第8話 「やけに静かな夜の街」
村が竜に襲われた。
唐突な出来事で、村は大騒ぎになった。
竜は村を囲う柵をなぎ倒し、近くにある建物から片っ端に破壊していく。近くにいる人を食い殺す、焼き殺す、踏み潰していく。
人々の住む家は崩壊、半壊、燃焼と無残な状態になった。
村の者達はなすすべが無かった。
悲鳴が響き、大地が揺れた。
戦える大人達は、村の人々を逃がす為に時間を稼いだ。
戦えない者や子供達は、持ち抱えられる私財を抱えて街のある方へ逃げて行った。
多くの犠牲が伴った。街に逃げる事が出来たのは、数えられる程度だった。
*
息を切らしながら、荒野を駆けていく。
脳裏で、なんて言い訳をすればいいのかを考える。
(どうしようか、何て言えばいいのだろうか。謝ったら許してくれるだろうか。
本当に馬鹿な事をしてしまった)
(常に手に持っていれば、こんなことにはならなかった)
(箪笥の奥にしまっていなければ、竜に襲われても燃やされる事はなかった)
(こんな後手後手になんてならなかったんだ)
「あ~、なんで自分はこんなにダメなんだろうか」
*
山を下ってやっと麓に到着し、森を抜けることが出来た。日は沈み、辺りはもうすでに暗くなっていた。
この時間になってくると睡魔が襲ってきて、動きも思考も鈍くなってくる。僕にとっては、夜というのは寝る時間なのである。
しかし、森の抜けた先の光景に一瞬で眠気が吹っ飛んだ。
「わぁ! やっと着いたよ。街だ! 人の住む街だよ!」
初めて見る街に気持ちが舞い上がっていた。
「ああ、とりあえず、山で野宿することにならなくてよかったよ」
あっくんは小さな安堵の表情を浮かべていた。
山の茂みを出た先は、街とは高低差があり、全体を斜め上から見下ろすことが出来る。しかし、もう夜という事もあって、街全体は闇に包まれていた。街の中に灯がまばらに散らばって点々と光輝いて見える。街を囲うように塀が立っており、その外側にも等間隔で灯が光っていた。そして、入口辺りは門の両側に篝火が置かれていた。
僕とあっくんは、傾斜を降りるように街の入り口に向かった。
街の入り口の近くまで来た。
街の門は、特に扉があるわけではなく、開放状態になっている。門の手前の両端に、入口を示すように、篝火台の火が燃えていた。
門の両端の塀の上に三角屋根のついた見張り台があり、人の姿が見えた。見張り台にいる者は、壁にもたれ掛かって寝ているのか、頭部分しか見えず、動く事はなかった。反対側も同様に寝ている様子だった。
「あれって見張り台だよね? 寝てるみたいだけど、問題ないの?」
素朴な質問を訊いた。
「あれは……やる気がないのか……昼夜で交代する人手もいないのか……」
あっくんは呆れた口調で答えた。
門の目の前まで歩いて来ても人とすれ違う事はなかった。街へ向かう者も自分達以外にはいなかった。門の近くの塀には、寄りかかるように屈んで座っている人々がいた。
(なぜ、街の中に入らないのだろう?)
街の門をくぐろうとすると、その中の一人が立ち上がり、近寄ってきて、手の平を指し伸ばして来た。
「この街にはいりたきゃ、銀貨一枚渡しな。でなければ……」
「わかった」
くたびれた老人が話を言い終わる前に、あっくんが短く了解をして、銀貨を渡した。
僕は、塀の側面を居座る者達を横目で見ながら、門を潜った。
ついに街の中に入ることが出来た。
街の中は静まり返っており、入ってすぐの左右にある店のような建物は閉められていた。辺りを見回しても、夜の街を歩く者は殆どおらず、ちらほらと松明を持った見回りの兵士が歩いているのを見かけるくらいである。
一人の兵士が僕たちの存在に気づき、近寄って来た。
「旅の者か?」
「はい」
「泊るための部屋は確保してるのか?」
「既に、住居区で借りています」
「そうか…夜は出歩くなよ。怪しい行動があった場合は、拘束対象になるからな」
そう忠告すると兵士は踵を返し、去って行った。
夜に人が出歩いていないのは、不審に思われるからだと、この時理解した。けど、兵士達は通りの左側に偏って見回りしているように見えた。少し気になったが、偶然見た時は、そうだったのだと納得した。
太く真っすぐ続く道を右寄りに歩きながら、街の建物を眺めていた。
昼間のように見えるわけではないが、真っ暗の中でも、外見の形を把握することはできる。旅行ガイドブックで見た形の建物がすぐ目の前に見えて、まだ始まって早々だというのに旅をしているという実感が湧いてきた。
「こっちだ、ついて来いよ」
ランタンを腰に下げているあっくんは右に体の向きを変えた。
そのまま、大通りを並ぶ店の間のわき道に入って行く。
店の後ろからその道の左右には、不格好な四角い形をした建物がずらりと並んでいる。この区画は住居区だと思われる。
僕は、あっくんと一緒にその住居区内を静かに歩いた。
所々で、建物内から寝息が聞こえてくる。この辺の住民達は、夜に起きている者はおらず、素直に寝ているみたいだ。
周りの情報に意識を傾けながら歩いていると、彼が、ゆっくりと立ち止まった。
「この建物だ」
目の前には、この住居区では珍しい二階建ての建物が建っていた。
所々穴が開いていたり、錆でボロボロになっている薄い鉄板の階段を恐る恐る上がって行った。細い廊下を渡り、部屋の入口に着いた。
彼が部屋のドアに付いている鍵を外して、ドアを開いた。先に入るように、手で合図を送られたので、僕は、中に入って行った。
入るとすぐに部屋が広がっていて、木のテーブル、二つの椅子、調理をするような台、片隅に木の棚があった。窓はなかった。この住居は暮らすことが出来る最低限の機能しかないみたいだ。
後ろを振り向くと、彼はドアに内側からの鍵をかけ終わった所だった。
「今日はもう寝るぞ」
「うん」
彼はランタンをテーブルに置き、大きな荷物を壁際に下した。
僕も荷物を適当に壁際に下すことにした。
床は厚めの鉄板になっているみたいで、歩くと硬さが伝わって来る。その鉄板の上には、雑に編み込まれた茣蓙のような薄い絨毯が申し訳程度に敷かれている。屋根と壁は凹凸のあるトタンでできていた。
「あっ、寝具忘れてきちゃった」
寝る直前のタイミングで重大な忘れ物に気づき、口を開けた状態で硬直した。
「竜なのに寝具を使うのか?」
「その疑問は偏見だよ。家ではベットに毛布をかけて、枕抱いて寝てたもん」
彼の疑問に抗議で返した。
「そうなのか……人間みたいだな。なら、俺の寝袋を使うか?」
彼は、珍しい物を見るような目で僕を見る。
「いいの? ……けどそれじゃあ、あっくんはどうするの?」
一瞬喜びが満たされたが、すぐに彼の寝具を奪う事に気づき、後ろめたさを感じた。
「俺は、予備の毛布があるから、それをかけて寝るよ」
「……それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
彼の気遣いに甘える事にした。
「そっちの小部屋で寝るといいよ、俺はこの部屋で寝るから」
指をさしている方を見ると、薄い鉄の板で仕切られた区画があり、ドアのない入り口があった。その部屋と呼べるのかわからない中には、藁の敷物が何重にも敷かれていた。きっと寝室なのだろう。
「うん、わかった」
何から何まで僕を優先してもらって申し訳ない気持ちになったけど、ここまできたら、今日は遠慮なく使わせてもらう事にした。
彼から寝袋をもらい、小部屋に入り、横になった。寝袋は、僕の体の大きさなら、尻尾まで伸ばしても、全然余るくらい大きい。ランプの明りが消されて、視界が真っ暗になった。初めて寝床が変わっての就寝になるが、すぐに眠気が襲ってきて、気を失うように眠りについた。
物を置くような音と共に僕は目を覚ました。
辺りは薄暗く、とても日が昇っているとは思えないが、紛れもなく朝である。僕は、起き上がり、小部屋を出ると、あっくんが、机に座って、ランプを灯し、飲み物を飲んでいた。
「おはよう、部屋の中暗いね」
軽い挨拶と部屋の印象を口にした。
「窓はないからな。ただ、夜よりはましな方だろ。」
部屋の壁の辺や角には小さな隙間があり、僅かながら、日の光が入ってきている。それでも、ランプを灯さなければ、手元など細かい所が見えにくい光量となっている。
「何飲んでるの?」
香ばしい匂いがして、気になった。
「コーヒー、お前も飲むか?」
「……いや、いいや」
コーヒーは知っている。以前、プヨルが飲んでいたのを少し貰った事がある。苦くて、顔を顰めた覚えがあった。
飲み物に興味は無くなったが、それに代わって食欲が湧いてきた。
テーブルの上には、サンドイッチのようなものが、皿に乗って置かれていた。それを物欲しそうに見ていた。
「それはお前の分だ、俺はもう済ませたからな」
僕の視線を察知してか、彼はそう告げた。
「やった~、ありがとう!」
そう言って、椅子に飛び乗るように座った。
座るといっても、自分が椅子に座っても、手が届かないので、立ってサンドイッチを取り、座りなおした。
間には卵とハムのようなものが挟まっていた。
(僕は、雑食だから食べれる)
「いただきまーす」
明るく感謝を込めて、頬張りついた。
(んぅ~ん)
ほんのりとした甘さとしょっぱさが口の中に広がる。幸福に満たされた。
食べ終わった後に、真っ先にやりたい事がある。
それは、街を観光することである。夜は静まり返っていたけど、昼になったら、きっと大きな賑わいを見せているはずだ。
「街の中観光しに行ってもいい?」
単刀直入に聞いてみた。
「ここには三日ほど滞在する予定だ。その間なら、好きにして構わない」
「やったー、じゃあ、行ってくるね」
扉の方を向いて行こうとした。
「ああ、ちょっと待ってくれ、渡しておくものがある」
彼はコートのポケットからペンダントのようなものを取り出して、僕の首にかけた。
「これは何?」
イチゴのような逆三角形の形をしたペンダントである。ひもは柔らかくも伸縮性があり、簡単に切れそうにない。
「【救難信号機】だ。後ろの方にスライド式のボタンがある。今は、OFFになっているが、ONにすると、俺の持っている端末にシグナルが送られるようになっている。もしなにか緊急事態になったら、ONにすること。俺が助けに行くから」
【救難信号機】の裏側には、ONとOFFが書かれたスライド式のボタンがあった。
正面には、中央付近に丸い黒点があり、全体にも点々と穴が開いていた。
「分かった。呼びたい時に呼ぶね」
「あまり頻繁に呼ばれても困るぞ」
彼は、少し目を細めて困り顔をした。
「了解!」
元気よく返事をして、外に飛び出そうとした。
「そう焦るな、まだ言ってない事がある」
急ブレーキをかけて、彼の方を見た。早く行きたくてうずうずした。
「俺もこの部屋を留守にする事が多いから、帰ってきても鍵がかかってる事があるぞ。だからその鍵を開ける番号を教えておく」
部屋のカギの番号を教えてもらった。
「最後に一つ聞いておきたい事があるんだがいいか?」
「何?」
彼は真剣なまなざしで僕の目を見る。
「セロン、お前には夢や目標はあるのか?」
「へっ? 夢や目標? ……会った時も言った通り、世界中を旅して、沢山観光して、色々な人々と仲良くなる事だよ」
唐突に聞かれ不意を突かれたように声が裏返ったが、率直にやりたい事を述べた。
「そうか、それでいいんだな? わかった」
彼の表情は真剣そのものである。
(どうして今聞いたんだろう。それに、それでいいんだなというのは、他に求めている答えがあったという事なのか?)
少し、疑問に感じたが、すぐにどうでもよくなった。
「行ってきます」
そう言って、僕は部屋を飛び出して行った。




