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Day Dream〜推しに逢えたなら〜

作者: モネの色LOVE
掲載日:2026/10/10

1・新たな世界との出逢い

 

私は60歳の専業主婦、高野美和。少し前に長年勤めていた会社を定年退職した。今は家事の合間に趣味で絵を描いたり、友達と食事に行ったりカラオケしたり自由に楽しんでいる。2人の子供達は既に結婚して孫もいる。夫は同い年でまだ会社勤めをしていて、完全に家族って感じの関係性で、お互いトキメキも無く空気みたいな存在だ。

 住んでる所は某県の田舎だけれど、都内まで電車一本で行ける環境だ。たまに都内に買い物や美術館に行って絵画鑑賞するのも楽しみ。


 そんな普通の暮らしをしていた私に、初めてアイドルの推しができた。それまでアイドルには無縁の人生で、普通に音楽が好きで色んなミュージシャンの曲をジャンル問わず聴いてきた。ライブも色んなライブに何回も行った事がある。好きなミュージシャンの推しは過去に何人かいたが、アイドルには一切興味が無かった。そんな私が今やその推しの為なら死ねる!くらいの熱量で日々推し活している。

 きっかけ(出逢い)はあるテレビ番組だった。普通にバラエティ番組を見ていたところ、ゲストでとあるアイドルグループが出演していた。メンバーが7人もいて最初は見分けが付かなかった。でもその中で1人だけ輝いて見える人がいた。顔がタイプな訳でもないのに、何故か目が離せない。どうやらハーフのようだった。少しエキゾチックな顔をしていて影がある様に見えたが、メンバーの面白い話に大口開けて上向いてケラケラ笑った時、胸がキュンとした。第一印象は「可愛い!」だった。大人の男性を可愛いと感じたのも初めてだったかもしれない。息子よりも若いと知り、そうだよねぇと思い、それ以上関心を持たない様にしようと自分の心に蓋をした…つもりだった。

 別の日もテレビに同じグループが出ていて、かなり人気があるのを知り、グループ名はベアーズ(Bears)というのも覚えた。歌番組だったのもあって初めてパフォーマンスを見た。心臓を強く掴まれた程の衝撃だった。それまでのアイドルのイメージは、キラキラした衣装であまり上手くない歌をアイドルスマイルで歌って踊ってる人達だったのに、そのグループは違った。

 7人がそれぞれデザインの違う白黒の衣装を着て、キレキレに踊りながら歌い始めた。全員かなりダンスが上手いし、踊りながらとは思えない程歌も上手かった。私が気になってた彼はセンターで、メンバーの中で一番長身で脚が体の半分以上ある程脚が長かった。

 私は息をするのも忘れるくらい、パフォーマンスに目を奪われていた。曲が終わった後メンバー全員で深々とお辞儀をしている姿を見て、完全に魅了されていた。さっきまでカッコ良く歌って踊っていた人達が、仲良さそうに笑顔で顔を見合っていた。私の中のアイドル像がガラッと変わった瞬間だった。特にセンターの彼のダンススキルと笑顔の可愛らしさのギャップに、すっかり心を奪われ完全に虜になっていた。


 その日から携帯やYouTubeで、ベアーズを検索しまくって動画も見まくった。私が好きになった彼の名前はルーカスで、スペインと日本のハーフで22歳の東京生まれ東京育ち、グループの最年少で身長が188cmで一番大きかった。他にも180cm以上あるメンバーが2人もいる全体的に大きいグループで、グループとしてもカッコ良い。

 そしてメンバー同士の仲が良いみたいで、どの動画を見ても誰かがボケて誰かがツッコんだりして、笑顔で溢れていた。ルーカスは最年少ながら結構毒舌で、メンバーに遠慮なくツッコミを入れメンバーも「止めろよ〜」と言いながらも、皆んな嬉しそうだった。特にルーカスと一番仲の良いのが、青野宏斗という182cmある27歳のメンバーで、グループの中で一番人気らしく、確かに一番カッコ良かった。でも私の目にはルーカスしか入って来なかった。すぐファンクラブに加入した。


 こんな日々を過ごした結果、ルーカスについてはもちろん他のメンバーについてもかなり詳しくなった。それまでに発売されていたシングル・アルバム・ライブ円盤などを全て購入した。そしてツアーが発表されると迷わず応募した。なかなか当選しないと言われてたが、ビキナーズラックなのか東京ドーム公演に当選した。【当選】の文字を確認した時は、飛び上がって喜んだ。初めて生でルーカスに会える!と思ったら、嬉しくて涙が出た。ライブが楽しみ過ぎて、興奮を抑えつつ色々準備を始めた。12月下旬の平日だったから、新しいダウンコートを買って派手過ぎず地味にならない服も用意して、美容院も行って髪型も整えて白髪染めもして、年甲斐もなくルンルンしている自分がいた。もちろんヲタ友はいないので一人で参戦した。ルーカスを近くで見れるなら全然抵抗は無いし、むしろ好きに行動出来るので一人が楽だった。そんな様子を夫は少し呆れた目で見ていたが、止められたりバカにされたりする事は無かったので、とても有り難かった。


 ライブの前夜は緊張と興奮でほぼ眠れなくて、当日の朝は必要以上に早起きしてしまい、いつもなら眠い目を擦りながら朝ご飯の支度や洗濯をするのに、楽しい事が待ってるからかテキパキこなせた。でも緊張のせいか食欲はあまり無くて、私は卵かけご飯と味噌汁を何とか流し込む様に食べて、怪訝そうに見てくる夫を仕事に送り出し、気合を入れて身支度を始めた。ライブは夕方からだったので昼過ぎの電車で行けば間に合うけど、ツアーグッズを持って無かったので、早めに到着してグッズ売り場で買わなければならなかった為、お昼前にドームに着く様に早めの電車に乗った。到着するとドームの周りは既に大勢の人がいて、グッズ売り場にも行列が出来ていた。きっと若い子ばかりだろうと思って行ったが、若い子半分中高年半分て感じで、少しホッとした自分がいた。グッズも1時間以上並んだが、何とかルーカスの団扇とペンライトも買えて、まだ残ってて買えそうだったので、グループのマスコットの小熊も買って大満足だった。


 いよいよ開場の時間になり、ドキドキしながら中に入った。幸運にも席は1階スタンド席の1番前だったので、凄く良く見える席の為思わず声が出てしまった。他のアーティストのライブで、アリーナ席の後ろの方になった事があるが、前に背の高い男性が立ってて、ほとんど見えなかった経験があるので、むしろスタンド席で良かった。周りからは喜ぶ声や残念がる声が聞こえてきて、かなり混沌としていた。私は朝からトイレ対策に水分を控えていたが、念の為トイレの行列にも並んで準備万端で自分の席に着いた。1人で来ている同年代の人も結構いて、正直自分が浮かないか心配していたけれど、そんな心配は不要だったみたいだ。私はブロックの端から3番目の席で、ほぼ正面にメインステージが見えて、かなりドキドキしながら開幕の時間を待った。


 開演時間の17時になり、時間ピッタリに会場が暗くなり、ドーム全体に割れんばかりの歓声が響き渡った。ライブに慣れていた私でも、こんなに黄色い歓声を大量に聞くのは初めてで驚いた。そしてオープニングの音楽が聴こえてきて、私の興奮もマックスになり自分でも驚くほどの声で叫んでいた。そしてメンバーが順番に出てきて、いよいよルーカスが登場した。全身に鳥肌が立ったのを感じた。感動以上のものを感じていた。

 初めて生で見たルーカスは、発光してるかの様に輝いていた。身長も高く脚も超長いので、動く彫刻の様に美しかった。まず思ったのは「実在したんだ!」だった。良く見えるどころか視力が2.0ある私には輝く汗まで見えて、幸せで自然と涙が流れていた。生きてきて良かったと、こんなに強く思った事はなかった。キレキレのダンスは超カッコ良くて、聴かせるバラードとかは7人で歌い繋いで、ルーカスの声は思った以上に甘かった。合間のMCの時間もルーカスが笑いを誘ってて、面白くて楽しい人なのも分かり、より好きな気持ちが増していった。他の方もそうかもしれないが、こっちを向くたび目が合った気になり、勝手に幸せになって、1秒たりとも目が離せなかった。アンコール前の1番ハードな曲では、ルーカスは何かが憑依したかの様に、狂った様に頭を振り乱し全身全霊で歌い踊っていた。そんなルーカスを観て『ここで死んでもいい』と私は今までに感じたことの無い満足感に包まれていた。あっという間に3時間超えのライブは終わり、銀テ(銀テープ)も何本かゲット出来て、大切にバッグにしまった。足は多少疲れたけれど、幸せな疲労感で帰る足取りも軽かった。でも心はルーカスに全部持っていかれたみたいで、胸のあたりにポッカリ穴があいてる感覚だった。次に会えるのはいつになるのか(たぶん次は当選しない気がした)考えたら、悲しくなって胸が押しつぶされそうになった。


 ライブに行った日から魂が抜けたみたいに、私は心ここに在らずって感じで、何をしていても集中できなくなった。料理の味付けも砂糖と塩を間違えるし、洗濯をしても洗剤を入れ忘れるし、買い物に行っても買わなくてよい物を買ってくる始末。あまり文句を言わない夫にも注意されるほどだった。

 「美和、そんなに色々失敗するほど集中出来ないんなら、推し活なんて止めろよ」

怒鳴る感じではないけど、普段より強めな言い方で言われた。

 「ごめん、これから気をつける」

私はなるべく明るく返した。でも気が抜けた声になってるのを見抜かれていた。

 「はぁ⋯⋯そんな自分の息子より若い男に夢中になって、恥ずかしくないのかよ」

そう言われてイラッとして、夫の顔を見てるのも嫌でこれ以上喋りたくなくて、携帯と財布だけをバッグに入れて、

 「ちょっと買い忘れた物があるから買ってくる」

そう言って家を出た。非常に気分が悪かった。ルーカスの事で頭がいっぱいなのに、夫と喋る気には全くならなかった。しかもこれ以上推し活について文句言われたら、夫の事を嫌いになりそうだったから離れたかった。


 


2・不思議な占い師

 

 駅に向かってしばらくボーッと歩いていたら、気付かないうちに夕方になっていて、辺りはもう暗く北風が吹き始め非常に寒くて、ダウンコートを着てくるのを忘れた事に気付いた。年末にコート無しは確実に風邪を引くだろうけど、家に取りに帰るのも嫌で商店街で何か羽織る物を買おうと思って、婦人服屋に向かおうと思った。その時、細い路地の奥に薄暗い灯りが見えた。よく見たら小さな机があり、その上に「占い」と書かれた行灯が置いてあった。机の向こうには真っ黒い服を着たお婆さんが座っていて、かなり近づくのは不気味な感じだった。私はとりあえず寒さをどうにかする為スルーして、服屋に入り暖かそうなカーディガンを買い、急いで羽織った。かなり暖かくなってホッとした私は、先程の占い師のお婆さんがやけに気になった。これまでも結婚に悩んだ時とか占いしてもらった事があったので、今のこのどうにもならない気持ちをどうにかしたくて、意を決して占い師の元へ歩いて行った。


 近付いてみると、真っ黒の喪服っぽく見えていたお婆さんの服は、全部が黒いレースで覆われている何とも綺麗なロングドレスだった。髪の毛も白髪というよりシルバーに近い色で、綺麗に結ってあって、オシャレな高齢の女性という感じだった。行灯の占いという文字の下に、『麗華の占星術』と書いてあった。私は怖る怖る占い師に声をかけてみた。

 「あの、ちょっと占ってもらいたいんですが⋯⋯」

そう言った私の声を聞いた彼女は、私の顔を覗き込み徐ろにこう言った。

 「あなたは今非常に逢いたい人がいますね?そしてその人に魂を持って行かれてますね?」

私はまだ何も言ってないのに、いきなり芯を突かれてビックリして固まってしまった。

 「あ⋯⋯え⋯⋯?どうして私が言いたい事を?私まだ何も言ってないですけど⋯⋯?」

と驚きと恐怖によって震えた声で私が言うと、椅子に座った姿勢を少し正して、

 「私はね、いちいち細かく話を聞かなくても、その人の事情が分かるの。占いって一応書いてるけど魔術と思ってもらった方が良いかも。でも魔術なんて書くと誰も怖がって来ないですからね」

 「ま、魔術ですか?それって魔法的な?じゃあもしや私の名前や年齢とかも分かるんですか?」

と何か怪しいかも⋯⋯?と思いながら聞いてみたら

 「固有名詞とか正しい年齢とかはさすがに聞かないと分かりませんけどね。どうします?やりますか?話だけなら1回五千円ですが」

私が怪しんでるのが見透かされていて、少し恥ずかしくなったが、ぜひ話を聞いてみたくて、

 「じゃあ、とりあえず話だけお願いします」

と言ったら椅子に座る様に促された。この占い師との出会いが、私にとって運命的な出来事の始まりだとは知る由もなく、相向かいの椅子に静かに座った。


 「じゃあまずお名前と生年月日と血液型をお願いします」

 「高野美和、1966年8月5日、O型です」

 「今還暦ですね。じゃあ会いたいお相手の名前と生年月日と知っていれば血液型もお願いします」

 「名前⋯⋯フルネームですか?」

 「そうです。本名でお願いします」

芸能人とか言ってないのに少しビックリしたが

 「大森聖也ルーカス、2004年5月25日、A型です」

とちょっと気まずそうに私が言ったら、彼女は私を驚いた様な目で見て、しばらくして微笑んだ。

 「なるほど。お相手は芸能人ですね?その彼に心を持って行かれて、心に穴が空いた状態なのね?」

 「そうです。こんな気持ちになったの生まれて初めてで、苦しくて」

 「で、どうしても会いたいとかですか?」

 「まぁそうですけど、そう言っても会える訳無いですよね?相手は凄く人気ある人だし」

と私が言って肩を落とすのを見た占い師さんは、メモを取っていた手を止めて、声を少し低くして

 「普通の方法では無理ですね」

とゾクッとする感じで囁いた。それを聞いた私はやっぱり無理に決まってるのに、なんで占いなんかやってるんだろうと我に返った。

 「そりゃそうですよね。分かりました。じゃあ私はこれで失礼します。もう夕食の時間になるんで帰らなくちゃ」

そう言って高いと思いながら五千円を払って席を立とうとした。すると占い師さんがそんな私を手で制して、

 「ある方法で必ず会う事が出来ますが…かなりリスクが高くて料金も高額ですけど、興味ありますか?」

と怪しい笑みを浮かべて提案してきた。私は怖くなってきたが、そんな方法あるの?と思って、どんなものなのか話だけ聞くことにした。

「じゃあ一通りお話しますね。全部聞いてどうするかはご自分で決めてください。あ、私の事は麗華と呼んでくださって結構ですからね」

 「は、はい。麗華さん」

そしてそこから小一時間なんとも理解し難い話を聞くことになる。


 麗華さんの言うことには、ある飲み薬があって、1本50万円するという。それを飲んで寝ると夜11時から翌朝6時までの7時間だけ、自分の好きな年齢になれて会いたい人の近くに行けるという。ただし他の人になる事は不可能で、あくまでも今までの自分に限られるらしい。そして時空が歪むので、実際の1時間があちらでは1日だという、なんとも信じ難い話だった。なのでそれを信じるなら、7日間あちらで過ごせるらしい。ただその7日間の間に、決められた条件をクリアしないと、あちらの私は忽然と消えて、尚且つ実際の家で寝ている現実の私は、そのまま死ぬという。その場合死因は突然の心臓発作で、眠ったまま死亡という事で診断されるらしい。

 そして決められた事というのは、期間内に相手にも自分に好意を持ってもらって、どこかにキスしてもらうのだという。それが成功した時点で、期間終了を待たずして実際の私に戻り家で目覚めて、あちらの私はやはり消えて、ルーカスは私の事を完全に忘れるという事だ。それは私が失敗して消えた場合も同じ。

 要は命をかけてまでルーカスに会いたいか?という、かなりリスキーでクレイジーな夢物語みたいな話だった。しかも薬は50万もするという。私は全部聞き終えて、今後このまま次にいつ会えるか(ライブで見れるか)分からないまま、ただ老いていくのが幸せなのか。それとも命をかけて若返った自分でルーカスに直接会うという刺激的な挑戦をしてみるのか。しかも失敗すると死ぬ⋯⋯。ライブから帰って来て悩んでいた私には、少し魅力的な話にも思えた。でも落ち着いてよく考えたら、そんな魔法みたいな事が起きる訳がない、と現実に引き戻された。


 「麗華さん、話はなんとなく分かりましたが、そんな魔法みたいな話が起きる訳ないですよね?しかもそんな事が起こるっていう薬って?50万もする⋯⋯もしかして毒とかじゃないですか?で、飲んだらただ私が即死するだけとかじゃないんですか?やはり止めときます」

そう私が言って帰ろうとすると麗華さんが

 「まあ普通信じられないですよね。これは信じた人にだけお勧めしてるので、あなたには向いてないということで、これで終わりにしましょう」

引き止められると思っていた私は、麗華さんがアッサリ引き下がったので、さっきまで感じていた恐怖と疑惑みたいなものがスっと消えていった。

 「ちなみになんですけど、後日私の気が変わってやっぱりやってみたくなった場合、それでも大丈夫なんでしょうか?」

と確認の為に聞いてみたら、

 「その薬はあと1人分しかないので、貴方の他に同じ様な方が相談にいらしたら、その方にお勧めします。そしてその方が決心したら、もう貴方は出来なくなります。まあ他にいなければ、後日でも大丈夫かもしれませんがね」

と麗華さんがやけに落ち着いた声で、私を急かす様子もなく言ったので、私の中のもう1人の私が『やらなきゃ後悔するよ』と頭の中で囁くのが聞こえた。この先ルーカスに会える機会なんかあるか分からないから、高くても払えない金額でもないし、魔法にしろ何にしろ賭けてみてもいいかもしれない。最悪これで死んだとしても、私の人生に思い残すことがあるのか?これを超える楽しみは、今の私には無いかもしれない。と数分の間に私はフルに頭を回転させた。

 「分かりました。じゃあやってみます。お願いします」

と私自身ビックリするくらいの大声で、麗華さんに詰め寄る様に決心した顔で告げた。


 それを聞いた麗華さんは、私が決意する事を分かっていたかの様に微笑んで、

 「そうですか。じゃあ細かい説明に移りますね」

そう言って10cmくらいの細長い箱をテーブルの上に置いて、その中から透明な液体の入った小瓶を出して私に見せた。

 「これがさっき言った飲み薬です。これを一気に飲み干してすぐ布団に横になります。そうすると割とすぐに深い眠りに落ちます。その後数分後に会いたい人の50m圏内で目覚めます。要はあちらの世界に行くという事ですね。なので薬を飲む前に一応自分の身の回りを整理しておく事をお薦めします。万が一失敗した時は二度と戻って来れない訳ですから」

そこまで言って私の前に「契約書」と書かれた紙を置いた。そして麗華さんは真面目な顔で、

 「この方法はかなりリスクが高く金額もまあまあします。もし飲んでも効き目が全くなかった場合は、全額返金させていただきます。その為の契約書なので、貴方のお名前と誕生日と住所などを記入してもらう必要があります。あと希望するあちらでの年齢と決行予定日も書いてもらいます。私も把握しておく必要がありますので。

 1番下に私の電話番号とメールアドレスが書いてありますので、決行するまでに聞きたい事があったり、薬を飲んだのに何の変化も起きなかった場合は、夜中でも構わないので連絡ください」

置かれた用紙はキチンと複写用紙だった。魔法の様な話なのに、意外とちゃんとした契約なんだなと思い、効果が無かった場合はもちろん返金してもらいたいしと納得して、差し出された羽の付いたペンで書類に必要事項を書き込んでいった。


 あちらでの年齢は私の中で1番スタイルも良く綺麗だった25歳にして、決行する日はルーカスがツアーも終わってオフであろう、年が明けた元旦の夜にした。それなら年末の家事も全て済ませておけるし、元旦の朝を夫とも迎えられる。そして成功して帰れた場合は、子供達と孫達が来る2日と3日を一緒に過ごせるしと、とんでもない事に挑戦しようとしてる割には、私は現実的な事を考えていた。

 契約書を全て書き終えて、麗華さんに支払いは現金かクレジットカードでも大丈夫なのか聞いたところ、現金のみと言われ財布の中を確認したが50万もの現金が入ってる訳もなく、駅の近くの銀行まで現金を下ろしに行った。麗華さんの所に戻ると、テーブルの上に必要な物が並べてあった。

 例の飲み薬、契約書の写し1枚と、なにやら卓球の球くらいの白い丸い物が置かれていた。

 「これは何ですか?この白い丸いの」

私がそう聞くと、麗華さんはそれを持って私の手のひらに乗せてきた。それはフワフワしたキーホルダーで、真ん丸で可愛いシンプルな顔だけ書いてあって、握ると凄く柔らかく細かいビーズが中に入ってるマスコットみたいだった。

 「これは私が作ったキーホルダーで、マル丸っていうの。可愛いでしょ?これを常に持ち歩くバッグに付けておいてね。私の代わりと思ってくれればいいわ。これがあなたを見守ってくれるはずだから。これも料金に入ってますから、どうぞ」

と麗華さんが大事そうにそのキーホルダーを私に握らせた。それを持った瞬間に、さっきまで半分以上疑っていた麗華さんを、凄く身近に感じた。

 そして麗華さんが真剣な顔で私の顔を見て、

 「とにかく決めた日に薬を飲む時間とか、いつまでに決められた条件を決行しなくちゃなのか、常に時間と日にちを意識して。忘れない様に携帯のカレンダーに毎日印を付けて、あちらにいる間は私や家族や友達とは連絡取れないので、気をつけて必ず帰ってきてくださいね。たまに会いたい人に会えた喜びで、幸せ過ぎて決行しない人もいるのでね。そして貴方が成功して帰ってきても、もし失敗して死亡した場合も、そのキーホルダーのマル丸を通して私に伝わります」

と悲しそうに目を伏せた。そう言われてドキッとした私がいた。私は大丈夫なんだろうか?ルーカスに実際会ったら自分がどうなるか正直分からない。もちろんまだ半信半疑だけど、既にワクワクしている自分がいる。その反面なんともいえない恐怖感もあった。というかこのキーホルダーにはそういうちゃんとした役割があるんだ。単なるオマケだと思っていた私はちょっと驚いた。

 「今日が12月26日だから、あと6日ですね。その間は私に聞きたいことがあれば、遠慮なくいつでも連絡くださいね。頑張ってください」

と麗華さんが念を押すように私の手を強く握りながら言って、私は無言で強く頷いた。そしてキーホルダーを自分のバッグに付けて、飲み薬と契約書はバッグに大切にしまった。

「では、これで失礼します。こんな機会二度とないと思うので、出来るだけ楽しめたらと思ってます。帰れるように頑張って来ます」

そう言って麗華さんにお辞儀をして、麗華さんに背を向けて少しフワフワした足取りで、家に向かって歩き始めた。


 その後の6日間は、出来るだけ普通に振る舞って夫にバレない様に気を付けた。年末の掃除やおせちの準備などをしながら、いざという時の為に身の回りの整理も不自然にならない様に進めた。孫達に渡すお年玉も準備して(これは毎年の事)、帰って来れても来れなくても大丈夫な様に、分かりやすくリビングの棚の上に並べて置いた。

 これからとんでもない事に挑戦する割には、色んな事を落ち着いて出来てる自分に驚きもあった。ふと若めの服を持ってない事に気付き、慌てて家の買い物に行くついでに服屋にも寄って、下着から上着や靴まで一通り買って、かなりな量になったのを夫に見つからない様に自分の部屋まで運んだ。夫とは別の部屋で寝ているので、それは都合良かった。旅行用のキャリーバッグに、値札など全部取って綺麗に畳んでしまい、他の必要な物もとりあえず全部詰め込んだ。あちらに持って行きたい荷物は、どうすればいいのか分からなかったので、麗華さんにメールで聞いたところ、しっかり持っていればそのまま私と一緒に移動するとのこと。なので当日ベッドに横になったら、キャリーバッグと手持ちのバッグをお腹の上に置いて、しっかり抱えていようと思う。

 そうこうしてる内に大晦日になり、テレビでベアーズが出ている歌番組を見ながら、ドキドキしながら年越しそばをどうにか食べ切り、ルーカスの顔を見ると動揺してしまうので、あまり画面を見ない様にしていた。

 その様子を夫が見ていて、怪訝な顔をして

 「いつもならかじりつくみたいに画面を見てるのに、なんで今日はあまり見ないんだ?さすがに飽きたか?」

と言って鼻で笑われた。普段ならカチンとくる言葉も、余裕でかわす事が出来た。

 「そうかもね。フフ」

そう言った私を夫は少し驚いた顔で見たが、所詮推し活なんてそんなもんか、みたいな事を言って満足気に日本酒を飲んでいた。そう思ってくれてた方が私としても助かるし…。そして除夜の鐘が聞こえてきて、年が明けた。



  

3・推しとの出逢い

 

 いよいよ決行の日の朝を迎えた。例年元旦の朝は遅めに起きて、お雑煮を作ってのんびり食べて夫婦で過ごし、お昼過ぎに近くの神社に初詣に行くのが恒例になっていた。神社は混んでいたけれど私は色々お願いしたい事があったので、長めのお参りをしていたら後ろの人に無言の圧をかけられたが、気にせず納得いくまで願い事をした。そして帰りがけにお好み焼きと焼きそばを屋台で買って帰り、早めの夕ご飯を食べて、夫がゆっくり正月番組を見てるので、その間に夕ご飯の片付けをして、お風呂も入って全て準備が出来た。

 「明日は皆んな(子供や孫達)が来るし、朝から忙しいから今夜は早く寝るね」

夫にそう言って、覚悟を決めて自分の部屋に向かった。時間はまだ午後10時半だったので、持ち物の確認をしていたら、お財布に免許証が入ってるのに気付いて、これは持ってたら歳がバレるから置いていこうと思って、財布から出して引き出しにしまった。そうこうしてるうちに11時が近づいてきた。いよいよ決行する時だ。外出着に着替えて靴も履いた。心臓がバクバクしていた。本当に麗華さんの言う通りの事が起きるのか、逆に何も起きないでただ寝て朝を迎えるだけなのか、最悪薬を飲んだらそのまま死ぬのかも。決心したはずなのに、いざとなると怖かった。


 そして11時5分前になり、ベッドに横になって体の上にキャリーバッグとキーホルダーの付いたハンドバッグを起き、サイドテーブルに置いてあった薬の瓶を手に取り、思い切って一気に飲みほした。たいした量じゃ無かったけど、お酒の様な感じで喉が少し熱くなった。甘いオレンジみたいな美味しい味だった。そしてバッグ達をギュッと 抱きしめて目をつぶった。そのうち私は深い眠りに落ちていった。


 ふと物音がして目が覚めた。目を開けると、高級な旅館の一室のようだった。広い部屋だった。寝ていたのは畳の上に敷かれた布団で、スタンドの灯りが薄暗く部屋を照らしていた。枕元に私の携帯が置いてあって、慌てて時間と日付を確認した。1月1日午後11時10分だった。成功したのかな?と私は少し混乱していた。薬を飲んでから10分しか経ってないが、凄くよく寝た後の様な清々しさがあった。

 ふと携帯を持つ自分の手に目が行った。手の甲の細かいしわが無い。まさか、本当に若返った?と思い、勢いよく起き上がって洗面所の鏡の所まで行って、自分の姿を見てみた。

 そこに居たのは懐かしい25歳の若い頃の私だった。顔に悩んでいたしわも無く、スッピンなのに健康的な顔色で、たるんでいた顔の輪郭もシャープになっていて、身体の色んな所に付いていた贅肉も無くてスリムで、身体中の皮膚に張りがあった。出産と子育てで小さくなって、年齢的にだいぶ位置が下がっていた胸が、綺麗な形で程よい大きさがあった昔の胸がちゃんと付いている。思わず自分で触って確認したら、懐かしい感触が蘇った。何だか嬉しくて涙が出てきた。しかも髪の毛も艶があってサラサラのセミロングで、25歳の私そのものがそこには居た。もしこれが夢でも十分なくらい幸せな気持ちになった。


 少し落ち着いてきて、着ているのが旅館の浴衣なのに気付き、慌てて下着を確認したら、ちゃんと用意した新しい下着を付けていたのに驚いた。爪も当時は毎日マニキュアを塗っていた通り、好みの色のマニキュアが綺麗に塗られていた。何もかもが懐かしくて、しばらく鏡の前から動けなかった。老いというのは、あんなにも人を変えるのかとも思い、悲しくもなった。

 いやいや、今こんな感傷に浸ってる場合じゃない。今何故自分がここに居るのか、ここは何処なのか確認しなくては、と我に返ってまず部屋を確認する事にした。


 部屋は随分広い部屋で、寝ていた部屋が12畳くらいあり、障子を開けると隣も6畳の和室があった。窓の方の障子を開けると、隣の部屋からも出られる絨毯が敷かれた広縁があり、オシャレなテーブルと椅子が2脚置いてあった。先程居た洗面所の方も改めて見てみると、こちらもオシャレな洗面台が2つ並んでいて、その奥にはヒノキの良い香りがする広めのお風呂があり、どうやら温泉が出るお風呂みたいだった。もちろんウォシュレット付きのトイレも隣にあって、全てが洗練されていて綺麗でかなり高級な旅館みたいだった。

 私はふと金額が心配になった。こんな高級な旅館って凄い高いよね?しかも何日ここに泊まる事になってるんだろう?と焦り始め、部屋に戻って旅館のパンフレットを探してみた。するとテレビの近くに電話があり、その近くにメモ用紙とパンフレットやルームサービスのメニュー等が置いてあった。急いでパンフレットで確認し、ここが温泉旅館でかなり高級な事が分かった。この広さの部屋の金額を確認したところ、1泊1人5万〜とあった。私は驚いたが年末年始だから、普段より高いはずだよね?と気が付いて、少し青ざめた。でも一応クレジットカードはあるし、退職金もまあまあ貰ったので払えなくは無い。自分の携帯のカレンダーを確認したら、7日まで宿泊と書いてあった。普通でも35万するけど、年末年始の金額だといったい幾ら?と不安になったが、こんな機会なかなか無いし、そもそも夢かもしれないから細かい事は気にしない様にする事にした。


 私が今気にするべきは、ルーカスの居る場所から50m圏内で目が覚めるという事だ。私がこんな高級な旅館にいるという事は、きっとこの旅館にルーカスも泊まってるのかもしれない。そう思ったら急に緊張してきた。落ち着こうと思ってコーヒーでも飲もうとした時だった。


  「ギャーーーーー!!!」


と廊下から凄い大きい男性の叫び声が聞こえた。私はビックリしてカップを落としそうになってしまった。

『な、なに今の?廊下から聞こえたけど⋯⋯』

私は恐る恐る入り口の扉の所へ行き、覗き穴から廊下を覗いてみた。すると私と同じ浴衣を着た大きな男の人が、廊下で小さくなって頭を抱えて座り込んでいた。私はすぐにそれがルーカスだという事に気が付いた。凄くドキドキしながら、勇気を出してドアを開けて、声をかけてみた。

 「あ、あの⋯⋯どうしました?」

私の声を聞いたルーカスは、更に怯えた顔をしていたけど、状況を把握できたのか、

 「あ、すいません。大声出しちゃって。え〜と俺の部屋に何かいるんですよ。俺1人のはずなのに」

 「何かって何が?」

 「へ、部屋の隅に着物着た髪の長いお婆さんが座ってるんですよ」

ルーカスが震えた声でそう言った。本当に顔が恐怖で白くなっていた。

 「え?あ、それって?もしかして⋯⋯幽霊とか?」

 「そう⋯⋯。そうだと思います」

それを聞いた私も怖くなったが、捨てられた子犬の様に震えながら私を見てくるルーカスに、

 「とりあえずこちらの部屋にどうぞ。廊下は少し寒いですよね?」

この時には彼を守らなくちゃという気持ちの方が強くなった私は、驚くほど落ち着いていた。

 「え?いいんですか?助かります。明日の午前中には友達が来るんだけど、それまで1人なんで」

そう言って申し訳なさそうに、私の部屋に入って来た。ドアを押さえていた私のすぐ横をルーカスが通ったら、私の頭が彼の肩の下だったので、あまりの背の高さに『大きい!』とビックリした。浴衣もさすがに大きいサイズでも短いらしく、つんつるてんで脚のスネの辺りまでしかなく、寒いのかくるぶしまでの黒い靴下を履いていて『可愛い!』と心の中で呟いてしまった。でも初めて真近でルーカスを見て、やはり凄くカッコいいし何とも言えない良い香りがした。お風呂入って寝るだけだから、香水では無いボディクリームかシャンプーとかの匂いなのか、ポーっとする香りだった。顔が赤くなるのを感じたけど、ファンなのがバレたら警戒されるかもしれないから、普通に振る舞わないないと思い、気を引き締めた。 


 私の部屋に入って来たルーカスが、布団が敷いてある部屋に入った時に、布団が1つしか無いのに気付き、

 「え?もしかしてお1人ですか?」

 「あ、はい。そうです。」

 「こんな夜に女性1人の部屋にお邪魔するのはさすがに申し訳ないので、やっぱりフロントに電話して他に空きがないか聞いてみます」

と言って帰ろうとしたが、自分の部屋に戻るのは怖いと思ったのか、

 「すみませんが部屋の電話だけ貸して貰ってもいいですか?」

と本当に申し訳なさそうに言った時に、私はルーカスが極度の人見知りで知らない女性が特に苦手なのを思い出した。

 「もちろんいいですけど、お正月に部屋が空いてますかね?私なら気にしなくて大丈夫ですよ」

それを聞いたルーカスは、それもそうかって顔をしたが、ずっと申し訳なさそうな気まずそうな顔をしていたので、彼を安心させるために少し作り話をする事にした。


 「元々彼氏と一緒に来るはずだったんですけど、1ヶ月前に別れてしまって(当時の実話)、キャンセルするのも勿体なくて1人で来てるだけなんで、話し相手がいる方が私も楽しいので気にしないでください」

私がそう言うと少し私を同情する様な目で見て、

 「それは大変でしたね。もう大丈夫なんですか?傷心旅行とかですか?あ、すみません。失礼な事言って」

 「あ、もう全然。お互いに話し合って円満に別れたので、悲しいとかは全く無いので気にしないでください」

私は心の中で『なんて優しい良い人!ていうかやっぱりかっこいい』とか思いながら、もう一度絶対私が大好きだという事がバレない様にしないと自分に言って聞かせた。

 そしてこのぎこちない空気をどうにかしなきゃと思い、

 「落ち着く為にビールでも飲みませんか?冷蔵庫に入ってるのが大瓶だったので、1人じゃ飲みきれないと思って我慢してたんですよ」

と私が冷蔵庫からビールを出して勧めると、お酒好きなルーカスは、遠慮しながらも、

 「いいんですか?じゃあちょっとだけ」

と言ってコップを持った。ビールを私が注ごうとしたら、

 「いや、俺がお邪魔してるからお注ぎしますよ」

と私のコップに並々とビールを注いでくれた。そして自分のコップには自分で注いで、

 「じゃあいただきます」

とコップのビールをほぼ一気飲みしていた。怖さと緊張で喉が乾いていたのだろう。私も負けじとグビグビっと飲んだら、クラっと来た。その瞬間に私は20代の頃お酒が弱くてビール1杯でヘロヘロになってたのを思い出した。やばい!と思ったけど、もうコップの4分の1くらいしかビールが残ってなかった。既に自分の目が据わってるのが分かったがもう遅い。呂律が回らない。

 「そういえば、アナタ今いくつデスカ?お名前はナンテいうの?」

急に変な日本語になった私に驚いて、ルーカスは私の顔を見て少し笑いながら答えた。

 「もしかしてもう酔ったんですか?弱いのにビール飲みたかったんだ?ハハハ。俺は大森聖也っていいます。今22歳です」

 「22?もっと大人っぽく見えマスネ。聖也くんっていうんだ?ガイジンさんかと思いマスタ。私は高野美和、25でス。よろしくお願いいたスマス。チット酔っておりますがご勘弁シテチョーダイ」

 「ブッ!ハハハハ!いや、すみません。貴方が面白くて⋯⋯ククク」

 私は完全に酔っていた。酔うと日本語が変になる。でもこの方が緊張もしないし、ルーカスも気が楽だろうから、このままでいいけど変な事言って、本当は60歳なのがバレない様に気をつけなきゃとは思っていた。

 高級旅館だけあって冷蔵庫に簡単な酒のつまみも入っていたので、あるだけ出してビールももう1本出してルーカスに勧めた。

 「聖也くんはお酒強そうネ。どんどん飲んでチョーダイ。私はチビチビ飲んでますんで」

 「じゃあこのビールとつまみ代は、俺が出しますよ。帰りの会計の時に」

 「え?だいじょぶですヨ。私が飲もうって言ったんだカラ」

 「いや、おかげで楽しいし、さっきの怖いのがどっか行っちゃっいました。あっちの部屋戻るのは怖いけど。だから払わせてください」

 「あ、ありがと。じゃ〜隣に私が行って見て来ましょうカ?私も見た事は無いけど、声は聞いた事あるからなんか感じるカモ」

 「え?美和さん⋯⋯でいいですか?霊感あるの?」

 「いえいえ、無いと思うけど、真夜中に小学校の校庭で遊んでる子供の声聞いたくらいデス。実家が小学校の目の前でして、私の部屋が校庭側なんすヨ」

と私が言うと、ルーカスが怯えた顔になり

 「マジか!それ結構怖いかも。ていうかせっかく怖くなくなったのに、また怖くなったんですけど。ちょっと止めてください」

と言ったので、

 「ア!ごめんなさいネ。大丈夫。きっと耳の錯覚かホントにいるかですカラ」

 「ちょっと〜、どっちなんですか。ハハハハハ」

私の適当な発言にルーカスが大笑いした。酔ってるから普通よりベラベラ喋れてるけど、この状況がとても幸せだった。私が消えていなくなったらルーカスは私の事忘れちゃうんだから、別に恥かいてもいいや、と存分に楽しむ事にした。でもちょっと調子に乗って飲み過ぎたかも⋯⋯。私は少し眠くなってきてしまった。

 「私もしかしたら急に寝ちゃうかもですけど、酔うといつもこうだから気にしないでチョーダイナ。まぁ彼氏と別れた原因も、この私の変な性格のせいなんですケドネ。普通の可愛い性格の子が良いそうデス。(これは当時の実話だ)」

 「そうなんですか?面白くて良いと思うけどな」

ルーカスは私の話を聞き、さりげなくフォローしてくれた。私はそれが嘘でも嬉しかった。

 「どうもアリガト⋯⋯。そんな風に言ってもらって嬉しいデス⋯⋯」

と言いながら今にも寝てしまいそうになった私は、  

 「聖也くんも眠くなったらお布団押し入れにまだあるから、自分で敷いて寝てチョーダイネ」

 「いや、さすがに女性1人の部屋に寝る訳には」

 「え?じゃあ自分の部屋に行って寝る?」

 「いやいやいや!それは絶対に無理!じゃあ隣の部屋に寝かせてもらってもいいかな?」

 「隣じゃなくてもこっちでもいいデスヨ」

 「いやいや、それだと眠れないと思うから、隣の部屋を使わせてもらえるだけで十分です」

とルーカスが紳士的な発言をしているのに、私は完全に酔ってしまい、彼が何を言ってるのか聞こえづらくなっていた。こうなったら自分でコントロール出来なくなるので、お水を飲んで少し酔いを冷まそうと、冷蔵庫に入ってるお水を取ろうと思って立ち上がったら、バランスを崩して前に倒れそうになった。

 「危ない!」

そう言ってルーカスが私を支えてくれた。ルーカスは思った以上にがっしりしていて、力が強かった。おかげで私は倒れずに済んだ。でも体勢的に抱き合う形になってしまい、その瞬間あまりの恥ずかしさと同時に幸せを感じて、しばらくそのまま動けなくなってしまった。すると私は自然と涙が出てきてしまい、止める事が出来なかった。

 「え?美和さん?どうしたの?どこか痛い?」

 「ううん、違う。ちょっと聖也くんが彼氏に見えて、思い出しちゃって切なくなっただけだから⋯⋯」

私がそう言うとルーカスは優しく抱きしめてくれた。お酒に酔ってるのもあって、私はこのままでいたいと思い、一瞬顔をルーカスの胸にうずめそうになったが、ギリギリで我に返って、 

 「あ!わ!ごめんね!初対面なのに図々しく!」

と慌てて離れた。そして急いで涙を浴衣の袖で拭いた。それを心配そうに見ていたルーカスは、

 「俺の事なら気にしなくていいよ。泣きたいなら思い切り泣いていいよ。落ち着くまでそばにいるから」

そんな優しい言葉をかけてもらった私は、もう涙を止められなくなってしまい、しばらく泣き続けた。『彼氏を思い出して泣いてるんじゃなくて、ルーカスに会えて嬉しくて、想像以上にカッコ良くて、想像以上に優しいから泣いてるんだよ』と心の中で思いながら。


 数分後やっと落ち着いた私は、泣いたお陰で少し酔いも冷めてきて、ルーカスがすぐそばにいて手を握って慰めてくれている状況が、非常に恥ずかしくなり、

 「あ、ありがとう。お陰でだいぶ落ち着いたよ。水を取ろうと思って立とうと思ったんだった」 

と私がもう一度立ち上がろうとしたら、

 「あ、俺が取るよ。冷蔵庫の中のでしょ?」

とルーカスが冷蔵庫からお水の入ったペットボトルを取ってくれた。

 「どうもありがとう。優しいんだね」

それを受け取った私は、勢いよく水をグビグビ飲んだ。冷たい水とルーカスの優しさのおかげで、いい具合に酔いも冷めて、幸せな気分で心が満たされていた。

 「聖也くんてほんとに優しいんだね。カッコ良いし。そういえば明日お友達が来るって言ってたけど、彼女?そりゃいるよね?」

と聞いてはいけない質問をしてしまって、

 「あ、ごめんごめん!言わなくて大丈夫だよ」

私は慌ててルーカスを止めようとしたら、

 「俺まだ彼女っていた事ないんだ。この歳で恥ずかしいよね?明日来るのは男友達だよ。一緒に仕事してるんだ」

それを聞いた私は、ネットの情報は本当だったんだ?と思わず嬉しくなって、笑顔になりそうなのを必死に我慢して、

 「そうなんだ?気にしなくて大丈夫だよ。私も初めて彼氏が出来たの22歳だったから。あ、こないだ別れた彼氏ね」

 「あ、そうなんだ?良かった。バカにされるかと思ってたよ」

と恥ずかしそうにルーカスが言った。

 「バカになんかしないし、軽くない人なんだって分かって、好感度爆上がりしたよ。フフ」

 「俺仕事上周りが男ばっかりでさ、元々人見知りだし女性と喋るの緊張しちゃうんだよね」

 「そうなんだ?でもさっきから私とは普通に喋れてるよ?まぁ私よく性格が男っぽいって言われるからかもね」

と私が笑いながら言ったらルーカスが慌てて、

 「いやいや、美和さんが喋りやすいんだよ。性格が男っぽいなんて思ってないよ。面白いし可愛いと思うし⋯⋯」

と言われて思わずルーカスを見たら、照れながらこっちを見てるルーカスと目が合って、お互い可笑しくなって2人して笑ってしまった。

 「私こんな感じで笑ったの久しぶりかも。ハハハハ!どうもありがとね」

 「こっちこそ今夜は恐怖の一夜を覚悟してたのに、こんな楽しい気分になれて嬉しいよ。こちらこそありがとう」

それから私達は(ビールやお水を)飲みながら他愛もない会話を楽しんだ。好きな食べ物とか苦手な物とか、好きな音楽など色々。途中で思わずベアーズが好きって言いそうになって、慌てて口にツマミを頬張ったりして、それを見てまたルーカスが楽しそうに笑っていた。


 ふと気付いたら、もう2時過ぎていた。そろそろ寝ないと多分部屋食だろうから、朝旅館の人が来る前に起きなくちゃと思った私が

 「そろそろ寝ないと朝ご飯って部屋食だよね?」

と言うとルーカスが

 「あ!そっか!それまでには俺向こうの部屋に戻ってないとマズいよね?」

 「そうだよね。来るの8時くらいかな?目覚ましセットしとくね。じゃあ一緒に向こうに布団敷こうか。あ、歯も磨かなきゃだよね?歯ブラシも余分にあるから、使っていいからね」

 「何から何まで、どうもすみません」

 「フフ。全然気にしないで。ほら、布団持って」

私が押し入れから敷布団を出そうとしたら、やはりまだ酔ってるからか、布団を持ったまま倒れて下敷きになってしまった。

 「わっ!美和さん!大丈夫?」

ルーカスが慌てて布団を持ち上げてくれたけど、下に自分が寝てた布団があったので全然痛くなくて、可笑しくなって笑っていた。

 「アハハ!全然大丈夫」

 「ハハハハ!俺が全部運ぶよ」

そう言いながら隣の部屋に一緒にルーカスの布団を敷いたけど、その何気ない事でさえも楽しくて幸せだった。敷き終わったらルーカスが、

 「絶対この布団小さいよね?俺ぜったい足出るよなこれ」

と言ったので、立った状態で思わずルーカスを見上げたら、改めて大きいなぁって思って、

 「そうだねぇ、聖也くんほんとに大きいね。身長いくつあるの?」

と口を開けて私が見上げたら、またルーカスが少し笑いながら、

 「クク、美和さん小鳥みたいで可愛い。あ、ごめん。188cmあるんだ。実は俺ハーフでさ。お父さんがスペイン人でデカくて」

と言ったので『全部知ってるよ』と心の中で思いながら、初めて知ったかのように、

 「そうなんだ?どうりで日本人にしては彫りが深いなと思ったよ。フフ」

とルーカスが自分の話をしてくれた事が嬉しくて、私は控えめに喜びを噛みしめていた。

 そして2人して並んで歯を磨いて、上の電気を消してスタンドの灯りだけになったら、急にドキッとした。ルーカスも気まずそうだった。

 「そっちにもスタンドあるよね?今夜はお互い付けっぱなしで寝ようか。暗いの嫌だよね?」

私は敢えて気にしてませんよ、という雰囲気を出して明るく言った。

 「そうだった!思い出しちゃった。付いてて美和さんが眠れるなら、いいかな?」

と少し怖さが蘇った様子のルーカスに、私は無言で笑顔でうなづいた。

 「ありがとう。じゃあ、おやすみなさい」

そう言いながら障子を閉めようとしているルーカスに、心から幸せな私は

 「おやすみなさい。ゆっくり休んでね」

と言ったが、自分でもビックリするほど優しい声だった。自分が決められた条件をクリアして、帰るなんてその時は忘れていた。幸せ過ぎて。

 障子を隔てた隣の部屋にルーカスが寝ているかと思うと、ドキドキしてなかなか眠れなかった。さっきは酔って今にも寝てしまいそうなくらい眠かったのが嘘みたいに。少しの音にも敏感になってる自分がいたが、しばらくしてルーカスの微かな寝息が聞こえてきて、それを幸せな気持ちで聞いていたら、いつの間にか私も眠っていた。


『ピピピピピ…』目覚ましの音が聞こえて目が覚めた。2日の朝7時半だ。天気は晴れみたいで、カーテンの隙間から明るい日差しがさしていた。私は夢の中の夢から覚めた感覚で、しばらく昨夜の事を思い出していた。酔っていたとはいえ、結構恥ずかしかった事ばかりだったけど、とても楽しくて幸せだった。

 ふと『あ、ルーカスを起こさなくちゃ』と気付き、髪の毛を少し整えて障子を開けずに声を掛けた。

 「あの、聖也くん⋯⋯。おはようございます。起きて部屋に戻らないとですよね」

 「う〜ん⋯⋯もう少し寝かせて」

寝ぼけた声が聞こえてきた。『可愛い!』と私は心の中で思いながら、

 「でも仲居さんが8時頃には来ちゃいますよ」

と私が言うのを聞いた途端、

 「そうだった!自分の部屋じゃないんだった!」

と言ってバサッと起き上がる音が聞こえて、障子が勢いよく開けられた。髪の毛に寝グセがついた可愛いルーカスが慌てて姿を現した。

 「美和さん、おはよう。よく眠れた?」

 「はい。ぐっすり眠れました」

 「それなら良かった。朝までお邪魔しちゃって、ほんとに申し訳ない。ありがとう。じゃあ俺自分の布団片付けたら隣に戻るわ」

そう言って素早く布団を押し入れにしまって、少し乱れた浴衣を整えながら、出口まで歩いて行く途中ふと振り返って、

 「そういえば美和さんはいつまでここに泊まってるの?俺と友達は4日までいるんだけど、夕べのお礼に食事でもご馳走したいんだけど」

と聞かれて、携帯のカレンダーを思い出した。

 「私は7日までです。ゆっくり温泉に入ったり散策したりしたくて来たんで」

 「そうなんだ?随分ゆっくりいるんだね?もし嫌でなければ、携帯の番号交換してもらえないかと思って。夕べのお礼もしたいし。あ、通話アプリでもいいよ」

そう言われてドキッとした。もちろん交換するのは嬉しいけれど、私が消えたら番号も消えるのだろうか?と心配になったが、麗華さんがルーカスは私を全て忘れると言っていたから、大丈夫だろうと思い、

 「いいですよ。番号でも通話アプリでも」

そう言ってお互いの番号を教えあった。今だけだけど、自分の携帯の画面にルーカスの本名が表示されるなんて、嬉しくて仕方なかったが、なるべく私は冷静を装った。

 「ありがとう。じゃあ友達が来たら紹介するね」

と言ってルーカスは隣の部屋に戻って行った。

 私はルーカスが出て行った後、非常に悩んでいた。『ルーカスは4日までしかいないんだ?でも私の携帯のスケジュールは7日まで旅館に宿泊になっている。てことは4日までにどうにかしないと、私は失敗するって事だよね。麗華さんに連絡取れないのが凄く困る』と部屋の中をウロウロしながら考えていたら、バッグに付けたキーホルダーが目に入った。そういえば「マル丸」が私の行動を麗華さんに伝えるって言ってたな、と思い出し何気なくマル丸を手に取ってみた。相変わらずフワフワしていた。マル丸を握ったその時、頭がグワンとした感覚がした。『え?何今の』何かの変化が起きた感じがした。もしかして?と思って、携帯のカレンダーを見てみたら、宿泊期間が7日までだったのが4日までに変わっていた。『あ、日にちが変わってる!もしかしてルーカスの予定が分かったから、スケジュールも変更されたって事かな?』と驚いたが、少し安心もした。とりあえずここまで来たら麗華さんを信じるしかない。今頼れるのは、この「マル丸」しかいないんだ。と思いながら、マル丸を優しく握りしめていた。


 しばらくして旅館の仲居さんが部屋に来て、布団を片付けて朝食の準備をしてくれて、豪華なお正月っぽい朝食を一人で堪能した。障子を開けてカーテンも開けて、部屋から見えた景色は綺麗な雪山だった。その日は良い天気で、青空に白い雪山が眩しかった。旅館のバンフレットを見たら、そこは草津温泉だった。近くにスキー場もあるが昔から苦手だったし、1人で滑るなんてとてもじゃないけど無理だと思った。

 朝食の片付けに来た仲居さんにもスキーやスノボを勧められたが、苦手だし1人なんでとやんわりごまかした。そして掃除するので出掛けないなら、下のロビーでコーヒーとか紅茶をサービスで飲めますよと言われたので、とりあえず飲みに行く事にした。

 軽く化粧して着替えてあったので、バッグに携帯を入れて廊下に出た。チラッと隣のルーカスの部屋を見たら、私の部屋と同じだと思ってたのに角部屋で特別室と書いてあって、相当広そうで高そうな部屋だった。『そりゃああれだけ売れてれば1番高い部屋に泊まるよね』と思いながら、私は逆方向に向かいエレベーターに乗った。その時その階が旅館の1番上の7階な事に、初めて気付いた。今後無事現実に帰れても、あんな高級な部屋に泊まる事は、2度とないだろうと思った。


 

 

4・夢のような時間

 

 ロビーで紅茶を注文して、これまたオシャレで高そうなソファーに座って、吹き抜けにある綺麗なシャンデリアを見上げてゆっくりしていた。お正月の高級旅館のロビーには、金持ちそうな年配のご夫婦とか、全員がブランドの服を着た家族連れがチラホラいて、25歳(中身60歳)の女1人の私が妙に浮いて見えた。でも気にする必要もないので、非常に大きな窓ガラスの外の綺麗な雪景色を眺めながら、紅茶をゆっくり飲んでいた。

 その時エントランスの方がザワザワし始めた。そちらに目をやると、全身黒のカジュアルだけど品のある服装の、ニット帽を被って黒マスクをしたやたらスタイル良い男の人が入って来た。

 それがベアーズの青野宏斗だという事にすぐ気が付いた。1番人気のメンバーだけあって、やはりオーラが凄い。ルーカスが言ってた後から来る友達って青野くんなんだ!と気付き、そう考えると豪華な2人だなぁとしみじみ思った。

 青野くんは足早に一直線にエレベーターに向かって歩き、フロントはスルーでスタッフも了解済の様だった。そして乗ったエレベーターは7階に向かって上がって行った。ファンの年齢層と違う人が多いのか、気付いても声を出しづらい雰囲気だからなのか、意外とロビーは静かだった。

 私は昨晩ほどではないけれど、ライブで1番の声援を受けていた人を間近で見て、かなりドキドキしていた。落ち着く為にカップの紅茶をゆっくり飲んだ。しばらくそうしていると、携帯の通話アプリの通知音が鳴った。ルーカスからメッセージが届いた。やはり推しの威力は凄まじく、比べ物にならないドキドキに襲われた。

『さっき友達が着いたよ。ぜひ美和さんに紹介したいんだけど、今どこにいるの?』

というメッセージだった。『え?ルーカスだけでも平静を装うのギリギリなのに、青野くんとルーカスと2人同時に対峙するって事?』と私は心の中で叫んだ。とても普通に振る舞えそうもないけど、私は2人を知らない事になってるから断るのも変なので、

『今ロビーでお茶してます。飲み終わったら上に戻りますね』

と返信したが、私の指は震えていた。

『そうなんだ?分かった。じゃあ俺達の部屋に来てね』

とまたメッセージが来て、ドキドキし過ぎて心臓が痛いくらいだった。でもなんとか

『分かりました』

とだけ返信した。どうしても会いたかった大好きな推しと、携帯でメッセージのやり取りをしてる状況に、幸せを通り越して怖さすら感じた。でも私はこの為に来たんだから、しっかりしなくちゃダメ!と自分自身を必死に鼓舞していた。


 紅茶を飲み干して意を決して立ち上がり、私も先程青野くんが乗ったエレベーターに乗って、同じく7階のボタンを押した。そして7階の廊下に出て、2人がいる部屋の方向へ膝がガクガクした足で歩いて行った。私の部屋の前を素通りして、角部屋の立派なドアの「特別室」と書かれた部屋の前に立ち、インターホンを押した。

 するとルーカスが嬉しそうにドアを開けてくれた。ニコニコしてるルーカスの隣に、少し怪訝そうな顔をした青野くんが立っていた。2人共入り口の一段高い所に立っていたので、身長160cmの私より30cm以上高くて、非常にイケメンでスタイルの良い大男が並んでいて、圧倒されて目眩がして後ろに倒れそうになった。

 「美和さん、夕べより何だか大人っぽいね」

ルーカスが私の顔を覗き込むようにして言ったので、私は恥ずかしくて顔が赤くなるのを感じた。

 「少しだけ化粧してるからかも?」

と小さい声で私が言ったら、

 「今も良いけど、俺はスッピンの方が可愛くて好きだなぁ」

などと言ってくれたので、私は恥ずかしいのと嬉しいので茹でダコの様に真っ赤になった。それを見てルーカスが嬉しそうに笑った。

 その様子を少し後ろから見ていた青野くんが、凄く驚いた顔をしていた。そして私に向かって、

 「はじめまして。聖也の友達の青野と申します。夕べは聖也が一晩迷惑かけてすみませんでした」

と丁寧に挨拶をしてくれたので、私も緊張しながらも背筋を伸ばして、

 「いえいえ、全然迷惑なんかじゃ無かったです。むしろ楽しく過ごせて私も嬉しかったですよ」

と精一杯丁寧に挨拶をした。するとルーカスが、

 「2人共硬いな〜。気楽に中で話しようよ」

と笑顔で私を部屋の中に誘導してくれた。

 「じゃあ、お邪魔します」

と言って中のドアを開けて部屋の中に入ってビックリした。凄く広い部屋だった。私の部屋の倍以上ありそうだった。20畳くらいのリビングがあり、8畳くらいの和室とベッドが2つ並んでいる10畳くらいの洋室があった。全ての部屋の障子が開けてあって、大きな1つの空間になっていて非常に開放感があった。そして角部屋なのでL字になってる外に面している壁が、全て窓になっていて雪山や青空が綺麗に見えて幻想的でさえあった。旅館というよりホテルのスイートルームみたいだった。

 「凄いお部屋ですね〜。広くて開放感が凄いありますね」

と言って私は田舎者丸出しで、キョロキョロ部屋中を見回していた。その様子を嬉しそうにルーカスが見ていたらしく、そのルーカスに対して青野くんが、

 「オマエが初対面の女性に、そんな風に興味を持つの初めて見たよ」

と言いながらルーカスの肩をポンポン叩いた。するとルーカスが照れた様に、

 「べ、別にそんなんじゃないよ!」

と大きめな声で青野くんに向かって言ったら、今度は青野くんがゲラゲラ笑った。そんな2人を見ていた私は『やっぱり仲良いなぁ』とほのぼのしていた。こんな光景が見れたなら、50万なんて安いもんだったな、と自分の決断に大満足していた。

 そしてロビーのより高そうなソファーに座る様に促され、端っこにちょこっと座らせて貰った。リビングには高そうな応接セットと、それとは別に椅子が4脚ある豪華なダイニングテーブルがあった。別世界の様な部屋に惚れ惚れしていると、ルーカスがコーヒーを出してくれた。あと高級そうな焼き菓子も勧められた。

 「あ、どうもありがとう。お構いなく」

と部屋と2人に圧倒された私は、恐縮しまくっていた。すると最初より随分表情が柔らかくなった青野くんが、

 「夕べのお礼と言ってはなんなんですが、今夜の夕食をこっちの部屋で一緒に食べませんか?聖也に聞いたらお1人だって聞いたので」

と言ったので『2人と食事なんて喉通らないよ』と思った私は、

 「いえいえいえ!私なんかがお邪魔したら申し訳ないので、お気持ちだけで」

と遠慮ではなく本心で断った。するとルーカスが寂しそうに言ってきた。

 「夕べ美和さんがいなかったら、俺どうなってたか分からないから、お礼させてよ。もう特別料理を注文したんだよ」

その横で青野くんもうなづいていた。『え?注文済みなの?じゃあ断ったら無駄になるから失礼だよね』と正直辞退したいところだけど、意を決して、

 「そ、そういう事なら遠慮なく…」

と私が言ったら、2人共安心した顔をした。特にルーカスがなんとも言えない可愛い笑顔で、

 「良かった〜」

とニコニコしていた。その笑顔を見たら、招待を受けて良かったと思った。緊張してようがこんな機会2度とないんだから、なんでも美味しくいただこうと心に決めた。

 「ところで、ちょっとお聞きしたいんだけど、美和さんは俺達の事全然知らないんですか?」

と唐突に青野くんに質問された。私はドキッとして『やっぱりそれが気になってたのか』と思った。私は本当の事は言えないので、支障のない程度に答える事にした。

 「どこかで見た事あるな、とは思いました」

それを聞いた青野くんは、

 「実は俺達アイドルやってて、ベアーズっていうグループのメンバーなんです。それで夕べからの事を誰にも言わないで欲しいんだけど、SNSとかやってますか?どこにも投稿とかしないでくれたら有り難いんですが」

とかなり心配そうに私を見たので、私は青野くんの目をちゃんと見ながら、

 「そうだったんですね?だからお2人共そんなにカッコ良いんですね!大丈夫です。私SNSはほとんど何もやってないし、何かを投稿した事も無いし、これからもするつもり無いです。もちろん秘密は守ります」

とさっきまでの遠慮気味の言い方ではなく、強い意思を込めて言った。すると心底安心した様に、

 「それを聞いて安心しました。少しの噂や情報で人気に影響する仕事なんで、つい言い方が強くなってしまってすみません」

と青野くんとルーカスは顔を見合せて、良かったという顔をしていた。

 「全然気にしないでください。お仕事に関わる事なら、もっと強く言ってくれてもいいのに」

そう言った私にルーカスが、

 「俺は美和さんなら大丈夫って言ったんだけどね。宏斗は心配性なんだよ」

と俺は信じてたよ!という顔で優しく言った。

 「ルーカスが世間知らずだから、心配になっただけだよ。まったく!」

とちょっとムキになって青野くんが言った。

 「ルーカス?っていうの?聖也くんよりピンとくるね!」

と知ってるくせに初めて聞いた様に私が言ったら、

 「実はそうなんだ。大森聖也ルーカスっていうんだ。だからルーカスって呼んで欲しいな」

とか言ってくれて『いいんですか?』と私は心の中で凄く喜んでいた。でも心とは裏腹に

 「でも人前で呼んだらマズいでしょ?バレちゃうし。ルーカスくん。フフ」

とか言ってみたら、ちょっと頬を膨らませて

 「この3人だけの時はいいの!くんは要らないし」

とちょっと拗ねて言うルーカスが可愛かった。

 「じゃあルーカスって呼ぶから、私の事も美和って呼んでね」

とニッコリ笑いながら私が言ったら、

 「そ、それはハードル高いなあ。み、美和⋯⋯。うわ〜恥ずかしい。無理かも」

とルーカスが照れまくっていたので、からかってみた。

 「無理しなくていいよ。ルーカスくん。フフフ」

 「うわっ!う〜!悔しい!み、み、わ⋯⋯」

と私達がふざけ合っていたら、

 「じゃあ代わりに俺が呼ぶよ。ね、美和」

と急に青野くんが入ってきて思わずドキッとした。

 「だから美和も俺の事宏斗って呼んでね」

 「ちょっと!宏斗ずるいぞ!」

ルーカスがムキになって喧嘩になりそうだったので、ここは大人の私(中身60歳)が収めなきゃと思って、

 「分かりました。じゃあ、ルーカスくんはルーカスで、宏斗くんは宏斗くんって呼びますね」

と言ったらルーカスは満足気に笑った。呼び名だけでこんな楽しいやり取りになるなんて、この歳になるまで知らなかった。私は凄く幸せだった。

 「仕方ないからそれでいいか。な?ルーカス」

 「フフン!満足、満足」

そんなやり取りをしていたら、あっという間にお昼過ぎになっていた。

 「あ、もうお昼じゃん。そろそろ行くか?」

とルーカスが言ったので、

 「え?どこか行くの?」

と私が聞くと2人がヘヘッ笑って、

 「スノボしに行くんだ。で休憩所のカレーが美味しいらしいから、お昼ご飯に食べるんだけど、良かったら一緒に行く?」

と言われたけれど、私は首を激しく横に振って、

 「私滑れないから無理です。それに女の私が一緒に行ったらマズいでしょ?」

と言ったら2人共『あ、そうか!』って顔になった。誘ったのに申し訳ないって感じになったので、

 「私はのんびり雪景色見ながら散歩します。元々今日の予定はそれだったし。良い場所があったら絵も描ければなと思ってるし」

と私は2人に気を使わせない様に予定を作った。

 「え?美和さ⋯⋯美和って、絵を描けるんだ?」

何とかぎこちなく呼び捨てにされて、顔が赤くなりそうだったので、外に顔を向けて隠した。

 「うん。美術部だったから。こんなに雪山が綺麗だしね。2人はスノボ楽しんで」

 「じゃあもし描けたら夕ご飯の時に見せてね。スノボの後温泉入って温まって来るから、ギリギリになるかもだけど」

とルーカスが私と喋ってる間に、宏斗くんは奥でもう着替えようとしていたので、

 「了解です。じゃあまた夜お邪魔しますね」

と言って慌ててルーカス達の部屋を後にした。

 色んな事が一気に起きたので、興奮し過ぎてちょっと疲れていた。でも心地よい疲労感だった。少し自分の部屋で休んで軽く何か食べて、外に行ってみようと思っていた。窓の近くに椅子を置いて外を見ていたら、下の道を歩いて行く2人の姿が見えた。スノボ用のダボッとしたスノボウェアを着てるのに、2人共スタイルの良さは隠れて無かった。これが夢なのか現実なのか今も分からないけれど、幸せな気持ちは本物だから、勇気出して本当に良かったとしみじみ思っていた。


 この時ふと思い出したが、そういえばあの部屋のどこに幽霊がいたんだろう?明るくて綺麗な部屋だったので、そんな雰囲気は少しも無かったけど、夕べのルーカスの様子だと相当怖かったんだと思うけど。2人になったから、もう大丈夫なのかな?と一抹の不安を感じていた。


 私達はそれぞれの午後を過ごした。私は雪道を少し散歩して、持ってきていた小さめのスケッチブックに、鉛筆で雪山を描いてみた。絵の具や色鉛筆などは持ってきてなかったので、鉛筆画だったけれど、自分でも納得のいく仕上がりになった気がする。

 日没が近くなると流石に身体が冷えてきて、大浴場の大きいお風呂に入ろうかと思ったが、部屋のヒノキ風呂で1人でゆっくり温まる事にした。部屋のお風呂には、高級なシャンプーとコンディショナーや、凄く良い香りのボディーソープもあって、出た後に塗るボディークリームもあった。それが夕べのルーカスの香りと同じだったので、ああこの香りだったのかと嬉しくなり、どちらもたっぷり使ってルーカスと同じ香りに包まれてる気分になってウットリしていた。

 お風呂から出ると、ルーカスからメッセージが来ていた。毎回ドキッとしてしまう。

『もう帰ってきて部屋にいるのかな?俺達はスノボした後に温泉に入ってリラックスして、部屋でくつろいでるよ。夕ご飯は7時からだから、それまでにこっちに来てね。お風呂入ったなら、お化粧しないでいいからね(^^)絵も見せてね♪』

メッセージの文章も可愛いな、と思わずニヤけてしまったが、あのイケメン2人の部屋に行くのにスッピンで行くの?と思ったが、ルーカスがその方が可愛いって言ってくれたのが嬉しかったので、恥ずかしいけどこのまま行こうと決めて、

『了解です。お言葉に甘えてお邪魔します』

とルーカスに返信した。その2人だけのやり取りがこの上なく幸せだった


 6時45分になったので、浴衣でいいのかな?と心配しつつ、昼間描いた絵とバッグだけ持って、ルーカス達の部屋を訪れた。相変わらずルーカスが出迎えてくれたが、浴衣だったので安心した。

 「いらっしゃい。やっぱりスッピンの方が可愛いじゃん。どうぞどうぞ」

サラッと嬉しい事を言ってくれた。

 「ありがとう。なんか照れる。お邪魔します」

と言ってルーカスの後について部屋に入ったら、カーテンが全部閉めてあって昼間とは雰囲気がだいぶ違った。間接照明がメインでよりオシャレに見えた。宏斗くんも浴衣姿でソファーに座ってくつろいでいた。さすがに浴衣が似合っててカッコ良かった。やっぱり2人揃ってると緊張する。

 「こんばんは。お招きありがとうございます」

と私が挨拶をすると、

 「ようこそ。もうすぐ料理が来るだろうから、座ってくつろいでてよ」

とソファーに座る様に言ってくれた。遠慮しながらもそっと座った私を見て、

 「ほんとだ。化粧してない方が可愛いね。ていうか20歳くらいに見える」

と宏斗くんが言ってくれたので、嬉しいけどドキドキしてしまった。『さすが人気アイドルだなぁ。女の子が喜ぶ言葉をサラッと言えるんだな。本当に25歳に戻った気分』と心の中で思いながら、

 「そんな事ないですよ。でも温泉と色んなクリームとかのお陰かも」

と言って私が照れていると、

 「宏斗はサラッとそういう事言えるんだよな。俺も同じ事思ってるからね」

と何だか焦ってる感じでルーカスが言った。

 「オマエは分かりやすいな、ハハハ」

 「なんだよ!宏斗!何が分かりやすいんだよ」

 「自分でも気付いてないのか、可愛いなオマエ」

2人の仲良しトークを、私は微笑ましく聞いていた。

 「そういえば昼間描いた絵持ってきてくれた?」

と唐突にルーカスに聞かれて、私は我に返った。

 「あ、一応持ってきたけど、そんなに上手くないですよ」

と言ってバッグの中から小さなスケッチブックを出して、昼間描いた雪山の絵を2人に見せた。

 「スゲー!上手!プロの絵みたいだね!」

とキラキラした顔でルーカスが褒めてくれて、私が照れながら

 「それほどでも⋯⋯趣味で描いてるだけなんで」

とボソッと言ったら

 「いや、ほんとに上手だよ。俺達の千倍くらい上手いよ」

と宏斗くんも褒めてくれて恥ずかしいながらも嬉しかった。するとルーカスが私のバッグに付いている「マル丸」のキーホルダーに気付いて、

 「何これ?卓球の球?」

と聞いたので『私も最初そう思ったな』と思いながら、

 「これはね、キーホルダーで一応顔が描いてあるの。友達の手作りで私にくれたんだ。凄くフワフワしてて触ると気持ち良いよ」

と私が言ったらルーカスが

 「触ってみてもいい?」

と言うので別に支障はないだろうと思って、

 「いいよ」

とキーホルダーをバッグから外して、ルーカスの手の平に乗せた。それをルーカスは軽く握ってみて、

 「ほんとだ!なんかマシュマロみたい。可愛い顔が描いてある。美和⋯⋯に似てるね」

 「え?そう?私そんなに丸顔かな?」

 「形じゃなくて、顔の可愛さとか柔らかさとか」

それを聞いた宏斗くんが、

 「おい!オマエ美和さんを触ったのか?」

と笑いながらからかったら、ルーカスの顔が真っ赤になって、

 「ち、違う!違う!そんな感じがしただけだまよ」

と照れまくっていた。それを聞いた私まで恥ずかしくなったが、もしかして夕べ抱きとめてくれた時の事かな?と思い出して、私まで赤面してしまった。宏斗くんがニヤニヤして、

 「もしかしてお前ら夕べなんかあったのか?」

と私とルーカスの顔を覗き込んだ。

 「な、何言ってんだよ!宏斗!何もある訳ないだろ?美和にも失礼だぞ!」

 「だって2人共顔が真っ赤だぞ。ハハハハ」

ルーカスは私にキーホルダーを返して、宏斗くんの首に腕を回して、ムキになって絡みついた。私からすると大型犬がじゃれ合って遊んでいる様に見えて、微笑ましくて思わず笑ってしまった。

そうしてる内に旅館のスタッフさん達が、夕食を運ぶ為に何人か入ってきて、ダイニングテーブルにセットし始めてくれたので、じゃれてた2人も大人しくなった。


 どうやら特別料理っていうのは、豪華なフレンチのコースみたいで、テーブルに綺麗な食器やグラスなどが並んだ。『凄い高そうだけどご馳走になっていいのかな』と思いながら、私は美味しそうな前菜を見つめていた。

 ワインのソムリエらしき人がやって来て、高そうなワインを手にして宏斗くんに見せていた。宏斗くんはうなづいてテイスティングしていた。それを見た私は『え?ワイン飲むのかな?私グラスワインでヘロヘロになるのにどうしよう』と不安になった。『夕べはルーカスだけだったから、醜態さらしても笑ってくれたけど、宏斗くんにはドン引きされそう』と悶々としてたら、ソムリエの人が3人のワイングラスにワインを注ぎはじめた。

 「あ、私はほんの少しで大丈夫です」

ソムリエの人に私が言ったら、

 「遠慮しなくて大丈夫だよ。これ美味しいワインだからぜひ飲んでみて」

と宏斗くんが笑顔でそう言った。その横でルーカスがそうか!って顔をして、私を見て少し笑いながら、

 「美和はあんまりお酒強くないんだよ。だからワインとかじゃない方がいいかも。ビールとか」

と言ってくれた。私はルーカスにありがとうを笑顔で伝えて、

 「そうなの。私これ一杯飲んだら、変な言葉喋り出すから、もう少し軽い方がよいかも」

と宏斗くんに言ったところ、

 「そうなんだ?じゃあ乾杯に一口だけでもいいから、飲んでみて。美和さんにお礼の為に選んでもらったワインなんだ。その後は軽いのかジュースとかでもいいから」

と言ってくれたけど何だか申し訳ない気持ちになった。『わざわざ私の為に選んでもらったのに、一口しか飲まないのは失礼だよね』と思って、

 「じゃあグラスに半分くらいなら」

と半分だけ注いでもらった。

 「無理しなくていいからね。でも変な日本語聞いてみたいかも。ハハハ」

宏斗くんが私に気を使いながらも笑っていた。ルーカスは夕べを思い出して、

 「かなり面白いし可愛いよ。ククク」

と嬉しそうに笑いながら言ってたので、

 「夕べはうっかり一気飲みしちゃったからだよ。ゆっくり飲めばたぶん大丈夫だと思う」

私は今日は気をつけて飲もうと思っていた。

 そして最初の一杯を注いだら、ソムリエの人やスタッフさん達は一旦部屋を出て行った。


 「じゃあとりあえず乾杯しよう。カンパーイ」

宏斗くんの掛け声で私達はワインで乾杯をした。相変わらずルーカスは勢いよく飲んでいて、宏斗くんは味わう様に飲んでいた。私は恐る恐るワインを一口飲んでみた。ほんのり甘くて飲みやすかった。

 「甘くて美味しい」

嬉しそうに私が言うと、2人も良かったって感じで顔を見合せていた。私が前菜と共にワインをチビチビ飲んでいる間に、2人は一杯目を飲み干していた。すると宏斗くんが私に質問してきた。

 「美和さんは苦手な食べ物ある?」

 「え〜っと香草全般です。でも食べようと思えば食べれるので。それにフレンチなら1番苦手なミョウガは入ってないと思うので大丈夫です。しかも今は冬だし」

 「ミョウガ嫌いって夕べも言ってたよね?俺達ミョウガ大好きだけど、何が嫌なの?臭い?味?」

ルーカスが俺は知ってるよ的に話に入ってきた。

 「ん〜ミョウガってカメムシの臭いがするんだよね。子供の頃犬の散歩中に大笑いしてたら、口の奥に小さめのカメムシが飛び込んで来て、飲み込んじゃった事があって、その時の臭いがして」

私がそこまで言ったら、2人がゲラゲラ笑った。

 「ちょっと待って!カメムシ食べた事あんの?」

 「いや、聞いた事ないかも。美和さん天然なんだね。アハハハ!」

この話を人にすると大体笑われたけど、そんなに笑う?ってくらい2人は大笑いしていた。

 「そんなに可笑しいかなぁ?」

私はブツブツ言いながら、残ってたワインを思わず一気に飲んでしまった。ハッ!一気に飲んじゃった!と焦った瞬間にグラッと来た。

 「うお!全部飲んじゃった!やばっ!ジュースあったらちょーだい」

案の定話し方が急に雑になった私に、2人もすぐ気付いて、余計笑いだした。2人も既に少し酔っていた。

 「お!来た来た!そっちの方が面白いし喋りやすくていいじゃん。弱めのお酒飲みなよ」

宏斗くんが桃酒のソーダ割りを勧めてくれた。私は桃が大好きなので喜んで受け取った。

 「あたし桃大好きなんだよね。美味しそう」

それをゴクゴク飲み出した私を、楽しそうに2人が見ていたけど、酔った私は完全に緊張感が無くなっていた。

 次の料理が運ばれてきて、皆んなで楽しく会話しながら、美味しい食事を堪能した。私はこの上なく幸せだった。こんなイケメン2人と一緒に食事をして、おまけにお酒も飲むなんて、私の人生で後にも先にもこれが最初で最後だろう。何よりあんなに好きだったルーカスが、本物の方が何倍も素敵だった事が何より嬉しかった。

 そしてデザートの【クレームブリュレ】とコーヒーが運ばれてきて、食事は終わりになった。

 「あー美味しかった。こんなに本格的なフレンチのコース食べたの初めてかも。全部美味しかった。ご馳走様でした」

 「ご馳走様。美味かったな〜。こんなにゆっくり食事したの久しぶりだな」

宏斗くんがしみじみと言った。2人は既にワインを2本開けて、かなり酔ってご機嫌になっていた。1年中忙しい2人だから、こういう時間は凄く貴重なんだろうと思った。

 私はそろそろおいとました方が良いかな?と思って、席を立とうとした。するとやはり度数の弱いお酒とはいっても何杯か飲んだ私は、椅子から転げ落ちてしまった。私としては若い時よくある事だったので驚きもしなかったが、2人はビックリしたらしく、特にルーカスは私の方に飛んで来て私を抱き起こしてくれて、

 「美和!大丈夫?どっか痛い?具合悪いの?」

と凄く心配してくれた。

 「全然大丈夫。あたしいつも酔うとイスから落ちるんだよ。だから全然平気だよ。アリガトね」

私が笑って言ったら、

 「良かった〜」

とルーカスは言いながら、私を抱きしめた。突然の事で私はビックリして固まってしまったが、思わず私も抱きしめ返してしまった。それがテーブルの下での出来事だったので、反対側に座っていた宏斗くんが覗いてきて、

 「おい!オマエら!何やってんだよ!俺も居るの忘れんなよ」

とかなり焦って大声で言っていた。それを聞いた私はすぐ我に返り手を離した。でもルーカスはそのまま私を抱きしめていた。私はルーカスを軽く叩きながら

 「ルーカス?大丈夫?どうしたの?」

と聞いたら、ルーカスが私の耳元で

 「このまま離したくない。ずっとこうしていたい」

と囁くような声で言った。私はゾクッとして溶けそうになったけど、宏斗くんが見てて恥ずかしかったのもあって、ルーカスから離れて立とうとした時、ルーカスが頬にキスをしてきた。その瞬間『あ⋯⋯頬にキスされた!てことは、私もう消えるんだ⋯⋯もっと一緒にいたかったけど、凄く幸せだった。2人共さようなら』と私は泣きながら覚悟して目を閉じた。


 少し時間が経って目を開けたら、変わらずすぐ目の前にルーカスがいた。『あれ?消えてない』

私はかなりパニックになった。どこかにキスされたら、一瞬で消えて元の私に戻って、ルーカスと宏斗くんは私の事を瞬時に忘れるはずなのに、何故私は消えないのか?訳が分からなかった。

 ルーカスは私が泣いてるのを気にして、

 「あ!ゴメン!急にキスなんかして。可愛くて思わず⋯⋯。嫌だったよね?美和、泣かないで」

と必死に私に謝ってくれた。

 「違う!全然嫌なんかじゃない!むしろ嬉しかったよ。ただ突然でビックリして」

その会話を聞いていた宏斗くんが、

 「ルーカス!突然キスはダメだろ!大丈夫?」

とルーカスを注意しつつ私を心配してくれた。2人の優しさが嬉しかったけど、状況が分からなすぎて頭が混乱していた。『私はこのまま帰れないのかな?あー、麗華さんに聞きたい!でも連絡取れないし、どうしよう』と悩んでいたら、床に座ったまましばらくいたせいか、こんな状況にも関わらず私はトイレに行きたくなった。お酒も結構飲んだせいもあるけど。このタイミングで言いづらかったが、

 「あの⋯⋯私トイレに行きたいんだけど」

と私が勇気を出して言ったら、少しピリついていた雰囲気が一気に緩んで、2人も笑顔になって

 「トイレ我慢してたのか、ゴメンね」

と謝られたが、どうやらトイレを我慢して泣いてると思われたらしく、それはそれで恥ずかしかった。するとルーカスが私を立たせてくれて、あっちだよと廊下に出てトイレまで連れて行ってくれた。私は自分がバッグを持ってるのを確認して、トイレに入って急いで用を足した。手を洗いながら自分の顔を鏡でまじまじと見て、まだ25歳の私のままだけど、これからどうしていいのか分からなかった。そして、バッグに付いてるマル丸を触りながら『私どうしたらいいの?マル丸』と考えていたら、後ろから何やら声が聞こえた。


 ルーカス達がいる部屋からは離れているし、ドアも2つ挟んでるので、2人の声が聞こえる訳なかった。怖くなった私は鏡で後ろを確認したけど、誰もいない。思い切って後ろを振り返ってみた。


 「ヒィィィッ!」


思わず私は小さな声で叫んだ。そこには白い着物を着たお婆さんがいた。これはもしかして昨晩ルーカスが見たお婆さんでは?と思い、トイレから急いで逃げ出そうとした。するとお婆さんが、

 「落ち着いて、美和さん。私よ。麗華よ」

機械から聞こえる様な声で言ったのだ。

 「れ、れ、れいかさん?ど、どうしてここに?」震えた声で私はやっと声を出した。そして頭が追いつかない私は、腰が抜けてしまった。

 「実はこの体験をしてもらう人の様子を、毎回マル丸を通して見ているのよ。人の命に関わる事だから、無責任ではいられないのよ。時に手助けしたりして。それにここに居るのは実際の私じゃなくて、見てる人の脳に見せてる幻影なのよ」

そう言われてよく見ると、確かに私が知ってる麗華さんではなく、もっと年老いたお婆さんで、少し透けて見える。

 「じゃあ昨晩ルーカスが見たという幽霊⋯⋯というかお婆さんは麗華さんだったんですか?」

 「そうよ。そのお陰で貴方はルーカスさんと会えたでしょ?」

それを聞いて妙に納得した。タイミングが良すぎたのも、そういう事かと思った。というかここで麗華さんと話せるのは、今の私には非常に有り難かった。

 「そういえば麗華さん、私さっきルーカスに頬にキスされたんですけど、消えてないんですがどういう事でしょうか?」

 「あぁ、それはね、ちょっとマル丸にバグが起きてしまってね。ルーカスさんがマル丸を握ったでしょ?」

 「あ、そういえば食事の前に」

 「こんな単純に見えて、マル丸は結構繊細に出来てるのよ。たぶんルーカスさんの握力が強かったのと、貴方が会いに来た張本人が触ったので、パワーが強すぎてマル丸がショートしたのね」

 「え?じゃあどうしたらいいんですか?」

 「あともう1つ。貴方が帰りたくない気持ちが強いのも影響してるわね」

そう言われてドキッとした。確かにそれはある。

 「一旦マル丸を私が持ち帰って、パワーを注入してくるわ。貴方には旧マル丸を渡しておくから、これを代わりにバッグに付けておいてね」

そう言って渡されたマル丸は少し大きくて薄汚れていた。それでも弱い力はあるという事だ。

 「なるべく早くするから、貴方はここの後東京に行く事になると思うから、そちらに持って行くわね。7日以内には絶対間に合わすから」

 「え?この旅館の後、ルーカス達は家に帰ると思うんですけど、私はどこに行けば良いですか?」

 「それは貴方と彼次第ね。行くあてが分からない時は旧マル丸を握ってみてね。じゃあ私はそろそろ行かなくちゃ。私が居なくなるという事は、お婆さんの幽霊は出なくなるって事だから、2人に上手く伝えといてね。じゃあ頑張って」

そう言って麗華さんは忽然と消えてしまった。


 そんなやり取りを私と麗華さんがしている間、リビングでは2人が深刻な話をしていた。

 「おい、ルーカス。オマエどういうつもりだよ」

 「俺はいたって真面目だよ。こんな気持ちになったの初めてなんだ。俺、美和の事本気で好きになっちゃったみたいなんだよ」

 「マジかよ!オマエ自分の立場分かってんのか?人気アイドルグループのメンバーなんだぞ?まさか付き合いたいとかじゃないよな?」

 「⋯⋯難しいのは分かってるよ。でもこれっきり会えなくなるのは嫌だ。宏斗も知ってるよね?俺今まで誰とも付き合った事ないんだよ?メンバーの皆んなも彼女作らない様に気をつけてるのも分かってる。でも美和は他の子とは違うんだ。美和も彼氏と別れて今1人みたいだし、ここから帰って美和が他の誰かとまた付き合うのなんて、絶対嫌なんだ」

宏斗はため息をつきながら説得しようと続けた。

 「オマエ美和さんと会ってまだ1日しか経ってないだろ?それで彼女の何が分かるんだよ。オマエほぼ初恋に近いだろ?だから夢中になるのも分かるけどさ。頼むからグループの事を第一に考えてくれ。オマエ1番歳下なんだぞ?」

ルーカスはそう言われて泣きそうになるのを必死で我慢した。そして何とか言葉を絞り出した。

 「じゃあここにいる間だけでもいいから、美和の側に居させてよ。頼む」

それを聞いて宏斗はルーカスをハグして、

 「それでオマエの気が済むなら、そうしろ。でもオマエの気持ちだけじゃダメだぞ。美和さんも同じ気持ちじゃないと迷惑なだけだからな」

と優しく言った。


 2人がそんな真剣な話をしてるとは思ってもいない私は、麗華さんが居なくなった後、なるべく冷静を装ってリビングに戻った。すると2人がハグをしていたので私はビックリして、

 「わ!ごめんなさい!あ、あの、私もう自分の部屋に戻りますね!」

急いで入ってきたドアの方向に向かおうとした。

 「違う!勘違いしないで!美和」

 「そうだよ。これは俺達グループのメンバー同士の挨拶みたいなもんなんだよ。美和さん」

 「そ、そうなんですか?ビックリした〜!私はてっきり2人がそういう関係なのかと⋯⋯」

 「いやいやいや!全然違うし!」

とほぼ同時に2人が否定した。あまりにも2人共ムキになってるのを見て、思わず吹き出してしまった。

 「ププーッ!分かりました。それならそんなムキにならなくても」

 「美和さんがトイレ長いから、ふざけてただけだよ。フフフ」

と宏斗くんに言われて私が赤くなったら、

 「止めろよ!宏斗。美和に失礼だろ!」

ルーカスが素早くフォローしてくれたけど、それはそれで恥ずかしかった。

 「長かったのには訳があるんです。実はトイレに夕べルーカスが見たであろうお婆さんがいたの。それで腰を抜かしてて…」

私は麗華さんの事をどうごまかして説明したらいいのか、分からなくなって考えていたら、

 「え?今度はトイレに出たの?マジで?美和よく叫ばなかったね!俺もう怖くてトイレ行けない」

ルーカスが青ざめてビビってしまった。宏斗くんは信じられないという顔をして、

 「マジ?ほんとに居るんだ?ルーカスの見間違いとか気のせいだと思ってたんだけど…」

さすがに宏斗くんも怖そうな顔になった。私は早くどうにか上手く言わないとと思って、

 「いえ、続きがあって。そのお婆さんと話をしたんですけど、もう自分は満足したんで成仏するから、もう怖がる心配は無いと2人にも伝えて欲しいとお願いされたんです」

とだいぶ苦しい作り話をした。すると顔を手で覆っていたルーカスが、

 「えぇ?マジで?美和、幽霊と話したの?凄いんだけど」

と信じられないという感じで私を見ていた。宏斗くんも同じ様な顔をして、

 「凄すぎる!俺達には無理だよ。美和さん度胸あるんだね」

と言ったので違うんだけどと思いながら、

 「話したというか、ただお婆さんが一方的に話をして、それを私が聞いただけなんで度胸は別に無いですよ」

と一応弁解をした。それを聞いた2人は、

 「それでも凄いよ。俺達なら話なんか聞く余裕無いから、速攻逃げて出てきちゃうよ」

と私を尊敬の眼差しで見ていたから、もうそういう事でいいやと私は諦めた。

 「だからもう安心して大丈夫みたいですよ」

私は開き直って2人に笑顔で言って、ただ安心させる事にした。そうしたら2人は心底ホッとしたみたいで、私をソファーに座らせ食後のコーヒーを入れてくれた。本当は2人共かなり夜が怖かったみたいで、私はやたら感謝された。

 「いやぁ、美和が居てくれてほんとに良かった」

 「ほんとだよな。俺は半信半疑だったけど、実は結構怖かったんだよ」

 「きっと美和が優しいからだよ。それで幽霊も癒しちゃったんだね」

 「いや、そんな事はないと思うよ。2人が仲良くて楽しそうだから、それ見て満足したんだよ」

 「どっちにしろこれで夜ぐっすり眠れるな」

宏斗くんがコーヒーを飲みながらしみじみ言った。ルーカスも嬉しそうにコーヒーを飲みながら、

 「そういえば美和は明日は何するの?俺達4日には帰るから、ゆっくり出来るの明日までだから、またスノボやる予定なんだけど、美和もやってみない?美和は7日までいるんだよね?」

 「あ、私も会社から連絡あって4日に帰る事になったの」

 「え?そうなの?ていうか美和って仕事何してるの?」

 「私はグラフィックデザインの仕事してる」

私が20代の時やってた仕事だった。

 「そうなの?カッコイイね!クリエイティブな仕事してるんだね。会社は東京なの?」

 「まぁ東京ではあるけど、かなり端の方ですが⋯⋯」

 「え?じゃあ帰る時一緒に帰ろうよ。宏斗が車で来てるんだよ。宏斗、いいよね?」

 「別にいいけど、車に乗り込む時に見つからなきゃいいけど⋯⋯」

 「あ、見つかったら2人が困ると思うので、私は電車で帰りますよ」

 「え〜、美和とドライブしたいのに」

 「オマエまだ雪道運転出来ないだろ?しかも俺の車をオマエに運転させたくない」

 「ムム!まぁそうだけど⋯⋯」

2人が少し揉めてたので、私は話を変えようと思って、スノボの話に戻した。

 「とりあえず明日は私もスノボやってみるよ。でも2人と一緒には出来ないから、私は下の方でチマチマ滑るよ。2人は目立つから遠くから眺めてるね」

 「そっか〜、一緒に滑ったらマズいのか。なんか寂しいなぁ。それなら部屋でゲームとかしてる方が楽しいかも。美和ってテレビゲーム出来る?」

 「結構得意だよ。Switchとか持ってるし」

実際ボケ防止の為に家でやってるんだけど。

 「じゃあそうしよう!宏斗はどうする?」

ルーカスは宏斗くんの目をジーッと見つめて、何かを訴えてる様だった。

 「俺は身体動かしたいから、予定通りスノボやるよ。1人で。2人は暖かい部屋でゲーム楽しんでくれよ」

 「じゃあ決まり!明日は2人でゲームして過ごそう。ね?美和」

ルーカスはとても嬉しそうに笑っていた。私は何だか宏斗くんに申し訳ない気持ちになりながらも、内心ルーカスと2人で楽しめるのは凄く嬉しかった。

 「私もスノボよりはゲームの方が得意だから2人がそれでいいなら…なんかゴメンね。宏斗くん」

 「俺の事は全然気にしないでいいよ。ルーカスがこんなに楽しそうなの珍しいし。な?」

と言われたルーカスは照れていた。何だか私も恥ずかしくなったので、そろそろ自分の部屋に戻る事にした。

 「じゃあ色々あったけど、私はそろそろ部屋に戻りますね。今日は本当にご馳走様でした」

 「もう戻るの?まだ12時前だから俺達は全然大丈夫なのに」

ルーカスが寂しそうな顔で私を見たので、ドキッとして顔が赤くなりそうだったので、

 「部屋に戻ってベアーズの動画を1人で見ようと思って。2人のアイドル姿を見てみたいんだよね。フフ」

と言ってごまかした。『ほんとは全部何回も見てるけどね』と心の中で思いながら。

 「え?俺達の動画見るの?なんか恥ずかしいな〜。でも後で感想聞きたいかも。お気に入りのメンバーがいたら教えてね」

ルーカスが照れながら言ったら宏斗くんが、

 「俺達以外の誰かかもね。楽しみだな〜」

とルーカスをからかう様に言ったら、

 「あ、そっか!みんなカッコいいもんね。軽く流し見くらいでいいからね」

ルーカスが焦って言った。その横で宏斗くんが面白そうに笑っていた。私も『可愛い!』と思いながらルーカスを見ていた。『ルーカス以外は私の目には入って来ないのに』と心の中で改めて思った。

 「じゃあ、おやすみなさい」

2人に挨拶をして部屋を出ようとしたら

 「部屋まで送って行くよ」

ルーカスが付いてきてくれた。

 「すぐ隣だけどな。美和さん、おやすみ」

宏斗くんがやれやれという感じで言っていた。


 廊下に出て自分の部屋のキーを出してドアを開けて、そこまで背中に手を添えてくれてたルーカスに、

 「ルーカスありがとう。じゃあまた明日。おやすみなさい」

と言った私を部屋の中に入れて、ルーカスも部屋に入ってきてドアが閉まった瞬間に抱きしめられた。私はビックリして息が止まりそうになった。立ったままの状態だと、ルーカスの胸に私の顔がスッポリ入るくらいの身長差だった。

 「ごめん、美和。どうしても最後に抱きしめたかったんだ」

 「ルーカス⋯⋯」

言葉が出ない私のおでこにルーカスはキスをした。嬉しくて涙が出そうになった。

 「俺、美和のことが愛おしいんだ。会って1日しか経ってないのに、こんな気持ちになるなんて自分でも思わなかった」

そう言って親指で私の唇に触れながら、

 「ほんとはココにキスしたいけど、それは美和の気持ちが俺と同じじゃないとダメだから、今は我慢するよ」

と言ってもう一度優しく抱きしめられた。私は『私の方がとっくに大好きなのに』と心の中でつぶやきながら、幸せ過ぎる状況に軽くめまいを感じていた。


 ルーカスが自分の部屋に戻って行った後も私はしばらく動けなかった。またキスされたのに私が消える事は無かった。これは麗華さんがパワーを注入したマル丸を持ってくるまでは、何回キスされても消えないという事なのかもしれない。それは嬉しくもあり、元に戻れるか不安でもあったが、今の状況があまりにも幸せで、このままルーカスのそばに居たいと思ってしまっている私がいた。でも実際には60歳の私には、それは無理だけど、元の生活に戻って普通に生きていけるのか?気持ち的に無理な気がする、という考えが頭の中をグルグルしていた。その夜はルーカス達の動画を幾つも見て、涙が出てきて止まらなくなって、一睡も出来なかった。


 次の日朝食を済ました後、予定通りルーカスの部屋でほぼ1日2人で過ごす為に、なるべくナチュラルなメイクを軽くして、部屋着の様なホアホアな服を選んで、心の底から楽しもうと決めた。それが一生の思い出になって、その後の自分の人生も支えてくれる様になる事を願って。


 ルーカスの部屋に行ったら、スノボウェアを着た宏斗くんがまだ出掛ける前だった。白いホアホアの部屋着の私を見て、

 「美和さん、おはよう。何だか白うさぎみたいで可愛いね」

と言ってクスッと笑ったので、

 「え?そうですか?やっぱり着替えて来ようかな」

私は恥ずかしくなって一旦戻ろうとしたら、奥からルーカスが出て来て、

 「美和、おはよう。え?可愛いからそのままでいいよ。しかもナチュラルメイクで良いね」

そう言ってくれたので、ルーカスがそう言うならこのままでいいや、と笑顔になった。

 「なんか俺お邪魔みたいだから、早いとこ行くわ。あ、そういえば俺達の動画見た?」

 「はい!沢山見ちゃいました。とてもカッコ良かったです。特に⋯⋯」

 「特に?なに?誰かお気に入りがいた?」

宏斗くんが興味津々で聞いたので、私はもうごまかすのは止めようと思って、

 「ええと、ダントツに輝いて見える人が」

私がそこまで言ったらルーカスが、

 「わ〜!ちょっと待って!聞きたくないかも!俺耳塞いでるよ」

そう言ってほんとに耳を塞いで目を瞑った。

 「ハハハ!オマエほんとに可愛いな。で?誰が輝いて見えたの?」

 「ル、ルーカスです」

それを聞いた宏斗くんは目を丸くして驚いていたけれど、すぐ笑顔になってルーカスの肩をポンポン叩いて、

 「良かったな。ルーカス」

と言ってルーカスの首に腕を回して、コノヤロー的な感じで笑顔でホールドしていた。

 「え?もしかして俺?」

その質問に宏斗くんは笑顔で答えていた。ルーカスは凄く嬉しそうに、私の方を見た。私も顔を赤くしながら、目一杯笑った。

 「やったー!嬉しい!ほんとに嬉しい」

と言って私を抱きしめようとしたので、宏斗くんが咳払いをして、

 「おいおい、俺まだいるんだぞ。少しは遠慮しろよ。俺だって選ばれたかったのに」

といたずらっぽく笑いながら言った。

 「あ、ごめんなさい。宏斗くんもカッコ良かったですよ」

 「気を使わなくていいよ。俺も嬉しいし。それじゃあ俺はそろそろ行ってくるよ。ルーカス、分かってるよな?」

そう言ってルーカスを見つめた。ルーカスは神妙な顔をして

 「分かってるよ。大丈夫。気をつけて」

と少しトーンを落として宏斗くんに言った。私は2人が何の話をしてるのか分からず、2人の表情を見つめていた。

 宏斗くんが出かけた後、私とルーカスは早速ゲームを始めた。最初ルーカスは少し宏斗君に言われた事を気にしてるのか、私と距離がある様に感じたが、だんだんゲームでヒートアップしてきて、いつも通りのルーカスに戻っていった。私達は色んな対決ゲームをした。カーレースやバトル系など、いつの間にか2人共夢中になって遊んでいた。時間があっという間に過ぎていった。気付くともうお昼過ぎになっていた。

 「美和けっこうゲーム強いね。今のところ勝敗半々くらいだね。久しぶりにやったけど、やっぱり楽しいな。美和とだから余計かも?」

ルーカスは子供の様にはしゃいでいた。私もこんなにゲームが楽しいと思ったのは、初めてかもしれない。

 「私も久しぶりにやったよ。こんなにゲームが楽しいと思ったの初めてかも。いつも1人でやってるから」

私達はお互いの顔を見て、笑いあった。

 「そういえばお腹空いたね。何かルームサービス頼もうか」

と言ってルーカスがメニューを見ていた。

 「そうか!ルーカス達は下のレストランとかには行けないんだね?大変だね」

 「もう慣れちゃったよ。でもここに入ってるお店のなら、何でも持ってきてくれるから、楽でいいよ」

 「それもそうだね。でも昨日はスキー場でカレー食べたんでしょ?そういう時は他の人に混ざって食べるの?」

 「うん。でもやっぱり周りから結構見られるけどね。だから早く食べてさっさと席を立つ様にしてるから、食べるのめっちゃ早いよ」

 「そうかぁ。そりゃそうだよね。昨日2人が歩いてく後ろ姿上から見えたけど、凄くスタイル良くて目立ってたもん」

私がそう言うと、少し寂しそうに

 「たまに誰にも干渉されない所に行きたくなるから、仕事を兼ねて海外に行って羽を伸ばすんだ。さすがに外国ならそんなに俺達を知ってる人もいないしね」

ルーカスが遠い目をして言った。私は有名人も大変だなぁと思いながら、ルーカスを見つめていた。それに気付いたルーカスは、

 「でも今日は美和と2人で、好きな事して過ごせて凄く楽しいよ。夢みたいだよ。ところでお昼何にする?パスタかピザかハンバーガーならどれがいい?ここ旅館だから和食が多くて、お昼くらいそういうの食べたい」

と無邪気に楽しそうに私に尋ねた。私は『さすが若いなぁ、でも可愛い!』と心の中で思いながら言った。

 「ルーカスの食べたい物でいいよ」

 「え〜じゃあ全部注文してシェアしようよ」

 「うん、そうだね。でも食べ切れる?」

 「俺けっこう大食いだから大丈夫。昼間だからジュースとかにしとく?それともビール?」

 「私はビール飲んじゃうとゲーム出来なくなるから、とりあえずオレンジジュースで」

 「ハハハ!ビールは夜飲めばいいか!酔った美和、面白くて可愛いて好きだけどね」

 「ルーカスはビール飲みたければ飲めば?」

 「じゃあ少しだけ飲もうかな」

そんな他愛もないやり取りが楽しくて幸せだった。私達は届いた料理や飲み物を、おしゃべりしながら、食べさせ合ったりして楽しく食べた。何だかドラマや映画のワンシーンの様で、私達はその時他の事はなにも考えないようにして、2人の時間を楽しんだ。

 「あ〜美味かった!お腹いっぱい!私太っちゃうよ」

と言いながらお腹をポンポン叩いた。それを聞いたルーカスが、

 「どれどれ?今どれくらい?」

と私のお腹を軽く触ってきた。ほんとに食後でお腹が出ていたので、私は恥ずかしくて、その手を軽くはらった。

 「いやいや、ほんとにお腹出てるんだから止めて。恥ずかしいよ」

 「全然出てないよ。美和はもう少し太っても可愛いと思うなぁ」

とまたお腹を触ろうとしたので、ルーカスの腕を掴んでどかそうとしたら、私達はバランスを崩してソファーの上に横になって、重なってしまった。『この体勢は恥ずかしい!』と思った私は、すぐに起き上がろうとしたところ、ルーカスにがっしりホールドされた。ルーカスはビールも飲んでいたので、目がトロンとしていた。でも酔ってる程ではない。

ルーカスが付けてる香水の良い香りがした。 

 「美和、このままこうして居たいけど嫌?」

 「イヤじゃないけど⋯⋯このままって」

 「俺のこと嫌い?」

いつの間にかルーカスは真剣な顔になっていた。なんとも言えない切ない表情をして、私を見つめていた。そんな風に見つめられると、私の想いが溢れてしまう。

 「嫌いな訳ない。私ルーカスのこと好きだよ。大好き」

と言葉に出したら涙が出てきてしまった。

 「美和、俺も大好き。一緒にいたい」

ルーカスはその体勢のまま私を抱きしめた。そして優しく唇にキスをした。もう私は何も考えられなくなっていた。このままどうなってもいい、とさえ思うほど幸せだった。

 そしてちょっと照れながらもルーカスは、幸せそうな笑顔で私を見つめて、

 「実は俺お芝居とか以外で、誰かにキスしたの初めてなんだ。やっぱり全然違うんだね。撮影とかだとガチガチに緊張して、セリフも言いながらとかだから、全く気持ちは入ってなくて⋯⋯。本当のキスはこんなに甘く感じるなんて思わなかったよ」

と少し恥ずかしそうに言った。それを聞いた私は嬉しいながらも、胸がズキっとなるのを感じた。

 「そうか、ルーカスはお芝居とかで女優さんとキスもするんだね⋯⋯なんだか辛い⋯⋯」

それは仕事上の話なのに、私は思わず本音が口から出てしまった。その後すぐにハッと気付いて、慌ててルーカスに謝った。

 「あ、お仕事なのについ嫉妬しちゃって、ごめん!女優さんて皆んな綺麗だから、私なんて敵わないなと思っちゃった。ほんとにごめんね」

と言いながらも、私は溢れてくる涙を抑えられずに泣いてしまった。するとルーカスは、その涙を指で優しく拭ってくれた。

 「俺の方こそこんな話してごめん。でも嫉妬して泣いてくれて凄く嬉しいよ。今までファンがキスシーンとか嫌がる声とかは聞いてたけど、実際自分が好きな人に嫉妬されると、こんなに嬉しいものなんだね。でも女優さんに敵わないなんて思わないで。俺にとって美和以上の女性はいないんだから」

ルーカスは優しくそう言ってくれた。私は今まで感じた事のない喜びを感じた。

 「ありがとう。私もこんなに誰かを好きだと思ったの、初めてだよ。私今凄く幸せ⋯⋯」 

ルーカスは私の言葉を聞いて、凄く嬉しそうな顔をした。そして、もう一度ルーカスは愛おしそうにキスをした。私達はお互いの唇のあたたかさを感じていた。

 その後しばらく2人で横になったまま、ソファーでくつろいでいた。ゲームして楽しんで美味しい料理を食べて、じゃれ合ってキスをして、お互いの気持ちを伝えあった私達は、まるで恋人同士の様だった。

 しばらくすると、ふと何かを思い出したのか、ルーカスは静かに体を起こした。その顔は非常に悲しそうで辛そうだった。今にも泣きそうな顔をしていた。私は心配になって問いかけた。

 「どうしたの?ルーカス?急に⋯⋯」

するとルーカスは悲しそうに話し出した。

 「ほんとは俺⋯⋯このまま美和と付き合いたい。俺の彼女になって欲しい。⋯⋯でも俺はアイドルなんだ。応援してくれてるファンも沢山いる。俺が彼女作ったりすると、ネットで炎上して、宏斗や他のメンバーにも迷惑をかける。ファンも悲しませる。俺はグループの中で1番歳下で後輩なのに、そんな勝手な事は出来ない。メンバーも皆んな我慢してるのに⋯⋯。かと言って隠れてコソコソ付き合いたくない。そんな風に付き合ったら、外では絶対会えないし、美和の存在を隠し続けなくちゃいけない。俺はそんなの嫌だし、付き合うなら堂々としたいんだ。美和にも失礼だし⋯⋯だからこれ以上は無理かも」

その話を聞いた私は、こんなに自分のやりたい事を我慢して、グループの事やファンの事を考えているルーカスに、心の底から感動した。そんなに色んな事を我慢しているルーカスを、可哀想と思うと共に以前より更に愛おしく思った。この人のファンになって良かったと、実感していた。私は無事帰れれば夫や子供達もいる。そんな私の推しに会いたいというワガママとは違って、ルーカスの悩みは今後何年も続くのかと思ったら、可哀想という言葉では表せないほどだった。私はルーカスを抱きしめてあげたくなったが、これ以上苦しめたくないと思ってグッと我慢した。

 しばらく黙ったままの私に対して、私がショックを受けてると思ったのか、ルーカスが私の手を握って、

 「ゴメンね、美和。ほんとは自分の気持ちを伝えたり、キスしたりしないで我慢しなきゃいけなかったのに、どうしても我慢出来なくて⋯⋯。宏斗にも厳しく言われたんだ。自分の気持ちだけで行動するなって。ほんとにゴメン⋯⋯」

と言って涙を流した。私はそんなルーカスを我慢できずに抱きしめて、静かに言った。

 「私の事なら全然気にしないで。ルーカスの立場だったら仕方ないよ。中には周りに黙って彼女作ったり、付き合ったりしてるアイドルもいると思うのに、真面目に色んな人の事を考えて我慢出来るルーカスは、とても素敵だし余計好きになったよ。それに正直に気持ちを伝えてくれて、私は嬉しかったよ。私はそれだけで十分幸せ。どうもありがとう。これから先は私も1ファンとしてルーカスの事を応援するね」

そう言ってルーカスの涙を指で拭った。

 「美和、ありがとう。でも辛い⋯⋯ほんとにほんとは一緒に居たいんだ⋯⋯」

ルーカスは顔をクシャクシャにして、子供のように泣いた。私はその顔を見て、この人を守りたい!この人の側にいて、いつでも寂しさや疲れを癒せる存在になりたい!と強く思った。絶対に出来ないのは分かってるけど、この人の為なら何でもしてあげたい。どうにもならない感情に胸が押しつぶされそうだった。そんな私の手をルーカスは優しく握って、私の顔を切なそうに見つめた。必死にあきらめようとしてる顔だった。 

 実際に付き合えないのは、私は最初から分かっていたけれど、今私が本当に若くて出会っていたらどうだったろう?と考えたら、たまらなく辛くなるだろうと、ルーカスの気持ちが痛いほど分かった。そう思ったらより一層ルーカスへの愛しさが溢れてきた。

 そして私からルーカスにキスをした。今だけでもいいから、ルーカスと少しでも近付きたかった。それに気付いたルーカスは、

 「美和、ダメだよ。これ以上は⋯⋯付き合えないのに、そんな無責任な事は出来ない。ていうか美和にそんな失礼な事はしたくない。それくらい美和の事が大事なんだよ」

と言ってくれた。私の事をそんな風に思ってくれる人は、今までの人生の中でもいなかった。だいたいここまで来たら欲望に負けて、男女の関係になるのが普通だった。だけどルーカスは違った。こんなにピュアで責任感が強くて優しい男性には、初めて会ったかもしれない。

 「ごめん、ルーカスが必死に我慢してるのを見て、今だけでもいいからもっと近づきたいと思っちゃって⋯⋯ごめんね」

と言って私が離れようとした時、我慢できなくなったルーカスが強く抱きしめてきて、今までよりも深いキスをしてきた。頭の芯がトロけるようなキスだった。『このままずっとここに居たい』と私が心から思った時だった。急に目の前が真っ暗になった。 



5・別れ


 すると、その瞬間私はその場から消えてしまった。急だったので私はビックリしてパニックになったが、目の前は真っ暗になり気が遠くなって、しばらくしたら目が見える様になり、元の自分の家のベッドに寝ていた。私はいつの間にか無事に帰ったようだ。さっきまでルーカスと抱き合ってキスしていた感触が、そのまま身体に残っていた。


『え?まだ麗華さんが直したマル丸を持ってきてなかったのに、何故急に戻ったんだろう?旧マル丸も力があるとは言ってた気がするけど、これがそうなのだろうか?』でもまだあちらで丸2日も経って無かったので、携帯を見たらまだ。1月2日の夜中の1時にもなって無かった。お腹の上に置いてたキャリーバッグとかは、そのままだったのでとりあえず開けて確認してみた。すると先程まで着ていた白いホアホアの部屋着が1番上にあって、ほのかにルーカスの香水の香りがした。夢じゃなかった事が分かり、一気に涙が出てきた。思わずその部屋着を抱きしめて、号泣した。『ほんとに私はルーカスと会って、お互いが好きになり、抱き合ったりキスしたりしたんだ』愛しさと切なさと、先ほどまでのルーカスとの会話が、鮮やかによみがえり涙が止まらなかった。身体もすっかり元の自分に戻っていて、それはそれで悲しかった。それにルーカスと宏斗君が、瞬時に私を忘れるという事も、仕方ない事だけど非常に辛かった。ルーカスと交換した携帯番号も、もちろん消えていた。涙が全く止まらなかった。

 その時携帯が鳴った。凄くビックリして、画面を見たら麗華さんからだった。私はすぐに電話に出て、謎を解明したかった。

 「もしもし!麗華さん?私、急に現実に戻っちゃったんですけど、どうしてですか?麗華さんがマル丸を直して持って来るまで、帰れないんじゃ無かったんでは?まだあちらで丸2日も経ってなかったのに。もっと一緒にいたかった⋯⋯」

 「美和さん、貴方が無事帰れた事が分かって、お電話したんですけどね。てっきり7日間たっぷりあちらで過ごすと思ってたけど、思ったより濃い2日を過ごしたようね。あの渡してあった旧マル丸も、一応力はあるけど弱いから、相当強い気持ちの変化が無ければ帰って来れなかったはずなのよ」

 「ルーカスからキスされた時は消えなくて、私からルーカスにキスしたんです。色々とルーカスの私への気持ちや、悲しみや辛さなどを聞いて、私は感動してそんなルーカスを更に好きになって、それで最後にしようと思ってしたキスだったんです。そうしたらルーカスにより深いキスをされて、私が『このままずっとここに居たい』と思った瞬間に目の前が真っ暗になって⋯⋯そしたら家に帰って来てたんです」

 「貴方からした心を込めたキス⋯⋯それからのルーカス君からの深いキス⋯⋯たぶんそれがマル丸に通じたのかもね。2人共本当にお互い惹かれあったのね。私がサポートした人達の中で1番上手くいったケースよ」

そう言って麗華さんは、今まで私と同じ事をした人達がどうだったのか教えてくれた。

 「1番最短の人は1日も経たずに帰ってきて、強引に推しに抱きついた拍子に相手の口が頭にぶつかったんだけど、短すぎるからお金を返してくれって言われたわ。契約には無いから返さなかったけど。大体の人は7日間見つめるだけで何も出来ずに、諦めてそのまま期限が来て、こちらには帰れなかったのよ⋯⋯。それが私も辛くて、それから少しお手伝いする様になったんですよ。貴方の時の様に。でも私の手伝いがほとんど要らなくてこんなに上手くいったのは、貴方が初めてですよ。ただこんなに早く帰って来るとは思ってなかったけど。もし貴方が本当に今も若くて彼に会ったら、大恋愛してたでしょうね」

麗華さんの話を聞いて、人それぞれだなぁと思い、しかも推しに会いたい人が結構いる事も分かり、自分だけじゃないっていうのが嬉しくもあった。でも何より嬉しかったのが、もし私が今若くてルーカスに出会ってたら、大恋愛してたっていうところだった。それだけで私は十分幸せで、それを支えにこれからもより一層推し活に励み、前より大好きになったルーカスを応援し続けられると、確信が持てたのだった。結果勇気を出して行動して良かったなと、心から思った。そして私は高野美和子に、自然と戻れたのだった。これからは家族との時間と、推し活の時間をバランス良く楽しめる様になった。


 もし貴方にも死ぬほど会いたい推しがいたら、ちょっとした路地を覗いて「麗華さん」を探してみてください。もしかしたら出会えるかもしれませんよ。少し変わった人ですが、凄い力を持ってるのに、世話焼きの優しい人です。どこに現れるか分かりません。あれ以来私も探してみたけど1度も会ってません。



  終わり




エピローグ


 1月5日ベアーズのメンバーが、それぞれのお正月休みを終え、レッスンスタジオに集まって来ていた。一通り年始の挨拶を終え、楽屋で7人みんなで雑談していた時、Aがルーカスのバッグに何かを見つけた。

 「おい、ルーカス。お前バッグに何付けてるんだよ。卓球の球?」

 「あ、これ?自分で作ってみたキーホルダーだよ。なんか分かんないけど、白くて丸い物が凄く可愛く思えちゃってさ。下手だけど顔も描いてあるよ」

ルーカスがメンバー全員に見せたのは、いびつな丸ではあるけど、白い布の中に細かいビーズを入れた手作りのキーホルダーだった。確かに下手な顔が描いてあったが、何とも愛嬌のある顔だった。それを見ていた宏斗が、

 「こいつスノボから帰って来たら、急に材料買って自分で作ってたんだよ。何でこの形か顔を描くのかも分かんないけど、なんか楽しそうに作ってたよ」

と面白そうに話すと、他のメンバーも興味津々で、見たり触ったりしていた。

 「これやけに柔らかいな。しかもずっと見てると下手な顔も可愛く見えてくる」

 「ルーカス、お前まさか山で何かに憑依されたとか無いよな?お前よく憑依された様に踊り狂うじゃん?アハハ」

 「そうかもな!お前まだお子ちゃまだから、山の神様とかに気にいられたのかも?」

みんなそれぞれ言いたい事を言って、ルーカスのキーホルダーをいじっていたが、ルーカスは真面目な顔で全員に言った。

 「何とでも言えばいいよ。フン!俺はこれをほんとに可愛いと思ってるから、なんて言われても気にしないもんね」

 それからルーカスはどこへ行くにも、バッグを変えても必ずそのキーホルダーを付けて外出する様になった。そのうちにSNSでルーカスのファンの間で話題になり、ファンが大きさとか素材とか色々調べて、同じ様に手作りしてキーホルダーにして、自分のバッグに付ける様になっていた。ルーカスが美和の事を覚えてる訳では無いのだけれど、ルーカスの中に何かが残ったのは確かだ。

 そんな事が起きてるのを、まだ美和子は全然知らなかったが、それは出来れば知らない方が平和に過ごせると思うが、知るのも時間の問題だと思う。


 

 


  

 

  

 

 

  

    

 

   

    

  

     

         

 

  

     

 

  

 

     

     

           

      

     

         

                          

          

   

      

   

 

   

    

 

 

   

   

 

        

    

 

 

  

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