第5章 「かつてない任務」
(山に入ってどのくらい経ったのだろうか?)
俺は大きなサバイバルバックを背負って、紙の地図を眺めながら山林の中を登っていた。
山登りではあるが、普段の服装と何ら変わりはない。深緑色のコートに、厚手の黒パンツ、脛が隠れるくらいのブーツ、すべて部隊用の特殊な装具だ。荒れた山道であったとしても、なんの問題もなく、対応することが出来る。
しかし、実際に山を麓から歩いて登ってみると、かなり大変だと感じる。
植物が生い茂っている所は通る事が出来ない。足元が細い所もあり、下も気にして歩かなければいけない。かといって、前もしっかりと見なければ、障害物にぶつかってしまう。
おまけにこの地一帯の特性なのか、電子マップもまともに使えない。コンパスも機能していない。そして、風景がさほど変わらない樹海を進んでいると、本当に目的地に向かっているのだろうかと疑いたくなってくる。
(……本来なら、もっと楽に登ることが出来るのだが……そういう訳にもいかない)
理由は、【OC】に目的地に着くまで徒歩で行ってほしいと言われているからだ。絶対にそうする必要もないとも述べていたが、【OC】の言った事だ、何らかの意味があるのだろう。
(魔法を使うか、走りでいいのであれば、障害物は全て無視をして登れるんだけどな)
俺は少しばかり、嘆きを呟きながら、進むことにした。
幾ばくか歩いていると、中途半端な高さの崖にぶち当たった。
ここの一部だけなら、魔法を使って登っても、問題ないかと思ったが、迂回することにした。一度魔法を使ってしまうと、次に使うハードルが下がり、結局言われた通りに出来ないことになると判断したからである。
俺は、壁伝えで歩いて行き、登れる場所を探すことにした。
連なっている山の頂上まで到達した。
目的地がどのへんかを割り出す為に、辺りを確認した。
(情報によると、対象の住処は、このあたりの一番高い山らしいが……あの山か?)
見渡している一帯の中に、一番高くて、頂上付近が少し平らになっている山が一つあった。他にそれっぽい峰は見当たらないので、そこを目指すことにした。
稜線に沿って歩けるところまでは、沿って行くようにした。足場が比較的よく、風も今は穏やか、障害物も比較的少ないからである。
こうして冷静に判断していると道選びにはだいぶ慣れてきたと実感する。
しかし、依然として奇妙な事がある。それは、この山に入って、しばらく経っているが、魔獣の気配は全くしないという事だ。小さな動物や生き物はちらほら見かけるのだが、魔獣や竜は見かけないのである。
これは正直、異常である。
長い時間でなくても山に入れば、一度や二度は、魔獣と対峙するのが一般的な認識だ。
しかし、この地一帯は、一切出くわさない。これだけ長時間、長距離歩いたとしてもだ。
(やはり、これは白竜が影響しているのだろうか? 白竜とはいったいどんな種族なのだろうか?)
ふと、そう疑問に思うのも他の事を考える余裕が出てきているという証拠だ。確実に目的地には近づいている。
会う前に今一度、白竜について情報を整理することに決めた。
まず初めに、白竜についての情報は殆ど入ってない。任務前に知らされていることはごくわずかである。山に入る前に近くの街で少し尋ねてみたが、この山に踏み入れた者は殆どいなかった。白竜に会ったという話も聞かなかった。
知っている情報としては、【3大竜の一種】、『光の魔法を使う』、【街を一つ殲滅したという噂】、そして、『人の言葉を話すことが出来る』という事である。
言葉が通じるのであれば、あまりコミュニケーションの苦労もなく、円滑に事が進むと思うのだが……相手は竜だ。
この世界では上位の種族であり、体も大きく、力も強い。魔法も複数属性使える個体がいると言われている。当然、他の生物を取るに足りないと、見下した態度の個体が殆どだろう。
峰を進める所まで歩き、そこからまた、山の谷間に行くように歩き出した。
今回会う白竜達については、任務ということで話は通してあると思われるが、もし気性の荒い奴だったら、そんなことはお構いなしに攻撃してくるかもしれない。
如何せん、俺が対峙した事のある竜は、言葉を話す事はなく、話も通じる気配はなかった。だから、不安もよぎってくるのである。
しばらく歩いていると、山の谷間まで来た。そこからまた、登り坂になっているので、登り始めた。恐らく、この登った先に白竜の巣があるのだろう。
ポジティブな要素としては、【OC】が一目置く種族だという事である。【OC】は、交渉のカケラもない種族の事を評価するとも思えない。
ネガティブな要素としては、【街を一つ殲滅した】という情報である。街を壊滅させるような力を持つ竜と争う事になったら、タダでは済まない。俺の身の保証は一切ないと考えた方がいいだろう。
今から作戦を練って、できるだけの事はするが、最悪の場合は……
「【……ここが俺の墓場になるのかもな】」
そう呟き、山道を進んで行った。
川を見つけ、しばらく川沿いを進んでいたが、思わず足を止める事になった。
それは、目の前に現れる景色に見入ってしまったからである。低めの高さから流れる滝があり、辺りは薄暗くなっている。そんな環境で滝のほとり部分だけ、わずかな木漏れ日がさしている。滝によって舞った水分が光に照らされる事で、一帯のみ虹色の世界を作り出していた。
(ここで少し休憩するか)
そう思うと、俺は近くの木の下に座り込んだ。
「はぁ~」
疲れたのか、不安なのか、諦めなのか、自分でもよくわかっていないが、ため息を漏らし、上を見上げた。
この任務は、【OC】に勧められて、受ける事になったものだ。
この任務を遂行するこができれば、俺の【2つの目的】が達成できると唆された。そのうち、一つは任務を通して達成されるのが理解できるが、もう一つについてはいささか疑念を感じる。
正直、その一つに関しては何をしたとしても達成できるとは考えにくい。なんせ、俺がここまで生きて、ずっと追い求めていたのに、いまだにたどり着く事ができていない事だ。これから先も、見つかるとは考えにくい。
少しばかりぼーっとしていると、茂みが不自然に揺れる音がした。
風で揺れる音ではない。何か生き物が動いて草が掻き分けられた音だ。音は小さく、どんどん遠くなって聞こえたので、小動物程度の生き物が俺の様子を見て、去っていったという事になる。
(ただの動物か? それとも白竜が監視にきたのだろうか?
……いずれにせよ、特に気にかける必要はない。この山での俺のやる事は、白竜の巣まで行く事だ。それ以外は、どうでもいい)
軽くなった腰を上げ、再び歩き出した。もうひと踏ん張りである。
足元を見て、足場を確認し、木と木の間を縫って行く。
比較的、平らで硬い土を蹴り上げ、前を向く。
白い色の何かが見えた。
この森の風景にそんな明るい色はない。
森の草木、間隙から見える青空、川の水の色、ゴツゴツと転がっている石や岩、そのどの色にも含まれない穏やかな白色だった。真っ先に思い当たるのは、一つしかない。
引き寄せられるように白い元へ向かった。低い雑草を踏み、腰まである草を手で横に押しやって行く。
視界の邪魔になっている植物を抜けた。顔を上げる。
そこには、見た目が純白で柔らかそうな体毛、手足も短く、俺の膝くらいまでしか背丈がない。とてもこれらの情報だけなら竜とは考えられないような生き物が立っていた。
しかし、爪やキバ、尻尾、ここからでは翼は見えないが、骨格や姿の総合的な判断として、この生物が恐らくきっと白竜である。
「こんにちは、はじめまして、優しい白竜のセロンと言います」
小さな竜は、自己紹介をしてきた。
俺は固まって立ち尽くした。
ここまでイメージと違うとは思ってもいなかった。二足歩行でずんぐりしている。穏やかな雰囲気、声も高めで幼い、言葉もはっきりとし、落ち着いている……。
しばらく俺は、聞く噂と見た目のギャップに戸惑った。




