第52話 「スティアの保護施設」
セロンは息を飲んだ。意を決して、丸扉にあるドアノッカーに飛びつき、ぶら下がった。ドアを蹴った弾みを利用して、二回程叩く。
石畳の段差のある床に下りて、少し待つと、中から、コツコツと乾いた床を踏む音が近づいて来る。厚木の丸扉の片側が開かれた。半開きの扉から、栗色の髪の青年が顔を出す。白いチュニックに土色のジレ、ベルトを巻いている。胸には錆色の丸バッチを付けていた。
一瞬、青年は誰もいないのかと周りに視線を向けていたが、下の方に居たセロンの存在に気づき、固まる。
「……白い毛のソリザ―」
青年は、呟くように小声で言う。セロンはもうこのくだりは慣れた。
「白竜だよ。白竜のセロン」
「ああ……それは失礼しました。白竜のセロン様、私はこのスティアの保護施設を管理しているロウと申します。今回はどのようなご用件でお越しになりましたか?」
青年はとても丁寧な口調だった。白竜と言っても、そこまで驚かれないのは、白竜を知っているからなのだろうか? そういえば、この街に来て、セロンを見てもそこまで驚く人がいない気がするのは、どうしてなのだろうか? いや、単に平民にとって、こんなひどい状況だと、関係の無いことに気を巡らせている暇なんて無いのかもしれない。セロンは自分を納得させると、ロウの質問に答えた。
「えっと、ここは何をしている所なんですか?」
セロンも思わず丁寧な口調になる。
「身寄りのない子供達を保護しています」
開いた扉の向こうから、あどけない声が響いて聞こえてくる。きっと子供達が居るのだろう。
「少し前に、この場所に一人の男の子が来てませんか?」
「はい、男の子が一人、訪ねて参りましたので、保護いたしました」
「その子は、今、どうしてるの?」
セロンは前のめりになる。どういう理由で、男の子がグロウ族の女の人に、この施設に来させられたのか知りたいと思った。人が消える問題の手がかりに、少しでもなればと考えたのである。
「疲れていたみたいなので、居室で休んでいますよ。しかし、どうしてまた?」
「男の子がどうしてここに行くように言われたのか聞きたかったんだよ」
「行くように言われた……というのは、誰かが男の子に指示をしたという意味でしょうか?」
ロウは落ち着き払って、話を理解しようとしていた。
「そう、グロウ族の女の人に、ここ、スティアの施設に行くように言われたのを聞いたんだ」
ロウの眉が微かに動いた。
「グロウ族の女の人……アルマさんの事でしょうか?」
「知り合いなの?」
「ええ、まあ……、グロウ族で子供を助けるのはアルマさんしかいないので」
「それなら、ロウさんは何か知ってるの?」
「はい、多少ですが」
「それなら……」
「立ち話もなんですので、取りあえず、中には入りませんか?」
ロウはセロンの言葉を遮った。セロンも中に入ってみたいと思ったので、ロウさんに促されるままに施設の中に入ることにした。
扉を潜って、真っ先に広がった光景は、大きな講堂のような部屋だった。横に長い長机が三台立ち並び、簡素な四角い木製椅子が点在している。正面奥には、フード付きローブを纏った男女区別がつかない石像がある。高い天井には、燭台のシャンデリアが吊るされ、正面の壁の高い所に半円のガラス窓があった。そのガラス窓から陽の光が入り、部屋を柔らかく照らしていた。
前の方の長机に小さな子供達が二十人以上集まって、何かに夢中になっていた。あーでもない、こーでもないという幼い声が聞えて来る。
「ここに腰を掛けていてください。いま、ハイリーフティーを用意しますので」
ロウは、セロンに手前にある椅子を手で指し、右奥の扉へ入って行った。セロンはハイリーフティーって何だろうと思いながら、示された椅子に乗っかった。
待っている間に、ひと際存在感を放っている正面の石像は誰なんだろうと思いを巡らせていた。すると、前の長机に溜まっていた子供達の一人がセロンの存在に気付いた。
「あっ、なんか白い変なのがいる!」
高く無邪気な声が部屋の中に響き渡る。その声を合図に一斉に子供達が、セロンの方を振り向いた。好奇心旺盛な視線が集中する。セロンは、白い変なのって……、あまりにもひどい言い草じゃない? と思った。
「なんだ?」
「たしかに、白い変なのだ」
「ソリザ―族かな?」
「なんかふわふわしてるよ」
子供達が好き勝手言っている。
「もっと近くで見てみる?」
「お前、触ってみる?」
「お前が触ってみろよ」
セロンは、自分を何だと思ってるんだろうと心外に感じた。しかし、子供達はどんどんと近づいて来る。怖いもの見たさの好奇心で、囲うように迫って来る。セロンは、どぎまぎした。
「お前、何者なんだ?」
一番手前の男の子が訊いてくる。
「白竜だよ。白竜のセロン」
セロンは誇りに満ちて、威厳の籠る声で答えた。
「白竜? お前が竜? 絶対嘘じゃんっ」
子供達に笑われた。一人が笑うと全員がこぞって笑い始めた。「こんな、しゃべる小さい、ふわふわの可愛らしい竜なんていないでしょ」なんて言われてる。セロンは、がくっと項垂れた。前の机の縁に手を預けて寄りかかる。
そんなセロンの気持ちもお構いなしに、誰かがセロンの尻尾を掴んだ。セロンは、思わず顔を上げる。
「ふわふわしてる」
女の子が高い声で呟いた。
「どれどれ?」
「俺も触って見たい」
一人が触れたのを皮切りに、子供達が距離を詰めて、ベタベタとセロンの体や頭を触ってくる。もみくちゃにされて、セロンは困り果てた。
「ちょっと……、毛、強く引っ張んないで。あっ、翼は触ったらダメ。絶対ダメ。って、今、誰か、僕の毛を抜こうとしたでしょ」
しかし、セロンは言葉虚しく、触りたい放題、無茶苦茶にされる。
「こらっ、お客さんに迷惑かけちゃだめじゃないか」
助かった。ロウが右奥の部屋から戻って来た。両手におぼんを抱え、上には白いティーカップが乗っている。
「だって、こんなへんてこな生き物、いじるなっていう方が難しいでしょっ」
へんてこなんて言わないで。セロンは心の中で呟いた。
セロンの白竜としての威厳はボロボロだった。目の前の机の上に、お盆とティーカップが置かれたので、気を紛らわすように飲んだ。ハイリーフティは、甘酸っぱかった。




