らず、悪態をついてしまった。なんとか二人とも回避出来たものの、体勢は滅茶苦茶だった。
「……そして注意力が無い」
「――!」
私は正面の少年を見ながら、すぐ背後から振り下ろされる短剣の音を聞いた。
「……まずは、お前からだ」
――しまった!
私は来たるべき痛みに備え、歯を食いしばった……が。痛みどころか、衝撃すら、私は感じなかった。
――……え?
恐る恐る背後を振り返ると、そこにいたのはーー。
「――!?」
両手を大きく広げ、私に背中を向けているイザム。その肩越しには、血まみれの少年がいた。そしてその両手には、束まで紅くなった短剣が握られていた。
「い、イザム……?」
「……」
彼は何も言わず、その場に崩れ落ちた。