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不死鳥の乙女  作者: ren
麒麟の申し子
15/87

① 

「――レナさん、もうすぐ来ますよ!」


 イザムの緊張した声が、私に注意を呼び掛ける。


「……うーん」


 姿も見えなければ、音も聞こえない。それでも彼の言う通り、獲物は確かにこちらに向かって来ているのだった。


 旅を始めてから、私たちの五感は鋭さを増していった。最初こそ人里を離れた影響かと思っていたのだが、どうやら違うらしいと悟ったのは山に入った時だった。即席の矢も届かない様な遠く離れたところにいる兎の一挙手一投足が、何故か手に取る様に分かったのだ。今では一里先のことならば、なんとなくは掴める様になっていた。


 隣にいるイザムは、私以上だ。彼はすでに五里以内で動いている物なら、正確に把握出来ている。


「大人の雄ですね。 ……かなり大きい。 三十貫はありますよ!」


「おお! なかなか良いね!」


 ――やっぱりイザムは、凄い。


 ようやく形になってきた輪郭を掴みつつ、私は身体の前で腕を伸ばした。


「――あと二十呼吸で、そこの岩と椎の木の間からです」


「はーい」


 ――いよいよ来た。


 ふっと息を吐くと、私は鞘から不死鳥の剣を抜いた。勝負はいつも、一瞬で決まる。


 ――目標に対し、身体は正面に。肩幅に足を開き、ぐっと腰を落として剣先は真っ直ぐ前に……。


「――あと十呼吸です」


「……」


 そこまで来れば、イザムに言われるまでもない。私はゆっくりと目を閉じて、全神経を研ぎ澄ますことだけに力を注いだ。そうこうしている間にも、前方からやって来るのは紛れもない地響きの音だ。


「――あと三呼吸です」


 ぶーんという鈍い音と共に、全ての音が遠ざかっていく。私の世界からは私と、森の覇者以外の全てが消えた。


「――レナさん、今です!」


「――解き放たれよ、炎の矢!!」


 剣先から絶妙のタイミングで生まれた三本の矢は、今まさに目の前に現れた標的に向かって真っすぐに飛んで行った。


「――!」


「――!」


 息を飲むイザムと、拳を握る私の前で。こんがり焼けたイノシシが、その身体を地面に横たえた。


「ふう……」


 一仕事終え、私は安堵の溜息をついた。それと同時に、消えていた音が押し寄せて来るのを感じた。


「流石です、レナさん!」


「イザムが足跡を見つけてくれたお陰だよー!」


 私たちはお腹を鳴らしつつ、互いの健闘を称えあったのだった。




 水龍の村を出てから、早三カ月。私たちは水龍神の言葉を信じて、ひたすら東を目指していた。お互いが村を出たことすら無い、初心者同士の旅路。村長は当然の様に、旅慣れた者たち――同じ方角に向かう商人たちの旅――に同行させて貰うべきだと助言してくれた。しかし私たちは、それを謹んで辞退した。何しろ事情を知らない人の前で、炎だったり水だったりを出すわけにもいかないからだ。


 幸い青の国は比較的穏やかで、治安も良かった。先日はついに国境を越え、黄の国に入ることも出来た。たまに村が恋しくなることもあるにはあるが、意識すればするほど強くなっていく“力”と共に、私たちは順調に旅を続けていた。


 そうは言っても、今日程のご馳走にありつけるのは久方ぶりだ。私たちは手際よく野宿の準備を済ませ、先程仕留めたイノシシの肉に齧り付いた。


「んー! 最高!」


「火加減も丁度良いですね。 レナさん。 また一段と腕をあげましたね」


「あはは、ありがとう!」


 ただひたすら道なりを進むのではなく、時に森深くに立ち入っては自分の力と向き合ってきた日々。そのかいあってか、初めは滅茶苦茶にしか出せなかった炎は、自由に形を変え、強さを変え、思い通りの場所に放てる様になってきていた。


 ――せっかくのイノシシ、カッチカチの炭にしなくて良かった……。


 食事に満足した私は、不死鳥の剣の埃を払いながら思った。時には自らの炎で火傷してしまったり、山火事を起こしそうになったり、笑いごとでは済まなくなった時もあった。その度にイザムが、私を助けてくれたのである。


「イザムが水龍の遣いで、薬師で本当に良かったよ」


「――え、なんですか?」


 隣で同じ様に肉を頬張っていた彼は、私の独り言に顔をあげた。


「ううん、なんでもない」


 キョトンとした表情を浮かべたイザムは、口の中の物を飲み込むと、空を見上げながら言った。


「レナさん。 明日にはついに、この森ともおさらばです」


「あ……うん」


 黄の国は横に長い国で、西と東とではまるで様子が違った。西は青の国と同じ様な森が広がる地域であったが、東は急に開けた田園地帯が広がっているという。


「人目に付きやすいということで、しばらく“力”は使えそうに無いですね」


「そうだね。 でも、人が多いんだったら誰が“麒麟”かすぐに分かるのかな……」


 “麒麟の申し子”。それが私たちが会うべき人物では無いかと、最初に気付いたのは勿論イザムだった。青の国でとある村に立ち寄った時、私たちは黄の国出身の吟遊詩人と出会った。自然と彼と物々交換をしようという話になり、薬草の代わりにイザムが欲しがったのは、黄の国の情報だった。


「おうよ、幾らでも話してやるよ!」


「では、黄の国の建国伝説をお願いします」


「――ええっ、いきなりそこ!?」


 私は驚いたものの、男は荷物の中から六絃琴を取り出すと、意気揚々と語りだした。


 ……結果的に、男の歌声は素晴らしかったものの、内容は極普通のもの。つまり、不死鳥伝説や水龍伝説と良く似た内容だった。こっそり欠伸を噛み殺している私の横で、熱心に耳を傾けていたイザムは、あろうことか一曲歌い終わった吟遊詩人にもう一度歌ってくれる様に頼んだ。


「ははっ! そんなに気に入ってくれて嬉しいよ。 じゃあお言葉に甘えてーー」


「……え?」


 男に見えない様にイザムの背中を突くと、彼は私に片目を瞑って見せた。


「もしかしたら、旅の手掛かりが隠されているかもしれません」


「……はい?」


 突然のことに面食らう私に、彼は自身が立てた仮説を教えてくれた。


「レナさんと僕の共通点は、建国伝説です。 ならばこれから会いに行く人物も、その共通点を持っているのではないでしょうか」


「なるほど」


 言われてみれば至極まっとうなことに、私はどうして気付かなかったのかと逆に恥ずかしくなった。


 ――イザムに頼ってばかりじゃ、駄目だなあ。


 私が猛省している間に、吟遊詩人は二回目の歌を披露し終わっていた。男に惜しみない拍手を贈りつつ、イザムは本題を切り出した。


「雷を操るなんて、凄いですね、”麒麟の申し子”は。 もしかして、黄の国には実際に麒麟様が降り立った地などあるのでしょうか?」


「ああ。 西の方に、麒麟の村ってのがあってな。 気候も良いし、肥えた土地もあるし、黄の国一番の稲作の村だったんだ」


「……だったってことは、今は違うの?」


 僅かに吟遊詩人の顔が曇ったのを見逃さず、私は聞いた。すると男は、あんまり広めてくれるなよ、と言いづらそうに口を開いた。


「今から十年ぐらい前だったかな……。 麒麟の村に、突然鬼が現れたんだ」


「……鬼?」


 真面目な顔で良く分からないことを言う吟遊詩人に、私は思わず聞き返した。


「ああ、鬼だよ。 そいつは何年か掛けて村を食い尽くし、ついに廃村に追い込んじまったのさ」


「……えっ」


 余りに唐突すぎる話に、私は面食らってしまった。しかしイザムは、この説明だけで納得してしまった様だ。


「そういうことでしたか……。 では、周囲の村もそれなりに被害が出ているのでは?」


「麒麟の村程じゃあねえけどな……。 お陰で黄の国の商人は商売あがったり、俺みたいに職を変える人間が増えてる訳よ」


「えっとさ……」


 勝手に進んでいく話についていけず、私は首を捻りながら言った。


「麒麟って、滅茶苦茶凄いんでしょ? なんでよりによって、麒麟の村が鬼に襲われるのを黙って見てたの?」


「……」


 吟遊詩人は、一瞬黙り込んだ後――腹を抱えて笑い出した。


「お嬢ちゃん、意外と可愛いところあるなあ! あれは、伝説の話だ。 今時麒麟なんて信じているやつなんかいねえよ」


「うっ」


 反射的に、私は顔に血が上るのを自覚した。


 ――あああ、現実と常識をごっちゃにするなんて……!


 恥ずかしさで言葉が出ない私を、イザムは苦笑しながら助けてくれた。


「伝説には必ず意味があります。 鬼退治に麒麟が必要だというのは、きっと間違いないと思います」


「んー。 確かに、そういう考え方もあるか」


 感心した様にそう言った男に、イザムはごそごそと地図を取り出して言った。


「ところで、その麒麟の村は大体どこら辺に……」


 吟遊詩人と真剣に話すイザムの横顔は、いつもよりキリっとして見えた。


 ――って、何見てるんだ私は。


 炎に照らされたその横顔が、その時に良く似ている気がして。私はぼうっと見惚れていた自分に気付いて、今更の様に頭を抱えた。


「どうかしました、レナさん?」


「麒麟、ちゃんと会えるかな」


「えっ」


 先程まで、睫毛長いなとかそんなことを考えていたはずなのに。焦って口から出たのは、自分でも予想外の言葉だった。案の定イザムは目を丸くした後……優しい笑みを浮かべ、私に言った。


「大丈夫です。 きっと会えますよ」


 ――!


 理由など、説明出来ない。それでも私は、イザムが言うことは絶対に現実になると信じていた。


「……うん!」


「ふふっ。 それではお茶にしましょうか」


「ありがと、イザム!」


 私は彼が淹れてくれたお茶を飲みながら、この旅が上手く行くという確信を噛みしめた。



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