第48話 「グロウ族の女」
背中が負傷し、くたくたな男性は、家に帰って休みたいと乞うたので、その後、別れた。
セロン達は、再び街の中心へ向かって、壁沿いを歩いた。途中上に上がる階段があり、散策も兼ねて、上ろうとした。
「君達、何やってるんだ! そっちへ行っちゃいけない!」
後ろから押し殺した低い声がした。振り向くと、階段下の家屋の側からおじさんが必死に手招きをしている。表情から深刻さが窺えた。二人は素直に階段を降り、おじさんの元へ向かった。
「上に行っては、いけないのか?」
あっくんはおじさんに平然とした態度で訊く。
「貴族以外は、上の街に行ってはいけないようになってるんだ。もし見つかったら、厳罰に処されても文句言えない」
おじさんは、チラチラと階段の方に視線を向け、気を配っていた。セロンは、おじさんの胸に、錆色の丸いバッチが鈍く光っているのを見た。
「そんなことまで制限されてるの?」
セロンは納得いかない表情で問う。
「されてるも何も、逆らうなんて、できっこないんだ。魔法が使える貴族達には従うしかないんだ。どうやっても抗えない。機嫌を損ねないように振る舞うのが……不味い! こっちへこい!」
おじさんは、突然あっくんとセロンの手を引っ張って来た。セロンは危うく、煉瓦の外壁にぶつかりそうになる。
「しゃがんで、頭を下げるんだ」
おじさんが押し殺したような声で静かに言う。セロンは訳も分からず、言われた通りにした。あっくんもおじさんに頭を下げさせられていた。
誰かが階段から降りて、こちらに向かってくる。コツコツと石を鳴らしたブーツが目の前を通り過ぎて行く。派手な装飾を施されたブーツだった。
「もう大丈夫だ」
「わざわざ、道を譲らないといけないのか?」
あっくんは面倒くさそうに訊いた。
「そうだ。貴族が道を通る時は、赤い線の外側に出て、頭を垂れなければならない。でなければ、魔法で殺されても文句言えん」
おじさんは深刻そうな表情で事情を説明する。
「よそ者だろ? どうしてこんな所に来た? ここは地獄だぞ。早くここを出た方がいい。もうすぐ、取り返しのつかない事態になる」
「ご忠告どうも、用事が済んだら、すぐに出ていくんで」
あっくんは、淡々(たんたん)とした口調で答える。
「俺は、もうこれ以上は助けられないからな」
「教えてくれてありがとう」
セロンはおじさんに感謝を述べた。おじさんは、終始、周りを警戒した様子で、煉瓦の住居内に入って行った。
「もう少し情報が欲しいな。行くぞ」
「うん」
セロン達は再び中央側へ、道を進んで行った。やっと垂直に交わる大きな道にたどり着く。右手には、白い石で、大袈裟な金の装飾と、複雑な形の手すりのある階段があった。左手には、空間が大きく広がっている。セロン達は、左手の広場の方へ曲がった。人通りは異様な程少ない。
広場に入っても静かだった。まるで、廃れて誰も住民が居なくなったかのように静寂が支配している。けれど人がいない訳ではない。外に居る者は、駄々(だだ)と俯いて歩いているだけである。それ以外は、建物の中に潜んで、極力、外には出ないようにしているのが窺えた。
セロン達は広場の中で、話が訊けそうな人を探した。広場は大きな円状で、四方向に大きな道が開かれていた。その間を囲うように店が立ち並び、前には白い椅子と机が置かれている。中央には見慣れぬ形の銀のオブジェが存在感を出していた。
外をまばらに行き交う人々に話をかけても、関わりたくないと邪険にされた。店も閉まっていて、入れるような気配はない。仕方なく、別の場所を探してみようと、新たな通りに進みかけたところ、子供と一人の大人がやり取りをしているのを発見する。大きな通りの斜めに位置する公園の中だ。
セロン達は、建物の外で会話をしている人を見るのは、初めてだったので、接触を試みた。公園の方に向かうと、姿がはっきりとわかる。大人は猛禽類のような頭の女性で、金糸で縁取りされた若草色の長クロークを羽織っている。右手には緑の皮の手袋をはめている。子供は、最も一般的なカルレン族の男の子だった。会話が聞こえてくる。
「ここから、向こうの方に、スティアの保護施設があるから、そこを訪れなさい。針のように尖がった屋根の建物よ。」
女性が男の子に温かい口調で伝え、手で方向を示していた。男の子は、小さく頷いて、示された方に走って行く。セロン達は、女性の傍に近づき、話しかける。
「何してるんですか?」
セロンが気兼ねない口調で訊く。クロークを纏った女性は、振り向いて、少し怪訝な表情をする。猛禽類の顔立ちだが、表情は分かりやすい。
「……ソリザ―族?」
女性から清らかな呟き声が発せられる。
「白竜だよ。白竜のセロン」
「白竜? ……どうして?」
女性は不思議そうな顔をした。
「どうしてって?」
「それで、何をしていたんだ?」
あっくんが二人の会話を遮り、話を戻した。クロークを纏った女性は警戒するような、目つきになる。
「貴方たちに関係あるんですか?」
「せっかく、街に訪れたのに、この異様な有様だ。嫌でも君の行動の方が変に目に付くぞ。気にならない方がおかしくないか?」
女性は少し押し黙った。
「……ただ、子供を助けていただけよ」
「グロウ族のお前がか?」
セロンはやっぱりそうだったんだと腑に落ちた。昨日会ったグロウ族は、黄色の鳥の仮面をつけていた。仮面と言っても、頭の殆どが隠れているのでヘルムに近く、グロウ族がどんな顔をしているのかまでは、分からなかった。しかし、どことなく似た匂いと、袖口から見える、焦げ茶の左手が同じだったので、グロウ族なのかと疑っていたのである。
グロウ族の女性は、意に介さないというような態度だった。
「グロウ族はこの街を仕切っているみたいだが、違うのか?」
あっくんはさらに畳みかけるように訊いた。
「私は関係ないし、話すことは何もないわ」
グロウ族の女性は、素っ気なく答えると、セロン達を無視して、広場の方へ歩いて行った。
セロンには気になっていることがあった。それは、胸辺りにバッチをつけている人とつけていない人がいるという違いだった。バッチには、銀や銅のバッチの違いもあった。そして、去って行ったグロウ族の女性は、バッチを付けていなかった。どういった意味があるのかと興味深かった。
ふと、馴染みある気配がして、住居群の方へ目を向けた。目線の先に、兄のシェルクが路地の狭い道で、こっそりと建物の角に隠れているのが見えた。シェルクの目線の先には、幼い子供達が固まって歩いてる。セロンは何をしているのだろうと気になった。




