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11・氷上の蜜月

Dは困っていた。

「ヒロ、いつまでもあなたのお守りはしていられないわ」

「冷たいなDは。傷ついた俺に少しは優しくしてくれないのか」

「もう充分優しくしたわ。それに、心ここにあらずじゃない、逃避しても解決しないのよ。アリアちゃんと早く仲直りしなさい」

Dはお姉さんのような口調で、ヒロを諭した。

「喧嘩したわけじゃない、俺が勝手にここへ来ただけだ」

「事情はよくわからないけれど、どっちにしても私を愛してもいない男とずるずると一緒に過ごしたくはないの」

昨日、ヒロはDの所へ突然、転がり込んできたのだった。

ヒロは急にDの顔を見たくなったと言っているが、どうやら、旭川でアリアと何かあり、朝まで一人で何件かのバーをはしごして、そのまま朝一番の飛行機で東京へ来たようだった。

「Dは好きだ、綺麗な体だ」

ヒロはベッドから半裸の上半身を起こし、煙草をふかしながらDの着替えを眺めている。

「ありがとう。でも、寝煙草は止めてね。煙草の匂いがつくと嫌だから」

お世辞でも、褒められて悪い気はしなかった。だが、ここで良い顔をしたらヒロがずっと居座ってしまう。

Dは無表情でその言葉を受け流した。

タイトなTシャツとジーンズに着替え終えたDは、寝室を出た。

「きつい奴だな、寝ているときは可愛いのに……と、女王様の機嫌を損ねると大変だ。美味しい朝食でも作るとするか」          

ヒロはシャツをはおり、慌ててキッチンへ行った。


「ご機嫌とっても無駄よ、朝食が終わったら帰って」

Dは食卓でもヒロを冷たく突き放した。

「これ美味いだろ。紅茶はもう一杯どうだ?」

確かに、ヒロが作ったフレンチトーストはバケットを使い、バターで程よく焼けており、おまけにシナモンを少しまぶし、食欲のそそる香りがして美味しかった。

何よりも、直ぐ側で微笑みかけてくれる相手がいるということが、Dの気持ちを和ませた。

「お茶はもらうわ。……別に作ってなんて頼んじゃいないけれど」

「美味しいって言ってくれてもいいのに、素直じゃないな」

「そういう性格なの。ヒロ、ジゴロじゃないんだから、ここにいては駄目」

Dは始終冷徹な態度を崩さなかった。

「ジゴロね、いいねぇそれ。俺は結構まめだぜ。料理も好きだ」

「ちょっとそれってジゴロとは違う気がするけれど?」

Dはつい、ヒロのペースに乗り、くすっと笑ってしまった。

「笑った顔の方が好きだな」

「タラシなんだから」

Dは怒ったようにそう言いながらも、顔は赤く、それを隠すように俯くと、サラダをフォークでつついた。

「可愛いね、水香みずか

ヒロはDの座っている背後に立ち、紅茶を注ぎ足しながら、Dの長い髪をもう片方の手で弄び、髪に唇をつけた。

騙されてはいけない。ヒロはどうしようもないくらい、アリアちゃんが好き。今はただ寂しくてここへ来ただけ。

ヒロの仕草に、体が火照るのを感じながら、頭の中でそう否定したが、Dは拒みきれなかった。

「勝手に呼び捨てにしないでくれる? あーもう、わかったわよ、降参。いてもいいわ、好きにしなさい。でも過剰なサービスは要らないわ」

髪に触っているヒロの手を、うっとおしそうに払いのけ、断りきれない自分に少し苛立ち、Dはため息をついた。

「ありがとう、ホームレスにならずに済んだ」

そう言って、素早くDの頬にキスをした。

「但し、一ヵ月以上は駄目」

「情がうつるから?」

「そう、ね」

「俺、野良猫みたいだな」

「それで充分じゃない」

「……今夜も一緒のベッドがいいな」

ヒロは背後からDを抱きしめ、耳元で囁いた。

「猫はクッションの上。それとも外で番犬のほうがいい?」

ヒロの甘い囁きをかき消すように強い口調で、Dは玄関を指差した。

「いえ、猫でいいです。何なりとどうぞ、あなたの下僕です女王様」

ヒロはおどけて両手を上にあげ、ホールドアップのポーズをした。

「あなたマゾ?」

「Dのお好みにあわせます」

「変な男」

「君には負ける」

ヒロはウインクした。

二人はお互いの顔を見合わせると微笑んだ。

そうして、ヒロは『仕事』のサポートも勿論難なくこなし、文字通り二十四時間Dに徹底して尽くした。そうすることで何かを忘れ去ろうとしているようだった。

その間、アリアの元へ帰ろうとしない理由を、Dはあえて訊こうとはしなかった。

時々寂しそうな表情をするヒロに、訊けばこの生活が壊れてしまいそうだった。

一枚の薄い氷の膜の上に築かれた緊張感のある生活、長く続かないとわかっているこの蜜月を、Dは楽しんだ。

一ヵ月は瞬く間に過ぎ、結局蜜月はずるずると夏まで続くことになったのだった。


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