第7話 「白いふわふわの怪物」
森の荒れ地を登ったり下りたりと俺たちは、進んでいく。何も警戒せずに、ずかずかと突き進んで行く。
なぜなら、これだけ森の中を彷徨っているのに、魔獣の一体も見つからないからである。試しに、大声で叫んでみる。しかし、響き渡るだけで、何か反応が返って来る様子がない。平穏である。
「どうなってんだよ! この森は」
「おかしいな。こんなの初めてね」
「これ、街に戻れるの? 野宿とか本当に勘弁なんだけど」
ローサとジュリの足取りが重くなっている。森を歩くこと自体に飽きてき始めた。
「この山を登り切って、白竜がいないのなら諦めもつくでしょう」
ゲドが二人を宥めるように声をかけている。
いま登っているのは、大方、ここ一帯を見渡した中で、一番高い山となっている。
ここでいなかったら、白竜などという生物はくそ爺が作り出した幻想でしかないという事だ。
「この山登って何も無かったら、地面えぐって、山の形変えてやるよ」
独り言のように愚痴をいい、イライラを募らせていた。ストレスを解消しないと夜も眠れない気分である。
「はやく、シャワー浴びて、祝いのご馳走を食べたいんだけど」
ジュリの文句の頻度が高くなってきた。
俺が先導を切った以上、ある程度何かしら区切りのある所までしなければならない。そんなプライドが自らの足を速く進めていった。
あと少しで山頂に着くという所まで来た。
(やっとだ。これで、こいつらの不満は少し解消されるだろう)
まだ白竜がいると決まった訳ではないが、仮に何もいなかったとしても派手に地形破壊して、街に戻るだけだ。
足取りがどんどん速くなっていく。
麓や中腹付近よりも草木の背が低くなっている。木々が立ちはだかる区画の終わりが見えてくる。俺も皆も疲れを忘れたように小走りになっていった。
森をぬけた!
目の前に広がるのは明らかに誰かによって造られた造形物ばかりである。
中央に岩を削って作ったような建物があり、畑、倉庫、給水場のような所がある。そして、どこから流れているのかわからないが、周りを囲うように川が掘られていて、石の橋がかかっている。
俺は、喜びで興奮した。(これは、あたりだ。何かは絶対にいる)
「ねぇ、あれ! あの中央にいるの白竜じゃない⁉」
ローサが弾けるような声で知らせた。
「ほんとに白竜? あんな小さいのが? 二本足で立ってるし、ソリザ―族みたい……ちょっと拍子抜けじゃない?」
中央付近にいる白い生物が、こちらの方を見て様子を伺っている。驚きもせず、静かな感じだ。
「さっきまでは存在するのかも疑わしかったのだから、存在したってだけでも大きな収穫じゃないですか?」
ゲドの言う事はごもっともだ。
「そうだ、その通りだ。存在したという事が重要だ。これで、街の奴らに大きなお土産ができたじゃないか」
ただ狩り足りなくてここまで来たという事を忘れ、取り越し苦労しなくて済んだということに喜びを感じていた。そして、さっきまで忘れていた静かな闘志がみなぎってくる。
「ほら行くぞ」
近くにあった石の橋を渡り、背中に下げていた斧を手に持った。
橋を渡る事で、連れの者達もさっきまでのおチャラけた感じが抜け、一気に緊張感が伝わってきた。
(流石俺の連れなだけはある)
しかし、白い竜の方は、特に警戒をすることなく、少し首をかしげていた。
(まだ様子を見ているのか? こっちはもう戦闘態勢に入っているんだぞ)
「縄張りに侵入したのに襲って来ないわ、こっちはいつでも攻撃できるっていうのに」
ジュリが仲間に意見を求めた。
「奴が仕掛けてこないなら、まず俺がどの程度かを見定めてやろう」
斧をねかせて、中腰になり、足にぐっと力を入れた。
(ここに来るまで魔獣の一体も狩る事が出来なかったからな。体を動かしたくてうずうずするぜ)
標的の様子を見る。一切動いていない。
ここまで露骨に攻撃の構えをしているのに、白い竜は警戒もせず、表情一つ変えない。
(なめてやがるのか? ……そんなに俺の攻撃を受ける自信があるなら、初めから全力で叩き込んでやろうか)
俺は、地面がえぐれるほど、足に力を入れて、踏み込んだ。力強く蹴り出し、風を切る。一瞬で白い竜の目の前まで入り込む。標的は微動だにしない。
「隙だらけなんだよ!」
挑発する様に声を張り上げる。
がら空きの首元に勢いよく振り被る。ドンっと斧が直撃し、空気に衝撃波が伝わる。周りは砂煙をあげて、辺りの視界を悪くする。
(入った)
俺の目には、防がれるような動作は見えなかった。
(呆気ない。これで、白竜の討伐が完了……おかしい。一切斧が動かない)
動揺し、瞬きをした瞬間、目の前には信じがたい光景が広がっていた。
(ありえない、嘘だ。こんなのはあってはならない)
目の前の白い竜は、俺の斧の刃先を小指と薬指で挟んでいた。
「力試しでもしているのか?」
白い竜は低めの女性声で語り掛けて来た。
目の前の標的が喋ったということは驚くべきことのはずなのに、今起きている事態の方が衝撃的すぎて何も入ってこなかった。
斧を引こうとした。びくともしない。
(どうなってる……薬指と小指だぞ!)
引き抜こうとしても上下に力をかけようとしてもいっさい動かない。全力で力を入れているはずなのに!
今度は外側に引っ張ろうとした。しかし次の瞬間、両手で握っていた斧を奪われた。
「はあ?」
一瞬出来事だった。手がすれて血で染まり痙攣している。
白い竜は奪った斧を俺の背後に軽く投げた。ぞわっと震えが止まらなかった。ひしひしと伝わってくるのである。圧倒的な力の差というものが。
(おかしい、こんなのおかしい)
「ジーク! 何やってるの! そこを避けなさい」
ローサが後ろから叫ぶ。エネルギー砲を打つ気だ。
俺は、動揺した足取りで横に避けた。しかし、いまだにエネルギー砲が飛んでこない。
(おかしい)
ローサの腕なら避けたタイミングで発射するはずだ。
「あれ、おかしい、故障?」
ぎこちなく振り向くとローサがエネルギー凝縮砲の側面を確認していた。
ふと前に視線を戻した。しかし、そこに白い竜の姿はなかった。
「こんな大事な時に故障か? しっかりとメンテナンスしてないとダメじゃないか」
後ろから奴の声がする。振り向くと、ローサの前に白い竜がいた。
(いつの間に⁉ 全く移動が見えなかった)
ローサが絶望の表情をしている。
「ふざけるなよ、化け物!」
ジュリが奴に向かって風の魔法を発動する。ローサに当たらないように器用に調整する。一部分のみ嵐のような暴風が吹き荒れる。
「ゴミが舞うからやめろ」
ジュリの魔法は奴をとらえたはずだった。少なくとも俺の目からそう見えた。なのに、今奴はジュリの目の前にいる。
ジュリはたじろいでいる。
水が奴を囲むように展開される。
「ほう、お前は水の魔法を使うみたいだな」
当然かのごとく、水の中にはいない。
(なんなんだ、どうなってるんだこいつは……本当になんなんだ)
「ジーク! あれをやるぞ!」
ジュリが鬼の形相でこちらに叫んでくる。
「何かやるのか?」
落ち着いた声で奴は反応する。
(そうだまだあれがある。あれはどんな竜も一撃で仕留めてる。どんな竜だって抗う事が出来ず、死に絶えていった。いまだに破られたことがない、とっておきの大技)
俺は、動揺していた心を落ち着かせて、ジュリの元まで走って行った。奴の事なんて気にしない。
他の二人も集まって来た。奴は俺たちがどんなに隙を見せようとも達観しているように動かない。
「陣形構え!」
俺はゴーグルを目に装着し、斧を中段に構えた。
ゲドは、水の魔法を斧の刃に付与した。ローサは、火の魔法を付与した。ジュリも風の魔法を付与した。三つの魔法が混ざり合い、渦巻くようにエネルギーが溢れ出している。
「なんだ? 何をしてるんだ?」
奴は戸惑っているみたいだ。それでも、止めようと攻撃はしてこない。
(なめやがって)
「ずっと待っていた事を後悔するんだな! お前はもう終わりだ!」
威圧する様に奴に言い放つと、この一撃にかける思いで、全身に力を入れた。強い踏み込みで地面がえぐれる。地面を強く蹴った。過去最高の速さと強度に手ごたえがあった。
「くたばれ! 三相衝波!」
大きく振り被り、全身の体重を斧に乗せ、渾身の一撃をお見舞いする。
(辺りが吹っ飛び、一帯を土煙が舞い、地面がえぐれ、周り一帯の全てが粉々に…………
何も起きてない。何も起きなかった。全てを乗せた切り札をぶつけたのに……)
化け物が左手中指の腹で斧の刃を押さえていた。
「さっきと同じではないか」
冷静沈着な声が耳に入ってくる。頭が真っ白になった。
斧を奪われ、ダーツのように投げられた。真っすぐ直線に飛んできた斧が頬をかすめて何処かに行った。
「お前達は、私が待っていた者なのか? もしそうだとしたら、私の子を預けるには不合格だぞ。」
何かを言っているが、全然耳に入ってこない。視界が朦朧としている。現実を受け入れられない。
目の前の白い存在がいなくなった気がする。
「あいつはこんな非力な奴らをよこしたのか?」
「近づくな! やめろ! きゃあああ!」
後ろから悲鳴が聞こえる。
「水よ守れ! ……出ない、なんでだ! なんで生成されない!」
「無から水は生成できないぞ」
「うわあああ!」
(ゲドがやられたのだろうか)
「それは逃げてるのか?」
「化け物! 近づくな!」
「だから土を宙に巻き上げるな、掃除が大変ではないか」
「……」
(……あれ、誰の声も聞こえなくなってきた。俺はもう一人なのか)
「あいつは確か一人を送るって言っていたはずだ。だったら、こいつらはただ、家に迷い込んできただけということか……どうなんだ?」
目の前にいる気がする。けど足がすくんで動かない。視界がぼやけて見えない。
(おかしい。こんなはずじゃなかった)
「なんだ? 泣いてるのか? これじゃあ、私が悪い奴みたいではないか。ほら、涙を拭いたらどうだ?」
頭に軽く薄いものが掛かってきた。うっすらと血の匂いがしている。
(怖い、怖い、怖い、怖い。おかしい、ありえない)
恐怖が突然襲い、敗走した。
よろける足取り、よれよれとなりながら必死に逃げた。
(ありえない。こんなことはあってはいけない。こんな生物いちゃいけない。こんなのおかしい。理不尽だ。こんな生物、この世に存在しちゃいけない。知らせないと、街に戻らないと、長に早く伝えないと、人類の危機だ……)
脚がもつれて、転んでしまう。起き上がろうとした。体が地面から離れた。
「どうして質問にも答えない上に逃げるのだ?」
目の前に白い怪物がいた。
「ああああ! 助けて! ごめんなさい! おうぇ 許して! 助けっ、助けて!」
パニックになり、自分でも、もう何を言っているのかわからない。
「だめだなこれは……」
手足をじたばたさせる。意識が飛びそうだ。全身の感覚が無くなっていく。
(助けてくれ。俺はまだ、死にたくない。嫌だ)
……目の前が真っ暗になった。




