第37話 「Pマナリス」
すっかり夜が更けり、辺りは暗闇に包まれていた。灯りといえば、セロンがつけていたランタンのほのかな白い光だけだった。セロンは馬車の後ろでウトウトと強い睡魔に襲われていた。微かに残る意識で、どうしてこんなにも眠いのだろうと考えた。すると、今日はまともに寝ていなかったと分かった。
それなら、遠慮せずに寝てしまおうと瞼を閉じた時、馬車が急にガタンと止まった。重たい瞼を半開きにして辺りを見ると、松明が見えた。そして、その奥を観察すると木の建物が建っているのが見えた。
「今日は、この旅籠で泊るぞ」
あっくんの声だった。セロンは返事をする気力も無く、荷物をまとめ、馬車から降りた。何も考えず、半ば眠りながらテクテクと尻尾を揺らして、あっくんの後について行った。
どうやって部屋に入ったのかは覚えていなかった。ベットが目に入ると荷物を放り出して、飛び込んだ。あっくんの文句が聞こえたような気がするけど、どうでもいいやと目を瞑った。
目が覚めた時は窓から明るい光が差し込んでいた。ぐっすり眠っていた気がする。辺りを見ると、前の拠点と比べ物にならない程しっかりとした建物だと気づいた。木の板がしっかりと揃って張られ、窓はガラスで四角く真っすぐだ。隙間も無いし、ベットだってあった。セロンは少しの間、感激していた。
ふと視線を横に向けると一本脚テーブルに向かってあっくんが優雅にコーヒーを飲みながら座っていた。今は紙束を片手で持って睨めっこしていた。テーブルの上にはサンドウィッチが一つ置いてあった。
「おはよう」
セロンがそう言うとあっくんはそれに答えた。セロンはベットを降りて、空いている椅子に乗り、サンドウィッチを凝視した。
「食べていいぞ。お前のだ」
「あっくん、いつも優しいね。僕の分まで作ってくれるなんて」
「ついでだ。それに、一人分増えるくらいどうってことない」
あっくんは当然の如く言った。
「そうなんだ」
セロンは感心して答えた後、サンドウィッチに目を移した。前食べたものと同じで、間には卵とハムが挟まっていた。味も前回同様、美味しかった。食事が済むとあっくんは、荷物から布に包まれた何かを取り出してテーブルに置いた。手には黒い手袋をはめている。
「セロン、お前はマナについて何処まで知っている?」
あっくんは出し抜けに訊いてきた。セロンは当たり前に知ってるよと思い、得意げに答える。
「摂取すれば魔法を使えるようになる結晶みたいのでしょ? 家族はみんな光のマナを摂取してるよ。みんな光の魔法を使えるもん」
「それだけか?」
「えっと……火とか水とかあって、それを摂取すればその魔法が使えて……あ、けど確か適性があったような気がする。適性なければ摂取できないみたいな……」
「どうやら、そんなに分かってないみたいだな」
あっくんは面倒くさそうな顔をした。セロンは焦って見栄を張ろうとしたが、大した答えは出てこなかった。
「とりあえず、簡単に説明するからよく聞いておけよ」
セロンは諦めて聞いた。
「まず、マナとは魔粒子であって、身近に存在するものとは違う物質のことだ」
「身近に存在する物質とは違う?」
「そこらへんに存在する全てのものと違うという事だ。例えば、椅子やテーブル、土や水、石や火とか、あらゆる目に見えるもの、見えないもの全てと違う」
セロンは何となく理解した。
「マナは基本、目に見えない程微細な物質だし、そこら辺には存在しない」
「えっ、けど結晶みたいのだって……」
「それは、マナが集まって結晶化したもので、マナリスと呼ばれるものだ」
セロンは開いた口が塞がらなかった。全然知らなかった。
あっくんの説明は続いた。
「一般的に人は結晶化したマナリスを摂取して魔法が使えるようになる。摂取しないと魔法は使えない」
セロンは頷いた。
「マナには基本的に七種類存在する。火、水、風、土、光、闇と無属性マナだ。中でも無属性マナはかなりレアで、無属性マナリスは殆ど流通してない」
セロンが相槌を打った。
「そして人にはそのマナの種類毎に適性の有無がある。その全てに適性がない者も多くいるし、適性がある者でも通常一種類が殆どで、二種類以上は極稀だ」
「適性を判断する方法はいくつかあるし、もし適性が無い者が摂取したら、体を蝕まれる」
「どうして蝕まれるの?」
「身体が拒絶反応するもしくは身体機能を阻害するからだ。いわゆる毒になるっていう訳だ」
「なるほど」
セロンは理解を示した。
「どうだ? ここまでは理解できたか?」
「えっと、マナは目に見えない小さな他と違うもので、マナリスはマナが集まった結晶。マナには七種類存在して、無属性は希少。後は……適性は無しか一種類が基本で、適性が無いと毒……であってる?」
セロンは首を傾げて訊いた。
「そうだ。大体あってる。それなら、本題に入るぞ」
セロンは今までは本題じゃ無かったのかと驚いた。
「ついさっき、基本的にマナは七つあると言ったが、それ以外も存在する」
「えっ、そうなの?」
「基本のマナ七つ以外に特殊なマナがあるということだ」
「特殊なマナ?」
セロンはチンプンカンプンだった。
「そうだ。存在を知る者は殆どいないマナだ。セロン、お前はその一つに適性がある」
「僕に適性がある特殊なマナ?」
「そうだ、そのマナリスがこれだ」
あっくんは黒い皮手袋をはめた手で、テーブルにある何かが包まれた布を開いた。中には、透明に透き通った綺麗に輝くダイヤのような塊が現れた。セロンはその濁りの無い輝いた原石の塊に見惚れた。
「このマナリスの名はPマナリスという」
「Pマナリス?」
セロンはあっくんが言った聞き慣れない単語を復唱した。
「そうだ、とても希少で多くは財宝のように扱われている。だから、簡単に見つからないし、手を伸ばせばすぐに届く場所なんかにはない」
「それはどうやって手に入れたの?」
「昨日まで滞在していた恵まれぬ民の街で手に入れたものだ」
「あの生きずらい街でそのPマナリスが?」
セロンはこんなにも高そうなものがあの街にあったとは到底思えなかった。しかし、あっくんは早々(そうそう)に先を続けた。
「セロン、これを吸収してみろ」
あっくんは持ったPマナリスをセロンに手元に差し出してくる。
「僕なら素手で触ってもいいんだね?」
セロンは恐る恐るそれを両手でつかむ。しかし何も起こらない。それを予期していた風にあっくんはレクチャーをした。
「吸収するイメージを持つんだ。そうすればイメージ通りにマナが体内に浸透する」
セロンは本当かなと疑問に思いながら、自らが思う吸収のイメージを作った。すると、マナリスが光り出して、見る見るうちに消えて、セロンの身体に光が入り込んできた。セロンはなんだか、身体が温かくなったような感覚に見舞われた。
「これで僕は魔法を使えるようになるの?」
セロンは期待を込めて弾んだ声で聞いた。
「いや、まだ使えない。それだけじゃあ微々(びび)たるものだし、作用させる物質がないといけない。それに魔法を使うには練習をしなければ上手くは使えない。特にセロン、お前が扱う物質魔法は非常に難しいからな。無暗に使うのは危険だし、これから練習して使えるようにならないといけない」
セロンはガッカリした。
「どうすれば使えるようになるの?」
「物質Pがあれば全く練習できないわけじゃない」
「物質P? 何処に物質Pがあるの?」
「ここだ」
あっくんは荷物から何かを取り出し、手のひらを差し出してセロンに見せたがその上には何も乗っていなかった。
「何もないよ」
「ある。手を出して見ろ」
セロンは従うままに手を出してみた。あっくんが、何か物が乗っているように掌を握った。そして、セロンの白い手に置く動作をすると驚くべき感覚を感じた。
手の上に何かある。透明で全く見えないのに確かにそこに硬い何かがある。セロンは、不思議な感覚にしばらく手の上に乗った透明物質をいじり始めた。
「その透明な物が物質Pだ。お前の魔法を作用させられる唯一の物質だから、それを使って練習しておけ」
セロンは了解した。しばらく物質Pを自分の魔法でどうにかできないか試してみたが上手くいかない。もう出発すると言われたので渋々(しぶしぶ)、その透明な物質Pを失くさないようにリュックにしまって片付けた。
「これで分かったと思うが、俺の任務は各地にあるPマナリスを探し出して、お前に与えることだ」
支度をして部屋を出るタイミングであっくんがセロンに言い聞かせた。
「分かった」
セロンは答えて、あっくんと一緒に部屋を出た。旅籠屋の主に挨拶をした後、再び馬車に乗って、街を出発する準備を整えた。来た時は眠たく辺りが暗いのもあって、よく見ていなかったが、この場所はいくつかの建物で出来た集落だった。どれも泊った旅籠屋と同じような形をしていて、木造だった。旅人が体を休めるが目的で、作られた集落なのかなと思った。
ここの集落は道を囲むように作られており、セロン達が乗った馬車は次の目的を目指して、来た道と反対側に進み始めた。
ゆっくりとゆっくりと動き出し、集落の外側に出て行こうとした。
ドーン!!
突然地面をえぐる大きな音が鳴り響いた。馬車の進行方向を遮るように何かが飛んできたのである。




