第42話 「旅の計画」
家の居間に戻り、自室の前に立てかけてあるリュックを手に取った。脇には膨らんだ麻袋が括りつけられてある。背中に背負い、急いであっくんの方へ戻ろうと走りかけた。しかし、唐突に姉弟の話声が耳に入り、足を止めた。住処の裏側の敷地の方から会話が聞こえる。
「それなら、私たちが審判を下してもいいってことなのよね?」
「ええ、セロンの答えによっては消滅させても構わないと思いますわよ」
「あの子はどう思うでしょうね」
「どう思ったって構わないですわ。わたくし達は白竜なんですから。下等生物に慈悲なんて無用ですことよ」
セロンは気が動転し、尻尾を震わせた。僕の事なのかなと気を揉んだ。沈んだ気持ちになり、覚束ない足取りで住処を出て、あっくんの元まで戻った。
「うん? どうした?」
あっくんは急な落ち込みを見せたセロンの態度を気にかけるように訊いた。セロンは下を向き黙り込んでから、口を開いた。
「僕って光の魔法、使えるようになるの?」
「無理だな。お前には適性が無い。その代わりだが、旅籠でも言ったが、お前はPマナリスに適性があるんだ」
あっくんはあっさりとした受け答えだった。
「光のマナリスに適性があればよかった。僕だけ白竜の仲間外れだもん」
「あのな~……」
「僕は白竜としては落ちこぼれだからきっと始末されるんだよ」
セロンは悲観的に呟いた。あっくんはどうしたものかというような素振りを見せている。
「何を聞いたか知らないが、そんなことはないぞ」
「どうしてそう言えるの?」
「このブレスレッドを見ろよ」
あっくんは右手首に巻いてある、白い腕輪を見せて来た。〈セロンの勇気に従います〉と書かれている。
「お前の母親につけられたものだ。お前に何かあったら俺が木っ端みじんになるらしいぞ。お前の母は過保護だろ」
あっくんは文句をぶつけるような態度だった。
「……でも、本当はどうでもいいと思ってるかもしれないよ」
「だとしても、お前の身は俺が保証する。このブレスレッドが無くたって俺はお前を導く任務についてるんだ。俺がいる限りセロン、お前が始末されることはない。保証する」
あっくんの言葉には決心と自信の色が帯びていた。誰が相手だとしても揺るがないというような心意気である。
「僕の兄弟が相手だとしても?」
「ああ、そうだ。誰であってもだ。その場合はむしろ、兄弟の心配した方がいいな」
あっくんは余裕そうにさらっと言い切った。セロンは不思議と元気づけられた気がした。
「それに世界一優しい竜になりたいんだろ? だとしたら、そんなこと心配してられない程、忙しい旅になるぞ。グズグズはできないぞ。ただでさえ、山に逆戻りしたんだからな」
あっくんは橋を渡り、茂みの方へ歩いて行った。その通りだと思った。つい先ほど母に伝えた目標をセロンは見失っていた。これから旅をするっていうのに他の心配に気を取られているのはよくないと思った。セロンは自分の心を落ち着かせ、確かな足取りでついて行った。
中腹まであっという間に下りた。最初に下りた時と比べようもない程早い。背の高い植物が増え、斜面が緩やかになってきていた。あっくんは雑草が踏み倒されたけもの道を進みながら、バックの脇から丸めた布を取り出した。セロンの方を振り向いて、近くに来るように伝え、その布を渡してきた。
「それは、この旅の行先とルートだ。どういう旅路か分かっておいた方がいいだろ?」
セロンは手渡された布を開いた。内容はこの大陸のマップだった。マップに街や自然が絵によって描かれていた。所々の街の絵に赤で丸く印がつけられ、矢印で繋がっていた。旅で訪れる順番なのだとセロンは理解した。
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恵まれぬ民の街 (貧困の集う場所) 4~5 ×
↓
安らぎを渇望する街 (怠惰を貪るたまり場) 3~5
↓
魔鉱の採掘街 (屍を食べる街) 4~6
↓
翠森 (隠蔽の大森林) 5~7
↓
竜狩りの都 (仲違えの街) 5~7
↓
労働の街 (神の実験室) 5~7
↓
水恵の都 (一時の楽園) 4~6
↓
砦村 (禁忌の最終防衛地) 3~5
↓
奇怪の花園 5~8
↓
戦王の都 (闇の寝床) 6~8
↓
閉ざされた島 (無垢の鳥籠) 3~5
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本で読んで聞いた事のある街の名前もあれば、聞いた事のない名前もあった。下の括弧で書かれた名前にいたっては、全く聞き覚えがなかった。不気味さも感じる。恵まれぬ民の街の下にバツ印があるのは、もう訪れた証。行ったあの街だろうと分かった。セロンがまじまじと地図を眺めまわした。質問したい事が沢山湧いてきたが、あっくんが先に説明を切り出した。
「丸く印が付いているだろう? その各地でPマナリスを集めて、お前が吸収する。それが俺の今回の任務だ。まあ、余計な任務もあるが」
前を向きながら淡々(たんたん)と語っている。
「旅が終わったらどうなるの?」
セロンは素朴な疑問を訊いた。旅が終わると自分はどうなるのかが一番不安だった。
「俺の任務は旅の終わりまで案内するだけだ。その後は違う任務に就く」
「僕はどうなるの?」
「旅が終わってから自分で決めればいい。その時になったら自分で決められるようになるさ」
「……わかった」
少し不安だったが、世界の何も知らない今の状態では考えたって仕方がないと思い、納得した。同時にセロンを導いてくれるあっくんに知っておいて欲しい話があった。白竜の兄弟の話で、他に相談相手がいないセロンにとってはあっくんだけが頼りだった。一旦地図を丸め直し、口を開いた。
「さっき、山から降りる前に話した始末されるかもしれないって話あるでしょ」
「それがどうした?」
「僕がどうして気にしてるのかっていうとね、生まれて間もない頃に、奇妙な会話を盗み聞きしたからなんだよ。今考えると多分、重要な【会議】をしていたんだと思うんだけど……」
セロンは深刻そうな声音で兄弟に対して不安になった【会議】の内容を話した。




