②
翌日――。私は朝も早いうちに、イザムに起こされた。
「すみません……。 昨日の今日だと言うのに、レナさんに無理させてしまって」
「いやいやいや! 迷惑掛けちゃってるのはこっちの方だし……」
昨夜、イザムに包み隠さず全て打ち明けてしまったうえに、疲れてそのまま寝てしまったなんて……。私は恐ろしいやら恥ずかしいやらで、また俯いてしまった。
イザムはそんな私を気に留めるでも無く、せっせと手を動かして瞬く間に朝食の用意までしてくれた。
「こんなものしか出来ませんが……」
「――美味しそう! 頂きます!」
出された山菜汁も、焼いた川魚が刺さった串も、私を元気づけるには十分だった。食べながらイザムは、川下の方を指さして私に言った。
「ここから南に下れば、村はすぐそこです。 村には僕の妹がいるので、良ければ家に寄って行って下さい。 ……長居はお勧めしませんが」
「……」
――いくらイザムでも、突然見ず知らずの人間が家に来たら嫌だよね……。
私は軽く落ち込みそうになったが、これ以上世話になるのも虫が良すぎると気持ちを切り替えることにした。
――それにしても……なんか、イザムの表情……。
長居はお勧めしません、と言ったイザムはどこか苦しげに見えた。
「僕はこのまま、もっと奥まで登りますので」
見間違えかと思う程、一瞬で柔和な表情に戻った彼は朗らかに言った。ほら、これいっぱいに薬草摘んで帰らないといけないんですよーと、傍らにあった大きな籠を指すイザム。私は思い切って、最後のお願いを切り出した。
「――私も付いて行っちゃ、駄目?」
「はい?」
案の定、イザムは険しい表情を見せた。彼曰く、一見穏やかに見えるこの山はこの先急に険しくなるらしく、病み上がり状態の私にはキツイというのだ。
「どうしても、今日中には村に戻らなければなりませんので……。 よっぽど山に慣れている人間でないと……」
「もしついて行けなかったら、その時は置いてってくれて大丈夫だから! お願い、イザム……!」
――あと少しだけで良いから、一緒にいさせて欲しいの……!
手を合わせて頼む私に、イザムは渋々とだがついに折れてくれた。
「……僕、加減しませんよ?」
「よっしゃっ、その勝負乗った!」
「……」
なんだか年上の男子に喧嘩を売られた時のことを思い出して、私は俄然やる気になっていた。
朝食を終えて上り始めた山は確かにすぐに勾配がきつくなり、イズムはかなりの速足だった。だが、私は特に息をあげることもなく籠の真後ろをついていった。
――私の村の山だって、そこそこ険しいもん。 これぐらい、余裕。
イザムが集めている薬草は、専門的過ぎて私には見分けもつかなかった。しかし彼は、時折道を外れては迷うことも無くそれらを選んでいく。
――やっぱり、イザムって凄いんだなあ……。
真剣な表情を浮かべる彼を邪魔するのもことも出来ず、私はこっそりその様子を見ては驚いていた。
イザムが手際良く摘んでいったためか、彼の籠はすぐに一杯になった。せっかくなので、即席で作った籠を私が手に持ち、薬草を積むことになったのが、それもすぐに満杯になり。お昼を過ぎる頃には、私たちは村へ向けて山を下り始めていた。
「レナさんについてきて貰って、本当に助かりましたよ!」
「あははははっ」
私たちは小休憩として、湧水の側の木陰で荷を下ろしていた。彼は跪いて両手で水をすくい、自身の顔に浴びせてはぷはあと間の抜けた声をあげていた。
私は近くの岩に座りそれを見ながら、朝からずっと気になっていたことを口にした。
「あの……。 イザムは私のこと……」
「――はい?」
「私のこと、どう思っているの?」
予想外のことを聞かれたと言うように、彼は水をすくう手を止めてこちらを見た。
「私は……まだ良く分からないけど、“不死鳥の乙女”らしいし。もしリリアの言うことが本当なら……私の血には、価値があるって。 だから、その、イザムは私の血、欲しくなったりとか……しない、の?」
勇気を振り絞って出した声は、最後の方につれて掠れて小さくなってしまった。自ら志願して付いてきたくせに、イザムが自分のことをどう見ているのかずっと気が気で無かったのだ。もし突然、彼の口から血を分けてくれという言葉が出たらどうしようかと。急に襲い掛かってきたらどうしたら良いだろうかと。そんなことばかりを考えながら、山を歩いていたのだ。
「うーん、難しい質問ですね」
すっと立ち上がり、私が腰かけている岩のすぐ隣に座ったイザムは悩み悩み言った。
「レナさんの血……。 薬師として正直な話、全く心惹かれない分けではありません。 ですが――」
そこで彼は言葉を切ると、しっかりと私を見て言った。
「レナさんが嫌がっているのに、血が欲しいだなんて言いませんよ。 それにーー“水龍伝説”を信仰する僕が、他の神様に頼る分けにはいかないじゃないですか」
――……!
イザムの表情は、どこまでも優しくて、本心で言ってくれているのだと伝わってきた。
「……ありがとう、イザム」
私はじんわり滲んできた涙を胡麻化すために、急に立ち上がった。
「じゃあイザム、早いとこ山を下りようよ!」
「ええ、行きましょう」
彼は気を使ってくれたのか、私の顔を見ることなしにさっさと歩きだしてしまった。
――聞けて良かった。
こっそり笑いながら、私は軽やかにその背中を追った。