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不死鳥の乙女  作者: ren
麒麟の申し子
17/87

 それから数日後――。私たちは満を持して、卵の村に辿り着いていた。


「いよいよだね」


「ええ」


 短く会話をする私たち。引き返すという選択肢は、最初から無かった。


 ――この奥に、鬼がいる。


 一つ深呼吸をし、私が村の境界を跨ごうとした、まさにその瞬間。隣を歩いていたイザムが、すっと腕を出して私を遮った。


「……イザム?」


「……」


 彼は黙ったまま、宙を睨んで言った。


「ここに、壁があります」


「……壁?」


 首を傾げる私の右手を、イザムの左手が掴んだ。


 ――!


 掌から伝わる表現し様の無い安心感に、私は一旦目を閉じた。再度目を開くとーー。そこには、天にまで届く様な巨大で、端が見えない程広大な壁がそびえ建っていたのだった。


「なにこれ」


「結界ですね」


 さっと私の手を放しつつ、イザムは言った。


「おー」


 良く見ると壁には、薄っすらと文字の様なものがびっしりと書かれていた。


 ――……全然読めない。


 そもそも私は、簡単な文字しか読めない。しかし壁のものは凄く複雑で、一つ一つが刺刺しく芸術的だった。一方でイザムは、壁に触れない様にしながらも熱心に文字を眺めていた。


「イザム、読めるの?」


「いいえ。 でも、感じるんです」


 そう言ってイザムは、丁度私の目の高さ位の文字を指で示した。


「恐らくこれは、遥か昔に失われた文字です。 侵入者を防ぐ為の物の様ですが……。 否、それだけではありませんね。 これは……。 とにかく、簡単に破れそうです」


「……イザム、凄い」


 ただただ感心するしかない私に、イザムはすっと目を細めて言った。


「この結界、前に水龍神に掛けられていた呪いとよく似ているんです」


「それってまさか……!」


「勿論、呪いを掛けられる人が他にもいないとは言えません。 ですが、白き者が関わっている可能性は高いと思います」


「――!」


 余りに衝撃的な話に、私はポカンと口を開けた。イザムは珍しく鋭い目で壁を睨んだ後、ふっと普段通りの彼に戻った。


「それではレナさん」


「あ、うん……!」


 イザムが水龍の宝刀を抜くと同時に、私も眼前に不死鳥の剣を出した。


「――焼き尽くせ、解除の炎!」


「――打ち破れ、聖なる滝!」


 至近距離から放たれた技は、乾いた音を立てて壁全体を粉々に砕いた。


「行きましょう、レナさん」


「うん!」


 私たちは一歩、村へと踏み出した。



 村の中は想像通りーー否、想像以上に酷い有様だった。半分傾いている家屋は、人の気配が全く見られず、あまつさえ風化が進んでいる様に見えた。かつては田んぼが広がっていた場所はすっかり干上がっており、ひび割れた地面の奥からところどころ雑草が生えていた。


「……ここ、本当に人が住んでる?」


 思わずそう口にした私に、イザムも困った様に言った。


「皆さん、どこにいらっしゃるのでしょうか」


 しばらく歩いていくと、少し開けた場所に出た。そして正面には、木の祠だったであろうものが見えてきた。だがそれは、何者かによって破壊しつくされていた。


「なにこれ……」


「随分なことをしますね」


 イザムはそう言って、泥のついた木の板を手に取った。


「これは……麒麟神を祀っていた様ですね」


「……その通りだ」


 突然、私たちの後ろで知らない声がした。


「――!?」


「――!?」


 振り返った先にはたった一人、少年が立っていた。


「――あなた誰!?」


「いつの間に……」


 気配も無く、私たちの背後を取っていた少年。その容姿はこの村に負けず劣らず、ボロボロだった。ぼさぼさの黄色の髪の毛と、目が全く見えない程長い前髪。服……という名の襤褸からは、棒の様に細い手足がはみ出していた。


 少年は私たちの質問には答えず、黙って両腕を身体の前で交差させた。その手には、一対の短剣が握られていた。


「イザム……!」


「どうやら、お出迎えでは無さそうですね」


 落ち着いているイザムの目の前で、少年は二人に“分身”した。


「――ええっ!? どういうこと!?」


 私は思わず、大声で叫んでいた。なにしろ完全に同じ容姿の少年が、二人並んでいるのだから。


 ――これって昔話で聞いた、“分身の術”?


 激しく動揺している私に対し、イザムはほぼ変わらない声の調子で言った。


「双子でしょうか?」


「……馬鹿な奴らだ」


 少年達は口を揃えてそう言うと、同時に走り出した。


 ――来る!


 私は咄嗟に、剣で少年の短剣を受け止めた。その一撃は思いの外重く、手に衝撃が伝わってくる。


 ――この子、強い……!


「……その程度なのか」


「――は!?」


 一旦間合いを取った少年は、怒涛の攻撃を仕掛けて来た。それはまるで光の様に速く、私は受けきるだけで精一杯だった。


「……踊っている様だな」


「くっ! ……ここからよ!」


 一瞬の隙をついて私は、剣を大きく振り回した。初めての攻撃をすっと屈むことで躱した少年は、私の空いた腹を狙って飛び込もうとし……動きを止めた。


「――ちっ」


 少年を迎え撃つべく準備していた右足を下ろし、私は改めて聞いた。


「あなた誰? なんでいきなり攻撃してくるの?」


「……お前に言う必要は無い」


「――なっ!」


 余りにも冷たく、人を見下した態度。私は久しぶりに、怒りが湧いてくるのを感じた。


「舐めてたら痛い目に合うわよ!」


「……ふふっ」


 少年は不敵に、口元を歪めた。


 ――何……?


 私は嫌な予感に、思わず剣をぎゅっと握りしめた。そんな中、少年は二つの短剣の先を合わせると天に向かって叫んだ。


「……孤高の雷!」


 その瞬間、少年の剣から私目掛けて雷が放たれたのだ。


「――!?」


 雷は私の右耳すれすれを通り、背後に抜けた。


「……ふん。 勘だけは良いようだな」


「あ、危ないじゃない!?」


 あとほんの少し身体を動かすのが遅れていたら、間違いなく私を直撃していた。それはつまり、私の死を意味していた。


 ――この子、本当に私を……。


 今更ながら、背筋に冷たいものが走っていく。


「……少しは楽しませてくれ」


 しかし少年は、そんな私を嘲笑うかの様に再び短剣を合わせた。


 ――また来る!


 ぐっと腰を落として身構えた私に、少年は口元だけ笑いを浮かべながら突っ込んで来た。一見遊んでいる様に見えて、その一撃一撃は私の命を確実に狙っていた。


「……ふふふ、怖気づいたか。 動きが硬いぞ」


「う、うるさい!」


 私はこれでも、人生の半分以上の時間を木刀を振り回して来たのだ。少年の短剣は確かに凄いが、実戦経験はほとんど無いのはすぐ分かった。恐らく剣自体の実力は、私の方が少し上だ。だがーー。


「……孤高の雷!」


「――!?」


 絶妙に繰り出される、雷技。私は必死に身体を捻って、それを避けた。


「ず、ずるい!」


「……お前も、炎を出せば良いだけだ」


「え……?」


 この状況で無防備に手を下ろすなど、自殺行為に他ならない。にもかかわらず、私は間抜けな姿で立ち尽くしていた。


「今……なんて?」


 私と少年の間を、一陣の風が通り抜けていった。少年の前髪が揺れ、私は、自分を見据えている二つの獰猛な目を確かに見た。胸が痛い程に脈打つ中、私は少年の口が薄く微笑むのを見た。


「……どうせなら全力を見せろ、不死鳥の乙女」



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