第50話 「街長ランデール」
店の窓の外には、大きな広場が広がり、中央に謎の銀のオブジェが佇んでいる。その向こう側から、翡翠色のローブを纏って、渦巻き模様が広がった黄金の仮面を付けた人が歩いて来る。ローブには紫のレースがヒラヒラと風に靡いていた。あまりにも特質していて、高貴な雰囲気を漂わせている。セロンはすぐにランデールだと分かった。
「じろじろ見るのは止めなさい。たとえ店の中だとしても、奴の目に映ったら、取り返しのつかない事態になるよ」
おばさんが後ろから注意を促してくる。セロンは窓の側面に体を隠しながら、頭だけ出して、見るようにした。あっくんもしゃがんで隠れている。
ランデールは、広場の道の中央を歩いている。居合わせた住民達は、ただちに赤色の線の外側に出て、膝をつき、頭を深々と下げていた。しかし、前を歩いていて、ランデールの存在に気づくのが遅れた少年が一人いた。慌てて、赤い線の外側に出ようとしている。もう既に遅かった。ランデールの気に障ってしまったらしく、今にも魔法で攻撃しようと手をかざしている。
セロンはまずいと思い、思わず窓に顔を押し付ける。
強靭な風が少年めがけて、衝撃波のように放たれた。セロンは思わず目を瞑った。少し経ち、薄っすらと目を開けると、少年が居た場所の石畳に大きな亀裂が入っていた。しかし、少年は無事だった。少年は赤い線の外に投げ出され、倒れていた。
セロンは、ランデールの後ろから、グロウ族の女性が歩いて来るのを見る。仮面を付けていない、公園で会った女の人だった。彼女は、ランデールに何やら話している。セロンは耳をそばだてた。微かに建物の外から、二人の会話が聞こえてくる。
「少し除けるが遅れたからって、殺そうとするなんて、あんまりじゃないです?」
「下々に教訓を与えようと思っただけさ。平民はすぐに勘違いするからね」
「だとしても、殺すのはやり過ぎよ。少し躾をするくらいでもいいんじゃない?」
「全く、君は下々(しもじも)にあまいな。こいつ等は、いつ反旗を翻すかなんて分からないというのに」
「平民が逆らってきたって、私達なら、気にするほどじゃないでしょ?」
「それもそうだね。まあ、今回は気まぐれということにしといてくれ」
ランデールが再び、歩き出した。グロウ族の女性は、少年の元に向かってる。
セロンはほっと一息ついた。グロウ族の女性が何かしらの魔法を使って、少年を助けたんだと思った。貴族だけど、下町に住む人々にも優しいみたいだ。
「あの子は命拾いしたみたいだね」
おばさんが口を開いた。
「この街はずっとこうなのか?」
あっくんがおばさんの方を向いて訊いた。セロンは窓枠から降りて、おばさんの方を向く。
「あのランデールが来てからは、そうさ。それに、今ではもっと状況は悪くなっているね」
「どういうことだ?」
「二年くらい前か、この街で人が忽然と消えるようになったんだ」
「人が消える?」
「そうさ、平民も貴族も問わず、何の前触れもなく街から姿を消してしまうんだ。二度と戻っては来やしない。
初めは、竜の生贄が復活したって大騒ぎしたものさ」
「竜の生贄!」
セロンはおばさんの言葉に反応した。
「数十年も前から存在していたって言い伝えさ。街の近くにひと際大きく、暴虐な竜がいたのさ。人々が束になっても敵わない、圧倒的な力を持った竜がね。人々は、もし街に竜が襲来してきたら、ひとたまりも無かったのよ。しかし、幸いなことに、竜は街を襲撃には興味を示さなかったみたいだね。人々は胸を撫で下ろしたさ。けどさ、それも束の間、竜は、生贄を求めるようになったんだ。もし拒むのなら、街を破滅させると脅してね。逆らえない人々は、月が半分に欠ける度に、生贄を山奥の祭壇まで連れて行って、捧げていたのさ」
「それなら、誰が連れて行くのか、目撃されるんじゃないのか?」
「初めの内はね。次第に、竜の絶大な力に魅せられた者達が現れたのさ。竜を崇めて、忠義を尽くす者達がね。彼らは、見境なかった。闇に紛れ込んで、狙いを定めた獲物を捕縛しては、竜の生贄にしていたんだよ」
「そいつらが再び現れたっていうことか?」
「二年前に、人が消えた当初はそう考えられていたのさ」
「今は違うと?」
「そもそも、竜は数十年も前から姿を現してないんだよ。竜狩りに、街の周辺を調査してもらっても、遺骸も痕跡も見つからない。結局、竜はもうこの地には存在しないって判断されたのさ」
セロンはおばさんの話に少し違和感を覚えた。何か、引っかかるものがあった。しかし、それが何なのか、分からなかった。
「結局、何がこの街の状況を悪くしてるんだ?」
あっくんは表情を変えずに訊く。
「何が原因で、人が消えるのか分からないから、結果的にランデールは下々に責任を押し付けたんだよ。下々が卑劣な計略で貴族を惑わしているってね」
「そんなの……」
セロンは納得いかないという言い草だった。
「そうさ、平民達だって何人も消えてるんだ。いわれのない罪を着せられてるのさ」
「ひどい……」
「それだけで済むならまだましさ。ランデールは、平民が自由にしているから、奸計を巡らすんだって決めつけてね、一家族毎に使用人と謳って、奴隷を差し出させているのさ。それに……」
その後の話は、少し前に貴族から逃げだした男性から聞いた内容と一緒だった。街長ランデールが支配する限り、平民達は貴族の玩具同然だということだ。
「けど、どうして、そんな貴族と平民なんかに分かれてるの? みんな仲良くすればいいんじゃないの?」
「そんなの決まってるじゃないか。どんな場所だって、力が強いのが上に立つだろうさ」
「貴族はそんなに力が強いの?」
「そりゃあ、決定的な違いがあるんだから、強いに決まってる」
「決定的な違いって?」
「貴族が持っていて、平民にないものさ」
「何?」
「魔法さ」




