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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第2章1節 施しの植木鉢 上

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第56話 「ちっぽけな勇気」

 セロンは、悲鳴があった方へ走り出していた。もう()は沈み、一辺の空が赤から紫、濃紺(のうこん)へとグラデーションを帯び始めている。


足取りは奇妙な感覚だった。固い石畳のはずなのに、ふわふわと柔らかい砂地を踏んでいるような軽さだった。


石造りの住居群の脇道をジグザグに曲がり、発声源に向かって進んでいく。やがて、段々と誰かの話声が聞えてくる。セロンは、速度を緩め、その声のある方へ、足を潜めながら、近づいていく。


そして、建物群の一画の角に差し掛かった時、その向こう側に四人の人の姿を目撃する。セロンは、角の縁に身を隠し、様子を窺うようにした。


一人は石畳にうずくまっていた。二人は、(おび)え切った様子で、一人に頭を下げていた。そして、その一人、偉そうにしている男が目に入ると、セロンの心臓は跳ね上がった。


(まち)(おさ)ランデールだった。後ろ姿でもすぐに分かった。翡翠(ひすい)のローブを(まと)い、渦巻の黄金の仮面を付けている姿は、彼の他にはいない。ランデールは、下町(したまち)の路地で、平民達に何かを説いている。


「君達の為を思ってやっているんじゃないか」


 やけに透き通ったランデールの声が響く。


「ほら、あともうひと踏ん張りだ。あと少ししたら君達のノルマも終わる」


 二人は肩を震わせて、ランデールの話を聞いていた。


「簡単な仕事さ。壁の上で害獣を始末するだけのことだろう?」


「で、ですが、命のほ、保証は……」


「おいおい、逃げ出したこいつのようになりたいのかい?」


 ランデールは顎でうずくまっている男の人を指した。うずくまっている男は、服に多量の血が(にじ)み出し、痙攣(けいれん)しているようだった。まだ、息があるが、このまま放っておくと死んでしまいそうである。セロンは、手に汗が(にじ)んだ。


「これは慈悲でやっているんだよ。昔の悪しき風習を廃して、人道的で、合理的な方法にしたんだから、反発されるのは、納得いかないんだよね」


 口調は柔らかいが、全身から感じる気配は殺気の(こも)ったものである。


「他のもっと卑しい者を……」


ズンと突風のような轟音が響く。二人の横の石畳がえぐれた。セロンは、思わず、押し殺した声を漏らした。


「私に指図するのか? 平民の分際で私のやり方が間違っていると異議を唱えるのか?」


 ランデールの語気が荒々しくなる。


「そ、そういう訳では、あの、今からもっと……」


「もうよい」


「えっ?」


 セロンは、まずいと思った。気配に恐ろしい冷たさが(まと)わりついている。セロンは、意思を固め、辺りにある小石を一つ拾う。ランデールを()らしめるって決めたんだから、ここで臆病風(おくびょうかぜ)を吹かせてはいけない。


「もうよいと言っている」


「あの、その……」


 一瞬、恐ろしい静けさが辺りを支配した。風が(なぎ)、音さえも聞こえなくなる。セロンには分かった。今まさにランデールは魔法を発動しようとしている。人を殺す魔法を。セロンは、決死の覚悟で、飛び出し、ランデールの背中に向けて、小石を投げつけた。


 小石はドスッという鈍い音と共に、ランデールの背中に直撃する。小石は、はね返り、石畳の地面にコロコロと音を立てて転がった。一拍の間があった。セロンの心臓の鼓動は、張り裂けそうな程、早くなる。


「お前の作った悪制は、間違ってる! 人々を苦しめる最悪の圧政だ!」


 セロンは、声の出る限り、強く非難した。手足が、小さく震えている。


 ランデールは、ゆっくりとこちらの方を振り返った。金色の仮面から、冷たく、残酷な目が、セロンを突き刺してくる。セロンは息を飲んだ。


「君は……レオ―ルとアルマが言っていた、白い小さな竜か?」


「白竜のセロンだよ」


 セロンは声を振り絞って唸るように言った。


「……白竜か。噂ぐらいにしか聞いた事無いが、白竜とは皆、お前のようにチンチクリンなのか?」


「僕はまだ、小さいだけだ。兄弟は皆、もっと大きい」


「ふん、そうか。それで? そんな白竜の君が、何故、私の()(せい)に口出しするのかな?」


「お前が悪い奴だからだ。今すぐに反省して止めないと、僕が懲らしめるぞ」


「私が悪い奴? この私が? 勘違いもいいとこだ」


「勘違いなんかじゃない。お前は、力ない者を無理に従わせて、我欲を満たすろくでなしだ!」


 言ってやった。セロンは体が熱くなっていた。


「……やれやれ、こんな忙しい時に、こうも時間を取られるのは、なんと(なげ)かわしいものだ」


 ランデールが、急に黙り込んだ。近くにいる二人は、怯えて動けない様子だった。風がまた、妙に(しず)まった。何か空白が出来たような感覚がセロンを襲う。来る! セロンは全身の感覚が死の気配を感じ取っていた。


 一瞬だった。ランデールが魔法を放つ素振りをしたと同時に、セロンは、横に飛びのく。間一髪、ランデールから放たれた風の魔法は、セロンが元居た位置に、直撃し、地面を大きく(えぐ)った。(けず)れた、石畳の残骸が、辺りに飛び散る。


「へぇー、やるね。流石、竜なだけあるね。私の魔法を察知(さっち)するとは」


 セロンは、全身の感覚を研ぎ澄ませていた。少しでも、遅れたら、死んでしまう。そんな恐怖が体の底から、込み上げてくる。


 セロンは、ランデールの魔法が尋常ではないとひしひしと感じていた。風なのに、まるで刃物のような切れ味と威力が感じられる。視認性が悪いだけでも、厄介(やっかい)なのに、予備動作も殆どない。少しでも気を抜くと、やられてしまいそうだった。


「それじゃあ、これはどうかな?」


 また、風が()ぐ。気持ちの悪い、一瞬の静けさがセロンを襲った。その一瞬でセロンは察知した。この攻撃は、前のとは違うと。殆ど、感覚的なものだった。セロンは、前に力の限り飛退(とびの)いた。


 頭上に高速で何かが通った感覚、そして、後ろで何かが爆発したような轟音が響き渡る。建物が破損し、瓦礫(がれき)が崩れ落ちる音。ランデールが、広範囲に圧し潰すような風の魔法を放ったと分かった。セロンが横に逃げても避けられないように。


「驚いた。これも避けるとは。平民とは訳が違うということか。だが、もう君に構っている暇は無い。直ぐに終わらせてあげよう」


 セロンはランデールからすぐさま距離を取った。再び、風が凪ぐ。今度の間は、先程よりもさらに長かった。まるで周囲の風をかき集めているかのような。セロンは、今度こそまずいと思った。避けきれない程の広範囲に攻撃してくるか、連撃を繰り出してくるのか。何か大きな技を出してくると感じた。


 反撃をする糸口がない。避けるのに精一杯で、攻撃手段も何もない。初めから、勝ち目なんて無かった。セロンは、ちっぽけな勇気を振り絞った決断を、今更(いまさら)悔やんだ。やっぱり、何もできないでやられる。人もろくに助けられず、約束も守らないで無駄死にする。セロンは諦めかけていた。


 風の魔法が飛んでくる。連撃だった。一発目をほぼ、無意識で反射的にかわす。二発目も辛うじて、飛退き除ける。しかし、そこで大きくバランスを崩してしまった。脚で着地出来ず、身体が地面に投げ出される。セロンは、目を(つぶ)った。せめて、痛くないように……。


「トウシちゃんが呼んでいたでしゅよ」


 つっ!


 風の斬撃は飛んでこなかった。代わりに、そよ風が身体を掠め、過ぎ去っていく。


 セロンは目を開けた。目の前にはスクミーが佇んでいた。


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