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13・柚子がいる眠れない夜

「柚子さんは成績もよく、責任感もありとても優秀ですよ。だた、進学はしないと言っています無駄だから、と」

担任の先生から聞いた評価は、かなり良いものだった。時々休んでいることも、体が弱いための病欠となっていた。

面談はさほど時間もかからず終了し、柚子とアリアはタクシーで一緒に帰宅した。

もっともアリアは、昇に素性を問いただされて動揺し、先生の話は半分ほどしか聞こえていなかったのだが。

「さて、夕飯の支度しようかな」

柚子は鼻歌交じりで、私服に着替えてキッチンへ行こうとした。

「柚子、少し話しがあるからここへおいで」

アリアは窮屈な変装をといていつもの服装に戻ると、少し大人の顔をして言った。

「なに? 改まって」

柚子はアリアと向かい合わせにソファに座った。

「進学しないって、何の職につこうと考えているの?」

「前に言ったじゃない、泥棒になるの」

「それは職業じゃない」

「アリアにそんなこと言われる筋合いじゃないわ、だから学校に来なくていいって言ったのに」

柚子がふくれっつらで面白くなさそうにしている。

「今は家族だから、私にも関係はある」

柚子が黙ってしまった。

「じゃあ一歩譲って……大学に行っても泥棒はできる」

「何を学ぶのよ」

「何でも知っていた方がいい、きっと総てが役に立つ」

「そうかしら」

あまり納得していないような返事だ。

「まだ時間はあるから、よく考えて」

「わかった、一応は考える」

そういい残して、さっさとキッチンへ行ってしまった。

「この環境、よくないな」

アリアは小さくため息をついた。昇から聞いた話もしようと思ったのだが、機会を逸してしまった。

突然、アリアの携帯電話が鳴り、心臓が高鳴った。

ヒロからだ!

「ヒロ?」

携帯電話に向かって、恐る恐る名前を声に出してみた。

「ああ、元気か」

「うん」

携帯電話からいつもと変わらない声が聞こえてくると、目頭が熱くなり、アリアは自然と涙が溢れそうになった。

「もう連絡はないと思っていた」

「馬鹿だな、今までだって一ヵ月位連絡しなかったことはよくあったじゃないか」

「でも、電話を途中で切ったから」

「ごめん、俺も色々あって……アリア泣いているのか?」

「……」

「七月に旭川のマンションで会おう、ななにも」

「母さんにも? それまでDのところにいるの?」

「いや、わからない」

「何があったの」

「今は言えない」

「Dには言っても私には駄目なの?」

「あいつにも何も言っていない」

「うそ」

「じゃ、七月が近くなったらまた連絡するからそれまで待て……俺の、気持ちの整理が必要だ」

「どういうことかわからないよ」

「いいんだ、わからなくて。じゃあな」

ヒロはそういい残し、電話を切った。

会うことは約束できたが、ヒロに突き放されたようで、アリアの心の中には不安と孤独が入り混じり、混沌としたのだった。

「どうしたの? アリア」

キッチンから顔を出した柚子が、ソファに座って両手で膝を抱え、顔を伏せているアリアに驚いた。

「ヒロから連絡があった」

アリアは俯いた姿勢のまま呟いた。

「泣いていたの?」

「自分でもわからないけれど泣きたい気分」

「さっきまで、保護者ぶっていたくせに。保護者がいるのはアリアのほうかも」

柚子は冗談交じりにそう言いながら、アリアの傍へかがんだ。

「そうかもしれない、私の方がいつも柚子を頼っている」

アリアは少し顔をあげ、涙をためた瞳で柚子を見つめ、弱々しく言った。

「すぐ人を頼って、一人では生きて行けない」

「真面目に取らないでよ、冗談だから。それに一人で生きていける人なんていないわ、必ず誰かが支えてくれているの」

「柚子がそんな風に考えているなんて意外だな」

アリアに笑みが浮かんだ。

「どういう意味よ」

「いかにも一人で生きていますって感じに見えるから」

「私はそんなに強くはないわ。私もアリアを安定剤にしているのよ」

「そっか」

「そうよ」

二人は顔を見合わせ、くすっと笑った。

まだ十代なのに、しっかりした考えを持ち、冷静に自分をわかっている柚子は、きっと、人一倍苦労してきたに違いない。

自分ももっとしっかりしなくてはと、アリアは思った。

ヒロは冬の旭川で何かあったに違いない。ヒロが落ち込んでしまう何かが。

自分の父が誰なのか、七月に母から訊きだす。そして、過去をすっきりさせて、ヒロの支えになれるくらい大人になろう。

アリアは柚子と話して気持ちが軽くなったのだった。

旭川へ行く七月までの間、アリアと柚子は適度に仕事、泥棒とスリ……に精を出し、あまり顔を出さなかった十無刑事を悩ませた。

それでもアリアは、ヒロと自分の関係がこの先どうなってしまうのかと不安で眠れなくなる夜もあったが、そういう時にはいつも柚子がそっと傍にいてくれた。

それだけで気持ちが落ち着いた。

眠れない夜は、アリアにとって辛いものではなくなったのだった。

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