力を求めて
1 どうして戦争は始まらないの?
強い敵と戦いたい、と俺は拳を握りしめた。
そう思う俺の心理は、一般的に考えれば恐ろしいものとして映るだろうけれども、しかしバトル漫画や格闘ゲームやなどという観点から見れば主人公に抜擢されてもおかしくないくらいに必要とされている個性であるとも自負できる。一般的という舞台から離れてみれば恐ろしさであれど決して不必要となるわけでない。
戦乱の世に生まれれば俺は英雄にさえなれる。その自信がある。
けれども俺の周囲は、バトル漫画や格闘ゲームやといった愉快なものでない。その日その日の暮らしを漫然に繰り返す人間であふれ返っているし、そんな個人が集まった世間をどうしても俺は受け入れられないでいた。
そんな生き方をしていて面白いのかよ。そう俺は叫びたい。
そういう不満を深めていくと俺は馬鹿らしい妄想にたどり着いてしまう。というのも周りの人間は真実のところ人間でなくロボットであり、知らない間に俺はロボットの世界に投げ込まれたのでないかと疑うのだ。どうして人々が戦おうとしないのかを理解できない。彼らには、向上心どころか心そのものがないように思える。
俺にはロボットの気持ちなんて分からない。ロボットからしても俺の気持ちは分からないだろう。お互いに分からないのだからお互いに受け入れられない。そう思うと嘆かわしい。まったく。いったい誰がこんな理不尽をしでかしたというのだろう。戦士は戦場に送りこめよ。
孤独。
俺は、人に出会いたい。
こんな世界では、俺を必要としてくれない。
こんな世間では、俺を必要としてくれない。
ひとつ抗えることがあるとすれば、この世界と世間とを構築しなおせる力が俺には備わっているということだ。誰にも負けない力。絶対の力が俺にはある。
俺が世間を変えないとこの世界は凍ってしまう。
ならば俺は王にならないといけない。王になって世界と世間とを変える使命がある。
そういうふうに己の信念を胸に刻み込めながら歩んでいた俺は、駅前で男に出会った。その男は、右手に大きな槍を携えて俺を睨んでいる。その出で立ちを見て俺は胸をときめかせた。
灼滅者。
彼なら俺の思想を理解してくれるかもしれない。
手合わせを願おう。
彼こそは人だと信じて。
2 一、踏み込む。二、振り被る。三、吹き飛ばす。
俺と槍男との間にあった距離は百メートル。
それを俺は、一秒足らずで詰め寄った。
「っ! うおぉっ!」
驚愕の声が耳に入る。声を上げながらも槍男は、素早い動作で防御態勢に固めていた。だがその程度の守りで俺の『鋼鉄拳』を止められるわけがない。
俺は、大きく振りかぶって槍男をガードごとぶち抜く。
「ぐっはぁっ!」
槍男は、俺の拳を受けて派手に吹き飛んだ。手応えはいまいち。期待外れだと思いながら更なる追撃を加えるために俺は、着地したのちに槍男を飛ばした方角へと歩む。
そうして一歩目の足を踏み出したその瞬間、不意に俺はかまいたちを左肩に受けた。向いてみると百メートルほど先に、瞳の赤い女が立っている。あの赤目が斬りつけたのだと俺は理解した。理解して顔をにやつかせた。
チームで来るか。
それもいい。
くるりと体をターンさせて俺は赤目に向かって疾走した。
一秒ほどして赤目の懐にまで近づいた俺は、腹を目がけて『鋼鉄拳』を打ち出した。
「うっ! うううううぅぅぅっ……!」
けれどもそれは赤目の腹部を貫通させるに至らない。内臓を潰しただろうという段階でまたも邪魔を食ったのだ。後方からである。
振り返ってみるとそこには中性的な少年が居た。
少年は、俺が体を振り返らしたその隙を狙って、先ほどと同じ攻撃を今度は赤目に当てた。すると赤目の体は徐々に癒えていく。『ジャッジメントレイ』と言ったか、この技は。なるほど。その現象で俺は察する。
俺は、彼らに対してでさえも悪として認識されている。
わずかに気分が落ち込んだ俺は、地面にクレーターを作るほどの踏み込みをして少年に突貫した。
「っ」
顔をゆがめる暇さえ与えない超スピードで接近した俺は、少年の顔面に『鋼鉄拳』を左ストレートで打つ。
少年は、プロ野球選手に投げられたボールのようにはじけ飛んだ。
俺は地面に着地する。それから誰を最初に打ちのめそうかと思案する。彼らは一般人でないからあの程度でくたばると思えない。まあ最も近くにいる少年から順々に殺していこうかなとそう思った俺は、余裕しゃくしゃくといった心持で歩んでいった。
その油断が命取りとなる。
3 裏の裏は裏。表はどこにもない。
「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」
後方から叫び声が聞こてきえた。女の声だ。徐々に音は近づいてくる。
「トラウナック……うっ、ごぉっ!」
全貌を見るまでもなく俺は裏拳を繰り出した。柔らかいほっぺたが餅をついたように潰れる。
大声を発しながら近付くだなんてお間抜けさんだなあと苦笑しそうになった俺は、しかし女に攻撃したのは失敗だったとすぐに悟る。
後ろへ振り向いた俺は、頭上から来る本命に気が付けないでいた。ナイフ女はおとりだったのだ。わざわざ叫びながら俺に近付いたのは、俺に気付かせたいからだったのだ。
背中に縦線が入る。彫刻刀で木の板を削ったように俺の背中は抉られた。
慌てた俺は、間合いを取るためにその場から退散する。
「はぁっ……。ちょっとは回復できたかな」
振り返ってみると吹き飛ばしたはずの槍男がその場には立っていた。仕留め損ねたのを放置していたのがまずかったか。
多大なダメージを受けたことで俺の頭は、がんがんと軋みだした。背中もそら寒い。今すぐにでも怒鳴り散らしたい気分だった。
焦りを感じている。
槍男は、槍を突き付けるように構えを取った。
「いくぞぉっ!」
突進してくる槍男を前にして俺は、しかしながら不敵に笑う。
俺は、向かってくる槍男を無視して高く飛びバック宙した。そうすることで、後ろから襲ってきたナイフ女の攻撃をかわす。俺は、二度もおとり作戦に引っかかるほど愚かでない。
「んなっ!」
驚くのも束の間にして跳んでいる俺は、空中からナイフ女の後頭部をシュートした。てこの原理によって地面に打ち付けられるようナイフ女は転がっていく。勢いに投げ出されたナイフ女は正面にいる槍男にぶつかってピンボールのように仲良く飛んでいった。
俺は着地する。今度は俺が一杯食わせてやった。そう意識すると脳に快感が流れる。
「ぐううぅ! このまま終われるかぁっ!」
ナイフ女は、なんと後頭部を蹴られて飛ばされている真っ最中だというのにも関わらずサイキックを使用してきた。壁に激突する寸前でそれは発動される。
紫色の風が俺を巻く。俺は、それの正体に気付いてうろたえた。
これは、毒だ。
途端に目が痒くなってきて俺は咳き込んだ。脳味噌が溶解しているみたいに頭がはっきりしない。背中さえ削られていなければ、こんなもの避けられていたはずなのだが。
「遊びはお仕舞いです、狂人さん」
と、休む暇を与えてくれずに出てきたのは、冷笑的な表情をしているお嬢様だった。毒に見舞われて眩暈のしている俺は、お嬢様を見てむしろ、にたりと笑う。
朦朧とする意識の中で俺は、拳に電流を溜め始める。それから膝を屈めてお嬢様にと飛びついた。
『抗雷撃』
俺にかかった毒は、BS耐性を持つこの技を使うことで発散される。それを考慮しての『抗雷撃』だ。
だかここで俺は、今までの猛攻がすべて茶番だったということを知る。
驚いたのは、俺のみならずお嬢様までもが『抗雷撃』で対抗したことだった。さらに驚いたのは、俺の拳がお嬢様の『抗雷撃』に及ばなかったという敗北だった。
4 悪人などどこにも居ない。君が見ているのは悪役だ。
俺の拳とお嬢様の拳とがぶつかり合う。そうすると有ろうことか俺の拳がひずんだ。血の気が引く。これは、同じ『抗雷撃』での勝負に負けたという事実を表していた。
右拳に亀裂が走る。俺は、拳のみならずプライドまでもが崩壊されていくものと感じた。
壊れ壊れ壊れて壊れた。
敗北が体に刻まれていく。
やむを得ない。苦肉の策として俺は、『抗雷撃』から『閃光百裂拳』にと切り替える。『抗雷撃』での勝負は完全に敗した。だけれども、敗したとしてもこのまま死ぬわけにまではいかない。
俺は、左拳を連発しようと振り被る。
「左拳に気を付けてください!」
「あんなさん! 支援します!」
赤目と少年との助言する声が聞こえた。馬鹿な。馬鹿な。あの二人はノックアウトしたはず。どうして傷が癒えている。
そこまで考えて思い至る。
馬鹿か、俺は。
少年の『ジャッジメントレイ』で赤目は回復されていたのだし、状況から察するに赤目はメディックである。だとするとあの二人は、槍男とナイフ女とに集中している俺の後ろで相互的に回復しあっていたのだ。
凡ミス。
あの二人を仕留めそこなったということは、彼らは好き放題に回復されるというわけだから、つまりもう俺に勝ち目がない。
そう考える暇こそあれど俺は少年から遠距離攻撃を受けてしまう。十文字の傷が体に刻まれて、それの効果なのかさらに精神が壊れていくのを実感した。毒だって発散することに失敗したというのに。
いったん距離を置かなければならない。そう思い俺は大きくバックステップした。げろを吐きそうになった口を手で押さえる。脳髄にへどろを注入されたみたいな気分だ。ずきりずきりと痛んでいる右拳は、筋肉が断裂していてもう使い物になる形状をなしていない。
それでも俺は彼らに勝ちたいと思った。
勝ち目がなくても負けたくない。
精神的に参っていて理性が働かないからこんな考えに至るのだろうか。いや、たとえ冷静であったとしても俺は立ち向かうはず。
俺は、奮起したのちに姿勢を屈めて、それからお嬢様に向かって『鋼鉄拳』を打ち込もうと踏み込んだ。
「ちょっと待ったーっ!」
拳は、大剣のような刀でガードされた。声を張り上げてガードしたのは、新たに表れた少女。
鉄を殴った俺は、耐え難い反動に顔をしかめる。いつもならこんなもの簡単に壊せるはずなのに。
刀少女は、刀に張り付いていた俺の拳を体ごとまとめて宙にほうり上げた。追いかけるように刀少女は飛翔して、宙で舞っていた俺を地面に叩きつける。
「鈴鹿ダイナミック!」
地面に衝突したところで俺の体は爆発した。
よろめきながら吐血する。
根性のみで立ち上がった俺は、けれどすぐさま追撃を食らう。
「レーヴァテインっ!」
刀が炎を宿して、俺はそれに斬りつけられた。全身に炎が燃え移る。燃焼。激痛。全身が焼けて肉体はただれる。
流石に火だるまとなっては俺も動けない。
踏み込めないし、振り被れないし、吹き飛ばせない。
負けた。
負けたのだ。
俺は、彼ら六人に敗北したのだ。
体がいうことを聞かなくなってきた。俺は、自らが朽ちるのを待ちはじめた。今日までに殺してきた人々の心境が初めてうかがえる。そうか。殺されるというのは、こういう気持ちになるものなのか。
泣きたくなった。
それは、しかしながら死に対する恐怖によってでない。刀少女がこの俺に手を差し伸べたからである。
体の炎が徐々に収まっていく。
息切れしながら疑問符を打つ俺。
そうすると刀少女は、武蔵坂学園に来ればキミは必要とされるという旨の発言をして俺を勧誘したのだった。
必要。
俺を必要としてくれる世界。
俺を必要としてくれる世間。
その舞台は、今この俺に示されたのだ。
俺は人に出会えた。
ああそうか。
俺という人間は、彼らと出会うために存在していたのか。
にわかに涙腺が熱くなる。
もう凍えはどこにもない。
俺は、集まってきた彼らを見て、だから皆に名前を訊いた。
槍男は名乗る。
「高峰如月」
槍男こと如月は、そう言って表情を緩めた。
赤目は名乗る。
「西臣早霧」
赤目こと早霧は、そう言って嘆息を吐いた。
少年は名乗る。
「北条環」
少年こと環は、そう言って肩を竦めた。
ナイフ女は名乗る。
「鷺宮誉」
ナイフ女こと誉は、そう言って苦笑を浮かべた。
お嬢様は名乗る。
「鞠小路あんな」
お嬢様ことあんなは、そう言って踵を返した。
刀少女は名乗る。
「木嶋桜子」
刀少女こと桜子は、そう言って俺を見た。
「キミの名前は?」
俺はみんなに名乗る。
「不動虎鉄」
そうして、握った拳を掌に開いた。