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プロローグ

「な、何だこれ? どういうこと?」


「え?? 何、このゲームってVR? てか、さっきまでパソコンの前に座ってたよ、俺」


「ロ、ログアウトできない?? やり方がわからないだけ?? 」


「ねぇ、なに? なんなのよこれ!!! 」


「え、え、え???」


なだらかな斜面を描く雪解け間じかなのかところどころ土が露出している雪原で、ずんぐりむっくとした体型にひげを生やした男達とロリな感じの女達が奇声を発している。


彼らは全てとあるネットゲームのオープンβ、つまりはゲームのお試し無料期間にあたるそれの開始にあわせてログインした人間だ。


いや、正確に言うのなら、人間であった者達である。


彼らがログインしたはずのゲームは、VRなどではなくありふれた普通のMMORPG。


パソコンの前に座ってマウスをぐりぐりいじりながら(或いはコントローラーや、キーボードを使って)プレイするそれだ。


そもそも、VRなどというものは現在の技術では到底実現不可能な代物。


彼らが奇声を発するの当然のこと。


こんな事は有り得るはずが無いのだ。


しかし彼らはここにいる。


ゲームで作成したキャラクターとして…。




「では、第一回ドワーフプレイヤー情報共有会議を始めたいと思います」


わー。ぱふぱふ! などという反応はまったく無い。


ファンタジー然としたその容姿に暗い影を落としつつ、彼らは雪原の端に集合していた。


プレイヤー達が始めてこの場に現れてから数時間後のことである。


正確な時間は誰もわからないが、プレイヤードワーフは、はじめのそれが出現してか約1時間程度その雪原にPOPし続けた。


これは、最後にPOPしたドワーフが、大体1時間後にログインしたという証言からもほぼ確かなことだろう。


突然のこの異様な事態。次々と雪原に光が現れ、それとともにPOPするプレイヤードワーフ。


己の身に起こった事を把握することすらできずにわめき散らすもの、ただ呆然とするもの、己の頬を抓る者、その状況はまさにカオス。


ただ、それでもプレイヤー達は日本人であったのだろう。


「みんな! とりあえず森のほう、端っこに、こっちに集まろう! まずは状況の確認。全てはそれからですよ! 」


狂気に駆られ、無為な行動に走ることも無く、一人のロリドワーフの呼びかけに彼らは従った。


いや、中の人が日本人であったとしても快挙というべきか。


雪を固めて作った即席の演壇に立つロリドワーフ、はじめに呼びかけた本人が言葉を続ける。


「えー、まずは皆様呼びかけに応じて頂きありがとうございます。司会進行を勤めさせて頂く私はネカマです 」


「………………… 」


元々静寂であったその場を、また別種の静けさが支配する。


「私はからですまでがキャラクターネームです 」


「………………… 」


吹き抜けるは一陣の風。呼びかけに応じたドワーフ達は若干? の後悔をそのうちに抱くが、とりあえずだれも口を開くことなく先を促す。


「スルーされるとちょっときついですよぉ、まぁ、それはともかく…… 」


ロリドワーフ改め、私はネカマですはその後は淡々と司会を続け、現時点での状況をまとめていく。


その結果わかったことはごくごく少ない。


彼らはこの雪原からほとんど動いていないのだから当然といえば当然といえるのだが。


わかったことといえば、


現時点で新たなプレイヤーの出現は止まっている。最も最後に出現したプレイヤーはオープンから約1時間後にログイン。


現在、243人のプレイヤードワーフがこの場にいる。


ステータス画面などといったものは無いが、レベルや個々人の各種データはなぜか把握できる(可視化されるのではなく、当然の情報のように認識できる)。


HPととMPのステータスが確認されるが、部位欠損などがどう処理されるのかは現状不明。


この体には痛覚があり、血が通っている。当然血も流れる(確認済み)。


ただし、血を流すような行為をしてもHPは減らなかった。


死んだ場合、復活出来るのかも現状不明。


スキルの使い方もなぜかわかる。


キャラクター作成で選択した装備は現在使用可能。武器は持っているし、その他装備も身につけている。ただしアイテムボックスというものが存在せず、現状では初期装備の入っていた背嚢に詰め込むしかない。


初期装備は各人が選択した装備以外に、背嚢の中に初級ポーションが10個と、10m位のロープが一つ。銅貨が50枚詰まった巾着がひとつだけ。


ゲーム開始約1時間後の時点で、外の世界ではログインをやめるようになどという呼びかけはなんらされていなかった。


パーティーの組み方もなぜかはじめから認識できており、パーティーを組んだとお互いに認識すればそれを組んでいると実感でき、尚且つメンバーのHP、MP、レベルも認識でくるようになる。

また、パーティーを複数まとめたレイドパーティーの作成も可能。この場合は、同じレイドパーティー内の他パーティーの情報は制限されて把握可能。


ゲームで実装されていたチャット機能に類似するものは無い。全て音声会話で、遠方に居る人間とコンタクトするすべは無い。


言語知識はなぜかドワーフ語と、現地言語と思わしき大陸西方諸語と呼ばれる各種方言込みのものが頭の中にインストール? されている。

これはゲームでも初期スキル枠の中にその二つの言語ははじめから入っていた。

そしてもちろん日本語も使用可能。ただしこれはスキル外。


クローズドβ参加者からの情報で、現在位置はゲームの初期開始位置なのではなかろうか、また、少し移動すれば初期村があるはず。


位のことであった。


そして………。


「すまない。一つ良いだろうか? 俺は最後に出現したキャラク、いや、者なんだけど、ちょっと確認したい」


一人のロリが立ち上がる。


「この中に、未冬姉ぇはいるか!? 」


「え?? 幸仁? 」


ロリドワの幸仁の呼びかけに、立派なカイゼル髭を持つ顎鬚の無いドワーフが反応する。


「ねぇちゃん…… 」


「幸ぉ仁ぃ…… 」


それぞれに、万感の思い(姉、あるいは兄の怒りを含む)をこめてお互いを呼び合う。


だが、これは姉弟(兄妹)の感動の再会という訳では決してなかった。


なぜならば、幸仁がその後にこの場にいるものを驚愕のどん底に突き落とす言葉を放ったからだ。


「俺がログインした時に、姉ちゃんは現実世界で普通にこのゲームをプレイしていたんだ。ドワーフほんとにくそ弱ええぇって爆笑しながら…… 」







佐々木優子は今の仕事に満足感を抱いていた。


小さなゲーム会社の営業職。


それが彼女の仕事である。


一昨年用意されたばかりのオフィスはこじんまりとはしていたものの、まだ真新しく瀟洒で、下手な大手企業に就職した友達などからの話で聞く、灰色の事務机に汚らしい事務所での地味な事務仕事とは、同じ仕事場という単語でも全く意を異にする様に感じられる。


職務の内容にしてもそうだ。


ゲーム会社とはいえ数年前に立ち上げたばかりで人員も少ない。


営業である彼女は大手であれば広報やマーケティング部門が行うような広告やタイアップ記事の企画、広告代理店やデザイナーなどとの打ち合わせから、展示会出展企画、手配、そこでのキャンギャルまがいのことまで幅広く手がける。


友達たちの言うような、爺婆のあいてやらクレーム対応で頭を下げまくることもほとんど無く、上司である社長の元で、社会人一年目の自分が、自分自身で様々な事柄を企画し予算をもらい実行に移す。


彼女はそのことに、その仕事をこなせる自分に大変満足し、度々会社の愚痴を言う友達に対してある種の優越感すら感じるようになっていた。


彼女は過去の自分を思い出す。悩んでいた自分にとっとと決めてしまえば良いのにといってあげたくなる。


学生時代、彼女は所謂大企業のOLというものにあこがれていた。


トレンディードラマに出てくるような、綺麗なオフィスで華やかに仕事をこなす。


しかしこのご時勢、就職活動をどうがんばっても目指すような企業から内定はもらえず、4年生の夏近くになっても内定は一つももらえない。


夢と現実は違うと自分に言い聞かせ、あせりだすも後の祭り。ここならと思った会社でも内定はもらえない。


彼女自身はその当時あせっている所為か? などと考えていたが、今になってよく考えれば当然である。


ここならなどと、そんな見下した感情を抱きつつ就職などなかなか出来るものではないのだから。


そんなある日のこと、今年卒業したばかりの先輩から電話が入った。


自分から見たら4つ上の先輩が、どこからか大金を用意して会社を設立したが、人手不足で困っている。誰でも良いから人がほしいといっているので、一度見学にでも行ってあげてもらえないだろうかと。


なんでも電話をかけてきてくれた先輩は、その先輩には現在進行形で大変世話になっているそうで、どうにか顔を出すだけでもお願いできないかと。


彼女自身はその会社を設立した先輩とは接点は無いものの、電話をしてきてくれた先輩とは仲がよかったし、自分自身の状況としては渡りに船。外注を駆使して新規にMMORPGを立ち上げようとしているとの仕事を聞いて、この飽和市場の中で大丈夫なのかと少し心配になるも、その会社の住所を聞いたところ都心にある有名ビル。文句などあるはずもない。


勇んで会社見学に赴いた彼女であったが、直ぐに就職を決めるということには至らなかった。


会社の雰囲気は明るく、皆忙しそうにしながらも充実した表情をしていたし、紹介された仕事の内容も面白そうだとは思う。


先方も是非にといってくれて、まだ応募すらしていないのにも関わらず内定出すから履歴書出してという始末。


だがしかし、社長から妙な気配とでも言えば良いのか、青年実業家とはいえ少し優しげな雰囲気を持つ彼からなんともいえない空気を感じたのだ。


そこで、内定だけはもらい就職に関してはかなり迷ったものの最終的に他にいく当ても無く就職を決断。アルバイトとして卒業前から働き、業者や派遣社員を部下として使うことの、クライアントとして、リーダーとしての心得や法的な面での知識から様々な事柄の手配の仕方。各種契約に関する文言やらなにやらと色々なことを社長から直に教わり、自分で考えながら仕事をこなす今現在は、この会社に就職できて本当によかったと心から考えていた。


その日。ようやくオープンβ初日にまでこぎつけたその日になるまでは。


「はい? 仕事としてですか?? 」


社長の言い放った言葉に優子は思わずそう返す。


「そう、ゲーム内でお客様がどう動くか、どう感じているかをお客様の身になって知るのもいい勉強だよ」


朝、突然社長に呼び出された優子とその同期、併せて5名はぽかんとした表情で社長を見つめる。


オープンβ開始を今日の14時に控えたこのくそ忙しいときに何を言っているのか理解できない。


それは優子だけではなく、ここに集まっているもの全ての思いだろう。


優子自身、ゲーム内の状況はもちろんそれ専用のツールを用いて確認する予定ではあるが、メディア(お金を払って記事にしてもらう)の対応などが予定されている。社長と一緒にだが。


「失礼ですが、自分の今後の予定も色々詰まっているような 」


それを裏付けるがごとく発言したのは開発(とはいっても基本は業者に外注して、そのテストなんかを主に考える部署らしい)に配属された角刈りインテリ眼鏡といった風貌の青年。下部しもぶ こう


「うん。大丈夫、君らの上司にはさっき話しつけたから。あ、優子君は俺の許可でね。一週間はゲーム三昧で楽しんできてよ。一応仕事だから、仕事を忘れてとは言えないけれど」


そういって朗らかに笑う社長から、以前、会社見学の際に感じたなんともいえない空気を優子は感じたが、それをここで指摘するわけにもいかない。


「君ら用のキャラクターはすでに用意してあるから、それ使ってね。優子君にはゲーム内で悪い虫が付かないように特に気を使ったキャラを用意したから」


社長はそういって意地の悪そうな、ニヤリとした笑みに切り替えるが、それ以前に優子はその社長の発するそれにより、どうにもただ頷くしか出来ない。


周りの同期の様子を伺うが、彼らも何も言葉を発しない。だまって社長の言に頷くのみ。


「まぁ、終わったら仕事がたまってるかもしれないけれど、君らなら大丈夫。そう、君らならね。何があったって、きっと…… 」


そう、その日、優子は初めてこの会社に就職したことを後悔した。


しかも三度。


一度は社長に今朝呼び出されたこと。二度目はゲームキャラクターのデータを見たとき。そして三度目は…………。








プロローグ fin



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