第54話 「アルマさん探し」
セロンは、結局、街の人々が行方不明になる事件の解決と、ランデールを懲らしめるという目的を掲げることになった。ランデールについては話を聞いた時から、遅かれ早かれ、そうなるような気はしていたので、気負ったりはしなかった。
街長ランデールは、平民を虫けらとしか思っていない上に、街の人にはどうすることもできない程、絶大な力を持っている。本来なら、そんな危険人物に歯向かおうとするなんて、あっくんに反対されるだろうし、セロンの力じゃ、到底、敵う相手じゃない。だけど、ここまま好き勝手やらせると、多くの人が死んでしまうとなると、放っておけるわけがない。たとえ、正面からは太刀打ちできなくても、何かしら懲らしめる方法はあるはずである。セロンは、思案を巡らせた。しかし、大した案は思い浮かばなかった。結局、もし厳しくても、あっくんに手伝ってもらおう、という結論に行きついた。
セロンは、スティアの保護施設を出る前に、外から帰って来た五人組の子供達から話を聞こうとした。子供達と接触すれば、いじられるかもしれないが、気になる話をしていたので、訊いておきたいという思いの方が強かった。しかし、「広間の左側の部屋に入るのは、ご遠慮ください」と、ロウに引き止められたので、渋々諦めた。何でも、よそ者を毛嫌いし、同じ部屋にいるだけでも、緊張と精神的に苦痛を感じてしまう繊細な子供がいるらしかった。セロンは、そこまで拒絶しなくてもいいんじゃないかと思ったが、配慮に理解を示した。
ロウにハイリーフティーのお礼を告げると、スティアの保護施設を後にした。
施設の外に出ると、正午を過ぎだと分かる。風は相変わらず、無風のままだった。外壁の外には、塵やゴミを巻き上げて、薄黄色に濁っている暴風の壁が吹き荒れている。無風なのは、その風の壁が原因だと思った。この街に入る前、風壁の外では、土煙が舞うほど風が疾走していた。なのに、風壁の内側は、日向ぼっこに最適な程、穏やかな天候になっていたからだ。やはり、街長ランデールの力は凄まじいものだと再認識させられた。
セロンは、住居群の間の道を歩いた。初めに、行方不明事件について、手掛かりを見つけることにした。ロウが言うように、貴族が平民を平伏させるために、自作自演で責任転嫁をしている可能性があるのだとしたら、貴族の街に証拠があるはずである。平民には、貴族の街に行くのを許されてないので、隠し放題だと思うからだ。
問題なのは、どうやって貴族の街である上町に入るかである。街は、中心で段差により、大きく二つに分かれ、下を『下町』 、上を『上町』と呼ばれていた。下町から上町に上がるには、段差にある階段を上がらなければいけない。しかし、階段を上がるのは、【銀の星バッチ】や【金の星バッチ】を付けている貴族だけに限られている。平民は勿論、上がるのを許されていないし、よそ者も同様である。
正面から堂々と強行突破すると、当然、魔法を使える貴族達の敵意を買い、排除対象とされるだろう。セロンが白竜で、一般的な人よりも身体的な能力が高いとしても、貴族達を敵に回すのは、骨が折れるだろうし、色々と不都合も多い。貴族がどの程度、魔法を使えるのかも分からないし、何より、セロンは変に煽るような真似はしたくなかった。そこで考え付いたのは、グロウ族で平民にも情けがあるアルマさんに頼んでみる、という策だった。アルマさんなら、貴族だし、頼めば上町にお客として連れて行ってくれるかもしれない。
セロンは、アルマさんを探す為に歩き始めた。
一番手っ取り早いのは、アルマさんの匂いを辿って探す方法だが、無風だと、匂いは辿れない。なので、ひとまず、セロンはアルマさんを目撃した中央の広場まで戻ることに決めた。
途中、広場の近くの公園で、お爺さんがぼーっと空を眺めているのを目撃する。くすんだ抹茶のチュニックを着ている。アルマさんが男の子と話していた公園で、他には誰もいない。セロンは気になった。この下町の平民達は、ほぼ俯いて駄々と歩いているか、集っていても人目を過度に気にして、ひそひそと小声で話しているくらいである。見上げている人は、今まで一人もいなかった。セロンは側に近づき、声をかけてみる。
「あの~、何してるんですか?」
お爺さんは、空を見上げたまま、無反応である。少し待っても答えは返ってこなかったので、セロンは首を傾げて、その場を離れようとした。すると唐突に、答えが返って来た。
「……友達を探してるんじゃ」
セロンはその発言に反応し、お爺さんの方を振り向いて、さらに質問した。お爺さんは相変わらず、空を向いたままだった。
「待ち合わせしてるの?」
「……ずっと待っているんじゃ」
おじいさんの声はとてもゆっくりでしゃがれていた。
「僕が呼んできてあげようか? 特徴を言ってくれれば探すよ」
「……いや、御方が望まれなければ、お目にかかることは出来まい」
「それじゃあ、来てくれるまでずっと待ってるの?」
「……心ゆくまで待つのみじゃ」
お爺さんはずっと空を見続けていた。セロンは、お爺さんの硬い意志を感じ取り、これ以上、お節介を働かせるのは止めようと思った。
広場に来ると、やはり、通りや路地と比べて、人は多い気がした。相変わらず、俯いて歩いている者ばかりで、異様に静かである。周りを取り囲む店の中にも人はいるが、浮かない顔をしている者ばかりだった。そんな暗雲立ち込める空気の中、広場の中央に佇む銀のオブジェは異彩を放っていた。まるで、人々を照らす希望の象徴か、はたまた、能天気に輝く篝火のように感じられた。
近づいて観察してみても異様さが増すばかりだった。鉢のような入れ物の上にらせん状に太い柱が伸びている。中央部分に膨らみがあり、上は花が咲く如く、五つに広がっている。全体が銀色で出来ており、陽光を反射し、白く輝いていた。
セロンは、これは一体何なのか、人に訊こうと周りを見渡したが、皆、下を向いて通り過ぎていくばかりで、話を聞いてくれそうな人は誰もいなかった。さらには、また誰が行方不明になっただとか、どこの誰かが貴族に連れて行かれたとか、暗い噂ばかり口に漏らして歩いていた。アルマさんも見当たらない。セロンは、広場を後にして、下町のまだ行っていないエリアを調べてみようと思った。
細い道や太い通りをあちこち歩き回った。下町はどこもかしこも、石畳で、煉瓦や石造りの建物が整然と立ち並んでいた。坂道は無く、時々、水が溜まっている池や塀で囲まれた小さな畑を見かける。
セロンが、路地の脇道を歩いていると、前のから何やらブツブツと独り言を漏らしながら、歩いてくる男がいた。【銅の丸バッチ】を胸に付けている平民だった。
「あいつ、何処に消えやがった。このまま見つからなかったら、長男を差し出さねばならない……」
セロンの横を通り過ぎた時、気になるような内容を呟いていた。思わず、立ち止まり、聞き耳を立てる。
「いや、まさか、スティアの保護施設に逃げ込んだのか? だとしたら、もう迂闊に引き戻せないぞ。どうするよ。くそっ」
悪態をつきながら、のそのそと歩き去って行く。セロンは、アルマさんといた男の子の家族かもしれないと察した。しかし、スティアの施設に逃げ込んだら、手出しができないとはどういう訳なのかと、今更ながら、盲点だった。保護施設は堅牢な城という見た目ではなかったので、物理的に難しいという理由ではなさそうである。だとしたら、何かしらの決まりがあるのか、後ろ盾を持っている可能性がある。でなければ、貴族が連行するのだって容易なはずだ。セロンは、頭の片隅に、留めておくことにした。
それからも、下町でアルマさんを探し、人が消える事件の手がかりを探し回った。屋根の上から目を光らせているグロウ族に見つからないように、上も警戒を怠らず、出来る限り隅々まで探し回った。しかし、どちらも有用な手掛かりは見つからなかった。
日が傾き始め、建物の石壁を赤く染め上げる。セロンは、あっくんの言いつけを守るために宿舎に戻ろうとした。裏路地を出て、記憶を頼りに脇道を進む。そこまで代わり映えのしない風景だが、所々にある看板などを目印に進めば、迷わなかった。そうして、宿舎まで帰路となる大きな通りに足を踏み入れる。
その時だった。
突然、身体に染みこむ、夕暮れ時のひんやりとした風がセロンを襲った。その風に、晒された時、セロンは強烈な違和感を覚えた。それが何なのかと思考を巡らせる。すると、一つの答えに行きついた。
「風が出て来た……」




