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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第1章3節 全ての始まり

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第38話 「十番目の兄ツエト」

前方で大きな衝撃が起こり、地面が揺れ、土煙が舞い上がる。御者(ぎょしゃ)が驚きの悲鳴を上げ、馬が逃げようとした。馬車の前に立ちはだかるように影が見える。


セロンは驚きと共に様子を確認するために馬車から降り、前の方に向かった。あっくんも同時に、馬車の前に出て来た。土煙が舞って、前に(たたず)む者の姿は良く見えなかった。しかし、セロンは匂いで誰なのか(さっ)しがついた。


煙が晴れて、姿が見えてくる。小柄な姿の少し暗めの白色。三つ割れの尻尾に無造作に広がる小さな翼。ツリ目で二足歩行。あっくんよりも少し背が低い。目の前に現れたのは、セロンの十番目の兄である白竜のツエトだった。


 ツエトはあっくんを睨みつけて今にも襲い掛かりそうだ。


「おい、竜攫(さら)い。なに勝手に俺の弟を連れ出してるんだ?」


 かなり威圧的な態度である。セロンはどぎまぎして事情を説明しようとした。しかし、その前にあっくんが答えた。


「いや、あまりにも従順(じゅうじゅん)だったんで、家来(けらい)にでもしようかと思ってね」


 あっくんは素っ気ない言い草だ。セロンは話をややこしくしないでよと突っ込もうとした。しかし、二人に火がついてしまったようだった。


「白竜を家来にしようだなんていい度胸じゃないか? それなら(きも)数個潰(つぶ)れようが文句(もんく)ないだろ?」


「ちょっとまっ……」


 セロンが割って入ろうとしたがもう遅い。ツエトが、地面を強く蹴ってあっくんに向かって行く。ツエトが右足で蹴りを入れるが、あっくんが手で防いだ。しかし、勢いを殺せずに(はじ)き飛ばされた。建物に激突し、壁を破って大きく穴を空ける。


「あっくん!」


 セロンはあっくんの方を見て心配した。兄弟に蹴られるなんて普通の人ならただじゃ()まない。場合によっては即死なんてあり得る。心配しているセロンを横切ってツエトが壊れた壁のほうへ向かっていく。


「ツエトお兄ちゃん、ちょっと待ってよ」


 セロンは慌ててツエトを止めようとした。ツエトはセロンを見下ろすように一瞥(いちべつ)した後、(まった)く聞く耳持たずにあっくんが倒れている方へ歩く。


 急いであっくんの元に向かうとまだ仰向(あおむ)けに倒れたままだった。無事を確認しようとしたところ、すぐ後ろにツエトが来て、さらに追い打ちをかけようとする。


「死んじゃうよ!」


 セロンがツエトを止めようとした。しかし次の瞬間、予想外の光景が訪れた。


 ツエトが吹っ飛んで反対側にある建物にぶち当たったのである。さっきのツエトの攻撃よりもさらに(ひど)い建物の損害(そんがい)である。横にあっくんが立っていた。何事も無かったかのように無傷で先を睨んでいる。


「あっくん……暴力はだめだよ……」


「あいつが先に始めたことだ」


「だけど、誤解が……」


 落ち着かせようとしたが、壊れた建物の先からツエトが一瞬で飛ぶようにあっくんの元まで来て、右フックを入れた。あっくんはそれを左手で防ぎ、回し蹴りを繰り出す。ツエトは反対の手でそれを防いだ。二人の力は拮抗(きっこう)して、取っ組み合いになった。


 つかさずツエトが前蹴りを入れ、同時にあっくんが(なぐ)り返す。両者は後ろに叩き飛ばされ、また建物が大きく損壊してしまう。(はた)()の店主が青ざめた表情で頭を抱えていた。セロンはこれ以上壊すのは申し訳ないと思い、意を(けっ)する。


 離れた二か所の残骸(ざんがい)から物音がして、あっくんとツエトが起き上がり始めた。次の瞬間には再び殴り合おうと距離を詰めていく二人がいた。セロンは即座(そくざ)に間に入って、両手を広げた。


「終わり! 建物が滅茶苦茶(めちゃくちゃ)だよ!」


 目を(つむ)っていたセロンが目を開けると、二人は今一度殴り飛ばそうとする寸前で止まっていた。胸を()で下ろしたセロンは、両方の顔をちらりと見た後、誤解を解こうとした。


「ツエトお兄ちゃん、聞いて。僕が家出しようとして、偶然あっくんに会っただけなの。あっくんは何も悪くないんだよ。僕がお母さんとは会わなくてもいいって言ったから」


 セロンは恐る恐るツエトの表情を(うかが)った。ツエトは真っすぐあっくんを睨んだままだった。あっくんも冷ややかな目線をツエトに送っていた。とりあえず、拳を下げて臨戦(りんせん)態勢(たいせい)ではなくなったが、依然として険悪な場の空気が(ただよ)っていた。


「山に来い。お(ばば)が待ってる」


 ツエトがぶっきらぼうにあっくんに告げた。あっくんは抵抗する気はない様子だが、面倒くさそうにため息をついた。セロンは山を出る前にしっかりと母に事情を説明しておけばよかったと()やんだ。



 山の家に帰るのはあっという間だった。ツエトが一切(いっさい)迷わずに風を突っ切り山を駆け上がった。あっくんもその後を遅れずについて行き、セロンは(わき)にしがみついていた。 


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