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不死鳥の乙女  作者: ren
麒麟の申し子
16/87

「さあさあどうぞ、召し上がれ」


 にこにこと満面の笑みを浮かべた老婦人は、私たちの前に山に盛られた茶碗を置いた。


「イザム様とレナ様にも、この味を知って頂きたくてですな」


 老婦人の夫であり、稲の村の村長でもある老人は、手を握りながら私たちに言った。


 ――う、うわあ……。


「……圧巻ですね」


 イザムと顔を見合わせつつ、私は思わずごくっと唾を飲んだ。


 ――これが、噂の……!


 高級な調度品に囲まれた、“和室”という部屋に通された私たち。大の大人が寝そべってもはみ出ない程大きな机の上には所狭しと、これまた豪華な料理の数々が並べられていた。しかし本日の主役は、目の前でほかほかと湯気を立てている白ご飯なのだ。


 ――逆に落ち着かないよー。


 完全に雰囲気に飲まれ、委縮している私。先に動いたのは、イザムの方だった。


「いただきます」


 丁寧に両手を合わせ、彼は朗らかに宣言した。流れる様な仕草で、彼は煌めく粒を、口に運んだ。


「これは……!」


 突き動かされるかの様に、イザムはもう一口、もう一口と箸を動かした。


「美味しい……」


 まるで珍しい薬草を見つけた時の様に、イザムの目は輝いていた。それを見て、私も恐る恐る、箸を取った。


「……いただきます」


 老婦人と村長の視線を存分に浴びつつ。私も生まれて初めて、白ご飯を口に運んだ。


 ――……。


 口の中でふわっと広がる甘みは、幸せの味だった。


「……」


 私たちは二人して、黙々と茶碗の中身を平らげていった。言葉にこそださなかったものの、私はきっとうっとりした表情を浮かべていたのだろう。ほっとした様に胸をなでおろした村長は、急に自信を取り戻したかの様にこう言った。


「やはり、客人をもてなす時は白米に限りますからなあ。 ……これから玄米に戻さなければならないかと思うと、どうにも気が重いのです」


「あなたったら、まだそんなことを!」


 老婦人は慌てて夫を窘めたが、イザムは気分よく笑いながら言った。


「一生食べてはいけない、とは言ってませんからね。 しっかり野菜や魚も取って、精をつけないと!」


「……ほら、薬師の先生もああ言って下さっているじゃないか」


「ではあなた、明日からしっかりおひたしも食べて下さいよ!」


「わ、分かっているとも……」


 微笑ましい夫婦の会話に、私とイザムは笑わない様に必死だった。


「あの時、無理やりここに連れて来られて良かったね」


「ええ、本当に」


 そもそもの始まりは、麒麟の村を目指す途中、たまたま稲の村に立ち寄ったことだった。ここは稲作がとても盛んで、かなり裕福な村だった。その秘密は豊かな水源に恵まれた、良く肥えた土地にあるらしいのだが。旅の途中で幾度となく米は食べて来たものの、この村の米は格別だった。村の食堂でをご飯食べた時、イザムと二人で感激して村人に笑われたのはつい最近のことだ。


「旅人さんよ。 ご飯でそんなに喜んでちゃ、安上がりだなあ」


「だって、他の村と全然違いますよ、このご飯!」


「ははは! そんなら、白米なんざ食べたら腰ぬかしちまうな!」


「ちげえねえ!」


 いつの間に集まってきたのか、周囲でげらげら笑っている村人達。私は片手を挙げて、彼らに聞いてみた。


「白米って何?」


「お、お嬢さん。 良い質問だねえ」


「お前さん達が食べている米の薄皮を剥いだものさ。 手間はかかるが、その分美味さは桁違いよ!」


「村長さんの家じゃ、白米しか食べねえって聞くぜ」


「全く羨ましい限りだぜ」


「その代わり、贅沢病に掛かって早死にしちまうって話だけどな」


「……贅沢病、ですか」


 何やら思案顔になるイザムに、私は聞いた。


「イザム、その病気治せないの?」


「……まあ、治せないことはないですが」


 いとも簡単にそう言ったイザムに、村人達はまたざわざわし始めた。


「……治すって、あんたら一体――」


「イザムはこう見えて、何でも治しちゃう腕利きの薬師よ!」


「いやあレナさん、それは言いすぎーー」


 しかしイザムの声に耳を傾ける者は、誰もいなかった。村人達はいよいよ興奮し、収拾がつかなくなっていったのだった。


「えええ、その若さで!?」


「それなら話は早い! 今すぐ村長さんの家に行ってやってくれよ!」


「「――!?」」


 全く話が見えないまま、私たちは追い立てられる様に村の中心部に連れていかれた。そこで贅沢病で寝込んでいる村長を治療することになり……。見事に回復を遂げた村長に、丁重にもてなされていたという訳である。


「治すも何も……。 玄米の皮には、驚くぐらいたくさんの精が含まれているんです。 だから白米ばかり食べていると、その精が取れないので病気になってしまうんです」


「……まさに贅沢病……」


 老婦人がよそってくれたおかわりを見ながら、私はぼそっと呟いた。


「まあ、一度上げた水準を下げるのはなかなか難しいと思いますが……」


 漬物をぽりぽりと噛みながら、イザムは言った。


「こればかりは、自分でどうにかして頂くしかないですからね」


「うーん」


 例え病気になったとしても、白ご飯は止められない。自分ならそう言う気がして、私はこっそり身震いした。


「……それはそうと、イザム様たちは元々、どちらに向かわれる予定でしたかな?」


 老婦人に怒られ困り顔の村長は、話を逸らそうとしたのか私たちに声を掛けてきた。


「麒麟の村に行くつもりです」


 イザムが何気なくそう言った瞬間、老夫婦の表情がさっと強張った。


「き、麒麟の村ですと……?」


「どうしてまた、その様なところへ?」


 口にするのも恐ろしい言った二人の様子に、イザムはゆっくりと言葉を紡いだ。


「麒麟の村に、探している人がいると思うんです」


「お、思う……!? そんな不確かな理由のみならば、絶対行ってはなりませんぞ!」


 突然大きな声をあげた村長に、私は思わず肩をびくっと震わせた。しかしイザムは、あくまでも冷静だった。


「ここに来る途中で、麒麟の村には鬼がいると聞きました。 どういうことか、教えて頂けませんか?」


「それは……」


 口ごもった村長は、老婦人と顔を見合わせしばらく固まっていた。


「……今から十数年前に、麒麟の村で鬼が生まれました」


 ようやく口を開いたものの、未だに言うべきかどうか迷っている。そんな様子の村長に、イザムは先を促す様に質問をした。


「生まれた? 鬼は……実在するのですか」


「……ええ。 鬼は人間として、村に生まれました。 その年からどういうわけか、彼の村では不作が始まりましてな。 古きを重んじる彼の村人が、それを“鬼”と結びつけるのにそう時間は掛からなかったのです。 ……災いを恐れた村人によって、彼は地下牢に幽閉され細々と命を繋げておりました」


「幽閉……」


 嫌な響きに、私は顔をしかめた。


「それにも関わらず、麒麟の村は衰退の一途を辿っていきました。 ……まあ私に言わせれば、昔ながらの農法にこだわりすぎたのも……。 まあとにかく、いよいよ立ちいかなくなった時、村人達は地下牢から鬼を引っ張り出したのです」


 ――え……なんで?


 首を傾げる私の隣で、イザムは感情を殺した様な声でぽつりと呟いた。


「見せしめ、ですね」


「……えっ」


「……まさに、その通りです。 あ奴らは、あろうことか鬼を磔にしたのです」


 私は、絶句するしか無かった。深い溜息を吐いた村長は、重々しく話を続けた。


「大昔ならまだしも、そんな野蛮なことを見逃せるはずがありません。 知らせを聞いて私は、村の男どもを率いて麒麟の村に向かいましたとも。 ……ですが」


 僅かに震え出した拳を握りつつ、村長は言った。


「今でも覚えています。 ……あの日は今にも雨が降り出しそうな、暗い昼でした。 私どもが麒麟の村に着こうとした時、突然村に雷が落ちたのです」


「――雷!」


「――雷ですか!」


 私とイザムは、口を揃えて言った。


「ええ。 雷は引き寄せられる様に、鬼がくくりつけられた丸太を直撃しました。 当然丸太は黒焦げ、鬼も無事では済まない。 誰もが、そう思いました。 ですが、鬼は……。 鬼は全くの無傷で、鋭い眼光でそこにいた全ての人間を睨みつけたのです」


 今やガチガチと歯を鳴らしている村長は、必死で自分の袖を掴んでいた。老婦人はすでに涙を流し、嗚咽を漏らさない様に口を堅く押さえていた。


「……鬼はその時、真の鬼になったのです。 彼は雷を操り、村人達を次々に殺戮していきました。 私たちはそれを、ただ眺めていることしか出来ませんでした」


「……」


「……」


 私もイザムも、しばらく口をきけなかった。痛いほどの沈黙の中、村長は溜息と共にこの話の結末を語った。


「……後日埋葬した死体はどれも骨と皮ばかりで、放っておいても三日程の命だったろうという有様でした。 いくら閉鎖的な村だったとは言え、何か出来たことがあったのでは無いかと……。 何とも後味に悪い話です」


「……」


 私は唇を噛みしめたまま、じっと黙っていた。


「――鬼は、今どこに?」


 イザムは強い怒りを抑え損ねた様な、低い声で聞いた、


「……鬼は今、卵の村にいます。 かつて自分がされた様に村人を虐げ、暴力であの村を支配しているのです。 ただ、私共ではそれをどうにもすることが出来ないのです」


 村長はそう言って、悔しそうに机を叩いた。私はそれを見て、心の中で静かに炎が燃え始めるのを感じた。


「卵の村は、どこにあるんですか?」


 だから、思ったことをそのまま口にした。


「――!」


「――!」


 部屋の視線が、さっと私に集中する。


「れ、レナ様、今の話を聞いていたのですか!?」


 唾を飛ばしながら叫ぶ村長に、私はじっと目を見つめながら言った。


「勿論! とりあえず、鬼を止めれば良いんでしょ」


「――!?」


 口をパクパクさせている村長に、私は堂々と宣言した。


「話を聞いちゃった以上、放っておけるわけないじゃん!」


「そう言われましても、どうやってーー」


「……レナさんの言う通りです」


「――い、イザム様まで!?」


 いよいよ慌てふためく村長に、イザムは頭を下げながら言った。


「これはもう、僕たちの問題でもあるんです。 どうしても卵の村に行かせて下さい!!」


「お願いします!!」


 私も彼に倣って、頭を下げた。その向こうには、ただただ気圧された村長夫婦が呆然と座っているのだった。


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