第47話 「桃色のスクミ―」
セロンは、目先に居る、桃色のネズミに釘付けになっていた。ずんぐりして、耳がハート型になっている。
「旅にヒロインがいないって聞いて、参りました。スクミー・アン・ファルムでしゅわ」
ピンクのネズミはセロンに向かって、得意げに自己紹介した。セロンはまだ状況が呑み込めていない。
「これからの旅で、必要になりそうだから来てもらったんだ」
あっくんが、もの書き机から、こちらに顔を向けて事情を説明した。
「へー、そうなんだ」
セロンはスクミ―に再び向き直る。
「どうも、僕は白竜のセロンだよ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくでしゅわ」
二人は互いに軽く挨拶をした。あっくんはスツールから立ち上がり、傍にくる。
「スクミ―は、お前に付き添って、サポートすることになってる」
「僕を助けてくれるの?」
セロンはあっくんに向かって訊いた。
「そうだ。基本、お前の従者になる。頼めば、色々とやってくれるぞ」
「ミーは情報収集が得意でしゅわ。あと、お宝には目が無いでしゅわ」
スクミ―は自信満々に甲高い声で言う。
「僕にもパートナーが出来るなんて、凄い心強いや」
セロンは、眠気が一気に冷め、気分が嬉しくなった。
「ただ、スクミ―はがめつくて、金にだらしないからな。そこは注意しておけよ」
「ミーは欲望に正直なのでしゅ」
スクミーは胸を張って、当然かのようにテーブルに立っていた。
スクミーは常に持ち歩くセロンの巾着袋に入って、付き添ってもらうことになった。がめついと聞いて、巾着に入っている硬貨をくすねられないかと、心配になったが、主のものは盗ったりしないと言うので、信用した。
ただ、巾着袋はパンパンに詰まっているので、入れるのかと疑問に思ったが、スクミ―は「それは問題無いでしゅわ」と鼻を鳴らした。実際に、両手に乗るサイズのスクミ―が、全身が入りそうのない巾着袋の口に、頭を突っ込むと、そのままつっかえる様子なく、入って行った。
朝食を済ませ、外出する準備支度をし、セロン達は宿舎の外に出た。すっかり朝日が昇り切っているのに、運河沿いの通りは殆ど人通りがない。
「取りあえず、街の内情を探るぞ」
あっくんは静かに切り出すと、街の中心に向かうように歩き出した。セロンも同行し、ついて行くと、大きな通りに出る。両脇には石造りの立派な店が立ち並び、街の外壁まで真っすぐ続いていた。中心に向かう方向では、少し遠くにオブジェが見え、道が三又に分かれていた。
セロンは、殆どの道の中央付近に、赤いラインが二つ入っているのを見た。赤いラインの幅は、両端と比べて広く、道を両端と中央で、三つに分けているようである。さらに、建物の隙間や道の先からは、建物一階の半分程度の高さの壁が、横一線にずっと続いて走っているのに気がつく。
「また壁があるよ。上にも街は続いているみたい」
セロンは指をさしてあっくんに知らせた。
「どうやら街は、上と下で明確に分かれているみたいだな」
セロン達は中心の壁に向かって、脇道に入った。煉瓦や石造りの建物が立ち並び、壁に突き当たると、段差になった壁は、街の端から端までずっと続いているのが見て取れた。セロン達は、さらに中心に向かって歩きだした。
すると突然、前の方から一人の男性が走って来た。死に物狂いで、息を切らし、蛇行している。その背後からは、石礫が矢のように飛んでくる。男性は必死に避けようとしていたが、ついに背中に命中してしまい、勢いで前に転倒した。
セロン達は駆け寄って、声をかける。
「何があった?」とあっくんが訊いた。
「大丈夫?」とセロンが心配した。
男性は怯えた表情で口を開いた。
「助けてくれ! このままじゃ、殺される!」
必死な訴えは、差し迫っている緊迫感を掻き立ててくる。道の向こうから、銀糸の縁取りがされた山吹色のガウンを身に纏う、ぽっちゃりした男が、ゆっくりとやって来た。胸には銀の星型バッチをつけている。
「逃げちゃダメじゃないか。それとも、代わりに上質な代役を立てくれるのか、えぇ?」
男は横一杯に弧を描くように口を広げていて、狂気じみていた。喉の奥から籠った野太い声が聞こえる。
「いやだ! もうあの中には行きたくない!」
目の前の男性は、地べたに這いつくばって、顔を歪ませている。セロンは男性の肩に手を据えて落ち着かせようとする。
「大丈夫だから、落ち着いて。あの中って何なの?」
「お前達はなんだ、えぇ? 見かけない顔だ。さてはこの街の者じゃないな」
山吹色のガウンの男が、顎をじょりじょりさせて、太い首をかしげている。
「旅の者だ。それよりも、ただ事ではないように見えるが、何をしてるんだ?」
あっくんが毅然とした態度で訊く。
「働いてもらう為に雇ったのに、こいつが逃げ出すから困ってるんだよ」
山吹色のガウンの男は、男性をゴミを見るような目で見下して答える。
「違う! 無理やりやらされてるんだ!」
「こいつっ!」
ガウンの男は、男性を蹴飛ばそうとする。しかし、蹴りが入る寸前に足が抑えられる。あっくんが、右足で男の足を固定していた。
「何の真似だ、えぇ?」
ガウンの男は、威圧的な態度であっくんを睨んだ。あっくんは全く怯まない。お互い硬直状態になる。すると根負けしたのか、ガウンの男が足を引いて、後ずさりした。
「へっ、そんなにこいつが欲しいならくれてやるよ。こんな間抜け、つまらん」
そう吐き捨てるとガウンの男は、踵を返し、通りの向こうへ帰って行った。浮かした小石を、壁に打ち付けているのが見えた。きっと、土のマナリスを摂取しているんだ、とセロンは理解した。
目の前に座り込む男性はまだ震えている。
「どういう事情か教えてくれるか?」
あっくんはしゃがみ込み問いただした。
「どうして逃げていたの?」
セロンも寄り添うように訊いた。
「魔獣と戦わされそうになったんだ……」
男性は小刻みに震えていた。
「魔獣なんて……魔法も使えない俺が、戦える訳がないだろう……」
男性は、絞り出した声で経緯を説明した。
この街には平民と貴族が分かれている。貴族は平民に対して、一家族毎に一人の使用人を差し出すように、定められているらしい。それで、差し出された使用人が死んでしまった場合、次の使用人を要求される。もし、差し出す使用人がいないのなら、その最後の一人が使用人にならなければならない。そういう制度を布いているらしい。
それで、彼は、他に差し出す使用人が居ないから、身柄を拘束され、連れて行かれることになったそうだ。運が良ければ、人並に扱ってくれる貴族の元で、下僕程度で済むのだが、そうでなければ、悲惨な運命が待っている。それで、彼は、悪趣味な貴族の元に連行され、見世物として扱われそうになった。魔獣と試合をさせられるという情報を、小耳に挟んだ彼は、隙を見て逃げ出してきたという内容だった。
セロンは、貴族がどうしてそんな自分勝手で、残酷な仕打ちをするのか、不思議で仕方がなかった。




