第二話
ゲームでは、少なくともクローズドβにおいてはメインストーリー、所謂グランドクエストなどというものは用意されていなかったし、オープンβが始まる直前の公式ホームページにおいてもそのようなものの存在を匂わせる文言は何一つ無かった。
しかし、そのような大きなストーリーを持つクエストは無いにしても、各種のクエストはふんだんに用意されており、何度も受けられるもの、一度しか受けられないものの区別はあれど、それは条件を満たせば誰でも受けられるものであった。
ドワーフの初期村においても、もっとも最初に受けられるクエストとしてお使いクエストなるものが用意されている。
村長に話しかけることによって発生するこのクエストは、村長からのお使いを発端に、鍛冶屋、道具屋、井戸端のドワーフ学者、厩舎、門兵、廃坑近くに住む工夫、村の端に住む農民のところを回って最後に村長のところに戻るという、村の中の主要人物や主要施設の場所をプレイヤーに把握させるための一種のチュートリアルであり、全ての人間が受けることが可能なものであった。
しかし、この現状。そんなものは存在しない。
確かに、村長には鍛冶屋への用事はあったし、書面もしたためようという思いもあった。
昨日までは。
昨日この村に現れた大量の難民を前に、そんなことは後回しにせざるをえなくなったのだ。
だというのに、今朝から引っ切り無しに現れる難民どものグループ。
彼らに対して同情はある。
出来る限りどうにかしてやろうとも思う。
そしてそのために奔走しようともしているというのに。
彼らが彼らなりにただ世話になるだけではなく、手伝いをしたいという申し出をしてくれるのはありがたかった。
その気持ちだけは。
少なくとも始めの数組が村長自身を訪ねてきたときにはそう思った。
だがしかし。
「うっとおしいわ、この小童ども! 朝からわらわらわらわらと引っ切り無しに!!! 用事があるならこっちから使いを出すなりするからそれまでおとなしく引っ込んでやがれ!!! 」
第二話 一年目の春の始まり②
この世界に神々は存在する。
厳然たる事実としてその理はそこに住まうもの、ただ存在するもの全てを支配し、常に影響を与え続ける。
そして時にはその意思をもってそれはこの世界をかき乱す。
ドワーフは、いや、この隠れ里に住まうドワーフは、この地に移り住む際にそれを身をもって知り、そして思った。
頼むから、何もしてくれますな。
我々には物の理だけで十分であるが故に。
と。
そして彼らは捨て去った。出来る限りの神の理を。
神々の言語を模する事で発動させる魔法を。
神々より貸し与えられた力を行使する神術を。
使わず、教えないことによって。
もちろん捨てきらないものもあった。
その身に宿ってしまうスキルやレベル。
何故かわかってしまうものの名称や己らの持つ力量。
壊すこともかなわず、埋めることしか出来なかったいくつかの神秘を宿す遺跡。
村長は、いや、村長を含めた村人の多くは、彼ら難民が現れた際に思う。
ここまで関わりを絶とうとしても、頼むから何もしてくださるなと祈っても、神々は我等を、我等の生活をかき乱そうというのか、と。
だが、難民に対しては同情心も沸く。
神々の思惑故か、わけも分からず、全くの異界と思しき場所からこの地に、埋めたはずの遺跡の真上に現れてしまったという彼らもまたその被害者なのだから。
そして、それ以前に同じドワーフ族なのだから。
まずは、当面の食料。
ドワーフの命ともいえる酒を切らすのは忍びない。
だが、無条件で与えられるものには限りがある。
結果として彼らは何故か自分達ドワーフですら悪酔いさせる悪魔の酒といわれ、誰も手を出すことなく放置されたハーブを漬けた蒸留酒を難民達に与えることにした。
酒が無いよりはよっぽどいい。
酔いが回るのが早く、結果としてあまり酒が飲めないという点から自分たちはあまり手をつけなくなった酒ではあるが、自分達だって他に酒が無ければ確実に手を出すという程度の代物だ。
それに、漬けてあるハーブのお陰で栄養価も高いはずである。
住まう場所もそれを保管してある廃坑でいいだろう。
今でこそ、大半が地上に家を建てて生活をしているこの地のドワーフ族ではあるが、もともとは地中に居を定めていたという種族である。
若干生活し辛かろうとも、とりあえずは問題ないはずだ。
他の食料は当面は狩猟採集に任せるしかないだろう。
山菜は取り尽くされても困るので採集に制限をかける必要があるが、門前に巣食うピグラビットであれば狩るのは問題無い。
ドワーフにとってはすばしっこく、捕まえにくいあの害獣のせいで門の東には畑や放牧地を広げることが出来無かったが、あれが全滅は無理でも減りさえすれば、難民達にはそこで畑なり放牧なりをさせることも出来るので一石二鳥ともいえる。
いくら小童といえる難民達であってもあれならば危険は無い。
神の理であるHPが無くなっても、物の理が彼らを守る。
をあれらの体当たり如きでそうそう人がどうにかなるるというものではない。
噛み付かれたら多少厄介ではあるが、集団で行動するというのであれば噛まれている間に他の者達がしとめることも可能だろう。
そう考えて村長たち村人は難民達にとりあえずの糧と生きていくすべについての情報を与えた。
もっとも、この時点で両者とも、自分達が神の理などというものについて知らないとか、難民がそんなものの無い世界から来たのは知らないのでその点がお粗末になっているのだが。
村のドワーフ達の大部分は、後はこの地に残りたい者はそれなりに馴染んでもらえばいいし、出来ればたまには帰ってきてこの地に外の情報を持ってきてほしいところではあるが、他の地に行きたい者は好きにすればいい。ここまですれば後は何とかなるだろうと、その時点ではそう思った。
問題は色々出てくるだろう。
その点は、村長も村人も覚悟はしていた。
だが、そのうち何とかなると。
翌朝、ベッドから起き上がった村長は愛する妻に用意してもらった朝食をとりながら考えていた。
次はこの集落に居ないものにも伝達を出して村に集めて予測される問題点の洗い出しや対策。雇用の需要があるかどうかの確認などを行おう。
その前に昨晩に続き、もう一度村の主要なものに集まってもらって色々確認をしないとと。
そして早速動こうかとしたところで難民達の引っ切り無しの来訪。
さらに、怒鳴り散らしたことによってなのかようやく彼らの来訪がなくなったところで今度は道具屋の店主、鍛冶屋の主、そして学者の来訪を受けることになった。
この村において道具屋と鍛冶屋、そして学者は村から食料などの援助を受ける公僕でもある。
この村の人口において彼らの仕事単体での収入では生活が成り立たないが、ある程度文明的な生活を送るためには必要という判断をこの地に入植した際に下したためだ。
ただし、彼らは夫々の専門の仕事だけをしているというわけではない。道具屋は半ば役所として様々な陳情の受付もするし、鍛冶屋は鍛冶だけではなく木工や石工なども行えば、それらの技術を村人に伝授するのも仕事だし、学者は学者で定期的に村の子供を集めて授業をおこなったり、村長の相談役、様々な実験などもしている。
ちなみに、ここに居ない公僕は門兵4人であるが、彼らも門番だけしているわけではなく交代で狩などもしているし、村から離れた場所に住む住人への連絡役などもかねている。村長に至っては本業として畜産をおこなっていて、自分の食い扶持は自分でどうにかしている。
彼らにはこちらから呼び出しをかけようとしていたので村長は丁度いいと思ったのもつかの間、開口一番彼らは村長に報告する。
「難民達が朝から店から店に押し寄せてあるものみんな買っていっちまってあしたっから営業が出来そうになくなっちまったんだが。もちろん、非常用に少量は残してるけどさ 」
「こっちも道具屋と似たようなもんだ。朝から引っ切り無しにあいつらが現れてあれ作ってほしいって、材料が足りなくなりそうなんだが。他に注文が入っても人をどっかから持ってこねぇと、このままじゃこれ以降の注文はかなり待ってもらう必要が出そうなんだけどよ。雑貨屋にも色々卸さなきゃならなさそうだし 」
道具屋と鍛冶屋の店主の言に、村長は唖然とする。
「あいつら対価はどうした? 」
「銅貨で払っていったさ。俺らが普段使っているのと同じもんだった 」
「こっちも同じだ。きちんと前金でもらったぜ? 」
村では物々交換が主流だが一応貨幣も存在している。
この地に逃げ込む際に一緒に持ってきたものをそのまま流用しているだけだが。
村長は、金なんか持っていたのだったら最初に援助の対価として、混乱回避のために回収しておけばよかったと思うが後の祭りである。
難民が現れたときにはそんなことまで頭が回らなかったのだ。
村長はふと、これまで何の発言もしていない、己の相談役であるところの学者を見る。
お前も何かあるのかという意をこめた視線を送ると学者がようやく口を開く。
「いやぁ、昨晩から色々考えてたんですけど、まぁ、それはおいておいて、そろそろ長殿がお困りじゃないかと思って参りました 」
学者がそういってそのドワーフとは思えない細身で髭の無い、子供じみた顔ににっこりとした笑みを浮かべて言い放った。
「まぁ、これから色々大変になりますよ、頑張りましょう! 」
と。
昨日思った"何とかなる"というところまでの道のりは、昨日はとても近いところのように感じたのだが、それは果てしなく遠いところにあるのではないかと学者の笑みを見ながら村長はそんな思いがして頭を抱えたくなった。
「う~ん。クエストはないっぽいなぁ 」
村人から難民とされる元単なる人間であるところの異世界人の一人、"ぷち"という名のロリが村長の家の前から門の方へと続く道を、そのポニーテイルをゆらゆらと揺らしながらトテトテ歩きつつ、誰に聞かせるでもなく口を開く。
「怒られちゃいましたね 」
「たぶん、他のパーティーもみんな散々村長に会いに行った後だったんだろうな 」
「ゲームとちがって誰でも受けられるってわけじゃなくて先着1名様限りだったのかも 」
「僕ら買い物優先しちゃいましたからね。出遅れちゃいましたかね 」
「まぁ、買い物して少しでも装備を先に整えるのは基本ですから 」
ぷちのPTは朝、雪解けの水で口を漱ぎ、一息つくとまずは鍛冶屋に赴いた。
ゲームであればそこは武器屋、防具屋も兼務しており、金さえあればいくらでも物品を購うことが出来たのだが、年若い職工が習作でこさえたもの以外は受注生産ということだった。
取り急ぎ、使えればいいということで皆ナイフを購入し、道具屋で買える限りのポーションと1日分程度の食材、木製の食器を購入して、クエストをやってから狩りに行こうかということで村長宅へ向かったというわけだ。
「でも、あれ? 道具屋しまっちゃってるっぽい?? 」
村長宅から外へ出るために門へ向かうさなかふと横を見ると先ほどまで営業していた道具屋に、閉店を意味する看板が掲げられており、幾つかのPTがまだ開店前だと思ったのか列を成している。
「何かあったのでしょうか。イベントの予感? 」
「売り切れてお店を開けていられなくなっちゃったとか? 」
ぷちは先ほどまでの道具屋の様子を思い出す。
狭い店の中はさながらバーゲンセール会場の一部分を切り取ったような感じだった。
ぷちは所狭しと並べられていたであろう商品は既に残り少なになっており、それを必死で確保しようという人々で混雑していたのを思い出す。
「なんか、それっぽい気がする 」
「まぁ、ありえますね。あの状況でしたから。私たちは食料を買えただけでも幸運というべきでしょうか。朝ごはんを食べたら狩りに行きましょう。 」
このときは昨日の親睦会で友好を深めたこともあり、みんな和気藹々としていた。
異世界といってもいまいち現実感がわかない。
ゲームのような感じでどうにかなるだろうという楽観的な考えもあったのかもしれない。
しかし、それは半日も経たずに崩れ去っていった。
「いったぞ! 」
実際に狩りを始めると直ぐにピクラビットが近づくと逃げ出すということに気が付いた。
3匹目から、遠目で獲物と思われるものを発見すると包囲して退路を塞ぐやり方に切り替える。
聞きかじった知識ではあるが獣が通った後が、彼らが何度も行き来することで踏み固められて出来る獣道をたどる事により、なかなかのペースで獲物を発見すること自体は出来た。
だが、しかし。
「なんなのよ、もう! 」
「ぷちさん、あんた何匹目だと思ってるんだよ。いい加減にしろよ 」
「今晩の飯食ったら明日っからあの酒だけなんですけどぉ 」
ぷちたちのPTは草原の中に獣道を見つけることから始め、午前中に3匹、午後に10匹のピグラビットに遭遇することが出来た。
ただし、どのように狩ろうとしても取り逃がしてしまう。
ケースとしては包囲前に逃げられる。
もしくは誰かの脇をすり抜けて逃げるといった具合だ。
包囲戦を始めて始めの数度、何故か連続してそれはぷちの脇をすり抜けるように逃げ出してしまう。
ぷちは元の世界ではもともと近接格闘をたしなんでいた。
体を動かすことには自信があったのだが、この体に、ロリになってしまったが故なのか、イマイチ体を自由に動かしきれない。
そのことを言った時に他のPTメンバーは不自由なく動くし、問題ないといっていたが、ぷちにとってはどうしても距離感がイマイチつかみ辛いのだ。
実はこのぷちのような感覚は、この世界に来る前に何らかのスポーツや格闘技などで己の体とその動きというものについて、多少なりとも他人よりも自覚が深い、或いは無意識にでも常人以上に自分の体というものとかかわりの深い人間ほど、要するに、以前の自分の体を動かすことに慣れがある人間ほど思い悩む事柄なのだが、それを彼らがこの時点で知るすべは無かった。
常人にとっては多少縮尺が変わった程度であっても、そういった人々には多少ではすまない違和感を与える。
だが、動かしにくいと感じてもそれは本人がそう感じているだけで、実際は他のものよりもうまく体を動かせるし、ピクラビットの行動予測もしっかり出来る。
ただ、どうしても微妙なずれが出てくる。
ぷちがPTメンバーの誰よりも早く動き始め、ピグラビットの進路を予測してどうにか追い詰めようとしても、ぎりぎりのところで逃げられてしまう。
その結果、一見するとぷちの近くをすり抜けて逃げるという結果に至っているわけなのだが、そんなことはPTメンバーには分からない。
彼らの目にはどんくさいぷちが、獲物を取り逃がしてしまったというように写る。
そして、自分たちの食料がこの狩に成功しないと得られないという焦りがだんだんとわいて来出すと、それはすぐさま苛立ちに変わり、ぷちという攻撃対象へと放たれることになる。
しまいにはぷちに全く関係の無い己の失態までどうにかこじつけてぷちのせいにする始末である。
今回ぷちが攻められている件もそうである。
包囲が完成する前に先走った一人がピクラビットに飛びかかろうとして逃げられた。
そしてそれをどうにか追いかけようとしたぷちの責任が問われる。
他のものなど、全くではないものの禄に反応できなかったのにである。
「ご、ごめんなさい 」
集団で責められ、睨み付けられるぷちには謝るより術が無い。
なまじ自制心が強いだけに、みんなが動けてないからと分かっていても口には出さない。
自制心だけではなく、性格によるところもあるのかもしれないが。
それに自分が体をうまく動かせないという負い目もある。
結果としてぷち達のPTは一匹の獲物を獲ることも無く帰還することになった。
そのPT内部に深い亀裂を残したまま。
ヒメプレイヤーはリーダーを集めた会議に参加していた。
各PTの点呼から始まった会議は、当初、狩がうまくいかないという苦情じみた内容を司会であり、村人と交渉した主要メンバーの一人でもある私はネカマですに当り散らす場になりかけたものの、ひとつのPTが成功した狩の方法や、戦闘についての考察を発表、周囲に納得させることにより沈静化し、この世界に関する考察を論じる場になっていった。
この日、自分たちのPTを情報が集まるまでは狩に行くべきではないと説得し、別のことをさせていたが故に、戦闘、狩についての方法、考察を聞く時間は彼女にとっても非常に為になる時間であった。
一息ついたところで、司会から村人からの提案として、村人側からこちらに振る仕事がある場合には道具屋を通して人員を募集。先着順になるが報酬も用意してくれると発表があり、小規模の冒険者ギルドができたと会場が沸いた。
ただし、そうするから、頼むから村長や村人個々人の家を一々訪ね歩いて交渉することはやめてほしいと言われ、思わず舌打ちしてしまう。
彼女のPTは二人一組に分かれて村の各家々を、金銭で食料の購入ができないか、はたまた何か仕事はないかと訪ねて回り、中々の稼ぎをはじき出していたからだ。
金銭で保存食を購入し、薪割りや家畜の餌やり、糞尿の処理などをこなして報酬として食料品やら雑貨をもらいつつ、村人との会話を通してこの世界の情報を収集していたのだ。
昨日は有志として村人との交渉にも参加した彼女であったが、混乱の中、とりあえず決めなければいけないことが優先されて禄に情報が得られず、疑問ばかりが募るという状態であったが故に。
有志としての交渉の際にはピクラビットなら戦闘を行っても危険は少ないと説明されたものの、戦闘という、普段自分たちが行ったことのない行動を、なんの情報がない中行うことを忌避したが故に。
幸い、彼女のPTメンバーはその意見に賛同してくれた。
多少、ほかのPTを実験台にするような気もして後ろ暗いと思った者もいたようだが、慎重に行動するに越したことはないだろうという考えと、ちょっとした別の理由によって。
残念がっていても仕方がないとヒメプレイヤーは思考を巡らす。
まだ、村の半分も回れていなかっただけに、現状の路線をもう少し継続したかったと思うが仕方がなさそうだ。
ただ、現状自分たちのPTで狩を行うのも問題がある。
まずひとつ、今日の行動で自分たちの資産を増やしすぎたのだ。
少なくとも、持ち運べるような量ではない。
何らかの穀類を轢いた粉などを多分に含むそれは、節約すれば数ヶ月以上は食べ繋げるであろう量だ。
自分たちの境遇を不憫と思った村人が格安で提供してくれたようだ。
そのような資産を有してしまったが故、何かあったときの対応も含めて2人は見張りにおいておきたい。
だがそうすると戦力が足りない。
うまく戦闘に持ち込めたPTの話を聞くに、ドワーフという種族故なのか、それともLv.1という自分たちから見てLv.3のピクラビットが格上過ぎるためなのか、火力、命中率に難があるという様に思える。
どこかのPTと連合を組んだほうがいいのであろうか。
ふとそんな思いもよぎるが、下手に自己主張の強いPTを引き当ててしまうと厄介なことになりそうだとも思う。
ヒメプレイヤーがそんなことを考えていても会議は続く。
議場では一人のビア樽が声を張り上げて持論を展開している。
ヒメプレイヤーはまたかと思い、眉をしかめる。
声を張り上げるビア樽の名前は"にゃん五郎"。
昨日も、もっと組織だって動くべきだと主張していたビア樽だ。
「我々は、現在の状況を打破するためにより強固な体制の元団結し、行動しなければならない。こんな成り行きで議長を押し付けるのではなく、民主的な手続きを経て確固とした分業体制を構築し…… 」
言っていることはもっともなのだが、人の気持ちもその足元も見えていない。
ヒメプレイヤーはそう思いながら己の考えをまとめる。
分業体制といっても、ヒーローのように攻略組で活躍したいという人間もいれば、命の危険のない生活を送りたいものもいるだろう。
どこか現実感が伴わない現状では前者に人数が偏りそうだが、時間がたつに連れて後者に人数が傾いていく可能性が高い。
その調整を上からの押しつけという形で行ってうまくいくとは思えない。
それに、社会生活を完全な分業体制にして攻略力を入れるには、ドワーフの人数は少なすぎる様に思える。
外に出るためにゲートの前に陣取るボスを倒さなければならないが、可能な限り力を蓄えた上で総力戦で挑まなければ倒せないだろう。
ゲームのように、誰でもクエストに参加でき、誰でもクエストで武器を、スキルを手に入れられる状況ではないのだ。
力を手に入れるためにはかなりの困難が予想される。
そこで、持つ者と持たない者が上の采配で決められるということになったらどうだろう。
そんな状況で"大多数の存在"がそれでも外に出たいなどと思うだろうか。
そして、今の状況において我々は今日の食事にも事欠く有様だ。
組織の管理者やら攻略担当者の衣食住の負担を負うことができるような状況ではない。
現状ではピグラビットの肉という食と攻略を兼ね備えた相手と相対することができているが、攻略が進むにつれて肉を落とすmobの数は減る。
少なくともこの地にいる間は。
攻略に必要な負担を自分たちに押し付けられると思ったら、誰だって嫌がるだろうに。
何か自発的にそういうふうに動いてくれるような環境を考え、整備でもしない限りは。
演説は続く。
長いと思いつつもヒメプレイヤーは耳を傾ける。
「先にピクラビットを討伐することに成功したパーティーからの報告にもあったが、半日歩いても他のモブの存在するエリアに到達できなかったという。この世界は広い。だからこそ我々はこのゲームを攻略するために、早々に組織だって行動しなければ…… 」
ゲームって言い切っちまってるよこのおっさん。
周囲を見回すと、ヒメプレイヤーだけではなく同じことを考えたものも多いようで、ため息がいくつも聞こえてくる。
ヒメプレイヤーは考える。
それはさておき、外を目指すのならば、この世界の、なぜ我々がこんな目にあっているのかを知るためには、場合によっては"もう一人の自分"が活動している可能性のある元の世界に戻る為には、確かに組織立った行動というものは必要ではあるのだ。
ただし、自発的に意欲を持って動く集団でなくてはならないだろうと。
演説は、もう時間も押しているのでという司会によって遮られる。
確かにそのとおりだ。
一人でどれほどしゃべっているのだと。
だが、ここでまたごたつく。
にゃん五郎は異様なまでに私はネカマですを敵対視しているのだ。
方針の違いからか、その立場を妬んでなのかは知らないが。
私はネカマですの方針は簡単だ。
それぞれ自分の好きにすればいい。最低限の情報共有ができ、他のPTに迷惑がかからないようにしていればそれでいいだ。
直接聞いたらみんなの前でそう言い切った。
ヒメプレイヤーの意見もそれに近くはあるが、だからといって外を目指したくもある。
その為には組織は必要になるだろう。
この場にいる他のリーダーから声が上がる。もう帰って良いかと。
私はネカマですが、これ以上の連絡事項が無い旨を伝えると会議はそれで事実上解散になった。
「姫。お疲れ様でした 」
「姫様おつかれ~。もめてたっぽいけど大丈夫? 」
議場となった廃坑から少し村に近寄った場所にある広場から、自分たちPTの確保したスペースに移動しようとヒメプレイヤーが歩き始めたところで声がかかる。
ドワーフなのにやけに凛々しい顔立ちの角刈りのビア樽に、少年のようなあどけなさを持つ赤髪のロリだ。
「はい大丈夫です。ちょっと、方針の違いで司会者さんに言いたいことがある人がいるみたいですね 」
2人はヒメプライヤーのPTメンバーであり、角刈りのビア樽がチェマロ、赤髪のロリがラケオという。
「何か変わったことはありましたか? 」
「詳細は後ほどご報告いたしますが、狩がうまくいかなかったパーティーが多いようで幾分殺伐としております 」
「分裂したり、追い出されちゃったところもあったよ~ 」
ヒメプレイヤーは会議の間に他のPTに接触しての情報収集を頼んでいたのだ。
その結果は中々大変な事態に陥ってるらしい。
会議のせいでリーダーが抜けている間に事態が悪化してしまったということもあるかもしれないが、先が思いやられる状況だ。
言葉を紡ごうとしてチェマロの方をヒメプレイヤーが向くと彼は恭しく頭を下げる。
「あの、チェマロさん、そんな堅苦しくしないでもっとフランクに…… 」
発しようとしていた言葉を飲み込み彼女はそう告げる。が。
「いえ、姫は姫でありますが故に 」
チェマロは昨晩の親睦会以来、なぜかこの状態なのだ。
他のPTメンバーも言葉の固さに違いはあれど、妙に、姫、姫と慕うような態度をとってくる。
中の人の性別は不明ではあるが、ビア樽、ロリの差無くである。
最初はその名前ゆえに、かなり訝しげに見られていたと思うのだが、親睦会のときに何かあったのだろうかとヒメプレイヤーは自問するも、後半の記憶がさっぱり無いために答えは見出せない。
PTメンバーに聞いても恍惚とした表情で何も答えてくれないので分からずじまいであり、お酒は控えよう、せめて飲むときには水で薄めて飲もうと心に決めたヒメプレイヤーだった。
さて、そんなヒメプレイヤーたちが廃坑の中へ移動しようとしたところで一人のロリが蹲って涙を流しているのが目に付いた。
ぷちという名前のロリである。
ぷちは元の世界において女の子というものに憧れていた。
いや、彼女自身も性別は立派な女性である。
ただし、中学生時代に180cmを超えた背の高さと、細身ではあるが、がっしりとその身についた筋肉が、幼いころから周囲に彼女を女の子として扱うことをためらわせたせいでもある。
ましてや、親に護身用にと習わされたのはピアノやバイオリンなどの彼女の憧れとは正反対の近接格闘術。
年齢的にも女の子と呼ばれる時期を過ぎ去ってしまった今でも、かわいらしい女の子というものに憧れを持っていた。
それが故に、ふとネットで見かけたゲームのイラスト。
ドワーフの女の子に彼女は惹かれた。
自分もこんなかわいい女の子だったらと。
そんな思いでゲームを始めようとして、彼女はこの事態に巻き込まれたのである。
彼女はそんな状況の中、努めて明るくかわいい女の子であろうとしてみたのだが、うまくいかなかった。
狩でうまく動けず、明るさを振りまこうにもそんな雰囲気ではなく、反省して見せても誰も許してはくれない。
リーダーだって見て見ぬ振りというか、半ば責めるような目で見ていたように思う。
ただ、声を荒げなかっただけで。
狩から帰ってきて一息ついた時に事態はよりいっそう悪化した。
リーダーが会議のために抜け、他のメンバーが酔っ払いだすと彼女に襲い掛かってきたのだ。
初めは石を投げつけられる程度であったので耐えていた彼女であったが、彼らが武器に手をかけ、その行動が一線を越えようとした時点で逃げ出すことにした。
幸い、酔いがだいぶ回っていたのだろう。
彼らの足取りはおぼつかず、走って洞窟内を逃げる彼女に追いつくことは無かった。
そして現在。
頼れるものが何も無い彼女は洞窟の外で一人涙を流していたのである。
思えば泣いたのなんていつ以来だろう。
少しは女の子っぽくみえるのかなぁ、などと自嘲気味に考えてみるが、少しも愉快な気分にはなれない。
俯いていた彼女は誰かが自分の目の前に立ったのに気がつき、顔を上げるとそこにはお姫様が立っていた。
紫色の瞳。白銀の長い髪を耳元から少し垂らし、腰を少し折ってぷちの目線に近づいてくるその顔は、月明かりの中で白磁のように白く、綺麗で輝いて見える。
白を基調に金の縁取りがされたその鎧は、ゲームでも確かに選択可能であったものであるが、ドワーフにしては背の高い彼女の持つ気品、なんともいえない特別さというものを、よりいっそう際立たせている様に思えた。
「どうなさったの? 」
綺麗なお姫様が自分に向かって話しかけてくれたとたん、ぷちの眼からはよりいっそう涙が零れ落ちる。
そして己が境遇を語りだす。
狩でうまくいかなかったこと。
体がうまく動かないこと。
PT内に居場所が無いことを。
酔っ払ったPTメンバーに襲われかけたことを。
お姫様は少し思案するように俯いた後、再び彼女に話しかける。
「よかったら、今日は私たちのところにいらっしゃらない? 一人で過ごすのはあぶないわ。ご飯だってちゃんとあるから 」
ぷちは何度もお礼を口にしながらお姫様についてゆく。
後に一部の彼女の敵対者から"ドワーフ最大の悪女"、また、多くのビア樽とロリから"慈悲の女神"、更に一部の仲間から"女王様"と呼ばれることになるヒメプレイヤーが己がギルドを立ち上げるために動き始めた瞬間であった。
第二話 fin