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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第2章1節 施しの植木鉢 上

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第53話 「この街での目標」

 子供達は、ロウの言いつけで皆、元の前方にある長机に戻って行った。セロンの体毛は滅茶苦茶に乱れていた。どさくさに紛れて、巾着袋の中身も取られたのではと思い心配になって確認したが、硬貨は無事だった。


「すみません。ここの子供達は好奇心旺盛で、気になるものは何でも触れようとするのです」


 ロウは申し訳なさそうにしていた。


「大丈夫だよ。僕もこんなに沢山の子供達と触れ合えて楽しかったよ」


 セロンは乱れた毛を整え、苦笑いしながら答えた。半分は本心である。しかし、今は、そのような話をしている場合ではないので、すぐに話題を本題に戻した。


「それよりも、グロウ族の女の人……アルマさん? が連れて来た男の子は、どういう理由でこの施設に来たのか教えてくれますか?」


「はい、つい数刻前に来た男の子ですよね。私の知っている限りで、お伝えしますよ」


「お願い」


「はい。それでは話しますね。これは、あの子から直接聞いた話なんですが……、あの子は、アルマさんが連れて来た男の子は、身代わりにされそうだったみたいです」


「身代わり?」


 セロンは首を傾げた。


「そうです。身代わりです。今、この街で定められている制度。平民は一家族につき、一人、使用人を貴族へ差し出す制度は、知っていますか?」


 セロンは頷いた。


「一つの段差で二つに分かれたこの街。その下段である下町(しもまち)に住む平民は、その制度には逆らえない。貴族に逆らうのは、死を意味するから。それなら、どうやってこの悪制に対抗するのか。平民達はその答えを出したのです」


「どうやったの?」


「家族の中で一番価値の無い者から優先して差し出すんですよ」


「えっ?」


 セロンは絶句した。


「平民はその制度に逆らうことは出来ない。しかし、自分の身を捧げる気はない。大切な妻、将来的に必要な跡取り、そうした失いたくない家族も守りたい。そう考えると、残りの選択は、代わりの利く存在、捨ててしまってもいい末の子。家長(かちょう)にとって、そのような、取るに足りない存在に犠牲になってもらうという決断になるんですよ」


「けど、そんなの、あんまりだよ。だって、同じ家族なのに」


 セロンは、胸が締めつけられる感じがした。理屈では分かっていても、受け入れたくない思いがあった。自分が無関係だとは思えなかったからだ。


「平民は皆、そのやり方をしています。そうするしかないのです。まだ、この制度が制定されて、一年半程しか経っていませんが、人によっては、その犠牲となるストックが無くなるのを恐れて、ストックの為に子供を産もうと計画している者もいるんですよ」


 セロンは、何て言っていいか分からなかった。それが、この世界の(ことわり)なのかと、(むな)しさが込み上げて来た。ただ一つ、気になる疑問が口を突いて出てくる。


「それなら、もし、差し出す人が突然いなくなったら、その家族はいったいどうするの?」


「血眼になって、その者を探すか。それでも見つからなかったら、次に優先順位の低い者を渋々差し出すしかないでしょうね」


 結局、どうしたって犠牲は生まれてしまうということだ。この制度を撤廃しない限りは、この街の平民の多くは不幸になってしまう。やはり、どうにかするしかない。セロンの解決したいという気持ちは、強さを増していった。


「ただ、全ての貴族が、差し出された使用人を(むご)い仕打ちにする訳では……」


 キィィィ。


 突如、背後の玄関扉が開かれた。厚木の扉の軋む音と活発な声が聞えて来る。


「どうだと思う?」


「信じられるか? あんな竜みたいなの」


「いや、怪しすぎるよね」


 活発な子供達が、施設内にこぞって入って来た。セロンは思わず、長テーブルの影に隠れる。また、もみくちゃにされるのは、御免だったからだ。ばれないように、顔を少し出して、覗き込み、観察する。今帰って来た子供達は、先ほどから施設内に居た子供達よりも少し背が高い気がする。そして何よりも、セロンは、この子達を何処かで見た気がした。


「君達、何処へ行ったのかと思ったら、また勝手に街を歩いていたのかい? 今はたとえ、街中だとしても危険なのが分かっているのかい? 今までは大丈夫だったからって、次はどうなるかなんて、分からないんだよ」


 施設の管理役のロウは厳しい口調で、注意した。


「先生、心配しすぎだよ。僕たちには家族はいないんだ。突き出されることなんてないよ」


「心配はそれだけじゃないよ。街の人々が次々に行方不明になってる事件がまだ解決されてないのは知ってるだろう? 何時、何処で、誰に攫われるかなんて分からないんだからね」


「はい、はーい、だから私達五人で一緒に出掛けてるんですよ。五人も一緒にいれば、見つかる危険性も高くなるから、その謎の誘拐犯も手出しできないでしょ?」


「誘拐じゃなくて、本当に消されているかもしれないんだよ」


 ロウはそれでも(たしな)めた。


「先生、そんなのあり得ないよ」


 子供達は、適当に受け流すと、五人仲良く、左手の奥の扉の方へ向かった。何やら、五人の仲間内だけで、秘密の会話をしているようだった。


「それじゃあ、どうやって外に出る?」


「やっぱり、あの白いでかぶつに」


「けど、食べられる危険性だって……」


「大丈夫よ、ティールがいるでしょ」


 子供達は厚木の扉を開けて、一人一人、中に入って行く。全員中に入って行くと、扉が閉まり、声が籠った曖昧(あいまい)な音でしかなくなる。セロンは、椅子に戻り、耳を澄ました。扉の向こう側の籠った会話を拾う。


「そうね、私の魔法があれば、あの竜みたいなのも操れるわ」


「いいよな、ティールは。それ、特殊な魔法なんだろう?」


「そうよ。私は無属性マナリスに適性があったんだからね」


「けど、どうやって。無属性マナリスを手に入れたんだ?」


「黒いフードを被った人に貰ったの」


「誰それ?」


 セロンは、外から帰って来た子供達が居る、左奥の扉の方をじっと見つめていた。竜みたいなのって言ってた? 無属性マナリスも気になるし、何だか色々と気になる内容を話してる。


「あの子たちが気になりますか?」


 セロンの意識は声の主の方へ移った。ロウが気づかわし気な顔をしている。


「あの子たちはいつも施設の外に出ているの?」


「全く、困ったことに、私が見てない時に、勝手に抜け出して行くんですよ」


「どうして抜け出して行くの?」


「あの子たちは、好奇心が強い年頃なんでしょうね。街の中を探検するとか、宝探しするとか、池に飛び込むとか、へんな生き物見つけるとか、そんな感じの遊びばかりしてるようですし。それに近頃は、街の外に出てみたいらしくて」


「街の外? 危なくない?」


 セロンは、この街に来る手前の森で、多くの猛獣に襲われた。とてもじゃないけど、子供達だけで街の外に出るなんて危険だと思った。それに、街の外壁の外側には血とか何やら物騒で、子供達が見てもいいものじゃないと思った。


勿論(もちろん)、危ないですよ。猛獣はおろか、魔獣だって森に潜んでるんですから。それに、そもそも、街を囲うように暴風の壁がある限りは、外になんて出られないですよ」


「ん? あの風の壁は外には出られないようにするためのものなの?」


「はい、あの暴風の壁は、外側から内側に入るのは簡単なんですが、その逆は難しくなっているんです。無理に出ようとすると、体が引き裂かれますよ」


 セロンは、恐ろしいと思った。


「誰がそんな壁を作ってるの?」


「現街長のランデールです」


「えっ? 街で見かけたけど、全く暴風を操っている素振りはしていなかったよ」


「ランデールは、それが出来るんです。街を囲う規模の風の魔法を発動しながら、他の事に意識を向けられるんですよ。だから誰もランデールには勝てないし、逆らえないんです」


 セロンはそんなのありなんだ、と驚いていた。兄弟が魔法を使うのを見た記憶はあるが、意識を分散させるなんてしてなかった。それに、魔法を習いたてのセロンだから分かるが、集中していないとろくに魔法を発動させられない。もっと言えば、魔法はマナリスの摂取量で変わってくると聞いた。街を囲うほどの規模で暴風を起こせるとなると、どれだけマナリスを摂取しているのだろうか。


 セロンは少しの間、考え込んだ。ランデールはいったい何のために暴風の壁なんか作って、街の人々を閉じ込めているのだろうかと思った。一家族に一人、使用人として差し出すという、悪い制度を制定したから、人々がその制度から逃げられないように、対策をしたのだろうか。もしそうだとしたら、まことの冷酷無比な暴君じゃないか。セロンは、尻尾の毛が逆立つのを感じた。


「どうしました? もう聞きたいことはないんですか?」


 考え込んでいたセロンにロウは声をかけた。セロンは、弾かれたように一番訊きたい情報を思い出した。


「えっと、人が忽然(こつぜん)と消える事件について何か知っていますか?」


「そうですね……詳しい内容は知らないですが、ランデールが暴風壁を作ってる以上、街の外部の者の仕業だとは思えません。街に入っても出られないんですから。ですが、誰にも知られずに犯行をするのだとしたら、相当な()()れです。私個人的には、貴族の誰かの企みに思えてなりませんね。貴族側も消えている者がいるという言い分がありますが、平民にはそんなの確認しようがありません。いくらでも偽ることは出来るんです。だから、悪制を一方的に押し付けるための貴族の工作なんじゃないかと疑ってるんです」


 セロンは確かにと素直に納得した。こんなに平民と貴族の立場に格差がはっきりとあるのなら、いくらでも貴族側のやりたいように出来ると思った。


「他には訊きたいことはありますか?」


「えっと……」


 セロンは何かあるかなと考えて、素朴な疑問が浮かび上がって来た。


「ロウさんはずっとここで子供達を保護してるの?」


「いいえ、二年目くらいですよ。この施設も、つい最近出来たばかりですし」


「子供達は結構保護されるの?」


「はい、先程も言った通り、犠牲にされる立場の子供も少なくないので……。なので、どんどんと身寄りのない子供達が増え続けているのです」


「でも、そんなに増え続けたら……」


「はい、保護施設は(あふ)れてしまいます。現状の処置としては、保護して(かくま)うための施設が他にもあるので、多少自立できる者は、そちらに行って貰っています」


「他にもあるんだ。けど、そんな増え続けるなら、いずれ足りなくなるんじゃない?」


「おっしゃる通りです。このままだと、保護する施設は足りなくなってしまいます。それに何よりも問題なのは、食料なんです。もう常に底を突きそうな程、ギリギリで(まかな)っているんです」


「そんな……、それなら、早くどうにかしないと」


「どうにも出来ないんです。この街の食料は有限ですし……ランデールが街長である限りは……」


 ロウは苦々しそうな表情をした。何もできない歯がゆさが伝わって来る。セロンは放っておけないと思った。


「それなら僕が、何とかするよ。まず、人が消える事件を突き止めて、それから、ランデールがやりたい放題できないように()らしめるよ」


 突拍子もないセロンの宣言にロウは驚いていた。


「そんな、無茶ですよ」


「僕は白竜だよ」


 その言葉を聞いたロウは、思い詰め始めた。


「……どうしてそこまでしてくれるんですか?」


「僕は世界一優しい竜になりたいからだよ」


「世界一優しい竜……」


「そう、だから、このくらいは何とかしないと」


 セロンは、この街での目的が定まったと確信し、やる気が(みなぎ)ってきた。


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