第46話 「石畳の沈んだ街」
目の前に屋根から飛んで降りて来た人が立ち塞がった。険しい顔をしている。
「お前達はよそ者だな? 一体何の用でこの街に来た?」
見た目は腕が緑の羽毛で覆われ、翼が下がるように生えている。若草色で金糸が入った長クロークを羽織り、顔は黄色の尖った鳥の仮面で隠れていた。
「当てのない旅の道すがら、寄っただけだ」
あっくんはさらりと嘘を言ってのけた。
「この街が風壁に囲まれているのを見てもなお、引き返さなかったのか?」
「風に囲まれているのが当たり前の街じゃないの?」
どうみてもそんなはずは無さそうだが、セロンもとぼけた調子で述べた。鳥の仮面の男は、一瞬黙りこくった。
「……まあ、いいだろう。下手な行動はするなよ。さもなければ身の保証はできないからな」
鳥の仮面の男は、そう警告すると再び屋根の方へ、翼をはためかせ飛んで行った。
「あれはグロウ族だな」
あっくんは飛び去って行く男の姿を見ながら呟いた。
「ぼく、飛べる人間がいるなんて知らなかったよ」
セロンはその呟きに乗るように素直な感想を述べた。
「少数種族だからな。それにしても厄介な状況になっていそうだな、この街は」
「下手な行動はするなって言ってたけど、どんな行動したらダメなの?」
「それは、不都合な行動だろう」
「不都合な行動って?」
「内情を知らなければ分からない」
あっくんは面倒くさそうに答えると再び歩き出した。セロンはあっくんの隣を歩きながら再び街を観察した。道も石畳で、街灯もある。大きな通りの建物には大きなガラス窓があり、複雑な装飾を施されたドアや、吊るし看板があった。街灯は上の先がクルッと曲がって灯りが吊るすように固定してある。所々の広めの空き地には水が溜まっていて、曲線美な鉄柵で囲まれていた。整然と整えられた風情のあるこじんまりとした公園だってある。
セロンは〈旅行ガイドブック〉に書かれていたこの『安らぎを渇望する街』の紹介について思い出した。
=======================================
流れる時間が遅く、のんびりとした街。人々はみな毎日を優雅にマイペースに暮らしている。
=======================================
大まかな内容では、こう評価されていた。
けれど、やはり何かおかしい。のんびりマイペースというが、通りを歩いている人々は少なく、皆通りの端を俯いて険しい顔で歩いている。先ほどのグロウ族といい、外壁の外の状況と言い、この街も何か問題を抱えているのは明らかだった。
結局のところ、〈旅行ガイドブック〉に書かれている内容は全てデタラメで、母が話していたように、残酷で救いようのない事情があるのだろうか。セロンは、やはり今回も旅行気分とはいかずに、沈んだ気持ちになってきた。
セロンとあっくんは街の出入り口に繋がるメイン通りを少し進んだ先で、右に曲がり、立ち並ぶ煉瓦造りの店や住居を通り過ぎて行った。まだ、夕暮れ時だというのに人通りがない。目に入る格子窓には鉄格子の枠がはめられており、何か有事に備えているかのようだった。
流れのない細い運河のような川が隣に掘られた、ゆとりのある通りまでやって来た。あっくんが殆ど迷いなく歩いている様子から、何処か目的地を目指しているのがわかる。
「まだ目的地には着かないの?」
セロンは駄々(だだ)と歩くあっくんに向かって、もどかしそうに訊いた。
「もうすぐそこだ。手頃の宿がある」
あっくんは首を向けてセロンに建物の場所を示した。その建物は、固い石で造られた三階建ての立派な宿屋だった。楕円の格子窓が並び、一階の中央には重そうな厚板の木製扉がある。屋根は四角錐の組み合わせの形をした瓦屋根だった。扉の上に〈宿屋アルティメット・コンフォート〉と胡散臭さを醸し出した横看板が掛かっている。
扉の前まで来て、改めて建物を見上げると今までに泊ったのとは、比べ物にならない程立派な宿で期待感を募らせた。
あっくんが正面の扉を開けて中に入った。セロンもそれに続く。中に入ると、細長い照明が天井に並び、エントランスを照らしていた。四角い部屋にひじ掛け椅子が二つ置かれ、手前の角にはぴったりと設置されたコーナーラックがあり、上に水玉模様の壺が置かれていた。
「珍しい、旅人かい? こんな状況の街を訪れるなんて相当変わり者だな」
ふくよかな宿主がロッキングチェアに座って、気疲れした様子で話しかけて来た。
「少しの間、ここに泊まらせてもらえるか?」
あっくんが直ぐに訊いた。
「好きにするといい。もうそろ、ここもどうなるか分からないからな……」
「何かあるのか?」
「詳しい内容は、話せねぇ。もし、告げ口しているのがバレたら……」
急に宿主は肩を震わせ、視線を逸らし虚ろな目で誰もいないただのカウンターの下を見つめていた。そして、それ以上は何を聞いても何も答えてはくれなくなった。
宿屋の客室は全て空いていて、何処でも好きな場所を選べた。セロンは、どうせなら一番上の一番いい部屋を使いたいとあっくんに懇願し、三階の六つの部屋のうち、正面側中央の部屋に泊まると決まった。
「街の人々も何だか怯えているようだし、街に来たばかりなのに色々と変だね」
セロンはとてもいい気分にはなれず、ため息交じりにあっくんに訊いた。
「通りで会った、グロウ族が何か関係してるかもな」
あっくんは壁際にサバイバルバックなどの大きな荷物を降ろし、端の物書き机の前にあるスツールに座った。
「何か悪いことしてるのかな?」
「さーな、取りあえず今日は休んで明日に調べればいいさ」
次第に日が沈み、外は暗くなった。窓から見える街の様子は、街灯の灯りによって青白く照らされ、誰も歩いていない道をより不気味な雰囲気にしていた。セロンはこの街に問題が起きていなければ、もっと人も歩いていて、景色も明るく、感動できたのかなと寂しさを覚えた。
それでも、セロンは立派な部屋の設備には心が躍り、大きなベット上を何度も飛び跳ねて遊んだ。ベットのサイドテーブルの上には、シェードランプがあり、意味もなくスイッチも何度も付けたり消したりした。水も蛇口から出るのを始めて見て、何度も流して遊んでいるとあっくんに勿体ないからやめろと怒られた。
あっくんが言うには、シェードランプの明りも、蛇口の水も、光と水のマナリスを利用して灯したり流したりしているらしい。マナリス自体は消費される訳じゃないけど、作動させるにはエネルギーが必要になってきて、何処かしらで貯めている有限のエネルギータンクのエネルギーを使ってしまうらしい。
セロンはその説明を聞いてからは無暗につけたり消したりしないようにして、風呂場に備え付けられた上から流れ落ちるお湯の装置で体の汚れを洗い流し、さっぱりとした。体が温まり、リラックスした状態になると、眠気が急に襲ってきて、ベットに倒れるように眠りについた。
起きた時にはもう既に朝日が楕円の格子窓から差してきていた。セロンは目をこすり、頭をゆらゆらと振りながら起き上がり、部屋の中の方を見た。
何かいる。見慣れない何かがいる。セロンは冴えない頭でぼーっとしてしばらく固まった。中央にある楕円形のテーブルに小さな桃色のネズミがいる。セロンは状況が呑み込めず固まり続けるだけになった。




