第36話 「お別れ」
少年が息を切らしながら走って来た。セロンがお節介を焼いた少年だった。かなり慌てた様子である。目の前まで来た時には、酷く息を切らしてヨレヨレ状態になっていた。その後ろから、妹と思われる女の子が続くように走ってやって来る。
「どうしたの?」
セロンは驚いて訊いた。
「……色々と俺が悪かったよ」
少年は膝に手をつき、息苦しそうに答えた。
「……ごめん」
セロンは態度の変容に戸惑いを隠せなかった。しかし、すぐに嬉しい気持ちになった。
「気にしてないよ。僕もお節介だったでしょ」
これまでの少年は煩わしそうにしていた印象が強かったので、セロンは自分の非を述べた。少年は俯いたまま、息を整えているようだった。
「……それと、言っておきたいことがあって……」
「ん?」
「妹も見つかったし、俺も命を救われたし……」
少年は何か大それた宣言をするかのようだった。
「あの~、その~……」
少年は最大限の勇気をふり絞ろうとしていた。セロンは応援する気持ちになりながら静かに待った。辺りには風が吹きつけていて、日差しが優しく照り付けていた。見物人は誰もいない。
少年は小さく息を吸って腹を決めた。それは、感極まった声だった。
「あ り が と う」
音のない空白。ほんの少しの静寂が流れた。
少年は恥ずかしそうに落ち着かない様子だった。セロンは突然の感謝に不意を突かれた。けれどすぐに微笑んで答えた。
「どういたしまして」
少年はホッとして落ち着きを取り戻していた。しかしすぐにバツの悪そうな表情に戻った。
「え~っと、俺、お前の硬貨を盗んで、返せないし、最低だけど、その~仲直りを……」
少年は口籠っていた。セロンが伝える言葉は決まっていた。
「友達になろう」
少年は目を丸くした。
「……いいのか? 盗人だし、何もできないけど」
「全て水に流すよ。だから、名前教えてくれない? 僕の名前はセロンだよ。覚えてね」
「……俺は、フフル」
「よろしくね、フフル。またいつか遊びに来るよ」
「……おう、いつでも来てくれ」
フフルは満面の笑みを見せた。セロンは心が満たされる気分になった。苦労が報われた気がした。つかさず風呂敷から友情の証を取り出して、フフルとムムルの二人に手渡した。
その後、二人はあっくんにもお礼を述べていた。
やり取りが終わった後は門を出て、治安維持部隊のフィルズが用意した馬車に乗り込んだ。ここからの旅路は、極力馬車を使っての移動になるらしい。馬車が出発するときになると、門の前でフフルとムムルが手を振っていたので、セロンは振り返して別れを告げた。
セロンは馬車の後ろ側で、突き出た縁に腰を掛け、離れていく街を見ていた。街がフルーツせんべいぐらいの大きさになると、木で出来た車室の中にいるあっくんの方に振り返った。二人の間には木の柵が付いているだけで、姿は丸見えだった。セロンはどや顔で言い放つ。
「僕、友達三人目になったよ。羨ましいでしょ? どう? あっくんは一人もいなんだから」
「俺は友達を作らなかっただけだ」
あっくんは煩わしそうに答えた。セロンは何だか勝った気持ちになった。
馬車は小石を弾きながらゆっくりと進んで行った。もう日が傾いて、街が見えなくなった。セロンは眠気を感じながら、家から持ってきた小型ランタンを傍らに置いて灯し、日記帳に竜の爪のような形のペンを使って、今までの思い出を記録した。
初めて山を出てからの体験は全てが斬新で好奇心が掻き立てられた。しかし結局、白竜を知っている人は殆どいなかった。兄弟が沢山いるのに驚くほど認知されていなかった。セロンが山で過ごしていた頃、兄弟は山の外に出ていたはずである。なのに、街の人達は白い影すら見た事無いというのは、どうしてなのだろうと不思議に思った。しかし考えても答えは出なかった。別の街では、もっと認知があるのかもしれないと未来に期待を向けることにした。
他にも疑問があった。それは、セロンが山で読んでいた本の内容と外の世界の現状が全然違うというギャップだった。もっと言うと、根本的に全てがズレているような気がした。一体、セロンが読んでいたのは、何処から出された本なのだろうかと訝しげに感じてくる。
そして何より一番課題だったのは、僕はこの世界を全然分かっていないという事実だった。ちっとも分かっていなかった。人が殺されるのが当たり前なのかどうかすらもよくわからなかった。いったい、人の死は日常茶飯事なのだろうか? 少し考えてみても答えは出なかった。もっと知りたい。この世界をもっと知りたいと強い欲が湧いてきた。
でなければ、世界一優しい竜になんてなれない。セロンの好奇心は日に日に強く増していくばかりだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。これで第1章2節の終わりです。
次は第1章3節で、本当の始まりになります。
面白い物語になるように頑張りますので、是非読んでみてください。
よろしければ、ご感想及びご評価、よろしくお願いいたします。ありがとうございました。




