第一話
レベルだけでは強さは決まらない、レベルアップまでに行うプレイヤーの行動によってステータスの上昇値が上限なしに変わってくる成長システムが売りのこのゲームにおいて、ドワーフという種族の前評判は散々なものだった。
それは、8000人限定で3ヶ月間行われたクローズドβの結果からもたらされたものである。
曰く、PTメンバーにいたならば確実にお荷物。
曰く、攻撃力が多種族の半分以下。
曰く、移動スピードが他種族の3/4以下。
曰く、男は動くビア樽。女は幼女。
その他いろいろ言われているが、その弱さを如実に語るエピソードが一つある。
ゲーム内では、多様性の権化である人間、弓と魔法のエルフ、短剣と攻撃魔法のダークエルフ、怪力の獣人、軽やかな動きに器用さを併せ持つグラスランナー、そしてHPのドワーフと種族ごとにあがりやすいステータスやあがりにくいステータスを持つ6つの種族が実装されているが、このうち人間以外の種族には初期エリアから通常フィールドに出る際に種族クエストなるものが用意されている。
内容はいたって単純。用意されているボスモンスターを誰かが倒せば終わりというものだ。
ドワーフ以外の他種族は開始1週間を待たずして次々とクリアーしていったのだが、我らがドワーフはというと、1ヶ月目では誰もボスモンスター出るフィールドにたどり着けず、2ヶ月目後半でようやくレイドパーティーが組まれるも討伐できず、3ヶ月目にゲームマスターが出てきてボスモンスターをどかしたという有様だった。
ドワーフプレイヤーは語る。
「HPはあるけれど、回避できない上に硬いわけじゃないからどんどん削られるし、初期エリアで全く魔法を覚えられないから回復できない。命中補正にマイナス付くくらい重い武器でももって攻撃力をあげればって思ったけれど、そうするとこんど素早さが無さ過ぎて当たらない。数を頼りにしようにも、即時回復ポーションも現状存在しないから、ある程度ダメージを受けたらHP回復のために延々お座り休憩というレベリングのあまりのマゾさにみんなやめてって人がいない。成長ステータスの上限が無いって言っても低レベルじゃステータスのあげようにも限度があるし、これでどうしろと!? 」
ここまで不遇だと、大器晩成型なのではとの期待も出てくるものではあるが、ある雑誌のインタヴューに開発者はこう語っている。
「ドワーフは、そのコミカルな動きを眺めて愛でるためのものです。愛らしいでしょ?」
これを見たドワーフプレイヤー達が激怒したのは言うまでも無い。
「動くビア樽をどう愛でろと!!! 」
中にはそれはそれでという者もいたし、ロリは正義という者もいるにはいたが、それらは実際にドワーフを動かしている中の人の中では少数であった。少なくともその当時は。
ドワーフの特権とも思われた初期から所持している鍛冶スキル、モンスターの死体から素材など各種素材アイテムを生み出す生成スキルにしても、鍛冶スキルは他種族でも取得可能だし、生成しなくてもドロップアイテムで普通に資産は増やせる。
そういう状況下で、クローズドβ中ドワーフの人口はどんどん減少していった。
さらには開発者のその後の発言で、ドワーフの境遇については改善するつもりが無いとの話もあり、このゲーム独特のステータス上昇システムの件もあって、大器晩成型の可能性があるのではないかという希望を残しつつも、ドワーフやるならセカンドキャラ以降というのが一般的な見解となっていった。
そのような状況にもかかわらず、オープンβにおいてドワーフを最初のキャラクターとして選んだ者たちはというと……。
「ネカマさんじゃないけれど、実は俺もネカ…… 」
「し、仕方が無かったんだ。男のケツ見ながらプレイするのって萎えるし…… 」
「リアルTS。しかも幼女……。ぐふ、ぐふふふふふ。ぐへへへへへへ」
その中に一部変、もとい。紳士が混じっていたというのは仕方の無いことなのだろう。
現在、243人中ロリ人口は145人。実に集団の60%近くが女性キャラクターを選択していた。
そのロリのうち、リアルと性別が一致しているのは自己申告では20人に満たなかったという。
後に集団内でのとある恋愛事件によりネカマは腕にネカマ腕章をつけるべきとの主張がされるがそれはまた別のお話しである。
さて、実際のところ紳士的な理由“だけ”でドワーフを選択したプレイヤーは少ない。
ゲームへの集団移住や、クローズドβ時の横のつながりなどで組織的バックアップを受けられることが決まっている者もいるにはいるが、そういった者も含め、たとえ最初は辛くともいつか必要になるかもしれない。だからそのときを目指す! という短絡的な英雄願望を抱くタイプではなく、よく言えば気長な、悪く言えばマゾ上等! といったメンバーが多くいるともいえる。
さて、そんな彼らはというと…… 。
「布団…… 。布団が恋しい 」
「か、体が痛ぇ、頭がいてぇ 」
「寒い。寒いよぉ 」
ドワーフの初期村近辺にある鉱山の坑道内に身を横たえていた。
寒さと、洞窟での寝起きによる打ち身、そして村のドワーフたちからの配給品である酒に手を出した結果による二日酔いの頭痛を訴えながら。
彼らがこの世界に顕現して翌朝のことである。
第一話 一年目の春の始まり①
ドワーフという種族はゲームの設定では、かつて大陸が戦乱の時代にあった際、南のドワーフ山岳大要塞へと集結し、今現在もそこで生活しているということになっている。しかし、そこへたどり着けそうも無かった極一部のドワーフがこの北辺の地にドワーフ族だけが使える転移門を使って流れ着いたものの、転移門の前に大型の魔獣が住み着いてしまい、外界とは隔離されてしまったということになっている。
そう、この初期村で生活しているドワーフはドワーフ族のほんのごく一部。とても少数なのである。
この初期村に約500人。周辺に(ドワーフらしく山に穴を掘って)同じく約500人が生活しているという。
人口約500人の村はゲームの画面ではとても小さな寒村であったが、そこはそれ。この世界ではそこそこ立派な村であった。
東西に続く渓谷の東端の入り口に設けられたその村は、魔物の襲撃に対応するために大きな壁が東側に設けられており、西側の渓谷は農場などになっている。
だが、そんな立派な村ではあるものの、それでも500人の村落だ。
しかも、終わり近くとはいえ冬というこの季節にいきなりその人口の半数近い人員が流れ込んできたとしたら、村はその人員を養え切れるだろうか。
答えは否。
まず、住居が無い。
村に宿屋はゲームと同じく存在した。だが、おそらく村の周辺に居を構えるドワーフが村を訪れた際に使用するものなのであろう。とてもこの人数を収容できるものではない。
そして何より食料が無い。
雪原での会議の後に、とりあえずということで村へ向かった一同はこの問題に直面した。
有志の一同が村長をはじめとした村の代表と会談し、とりあえずの保護を求めたところ、村側から見れば少なくは無い援助をどうにかこうにか受けることができたのではあるが、人数が人数であるだけに現代日本で生活していた記憶のある面々にとってそれはとても十分とは言いがたいものであった。
まず、住居においては村近くの廃坑、現在は酒保として活用されているそれを中身ごと好きに使っていいとの許可を得た。
もちろん、ベッドや柔らかい布団など望むべくも無く、毛布の一枚すらない。
そして食事においては、幾ばくかの根菜類と何の肉かは不明な干し肉を全員が一度の食事がどうにかできるだけの量と廃坑内にある大量の酒。
どのような物語においても酒好きとして名高い種族であるところのドワーフ。酒だけは度数の強い蒸留酒をどでかい樽で数百樽以上供給されたのであるが……。
「どうにかして、食い物探さないと俺たち死ぬ。主に頭痛で 」
洞窟内で身を寄せ合って寒さを凌いでいたドワーフの一人、バレロというビア樽がそう呟く。
「つか、ドワーフなのに二日酔いになるとか是如何に…… 」
「あんな(度数の)もん、ヘルメット一杯分とか一気に配るからっしょ…… 」
「昨日の会議の結果が思い出せません。会議やっりましたよね。今後の方針どうするかとか 」
バレロの呟きに応じて周囲で寝ていたドワーフ達がうめくように声を上げる。
会議、そう。昨晩は有志が村から獲得した戦利品を分配しながら会議を行ったはずだ。
バレロは酒のせいか微妙に欠落している記憶をどうにか思い出す。
会議といっても混乱した状況で、しかも大人数で行ったもの。ろくなことは決まらなかった。根菜類は種芋としてとっておくこと、人員をいくつかのPTに分けて当面は食糧確保に動くということくらいだった様な気がする。
今後どうするか決めろとか、攻略をどうだとか組織をどうのとグダグダ演説ぶった者も数人居たが、司会を務めたネカマです がどうにか当面は生活をどうにかしようという方向にはもっていっていた。
食料確保はとりあえず外壁の外に出てmobを狩ってくるか、食糧確保は山菜取りに山に入るか。後者のPTには引率の村人がつくから数PTのみとか説明があって……、あとは、PT分けを適当にして、配給の酒をコップなど無いから初期装備の木のヘルメットに注いでPT毎に廃坑内に適当に陣取っての親睦会となったはずである。
他に無かったと思いたい。
バレロは身を起こして周囲を確認する。照明など何も無い真っ暗な空間のはずではあるが、種族特性故か何故か-若干見づらくはあるものの-辺りを視認することができる。
横を見ると、このクソ寒い中で真っ裸のロリが二人抱き合って寝息を立てている。
それぞれやばいところは体を合わせたり、お互いに手をやったりして隠してはいるのだが。
二日酔いの頭痛が別のものにとって変わるのをバレロはそれを認識した瞬間に感じた。
そして、自分がしっかりとしないとと自分に言い聞かせた。
昨日の班分けで6人PTが33組、5人PTが9組の計42組のPTが結成された。山菜採集には5人PTから5組で残り37組は全て狩で食材を確保しなくてはならない。
食料は取れたものは基本的に各PTで好きにしていいことになっている。但し、取れなくても自己責任だ。
バレロのPTは紫の白髪染めを使ったような体毛を持つビエロ。三つ編み顎鬚を持つプレクティに、アフロ頭が特徴のeksplodo、昨日PT内でのジャンケンに負け、リーダー役をすることになったバレロのビア樽4人に、抱き合って寝ていた二人のロリ -リアル性別は聞いていない- 、ラボリッタとアディエルリエーダの計6人。
全員が初期装備の革鎧、皮の篭手、皮の脛当て、靴を装備している。
同じ装備なのにロリは半ズボン、ビア樽は普通のズボンなのだが、それが性能に現れるのかどうかは不明だ。
選択可能だった武器については全員槍を選択している。槍装備だけを集めたわけではないので偶然の産物ではあるが、実際に体を動かして使う以上、槍というのは剣、斧といった他の装備品に比べて扱いは簡単なのかもしれない。集団での戦闘においても使いやすい。
そのはずである。
そうバレロは初めての戦闘を前に自分に言い聞かせる。
バレロPTは二日酔いの頭痛のせいか少し早く起きてしまったため、だるい体と襲い掛かる頭痛に鞭を打ち夜も明けるかどうかという時間に出立することにした。そのせいか、周囲にはまだ他のPTは見当たらない。
「よし、行こう 」
バレロの掛け声とともに村の門 -正確には閉ざされた門の横にある通用口- をくぐる一行は、その眼前に広がる光景に唖然とする。
「広い 」
「あたり一面の草っ原ってかぁ 」
「つか、道すらないんじゃん…… 」
「草丈も結構ありますね。私たちが小さいというのもありますが 」
「モブ、見えない 」
「ここで狩をしろとぉ? 」
門の直ぐ前こそ石畳で草があまり生えていないものの、眼前には彼らの腰丈ほどに雪で折れた思しき枯れ草が残雪混じりに地平線の先まで続く大草原。
「斧持ちが居れば駆り進めそうだけど 」
「槍で掻き分けながら進むっきゃないっしょ 」
ゲームであれば、少なくともクローズドβにおいては、門の先には東側へと種族クエストのボスがいる洞窟へ続く道があり、門の前にはピグラビットというLv.3の大型犬程度の大きさと思しき豚と兎を掛け合わせたかのようなmobが大量にわいていたはずだ。
村人から聞いた話としても、門の前の草原にピグラビットが繁殖しているということは確認している。
だが、そんなものはどこにも見えない。
「一度戻って、みんなに相談してみたほうがいいのかな? 」
バレロはPTメンバーに確認する。ジャンケンで負けてなっただけのリーダーだけに独断で進むことを決めても後で厄介事のもとになることがあるかもしれない。そういう思いが脳裏によぎってのことだ。
「つか、どの道、飯を確保しないとこのままじゃジリ貧だし、だれかが先陣きらにゃならんっしょ。いいんじゃないか? このままいこう 」
プレクティがこのままいくことを主張すると数名が賛意を示し、否定は特に出なかった。
「わかった。じゃぁ、このままいこう 」
「先陣は男の子でよろしくぅ! うちら半ズボンだからあんまり先に歩きたくないんだよね、こういうところぉ 」
「枯れ草で足を怪我して破傷風になったら大変。申し訳ないけどお願い 」
ロリ2名の言にビア樽が先頭を歩くということで一向は進むことになる。
「つか、ぜんぜんつかまんねえええええええええええ! 」
「な、なんで、モブが逃げるんですか? 」
プレクティとeksplodoがが膝を突き、項垂れながら声を上げる。
出発前には上っていなかった太陽が頂点に達しようという時間。バレロたちは未だに一匹の獲物もしとめる事が出来ずに、それどころか一撃も与えることが出来ずにいた。
理由としては、ピグラビット自体がいないわけではないが、草丈のせいで発見が難しいのかなかなかエンカウントできないこと。そして、ゲームであれば逃げるなどということをしないmobたちが、なぜか彼らが近づこうとするだけで逃げ出すからだ。
「とりあえず、いったん休憩にしよう 」
今も発見したピグラビットを追い回し続け、結果として逃げられた後である。
空腹と疲労、抜けつつあるものの二日酔いのせいで彼らは疲れきっていた。
「このままじゃまずいですね。如何にかしませんと。 」
適当に辺りの枯れ草を押し倒し、eksplodoが座ると同時に声を上げる。
「このままじゃ、ご飯抜き…… 」
「つか、どうにかっつっても、どうしろって感じなんだが。感づかれれば逃げる。大きく包囲してから段々方位を狭めようとしても、ある程度の距離で感づいて包囲の隙間から逃げちまう。 」
バレロは思う。自分は悪くないはずだ。如何にかしようと頑張っている。こんな理不尽な状況で俺を攻めるなと。
PTメンバーは別にバレロを攻めているわけではない。しかし、一応でもリーダーという肩書きを持つ彼はその責任-そんなものはないのだが-を、果たせていないということを責められている様な気がしてならない。
「10パーティー位で協力して大規模包囲ってな感じで囲ってしまうとか 」
「明日からはその手が使えまるけどぉ、今日、今から他のパーティーに話を通すのって難しいと思いますよぉ。ここの草原、ゲーム内じゃ考えられないくらいだだっ広いですしぃ。 」
eksplodoの提案をラボリッタが即座に否定する。
「かなり歩いた筈なのに、まだ他のモブのいるフィールドにたどり着かない。私たちはほとんど真っ直ぐに歩いたはず。この広さ、異常。 」
「でしょぉ、今日はご飯抜きでまたあのお酒で栄養補給かなぁ。それはそれであり? うふふふふ 」
アディエルリエーダは異常という言葉を強調し、ラボリッタは不気味に笑いつつも同意する。
アディエルリエーダが微妙に怯えているようにも見えるがラボリッタは気付いているのだかいないのだかニヤニヤと悦に入っている。
「なぁ、ラボリッタとアディエルリエーダのお二人さんよ。お前さんら結局モブ追っかけまわすのに草っ原駆け回ったしょ。なのに足がきれいなまんまみたいなんだが、なんともないのか? 」
「女の子の足をじろじろ見るなんて、随分スケベな髭ダルマねぇ。エロ爺ぃ 」
「エロ爺っておい……、そりゃねえっしょ。心配してやってんのに 」
「つか、俺には守備範囲外で気持ちは分からないけど、そういう趣味? 」
ラボリッタにエロ爺呼ばわりされたビエロはわかり易くうなだれ、プレクティが茶化す。
気がめいってくる様な状況で、少しでも場を明るくさせようという彼らなりの気遣いでもあるのだが、そのやり取りを横で聞いていたバレロは黙って俯いているばかりだ。
自分には意見すら求められない。
悔しくて、情けなくて、どうしようもない。
通常の精神状態であったら、彼も少しは雰囲気を明るくさせようと努めることが出来たのかもしれない。
しかし、訳のわからないまま今までの自分とは違う体に入れられて、異世界というしかない状況に飛ばされ、今日の食料にもことを欠くという中でいっぱいいっぱいの状態であった。
自分は悪くない、何も悪くない。なのに…… 。でも、自分はリーダーなのに……。
訳のわからない言い訳と、悔しさ。責任が彼に圧し掛かる。
どうしろっていうんだ!
そしてそれはどうしようもない怒りとなって彼の中を駆け巡る。
そのはけ口とするかの様に彼は手元に落ちていた赤ん坊のこぶし位の石を拾うと、おもむろに立ち上がってそれを遠くに投げ飛ばした。
ピギィィィィィィイッ!!!
「おや、当たりましたね 」
eksplodoがまるで他人事とばかりに呟く。
ドッドッドドドドドドドドドド
そして、その直後に慌てたようにプレクティが声を張り上げる。
「って、え? つか、来る。みんな立って!立って!! 」
ピグラビットは枯れ草で見えてなかった筈なのに、まるで誰が石を当てたのかが分かるかのように真っ直ぐとバレロの元に突進し、体当たりを仕掛ける。
何が起きたのか、混乱したままでいまいち状況がつかめずに呆然としたままだったバレロはそれをもろに食らい、衝撃のためか少し後方に後ずさる。
「い、いたっ! くない。あれ?痛くない?? 」
「HP!減ってる。減ってる!!いいから皆、槍で突くっしょ! 」
どういうわけか、食らった本人は痛くはないらしい。だが、ピグラビットの一撃でバレロのHPの1/4程減っている。あと3回同じ攻撃を食らったら死んでしまう。
そう思ったビエロは大声で呼びかけながら隣に陣取ったeksplodo、反対側に位置するプレクティと共にピグラビットに槍を突き立てる。
獣の柔らかい肉体。至近距離で金属製の槍で突けば、その矛先は皮を裂き容易にその体に突き刺さる……はず。
そのはずであった。
しかし、彼らが肉を突き破る感覚をその槍越しに感じることはなかった。
なぜか毛皮の手前で弾かれてしまう。硬い何かに当たったわけではない。弾力性のある何かに押し戻されたような感覚を3人は覚えた。
ピグラビットは標的を変えようともせず、その場から飛び上がりまたもやバレロに体当たりを食らわせる。
反射的に身構えたせいか、はたまたピグラビットの勢いが足らなかったからなのか、初撃ほどは大きくはないもののそれでもHPが削られてしまう。
だが、今度はバレロも反撃を試みた。
「うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!! 」
大きな掛け声とともに短い槍を両手で構えて体ごとピグラビットに向けて突き進む。
着地したばかりのピグラビットはその動線上から避けることも出来ない。
が、今度は表皮の上を滑るかのごとく槍がそらされ、槍は地面を抉る。
バレロは槍を杖のようにして前傾姿勢のまま如何にか転倒を防ぐ。
「邪魔 」
「うっりゃぁ! 」
丁度よくピグラビットの後方左右に位置したロリ2人が槍を突き出す。
「ふ、不死身ぃ?? 」
しかし、これもビエロたちと同じようにその穂先を突き立てることがかなわない。
バレロがどうにか体勢を整えたところでピグラビットがまたもや体当たりを仕掛けようとする。
「や、ら、せ、ま、せんっ!! 」
eksplodoがバレロを押しのけるようにしてピグラビットの前に立ちはだかる。
「うのぉっ 」
が、その攻撃をまともに受けてしまったらしく、尻餅をついてしまう。HPもバレロが初撃を受けた時と同様に削られる。
「あほか!」
罵倒しつつもビエロがまたも槍を突き出すが、これも同じように押し戻され、悲痛の声を上げた。
「きいてないっしょ。どうしろっていうんだよ、こんなの! 」
時間差でプレクティが突き掛るも同じく効果が見られない。
ただ、プレクティはここで何かに気が付いたようだ。
「あ、いや、つか、大丈夫。このまま突き殺せる……! 」
一方、後方に押しのけられたバレロは死の恐怖などよりも、怒りがその身を支配していた。プレクティが何かを言っているが耳に全く入らない。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! なんで、なんで、なんで、俺がこんな目にぃぃぃぃ!!
それは、もはや思考ではなく単純な激昂。
合理的な人としての思考、死への恐怖をどこかに置き去り、彼は槍を半ばその身に抱きかかえるかの様に身を低くすると穂先を前にしてピグラビットに突進する。
「ざっけんなああああああああああああああああああああああああああああ! 」
槍越しに感じる弾力を伴う感覚……。
が、急に途切れた。
そして、その槍は、今度こそ見事にピグラビットに突き刺さる。
首筋から体内に槍が突き刺さったまま、ピグラビットはそれでも激しく暴れる。
しかし、バレロは突き刺した槍で必死に押さえつけ、体制を整えたPTメンバーが周囲から突きまわすとほどなく絶命した。
町を出てから数時間。バレロたちはピグラビットを狩る事にようやく成功したのだった。
「つか、ようは、HPってバリアなんじゃないかと思ったわけよ。」
バレロ達は再び休憩のために座り込んでいた。
今度は疲れだけではなく、HPも回復させる必要があるのだ。
ゲーム時代は座っていると回復速度が上がったということもあるし、何より、今度は戦闘で精神的に疲れてしまったということもある。
もちろん、いつまでも座っているわけには行かないだろうし、この世界でどれだけの速度でHPが回復するかもわからない。
ということで、初期装備の中にいくつかあったHPの回復を補助するポーションを飲むことも忘れていない。
ちなみに、倒したピグラビットは何もドロップはしなかった。
ただ、死体として残っただけ。
経験も槍の穂先以外に刃物もない中で、肉を得るために自力で解体など出来るわけもなく。村まで持って帰ろうにも、ゲームと同じく消えてしまうのではないだろうかという不安もあり、仕方なく、ドワーフ固有スキルの生成を使用。
結果として"ピグラビットの肉"を3個と"ピグラビットの毛皮"を1つ獲得できた。
アイテムの名称は、生成を使用した人間には出来上がった瞬間になんとなくわかったとのこと。
肉はひとつで人間のコブシふたつ分ほどの大きさがあり、何も包装されていなかったので、一応毛皮で包み込んだ。
生肉を背嚢に入れるのを皆嫌がり、誰の背嚢に入れるかが問題になったものの結局ジャンケンで負けたバレロの背嚢に入れることになった。
毛皮をロープで巻いたので肉汁が染み出ることは一応ないだろうとは思われる。
「バリアってぇ? 」
ラボリッタが何のことかと聞き返すとプレクティが答える。
「バレロさんもそういってたし、つか、エクスさんもだと思うけど攻撃受けたときに、痛くはなかったでしょ?」
「そうですね。押されたようなある種の衝撃はありましたが、痛みは感じませんでした。でも、所詮動物の体当たりなのでもともと痛みを感じるようなものではないという可能性はありますよ? 」
eksplodoの質問に再びプレクティが答える。
「つか、でも、結構がっつりヒットポイントは減ってたわけで。ピグラビットにしてもヒットポイントが無くなるまで槍が通らなかったって考えると、バリアみたいなもんって考えるといいんじゃないかなって 」
「そうすると、防御力はどうなるっしょ? 」
「つか、うん。そこははっきりとしたことは言えねぇんだけど、ヒットポイントが減りにくくなるんじゃね?」
「その考えでは物理的障壁がHPとどう関係するか不明 」
「装備が私たちの常識から考えての魔法具的な特性を持っているぅ。そう考えれば、わからなくもないわぁ 」
「まぁ、いろいろと不明な点もありますが、現実とゲームの狭間のような世界とでも考えればいいのでしょうか。ほかにも気がついたことがありますが…… 」
一行は、休憩しながらも今回の戦闘で得た知識をまとめてゆく。
バレロとeksplodoが喰らった攻撃はクリティカルだったのではないか、バレロの穂先が逸れてつんのめったのは回避されたからじゃないか。バレロに飛び掛っていったのはヘイトがバレロに向かった。mobにとってはヘイトイコールタゲになるのではないか。
そういった話し合いが続く中。バレロはただ俯いていた。
「つか、バレロさん。大活躍だったすね 」
「そうね。偶然もあるけれどぉ、バレロのおかげで私たちは飢えなくてもすみそうねぇ 」
「バレロ。頑張った 」
「そうですね。大活躍といっていいと思いますよ 」
「獲物探してる間も、みんなのことちゃんと気に掛けててくれたっしょ。 」
ふいにバレロに話が振られる。
黙り続けていたバレロにプレクティがさすがに気になったのか声を掛け、それに同調するように各々がバレロを元気付けようとする。
皆、気にはなっていたのだ。
こんな、わけのわからない状況下、比較的年齢の高そうな他のメンバーは、それぞれに今は取り合えずと折り合いをつけているようには思える。
だが、バレロだけがどうも気を病んでしまったのではということを。
そして、好感も覚えていた。それでも頑張ろうと不器用にも周りに気を配り、責任を感じているように見えたから。
リーダーというのは、こういうちょっと頼りないくらいがいいのではないかとさえ思うものもいた。
もっとも、面倒なことを押し付けるのにもちょうどいいと思ったものもいるのは否定できないだろうが。
「あ、あの…… 」
「どうしましたか? 」
声を上げるも、発言をためらうかのように言葉をとめてしまったバレロにeksplodoが勤めてやさしく声を掛ける。
「リーダーを替わってください。やっぱり俺…… 」
「バレロさん。何を気にしているのかは大体想像がつきます。でも、私はリーダーはあなたのような方がいいと思います。 」
「や、でも…… 」
「まぁ、聞いてください 」
何かを言いかけたバレロの話をさえぎり、eksplodoが話を続ける。
曰く、こんな状況下でしっかりと周囲の人間に気を配ろうとしている君は立派だ。
曰く、頑張ってる。努力している。気に掛けてくれるとはっきりみんなに伝わる人間を人は支えたくなるものだ。
曰く、誰も責任や決断を押し付けようなんて思っていない。みんなで決めていけばいい。
etc.etc.……
eksplodoは美辞麗句を並べ立て、バレロを励まそうとし、他のメンバーもそれに賛同してどうにかバレロを勇気付けようと言葉を並べる。
だが、バレロは仕舞いには泣き出してしまった。
うれし涙だったらいいなぁと思うメンバーにバレロは語る。
「お、俺。学級委員なのに、リーダーなのに、同じクラスの、ひっく、女の児童会長に主導権握られて、ひっく、情けない男っていわれ続けて、頑張ったけど、頑張りたいけど…… 」
「児童会長ぉ?? 」
「「「「え??」」」」
「父さんに、ネットの中では年齢は関係ないんだから、ゲームやるんだったらその中ではしっかり一人の大人として行動しろって、ひっく、言われてたけど…… 」
思いもしなかった単語の出現に微妙な声が上がるが、バレロは言葉を続け……
「リアル小学生の俺にはリーダーは無理だと思います! いや、無理です!!! 」
最後に大声で言い切った。
「えと、その、すみませんでした。きちんと確認しておけばよかったですね 」
「つか、正直すまんかった」
「その、ごめん 」
「え、あ、いや、それ、早く言って欲しかったっしょ? 」
「確認しておくべきだったわぁ。でも、君も早く言うべきよぉ 」
それぞれに謝罪のことばと非難の言葉を述べるが、それについてはバレロはしっかりと反論する。
「昨日もはっきり言ったのに、自己紹介もろくにしないでどんちゃん騒ぎ初めて、誰も聞いてくれなかったじゃないですか!! しかも、ラボリッタさん。嫌がる俺に無理やり酒飲ませて!! 」
昨晩の親睦会においてダメ大人どもは自己紹介もろくにせずに、自棄酒とばかりに酒をあおり、度数のせいかはたまた酒そのもののせいか悪酔いしてどんちゃん騒ぎを始めてしまったのだ。
挙句のはてに小学生だと叫ぶバレロに無理やり酒を飲ませて酔い潰してしまったという。
説教を続けるバレロをみてPTメンバー(駄目大人たち)は思う。
あれ? やっぱりリーダーは俺らよりもバレロのほうがいいんじゃないかな、と。
バレロたちはその後、村に戻るまでに2匹のピグラビット仕留めることに成功する。
ヘイト管理、盾役をローテーションを組んで行いさしたる被害にもあわなかった。
この手法や戦闘についての考察をその晩に行われた"基本的に"PTリーダーだけを召集した会議で報告し、大いに喝采を得ることになった。
他のPTはどうだったかというと、バレロたちのように早く出立したというわけでもなく、エンカウント率の悪さからか上手く狩れないということに気がつくのに遅れ、いくつかのPTが幸運にも1匹だけ仕留められたと報告があった。
数パーティーを必死になってあつめて集団で囲い込んで対処したというところも1つ、4PTあったが、そこでも仕留めたのは1匹だけだった。
また、ピグラビットの食べていたものを奪ったり、掘り返そうとしていたところから根菜と思しき物を確保したところがいくつかあったが、それが食べられるかどうかは明日の朝にでも村人に確認してからにするらしい。
それ以外にも未だに帰還しないPTもいくつかあるという。
確保できた肉は、山菜採集班と僅かに交換した分と、明日以降にと残しておいた分以外は焼いて食べた。
薪などといった高級な代物はもらえなかったので、比較的乾いていた枯れ草や枯れ枝を燃料に、嫉妬回避のために廃坑から離れたところで串焼きにした。
調理スキル取得者がいないため、料理にどう影響を与えるかバレロたちは不安であったが、焼くだけだあれば問題ないらしい。
肉は筋張ってはいたが、空腹の為か努力の賜物だからということなのか、全員とてもおいしく感じられたという。
因みに、会議にはリーダーとしてバレロが、保護者として持ち回りで誰かが出席するということになったという。
第一話 fin