第31話 「ただ一人生き残った難民」
カレンは自宅の出口を背に、ボロ絨毯の上にうずくまっていた。両手には、セロンの手から奪った【本物の友情の証】がガラス細工を扱うように乗せられていた。視界が涙でぼやけ、依然として押し黙ったままだった。
「それが探していた【友情の証】?」
目の前にいるセロンが優しく寄り添うように訊いてきた。カレンは、右手で涙を拭って、かすれ声で答えた。
「……間違いないわ。星が二つあるもの。これがレイナが作った【友情の証】よ」
手の中にある首飾りは、かすかに見える六角形の縁の中に五つの花弁の花、そしてその中に黒ずんだ星が二つ薄っすらと見えた。薄汚れ、剥げてしまっていてもこれを一目見た時にカレンにはすぐに分かった。遠い過去の記憶が鮮明に蘇り、当時の綺麗なままの【友情の証】が残像のように持っている証に投影される。忘れてた、五つだった……。
「そうだ、そうだった。花弁は五つだった。大事なものですら正確に覚えていないなんて……」
カレンは、言葉に詰まりながら虚しそうに言った。
「花弁が五つ?」
セロンは自分が身に着けているカレンが作った【友情の証】を確認していた。
「私の作ったのは花弁が六つになってるでしょ? まがい物よ」
セロンは、合点がいったという顔をしたが、納得もいっていない様子だった。
「まがい物なんかじゃあ……」
「まがい物なのよ。レイナは心から仲を深める為に作ったけど、私はただ償いの為に作っただけなんだから」
カレンはムキになって反発した。
セロンは何か言いたげに口を開きかけたが、外の方から発せられた誰かの気が動転した声に遮られた。金属がガチャガチャ擦る音も聞こえてくる。カレンは身を強張らせた。
カレンは現実に引き戻されて、かがみ込んでいた体を起こし、崩した態勢で座りなおした。手に持っていた【本物の友情の証】は上着のポケットにしまい込んだ。まだ視線はくたびれた絨毯に落としたままだった。
「村の皆はね、私達……いや、彼女の心意気、夢を笑ったのよ」
目の前にいるセロンに静かに語り掛けるように言った。
「そんなもの、本気で真に受ける奴なんていないって笑われたわ」
セロンは静かに聞いていた。
「組織の仲間にも一度話した事あったけど、嘲笑された。店に来た人も山積みになってる証の説明を聞いた時には、軽くあしらって聞く耳持たなかった」
突然カレンは自嘲するように鼻で笑った。
「まあ、確かに冷静に考えてみればバカバカしいよね。身の程も世間の事も知らないって大人になって理解したわ」
「僕は笑わない」
目の前にいるセロンが言いきった。その声は、真剣みと緊張が入り混じっていた。カレンは顔を顰めてセロンの方を見た。
「お世辞を言って慰めてるつもり?」
食ってかかるように問いただす。
「僕の夢は世界一優しい竜になる事だから」
即座にセロンが言った。
カレンは一瞬目を丸くして固まったが、すぐにふっと鼻で笑った。
「世界一優しい竜? 世界で? 一番? 優しい? 竜? そんなの誰が認めるの?」
軽くあしらうようにカレンは煽った。
「何で笑うの?」
「竜なんて、世界の嫌われ者でしょ」
カレンは当然だと言うように冷淡な態度を取った。
「自分勝手で、命なんて何とも思ってない、傲慢で、気に入らないものは容赦なく捻りつぶす。それに、分かっていないなら言っておくけど、この世界で優しさなんてものに価値を見出す者なんて誰もいやしないわ。やるだけ無駄よ」
「やってもないと分からないでしょ」
セロンはムキになって言い返してきた。
「世界で竜に被害を受けた者がどれだけいると思ってるの?」
カレンは諭すように冷たく言った。
「僕は危害を加えないよ」
「そんなこと言ってられない状況はきっと来るわ」
「そんな状況が来てもいいように、もっと沢山知って、もっと沢山考えようと思うよ」
カレンは、そんなことできるわけがないという風に眉を顰めて、ぐつぐつ沸き立つような気持で、さらに反発しようとした。そんなカレンをお構いなしにセロンは、首から下げている【友情の証】を手に持って、見つめながら言った。
「この【友情の証】は、意味がないって偽物だって言っていたけれど、僕にとっては意味のある本物だよ」
「本物?」
思わぬ言葉に声が上ずった。
「僕個人の試みだけど、僕はこの街に来て目的の為に人々の役に立とうと思ったんだ。だけど街の人々が全然相手にしてくれなくて、やっぱり人と仲良くするのは難しいのかなって思った。けど、この【友情の証】でカレンさんと仲良くなれて、些細な事かもしれないけど、僕でも人と仲良くなれるんだって自信が持てたんだ」
「仲良くしたのは、ただの気まぐれで……」
「それでも、僕はうれしかった気持ちは変わらないよ」
カレンは返す言葉につまった。
「僕は、本気だったんだよ。本気で一緒に旅に行きたいなって思ったんだよ」
カレンは全身の力が抜けて、唇をギュッと結んだ。
「一緒に旅に出て、色々な所で、沢山友達を作って、沢山遊んで……そうなったらいいなって本当に思ったんだ」
セロンは虚しさの中に笑みを綻ばせた。
「この【友情の証】は僕にとって特別なものだよ」
「特別……」
また忘れていた思いが呼び起された。
特別……。カレンの中で記憶が蘇ってくる。
(特別……)
そうだった。思い出した。あの時、村に【友情の証】忘れてしまった時、私が村に取りに行くのにこだわったのは、プライドとかじゃない。謝るのが怖かった訳でもない。あの時の私は、あの【友情の証】が特別だったから、だから取り戻そうと必死だったんだ。
再びカレンは、ポケットからくたびれた【友情の証】を取り出して見つめた。当時のやり取りが思い起こされる。レイナと隠れ家でやり取りしていた時の思いでが、薄っすらと雲のようなフワフワした感覚で浮かんでくる。
──その渡した【友情の証】はね、他の証と違って特別なんだ。
──特別?
──うん、他のは真ん中に星が一つしか入ってないけど、それは二つ入ってるんだ。
カレンは貰ったペンダントに星が二つ入っているのを見た。他のには入っていなかった。
──私のもそうだよ。カレンとは親友だから、二人だけの特別な証なんだ。
レイナの首からは、渡された証と同じペンダントが下がっていた。カレンは嬉しくてたまらなかった。
──ありがとう、大切にするよ。
──なくさないでよ~。
カレンは思い耽った。あの時の私は……あれじゃなきゃだめだったんだ。あの特別な証じゃなきゃ……。
それが分かると止まっていた涙が再び溢れ出しそうになった。セロンは、寄り添うように黙っていた。
突然、背後の扉の方の布がめくりあげられた。それと同時にはっきりとした野太い声が響く。
「治安維持部隊だ!」
セロンはびっくりして飛び上がった。カレンは目を瞑った。
(けどやっぱり、もしあの時、しまっていなければ……)
カレンの意識は別の所にあった。結局、また一瞬にして一つの後悔に逆戻りしてしまった。いったいどうしたらよかったのか。レイナから貰った【友情の証】を手放してしまった過去が蘇ってくる。薄っすらと雲のようにふわふわと。
──これは大切な物
カレンは誰にも見つからないようにダボダボズボンの中に入っている特別な【友情の証】を握りしめてした。
──けど皆に見つかったら……。
硬い地面に立ち、カレンは不安で体を震わせた。
──そうだ、いつかレイナと一緒に旅をする時まで箪笥の引き出しにしまっておこう。
植物の葉の箪笥の中に【友情の証】をしまった。
──そうすれば絶対に無くさないしね。
安心と充実感が伴っていた。
今考えても自分が臆病で意気地なしだったが故にとってしまった行動だった。いったいどうすればよかったのだろう。カレンは頭が混乱してきた。
部屋の中、後ろに治安維持部隊の男が立っているのが影でわかった。
今度は街に逃げて来た時のレイナの表情が思い起こされた。ぼんやりとした記憶が蘇る。
──良かった無事だったんだね
レイナが安堵の表情を浮かべていた。
治安維持部隊の男がカレンの横に立った。縄を持っている。
「お前が【選別役】だな? 我らが統治する街で殺戮幇助し、治安を脅かし、秩序を乱した嫌疑で身柄を拘束する」
部隊の男は野太い声でキビキビと宣告した。カレンは抵抗する気は無かった。
「酷い扱いしないでね」
隣にいるセロンの優しい声が聞こえてくる。カレンは、咄嗟に部隊の男に見えないようにポケットに【友情の証】をしまった。部隊の男は、カレンの両手を掴み後ろで縛った後、すぐさま立たせた。カレンの脇に置かれた装飾品が入った麻袋は没収された。
カレンはどうしてこうなってしまったのだろうと悔やんだ。
もし、レイナが生きていたら、私は今頃旅に出ていて、人殺しもしていなかったかもしれない。仕方なかったという思いと決断の後悔がせめぎ合い、カレンの感情はごちゃ混ぜになった。我慢していたが涙が堪え切れなくなってきた。部隊の男に出入り口に向かって歩かされる。
(旅に行きたかった)
(人殺しなんてしたくなかった)
脳裏に薄っすらと現実とかけ離れた幻想のような記憶が蘇ってくる。
──えっとね、もしよかったら、一緒に旅に出ない。
レイナは、様子を伺うように、さりげなく提案した。
──行きたい! レイナと一緒に旅に出たい!
カレンは声が弾むように心から嬉しさを露にした。
──よっし! 約束ね。十年後くらいになるかもしれないけど
レイナは、飛び跳ねるように喜んだ。カレンも一緒に喜んだ。
──十年でも二十年でも、いくらでも待つよ!
──約束だよ。きっと……。
部隊の男は、出入り口に垂れ下がる布を片手で捲った。外の眩しい光が部屋に入り込んでくる。カレンは、眩しくて俯き、目を瞑った。一粒の涙が家と外の境に落ちる。
(どうして手放してしまったんだろう……)
結局私は変わらず意気地なしだった。やはり後悔の方が大きいのだから。




