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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第1章3節 全ての始まり

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第40話 「恐怖の大魔王」

 セロンの部屋の両脇には後方に向かって通路があり、その先には書斎(しょさい)倉庫(そうこ)がある。地下への階段はセロンの部屋の丁度後ろに位置する。セロンは回り込んで、石を削って作った厚みのある扉の前に立った。ずっと入ってはいけないと言いつけられていた場所だ。時々、兄弟の誰かが下に降りていく足音を聞く時があった。


 セロンは旅を出る前に見ておきたかった。一度山の外に出て、好奇心の自制が緩くなっていた。帰って来るのがいつになるのか分からないし、もう帰って来ないかもしれない。自分の住んでいる下に何があるのかと好奇心が勝る。


 扉の(みぞ)を掴んでゆっくりと重い扉をこじ開ける。内側を見たセロンは息を飲んだ。扉を開いた先の地下への階段は、明りが無く暗闇だった。石の壁に(くぼ)みがあり、中に火のないロウソク型の灯火(とうか)が立っている。セロンは急ぎ足で戻り、リュックからランタンを取り出し、階段の方へ戻る。(あか)りつけて中に入り、石の扉を閉めた。光は手元にあるランタンだけになる。


 恐る恐る階段を降りていき、一つ二つと踊り場を過ぎていく。セロンは暗闇と悪い事している自覚でソワソワした。長めの階段を降りた先は、細い廊下になっていた。左右に分かれていて、右側はさらに奥に曲がっていた。セロンは、一番近くにある金属の両開きの扉のくぼみを掴んで引いてみた。カギはかかっていない。一息ついて、ゆっくりと開ける。


部屋の中は黄色の薄明りが一か所の丸めの置物から光っていた。中はセロンの自室よりもかなり広い。物がごちゃごちゃと床や棚、中心にあるテーブルに散乱(さんらん)している。壁の(たな)には、数字だけ書かれた本が並んだり、何に使うのか見当もつかない置物が詰め込まれている。奥には木のボートや布が破れているソファ、ガラクタみたいな物が置かれている。テーブルの上に工具が作業を途中でやめたように置かれ、他にも訳の分からない機器やオブジェが雑然(ざつぜん)と置かれていた。


セロンは床に落ちた物を()まないように中に入り、じっくりと観察した。すると奥の方に木製の机と椅子があり、隣に背の低い本棚があった。本は反対側の大きな棚にある数字だけの本とは違い、絵本や小説だった。どれも読んだ記憶がないタイトルだった。机の上の方に目を向けると、一冊の本が乗っているのに気がついた。丸椅子の上に登り、(のぞ)いてみると真っ黒い本に赤字で〈恐怖の大魔王〉と書かれていた。


 おぞましいと思いながらも、本を(めく)ってみた。



=================================


 恐怖の大魔王。それは、全てを使役(しえき)し、支配する。


 恐怖の大魔王。それは、全てを監視(かんし)する。


 恐怖の大魔王。それは、全てに天罰(てんばつ)を下す。


 恐怖の大魔王。それは、全てを恐怖に(おとしい)れ、全てを救う。



==================================


 たった四ページの絵本だった。どのページも暗く、得体のしれない存在が上から生き物を見下ろしている。セロンは、こんなにも身の毛がよだつ絵本を見たのは初めてだった。この絵本は誰が描いたのだろうか。どうしてこんな絵本が住処の地下にあるのか。誰が読んでいたのだろうと動揺(どうよう)した。見てはいけないものを見てしまった気分だ。早くここから出たい気持ちになり、セロンはランタンを持ち、部屋を出て階段を駆け上った。地上に着くと、重い扉をこじ開けて、強く閉める。早足で自室に戻ろうと廊下(ろうか)を回り込んだ所、心臓が跳ね上がった。


「やあ、セロン。何処に居ました? 探しましたよ」


 プヨルが普段通りに微笑みかけてくる。眼鏡をかけて、四角い道具箱を持っている。


「えーっと、何か読み忘れた本はないかなって書斎(しょさい)で本棚を見回ってたの」


 セロンは(あせ)って適当にでまかせを言った。


「へー、そうだったんですね。旅に出る直前まで勉強ですか? 殊勝(しゅしょう)な事です。流石、私の弟です」


「そう、そうなの」


 作り笑いをして、話を合わせた。プヨルの表情が気がかりそうな顔になる。セロンはそわそわした。


「街はどうでした?」


 プヨルの思いがけない問いにセロンは意表を突かれた。


「街? 楽しかったよ。実際に行って体験するのは本で読むのとやっぱり違うね」


 声が上ずっていて、動揺しているのが明らかな口調だった。しかし、プヨルは安堵(あんど)した表情に変わった。


「それは良かったですよ。これから、様々な街に旅で訪れると思いますが、心のままに楽しんでおいで。私は用事があるので一緒に行けないんです」


 セロンは落ち着きを取り戻した。今まで焦っていたのが馬鹿らしく思えた。


「プヨルお兄ちゃん……僕、沢山観光するよ。お兄ちゃんに教わった観光地に行って見たいもん!」


 セロンは期待に満ちた表情で力強く答えた。


「見たら感動しますよ。水恵の都はですね、水路が街を葉脈のように流れて、人々と水の調和が織りなす美麗(びれい)(けい)(かん)で、水の透明度と来たら、それはもう、空気を流してるんじゃないかってくらいで。労働の街なんて、世界観が……」


 プヨルが饒舌(じょうぜつ)で鼻高々に話し始めた。セロンは心を弾ませて熱心に聞いた。


 やっと落ち着いた頃、プヨルはおもむろに言った。


「そういえば、お母さんが探していましたよ。旅に出る前に話しておきたいんだって」


「何処にいるの?」


「部屋に居ると思いますよ」


「わかった」


 セロンはプヨルと別れて、廊下を横切り、居間に向かった。



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